第四話 発見

 

 火野一族。関東の一部と東北地方の南をメインに活動する六家の一つ。


 その総本家の屋敷では、一族の当主や長老衆を始め、重鎮が集まり話し合いを行っていた。そこには朱音の父である紅也の姿もある。彼は今、難しい顔と言うよりも怒り顔であった。


 議題はいくつもあるが、その中でも紅也が特に関係しているのが朱音の婚約話である。


「こちらは何度も言っている。朱音は星守に嫁に出す。相手は真夜君。正妻か側室かは当人達の話し合いに任せると」

「じゃがな紅也よ。これは重要な話じゃ」

「その通り。正妻になれるのなら、婿に取るのもよいではないか。本人としても側室扱いなど嫌であろうし」

「馬鹿なことを言うな。星守は婿に出す気は無いと明言している。お主らは星守朝陽と星守明乃を敵に回すつもりか!」

「然り。雷坂との縁談がたち消えた今、星守との婚姻は何よりも重要」

「雷坂彰か。夏に縁談の話を纏めていれば……」

(こいつら!)


 紅也は怒り心頭だった。人の娘の縁談にまであれこれ口を突っ込んでくるだけには収まらず、当人達や星守を無視するような話までし出すのは流石に許容出来るものでは無い。


 昔ならいざ知れず、今は自由恋愛が推奨されているし、別に一般人や火野が認められないどこの馬の骨ともわからない相手でもないと言うのに、ここまで話がこじれるのはひとえに火野を取り巻く状況や、長老衆などが自分達の利益を最大限に追求しているからに他ならない。


 彼らの言い分もわからなくは無い。雷坂家が急速に纏まりだしているのは、以前から雷坂と仲が良くなかった者達からすれば危機感を抱く物だろう。


 次期当主の雷坂彰のカリスマ性は火野にまで届くほどだ。紅也も彰の戦いぶりや式神・雷鳥の強さを目の当たりにしており、彰と雷鳥と同時に相手をすれば紅也であっても、負ける可能性が非常に高い。紅也よりも強い当主でもそれは同じだ。しかも彰はまだまだ成長期。末恐ろしいどころでは無い。


 雷坂の次世代のカリスマに対して、火野はと言うと対抗できる相手が残念ながら存在しない。


 当主の息子の赤司や火織も優秀だが、彰に比べれば大きく劣る。他にも優秀な若手は火野には多いが、一個人のインパクトとしては対抗できない。


 しかも近隣の星守には真昼がいる。真昼も彰と同じがそれ以上の存在だ。


 これも火野の長老衆を焦らす要因でもあった。


 そんな中、長老衆に取っては降って沸いたような星守との婚姻話。相手が落ちこぼれと名高い真夜であることに、最初は難色を示す者が多かったが、紅也の話を聞き星守で起こった交流会の報告書を読んだ後は掌を返したように婚姻話に多くの者が乗り気となった。


 様々な外部の変化に対応するため、この婚姻は何よりも重要。しかも次男坊であるために、婿に取れる可能性もあると。


「いい加減にしろ。俺の娘は一族の道具じゃ無い。本人が納得している事をこれ以上、外野があれこれ口を出すな。そっちがその気なら、俺にも考えがある。別に俺は家族を連れて、火野を出ても良いんだぞ」


 怒気を出しつつ、紅也は長老衆に凄む。長老衆にも派閥があり、紅也や当主を全面的に支持する者から、反目している者、中立を取っている者もいる。


 紅也のビリビリとした本気の威圧に、文句を言っていた者達が萎縮し出すし、その発言に多くの者がぎょっとする。


「紅也! お主!」

「俺も火野は生家だし、兄者にも世話になっているから我慢していたが、そっちがその気ならこっちも強攻策に出るぞ」

「紅也! 何を言っておる!?」


 本気で怒っているのか、このような場では一人称を私としている紅也が俺と言っている。これまでの鬱憤も堪っていたのか、紅也の反撃に長老の一人が反発する。


「こっちも我慢の限界だ。星守にしても別に火野一族としての朱音じゃなくても婚姻には問題ない。むしろしがらみがない分、向こうとしても旨味があるだろうしな。俺も独立して、朝陽にでも頭を下げれば仕事くらいもらえるだろうよ」


 ここぞとばかりに紅也は吠える。星守としても一族同士の繋がりを強化するための婚姻話では無いため、面倒ごとがない分、そちらの方が利点がある。


 親友と言っても差し支えない関係のため、申し入れれば朝陽は紅也と美琴を食客扱いで好待遇で星守に取り込むだろう。


 紅也が本気であることを感じ取ったのだろう。虎の尾を踏むかのような事をしたと自覚した長老達は、押し黙るしか無かった。


「渇っ!」


 上座から声が響く。今まで腕を組んで目を閉じて、黙って話を聞いていた当主の焔が目を見開き、ひと睨みする。


「この件は当主たる俺が責任を持つ。下手に騒ぐことも許さん。星守へは嫁に出すのと、正妻か側室かの判断は星守側に任せる」

「ですが当主! 側室では星守での火野の影響力が……」

「くどい! このまま騒げば紅也が本当に火野から出て行くぞ! それに勢いを落としたとはいえ、今の星守の心証をこれ以上悪くする気か!? 自分達が星守の立場ならどう思う? 最悪、朝陽殿と明乃殿が敵に回るぞ」


 紅也だけで無く、焔にまで強く一喝された長老達はさらに黙り込んだ。


 星守でこの婚姻が乗り気なのに対して、このまま火野があれこれ注文をつければ、相手の心証が悪くなるのは


 当然だ。自分達に置き換えて見ろと言われると、確かにその通りだと顔を見合わせる長老達は多い。


 紅也にしてみても、火野から出て行かれるのはよろしくない。紅也は火野でも当主に次ぐ実力者である。


 雷坂、星守に実力でも対抗するためにも、紅也ほどの実力者は火野に所属していてもらわなければならない。


「わかったな。紅也もそれでいいな? もし今回の件に誰かが口出しするなら、お前の好きにすればいい」

「……はい」


 焔の言葉に紅也は深々と頷く。その後はこの話題は終わりだとして、他の案件の話し合いがなされた。


「紅也、ほんとにすまんな。俺の力が足りないばかりに」

「いや、兄者も苦労しているのはわかっているさ。まあもう朱音の件も心配する事も無くなったから、俺も好き勝ってできる」


 重鎮同士の話し合いが終わった後、紅也は兄である焔と二人で話をしていた。


 紅也の場合、美琴との結婚や朱音の問題があったから火野に帰属していただけで、そのしがらみがなければ一族を出奔しても問題ない。結婚の際も一族を出奔しても良かったが、美琴に止められたのと今後を考えれば火野の庇護下にいる方が得があると考えたからだ。


 その旨味がないのであれば、出て行くのも当然だ。


「むう。お前は昔から苦労していたが、俺より早く肩の荷を降ろせて羨ましいぞ。こっちはまだ子供二人の事も心配しなければならん」

「赤司も火織も兄者の自慢の子供だろ」

「とは言え、あの老人共を相手にせねばならんのはな。赤司は口下手だし、火織も当主には向かん」


 当主も当主で子供の事が心配なのだろう。はぁと大きなため息をつく。


「それに赤司は最近、自分の力に伸び悩んでいるようだ。火織は交流会から帰ってきて、より修練に力を入れているが……。それは紅也も同じか」

「俺も鍛え直しだ。兄者もうかうかしてると、どんどん若い奴らに抜かれていくぞ。まあ長老共にはああ言ったが当面の間、火野から出て行く気は無い。兄者も困るだろうからな」

「困る。非常に困る。お前は俺の右腕だ。出て行かれたら、俺の苦労が増える」


 腕を組み、うんうんと頷く焔に紅也は苦笑する。


「だからだよ。しかし朱音の事でこれでも揉めるようなら、実行するからな。真夜君は朱音を嫁に出すには申し分ないほどに成長していた。男としても退魔師としてもな。だから安心して送り出せる」

「お前がそこまで言うほどか」

「おう。朱音が火野一族の一員でなくても、真夜君は朱音を嫁に貰ってくれる。まあ結婚してからの心配はあるが、あの三人なら何とかしていくだろう」


 嫁が二人だと色々と揉める事も心配しているが、渚を紅也もいい子であると思っているし、朱音も人を見る目はあると思っている。だから父親としては娘達を信じようと思う。


「そうか。俺も一度、きちんと会ってみたいものだ」


 星守との公の場で真夜に会った機会はあまりない。焔も話に聞くだけで、今の真夜を直接見たわけでは無い。そのため焔も興味を抱いている。尤もそれは焔に限らず、噂を聞いた大勢の退魔師関係者に取ってもだった。


「だがしばらくの間、彼も苦労するかもな」

「そんな事で、俺の義理の息子は揺るがんさ」


 どこか楽しそうに、焔の言葉を紅也は笑い飛ばすのだった。


 ◆◆◆


 と、そんな信頼を義理の父から寄せられている真夜はというと、期待とは裏腹に割とくだらなく、当人にしてみれば、切実な問題の解決を全力で目指していた。


(やっぱりどう頑張っても答えはでねえか)


 放課後になり、朱音と渚はクラスや委員会での仕事があったので、真夜とは別行動を取っている。


 真夜は二人が仕事が終わるまで時間がかかるので、一人で先に帰宅することになった。


 待っていても良かったのだが、朱音に夕食の食材の買い出しを頼まれた。ついでに朱音と渚の家の減っている日用品も買ってきて欲しいとのことだ。


 朱音にはいつも食事を作って貰ってるし、渚にも勉強だけでなく色々と世話になっている。


 渚は恐縮していたが、これくらい苦でも無いし、日用品も割と量を買えば重い。朱音も渚も退魔師のため、一般的な女性よりも力は強いが、こういう役目は真夜の領分だ。


(一緒に買い物してるのを見られても困るしな。まあ火野と京極との話が纏まれば、周囲にバレても問題はないが)


 デートなどはできる限り遠出して見られないようにしているが、生活品を一緒に買い歩くのは同棲していると疑われかねない。実際、三人で半同棲生活のような事をしているのだが。


 スマホのメモを確認しながら、スーパーで食材を選んでいく。


 その間も、色々な事を考えてしまう。


 友人二人に話を聞いて貰い、多少は冷静になった真夜だがやはり答えは出ない。友人二人には面倒な相談をしてしまったが、親身に話を聞いてくれたし真剣にアドバイスもしてくれた。


 本当にありがたい、得がたい友人だと真夜は思った。


(もう二人に言われたとおり、当日の勢いに任せるしかないか。後にする方は別にフォローして……ん?)


 買い物を終え荷物を両手に持ちながら、前向きなようで後ろ向きな事を考えながら帰路を歩いていると、不意に嫌な気配がした。


 妖魔の気配とは少し違う。しかし妖気に近い邪気を感じる。ここから距離はそう遠くは無い場所だ。


(この街は霊的に安定してるし、妖魔が突然生まれる事もほとんど無いはずなんだがな)


 しかし何事にも例外は存在する。もしくは真夜が帰還してすぐ起こった、六道幻那と邂逅する切っ掛けとなった、弥勒狂司が妖魔を解き放ったように、何者かが悪事を行っている可能性もある。


 あるいは事故などで死んだ者の、浮遊霊が迷い込んできたのかもしれない。


(朱音や渚が帰ってくるまでまだ時間があるな。面倒ごとの可能性は高いが、無視するわけにはいかないか)


 厄介ごとの可能性が高いなと真夜は考える。星守の交流会以降は厄介な事件に巻き込まれることは無かったが、今回はどうだろうか。


 荷物を持ちながらではあるが、真夜は集中力を高めいつでも臨戦態勢を取れるようにする。霊符を一枚展開し、自分の防御に回す。他の霊符もいつでも展開できるようにする。もちろん十三番目の霊符のルフもだ。


 気配は人気の少ない裏路地の方からする。警戒しつつ路地に入る。


 もう夕暮れは過ぎ辺りは暗くなっていたが、路地はさらに暗い。目に霊力を集中させると、普通の人間には見づらいこの路地裏も、真夜には昼間のように見ることが出来る。


 路地には何かがいる。子猫ほどの大きさのドブネズミだ。


 だが僅かにドブネズミの身体から黒い靄のような物が見える。妖気だ。まだ弱いし、ドブネズミ自体も妖魔に変化してはいない。ドブネズミの状態は、まるで妖気に取り付かれているかのようだった。


(悪霊か妖魔に接触したのか? けどなんでこんな街中に)


 疑問は尽きないが、放置するわけにもいかない。現時点でも妖気に充てられて凶暴化しているようで、真夜に向かい威嚇している。一般人が襲われれば大怪我どころか、最悪は命を落とすだろう。


 シャァァァァァ!


 真夜を敵と認識したのだろう。さらに声を上げ、真夜に向かい突撃してくる。


 だが真夜は十二星霊符を展開し、突撃を防ぐと共にドブネズミを浄化する。


 ドテッと地面に倒れたドブネズミは目を回していたが、すぐに目をぱちぱちすると正気に戻ったのか、真夜の姿を視界に納めると一目散に逃げていった。


 その姿にため息をつくと、真夜はそのまま路地の奥へと進む。他に何か無いかを確認するためだ。路地の奥は行き止まりになっている。


「……おいおい。マジかよ」


 真夜は呆れたように呟く。この街中の、それも何の秘匿も隠蔽もせずに、こんな馬鹿な事をしでかす奴がいるとは思っていなかったのだ。いくら何でもこれはお粗末すぎる。


 真夜が見つめる先にはペンキで書き殴ったような、六芒星の魔方陣が大きく描かれていたのだった。


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