第五話 想定外

 

 退魔師や妖魔が一般人に知られている現代では、術式や魔方陣などはインターネットを調べればすぐに見つけることが出来る。


 ただし使えるのは霊力などを持つ者だけに限られるのだが、こう言った物の使用などについては、法で定められており、国や自治体に届け出をしていない術者が無許可や無断で使用すれば処罰の対象となる。


 このような類いの物は当人が使用しなかったり、その意図が無かったとして、心霊スポットや霊地あるいは霊的密度の高い場所に描いたりすれば、描いた者が霊能力者でなくても発動する危険性があり、場合によっては想定しない結果を招くこともある。


 そのため厳しい規定や罰則が存在するし、一般人でも公共の場や、特定の場所で描くことは禁止されている。


 現在の日本では霊力を持って生まれた者や、霊力に目覚めた者は必ず届け出る必要があり、さらに退魔師として活動するためにも、国家へ登録や許可が必要になっている。


 そこにはいくつかの分類が存在する。


 一つは民間の六家や星守などの古くから存在する一族や、そこに所属することで届け出を出している者達。


 六家などは出生時に退魔師としての登録を済ませておく。これは一般人よりも高い霊力ゆえに妖魔や悪霊に狙われやすく、子供の時から霊術を頻繁に使用する頻度が高いためである。


 退魔師活動を早い段階で行うこともあるために、国も一族として届け出を出している六家やそれに準じる古い一族やそこに所属する者達は、申請した者達には許可を出すことになっている。


 もちろん責任の所在は届け出を行った一族に帰属し、違反者や問題が起こればその家や一族が尻拭いをするはめになる。


 二つ目はSCDなど国家や地方で公務員として退魔師業務に携わる者達だ。こちらは公務員試験を突破して特別な資格として取得する者達だ。こちらは特殊特別職公務員として、自衛官などと同じかそれ以上に待遇や手当、退職金などの福利厚生が充実している。


 三つ目が古い一族以外の新興勢力や個人のフリーランス、こちらは数が多くは無いが、きちんと届け出を行わなければならず、六家などよりも手続きが面倒で免許のように三年程度で更新を繰り返さなければならない。


 四つ目が霊能力に目覚めたが、その力が弱いか行使せずに一般人と同じように生活を送る者達である。


 こちらも住んでいる自治体にきちんと申請しておかなければならず、緊急事態以外での能力の行使には罰則がある。


 これらは義務教育の段階から、学校などで教えられており、生まれた時から霊力が一定以上ある者や能力に目覚めた者は即座に申請する義務を負う。


 だがその中でも届け出をしない違法な霊能力者も存在する。多くの妖術師と呼ばれる者達もその類いだ。


 しかしそんな者達であっても、ここまであからさまで見つかりやすい事はしない。


 発覚すれば捜査の手が伸びるし、壊滅した罪業衆であっても、下手なことをすれば自分達の存続が危ぶまれるほどの反撃に遭う可能性があるからだ。


「血じゃ無くてペンキで描いてるからまだマシだが、力を込めりゃ発動する可能性があるぞ」


 真夜が見る限り子供の落書きと呼ぶには、あまりにも魔法陣の内容が正確すぎた。この六芒星からは僅かにだが何らかの力の波動を感じる。


 ただ誰かが悪戯で適当に六芒星を描いただけでは、決して起こりえない霊的な感覚。


 さらに六芒星を取り囲む三重の円とその間に描かれた梵字。六芒星は五芒星よりも主に外への働きを強める意味合いが強く、梵字の配列もそれに合わせている。


 何らかの召喚の陣にも見えるが、流石に真夜も見ただけでは詳細まではわからない。


 しかしここまで堂々としていることに、真夜は呆れると同時にその胆力に感心していた。


「面倒ごとだな。さっさと通報するか」


 何かの拍子で発動しないように霊符で封印を施し、朝陽達だけではなく公的機関にも連絡を入れる。この街は星守の直接の管轄では無い。またどの道、警察等に連絡を入れて話をする必要がある。


 真夜も星守所属のため、警察などに話を通しやすい。それに何も自分一人で解決する必要などないのだ。


 こんなずさんな事をする辺り犯人は素人の可能性が高いので、警察やSCDに任せておけばいい。


 妖魔や罪業衆に所属していたような妖術師への対処ならばまだしも、素人や三流以下の相手ならばSCDならば余裕で対処できる。


 真夜は先に朝陽にスマホで連絡を入れると、続けて警察に連絡をしようとする。


「そこまでだ!」

「ん?」


 背後からの声に真夜は怪訝に振り向いた。そこには真夜と同年代と思われる、黒い学生服に身を包んだ前髪の一部が白いメッシュが入ったように黒髪の少年が立っていた。


「こんな堂々とこんな所に魔法陣描くなんて……。ここで何をしようとしていた!?」

「いや、俺は」

「この街で悪さをする奴はこの俺が許さない!!」

「だから俺の話を」

「警察も呼んだ! お前は逃げられないぞ! それに俺が逃がさないからな! 下手なことはするなよ! 少しでも動けば力尽くで止める!」


 真夜が話をしようとするのに、その前に遮られてまったく進まない。これは言葉は通じるのに話が出来ないタイプの相手だろうか。


(面倒くせぇ……)


 げんなりとする真夜。先に朝陽に連絡せず、警察に電話するべきだったかもしれない。警察に連絡をする前だったので、余計に話がこじれそうである。


 朝陽には連絡を入れてるので、最悪は星守から話を通してもらえば問題ないだろうが、どう考えても面倒ごとになりそうだ。


「わかったわかった。俺も警察に電話するから話は警察が来てから……」

「動くなって警告したはずだ! そっちがその気なら!」


 スマホを見せ、警察に連絡しようとしただけなのに、何を勘違いしたのか少年は地面を蹴り、真夜へと一気に距離を詰める。


 少年の動きは一般人の動きでは無かった。明らかに退魔師か、それに準じる訓練を受けた人間であり、霊力を使っての身体能力強化も使っている。六家の門下生の上位、あるいは分家にも類する霊力を有していそうだが、生憎とその程度で真夜をどうにか出来るはずもない。


「はぁ……」


 掴みかけようとする少年の腕を簡単に避け、霊符を発動する。


「なっ!? なんだ、これ!? 動けねぇ!?」


 霊符が少年に張り付くと、少年の身体が硬直しそのまま膝を折りうつ伏せに倒れた。


 拘束術式。


 最近、ようやく精度を上げてきた真夜の術の一つである。


 異世界では守護者の役割のため、どうしても防御など味方を守ったり回復させる術や、自身が戦うための体術の練度を優先的に上げていたため、封印や拘束などの術式は使えはしたが練度はあまり良くなかった。


 星守での交流会以降、こう言った練度の高くない術の精度を上げる修練を増やしていた。


 手札は多いに超したことは無く、十三枚目の霊符で今まで以上にルフを喚びだし易くなったため、適性の低い攻撃系の術などではなく、補助系の術の強化に乗り出した。


 封印や拘束の術式は厄介であり、明乃との戦いでも使い方次第では戦術がさらに広がると再度認識したためでもある。


 一枚の霊符をそのまま使用しなければならず、一枚ではあまり強力な相手を拘束し続ける事が出来ないが、現時点でも力押しで最上級ならば数十分、特級でも数分以上は拘束し続けられる。


 また相手を傷つけず無力化し、さらに封印などと違い後々の面倒も少ないので、こう言った手合い相手ならば重宝する術でもある。


「くそ! こんなものすぐに!」


 少年は拘束を解こうとするが、一向に拘束が解けないどころか身体から力が抜けていく。超級クラスでも無い限り、力尽くで破ることなど出来ない。


「これで話が出来るな。だからこれを描いたのは俺じゃないって」

「じゃあなんでこんな所にいたんだ!?」

「それはだな……」

「こら! 君達! そこで何をしている! っ! 動かず手を頭の上に上げなさい!」


 真夜は説明しようとした矢先、路地の向こうから声がする。数名の警官がこちらに向かってやってくると、現場を見て表情を変える。


 立っている真夜と動けずにうつ伏せに倒れている少年。


 通報を受けて現場に駆けつけた際、何も知らずにこの状況を見た警官からすれば、どう考えるだろうか。緊張した面持ちで銃を抜き、真夜に向ける。


(……マジで最悪だ)


 辟易とした表情を浮かべると、真夜は言われるままに手を頭の上に上げるのだった。


 ◆◆◆


「ごめんなさいね、わたくしの用事に付き合わせてしまって」

「いえ、玲奈さんも生徒会の仕事も忙しいですし。私もクラス委員なのですから、手伝うのは当然のことです」

「そうそう。玲奈も気にしないで良いわよ。あたしも楽しくやってるから」

「そもそも玲奈は面倒ごとを引き受けすぎなのですよ。嫌な事や面倒なことは断る。これに限るです」


 学校では朱音と渚が玲奈や可子と一緒に玲奈の手伝いをしていた。


 生徒会役員がよく使う備品庫で、クリスマス会に使う物の最終確認を行っている。


 クラス委員やボランティアなどでの協力者の下、クリスマスパーティーの準備に生徒会は大忙しだった。


「何なら、男連中にやらせればいいのです。僕が頼めば、そこらの男なんてチョロいですからね」


 荷物を持ちつつ、そんな冗談を口にする可子。本気ならすでに男手を呼んでいるが、しないで本人が手伝ってる辺り、根は真面目なのだろう。


「でも変な男呼んだら、余計に面倒でしょ? 近藤は別の委員だし、服部も違う仕事してるからね」

「仕方がありませんわ。それにこうやって四人でお話ししながらするのも楽しいですし」

「まあその通りなんですけどね~。朱音と渚が星守とべったりですし」


 可子はどこか揶揄うように朱音と渚に言う。


「そう言う可子だって近藤と大体一緒にじゃないの?」

「ち、違うですよ! あいつとは小学校の時からの腐れ縁だから、一緒にいることが多いだけ! 何で僕があんな奴と……」


 朱音の反撃に遭い、ブツブツと文句を言う可子。口では否定しているが、可子が気安げに話す男子は卓だけであり、他の男子だと気安げにしていても、絶対に踏み入れさせないラインを設けている。


「けど正気ですか、二人は。二人同時に星守と付き合うとか」


 キョロキョロと周囲を見回しつつ、誰もいないことを確認すると小声で朱音と渚に聞く。


 最近、ようやく知った事実に可子は驚きと共に興味津々だった。


「まあね。色々と考えた結果だし。ねっ、渚?」

「はい。可子さんが驚かれるのも当然ですが、退魔師は複数の妻を持つ事も出来ますから。私の父もそうですし」

「真夜もあたし達にきちんと向き合ってくれてるし」

「はい。真夜君は一般的な二股をかけるような男性とは違います」


 きっぱりと言い切る二人に、可子はマジですかーと顔を引きつらせる。


「いいじゃないですか。当人達が納得しているなら。それも一つの恋愛ですわ」


 玲奈は否定せず、おっとりと肯定する。


「でしたらわたくしも質問があるのですが」

「なに、玲奈? 答えられる事なら答えるわよ」

「二学期前から付き合われていると言うことは、もうすでにキスはお済ませなんですよね? 実際、どうでしたか?」


 玲奈の何気ない質問に、ピシリと朱音と渚が固まった。そして二人て顔を見合わせる。その様子に玲奈は首をかしげた。


「あの、何か……?」

「……まさか、付き合って数ヶ月経ってるのに、キスすらしてないですか!?」

「その、まあ……」

「色々とありまして」

「そうなのですか。てっきりキスくらいはと思ってしまって」

「じゃあまさか、小学生みたいに手だけ繋ぐ程度ってことですか」


 中学生でも今時、そんな奴はほとんどいないだろと可子が言うと、朱音と渚は変な顔をしている。


「……あれ? そういえばあたし達って、デートとかそこそこ行くけど、あんまり手を繋ぐこともなかったような」

「い、言われてみれば」

「腕を組むこともあんまりしてないかも」

「いつも三人で出かけてましたから……」

「ええと、それはその……」

「二股しといてどんだけヘタレなんですか、あいつは。それと二人ともお子ちゃま過ぎです」


 玲奈は困り顔、可子も呆れ顔である。


 まさか友人二人も高校生にもなって、腕を組んだり手を握るのもあまりしていないとは。


 というか、それは付き合っていると言えるのかと可子は疑問に思えてくる。


「クリスマスにはと思ってるんだけどね」

「お二人とも、頑張ってください」

「まあ頑張るです。適当に応援してやるですから」

「もしキスしたら、是非教えてください」


 興味津々の玲奈と興味なさそうに言いながらもチラチラと二人を見る可子。実にわかりやすい物である。


「報告するような事じゃないと思うけど、頑張るわね」

「はい。頑張りましょう」


 プルルルルル


 そんな女子達のトーク中に、渚のスマホに着信が入った。見ればそれは京極時代から懇意にしている退魔師関連の事件を担当する刑事の物だった。


 疑問に思いつつも、この電話に連絡してくると言うのはよほどのことだと思い、渚は電話に出る。


「もしもし。お久しぶりです。ご無沙汰しております。ええ、その節はご心配をおかけしました。はい、ありがとうございます」


 久しぶりとの事でしばらくの間、雑談をする二人だったが、本題になり渚の表情が曇る。


「なっ!? 真夜君が事件の重要参考人として扱われ、警察署で事情聴取を受けている!? それは本当なのですか!?」


 渚の言葉にその場にいた全員が驚きの表情を浮かべるのだった。


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