第三話 悩み


「クリスマス、勝負に出るべきかと思うの」


 ルフと鞍馬天狗の戦いを観戦した後、朱音は渚と一緒に自室に戻って難しい顔で渚に告げた。


「ここ数ヶ月、真夜と恋人になれたしデートもしてるけど、まだキスすらしてないのはどう考えてもおかしいと思うのよ」

「朱音さんの言うことはよくわかります。はい」


 朱音の言葉に渚も頷く。真夜と恋人関係の二人だが、真夜のルフに対する態度や表情を見て、どこか危機感を覚えていた。


 ルフの事を二人は畏敬の対象としてみている。


 彼女は強い上に、真夜が一番に信頼している相手である。朱音や渚も彼女に対して色々な恩もある。


 しかしそれとこれとは話が別である。


 ぶっちゃけ、女としてもルフに勝てる気がしない。


「もしルフさんが普通に真夜の隣にいたら、あたし絶対に勝てる気がしない」

「私もです」


 大人の女性を思わせる妖艶な姿と雰囲気。背も高く、抜群のプロポーション。強さは真夜よりも上で、弱体化してなお、真夜を十分に手助けできる。


 他にも高野山の一件でも指導力があることも見せており、他にも色々と出来ることは多そうだった。


「このままじゃマズイわ。真夜の気持ちが離れることは無い、と思うけど……、思いたいなぁ」


 どんよりとネガティブ思考になっていく朱音。どこかの雑誌でキスも肉体関係もない相手は遠からず離れていくという記事を見たことがある。


 女としても退魔師としてもルフに負けているのでは、この先真夜の気持ちが冷めていくのではないかと心配になってしまうのも無理は無い。


「真夜君に限ってそんなことはない、と思っていますが、やはり不安はありますよね」


 真夜にその気は無いのだが、進展しているようでしていない二人との関係は、彼女達からすれば釣った魚に餌をやらない状態だった。


 世間一般からすれば、両親に挨拶して許しをもらっているので、進展しているのは間違いないのだが、乙女として何も進展していないというジレンマである。


「そりゃ、この数ヶ月だけでも色々な事件があったし、真夜も大変な目に遭ったりしてたから、そう言う雰囲気になりにくかったのは仕方が無い部分はあると思うんだけど……」

「そうですね。それに私や朱音さんのご両親にも、真夜君はきちんと話を通して認めて頂きましたし、文句を言うのも違うとは思うのですが……」


 恋人関係になってから、京極の六道幻那の事件やら真夜の危篤や弱体化、はたまた渚の養子入りや星守交流会での事件やらで、何かと事件が立て続けに起こっている。


 仕方が無い部分はあるかもしれないが、流石に恋人同士になってキスすらしていないのは女として不満も上がるだろう。


「手を出してこないのは、まあお父様とかに釘刺されてるとかありそうだけど」

「私の父もその当たりには厳しそうですからね。もしかすれば言われているのかもしれませんね」


 手を出さない真夜への不満は、なぜか二人の父である紅也や清彦にまで飛び火した。清彦は何も言っておらず、紅也にしても真夜に手を出すななど一切言っておらず、黙認するとまで言っていたのに酷い誤解である。当人が聞けば全力で否定するだろう。


 清彦もその件に関しては何も言っておらず、澪との関係もあり責任を取ることをきちんと明言している真夜ならば、渚に手を出しても何も言う気もなかったし、真夜が望むのなら、結婚前に手を出しても黙認するつもりだった。


 もしこれを二人が知っていれば、真夜に対してヘタレという感想を抱いただろう。


「でも恋人になって数ヶ月も経ってるのに、キスもしないとかないわよね」


 朱音は以前、真夜の頬にだが自分からキスをしている。あの時はとても気恥ずかしい思いをしたし、真夜が一切動揺をしなかったので、もう一度自分からキスをするのに及び腰になっていた。


(でもやっぱりキスは真夜からされたいのよね)


 朱音の乙女心は、やはりキスは自分からするよりもされたいと思っていた。


「朱音さんは真夜君からキスをされたいんですか?」

「そうね。あたしは自分からするよりもされたい派かな。渚はどうなのよ?」


 こういうガールズトークは二人はあまりしないのだが、今回ばかりは違った。


 クリスマスも近いこともあり、今まであまり話が出来なかった反動なのか、朱音も渚も積極的に恋バナに花を咲かせる。


「私はその……されるのも良いですが、雰囲気によっては自分からするのもありかなと……」


 普段お淑やかな渚の事だから、朱音はてっきり自分と同じようにキスをされたい派かと思っていたのだが、意外と渚の方が積極的なようだった。


「意外ね。渚はてっきり待つタイプだと思ったんだけど」

「真夜君からしてもらうのもとても素敵だと思うのですが、自分からして相手を驚かせたいと言いますか」


 少し照れながら両手を合わせ、自分の好きなシチュエーションを語る渚。とても乙女チックな姿に同性の朱音もぐっとくる物がある。


 この姿を見せば、真夜もすぐにキスくらいするのではと思うのと同時に、朱音はまた危機感を抱いてしまう。


「私も意外でした。朱音さんは行動的な人ですから、キスも自分からしたいのかなと思っていました」

「あー、うん、まあ、ね。でも何というか、こう、好きな人から強引に唇を奪われるとかよくない? あっ、別に強引で無くても、そんな雰囲気になったら、自然と真夜の方から迫ってくるとか。壁ドンとかも真夜からされたら、凄くドキドキしそうだし」


 その光景を思い浮かべているのだろう。朱音は顔を真っ赤にしており、プシューっと湯気を噴き出しているようにも見える。


 普段とのギャップに渚は、この様子を真夜が見れば朱音を放っておかないのでは無いかと思った。実際、渚から見ても朱音は魅力的に見える。


「と、とにかく! クリスマスの件よ! 学校のパーティーはもちろん楽しむとして、その後よ!」

「そ、そうですね。プレゼントも用意しないといけませんしね。と言っても、前から目星は付けて準備はしてましたが」

「真夜もプレゼントを渡したいって言ってたから、あたし達も真夜に喜んでもらえるようにしないとね」


 一瞬、二人の脳裏にプレゼントは私、というリボンを巻いた自分の姿が浮かび上がったが、二人は顔を真っ赤にしてぶんぶんと頭を左右に揺らしてイメージを振り払う。


 これは流石にはしたない。真夜も喜ぶと言うよりも動揺して、余計に前に進めない気がする。


「頑張りましょう、渚。クリスマス、キスまでは絶対にするわよ」

「はい、頑張りましょう朱音さん」


 こうして二人は日付が変わってからも、クリスマスに向けて話を続けるのだった。


 ◆◆◆


 恋人二人がクリスマスの相談をしているのと同じ頃、真夜もまた自室で色々と頭を悩ませていた。


 クリスマスに向けてキスは必ずすると意気込んでみたはいいが、これまでそれが出来なかった原因はひとえに恋人が二人いるからに他ならない。


 周囲からすればヘタレと言われるかも知れないし、二股かけるからだと怒られるしれないが、これは本当に悩む。


 もし朱音と渚の二人を恋人にするのでも、どちらかを先に恋人にしてもう一人を後からとかならば、ここまで悩むこともなかった。


 いや、その場合、真夜は二人目を恋人になどは絶対にしなかったであろうが。


「ああ、くそ。どっちからしても角が立ちそうだ。朱音からにすべきか、渚からにするべきか」


 贅沢な悩みである。恋人のいない男が真夜の言葉を聞けば、嫉妬と恨みの視線を向け、死ねとか最低野郎とかやっぱり死ねとか吐き捨てるだろう。


 真夜ももし知り合いにこんなこと相談されたら、それこそ双子の兄の真昼に、楓と凜のどっちから先にキスしたら良いと思う? なんて聞かれたら、知るかと言うだろう。


「親父や母さんに相談なんて出来るわけ無いし、婆さんなんて論外。兄貴も同じだ」


 恋人関係で身内に相談するなどあり得ない。真昼が一番状況的に似ているが、あちらは自分達ほど進展していないし、下手にこんな話をしてこじらせるのもマズイ。


 しかしどうすればいいのか。


 こんな時に異世界の仲間達ならばどう答えるか。


「……二股したお前が悪いとか言いそうだな。いや、相談には乗ってくれそうだけど、一部凄くからかってくるだろうな」


 聖騎士の青年はこんな話でも、真面目に相談に乗ってくれるだろう。


 剣聖の少女は毒舌を吐いて、色々とネチネチ小言を言ってくるだろう。


 武王の師匠は、面白がってキスした後、強引にでも押し倒してうやむやにしろと言うだろう。


 大魔道士のロリババアは、ウザ絡みして根掘り葉掘り聞いてくるだろう。


 聖女の少女は苦笑いして少し咎めながらも、聖騎士と同じできちんと話を聞き、案を出してくれるだろう。


 勇者の少年は武王と同じで大爆笑するが、その後は真面目に考えて、それでもアホな意見を出してくるだろう。それとも二股かけた真夜を殴るだろうか。


「いない相手に相談をするのもな……」


 朱音や渚以上にドツボに嵌まってしまう真夜。その日は一睡も出来ずにいた。


「どうしたの、真夜? なんか眠そうよ?」

「お疲れですか? 昨日は結界の構築などで力を随分と使われましたからね」

「いや、ちょっと眠れなかっただけだ。心配しなくてもこれくらい慣れてるから」


 朝になって、やってきた朱音と渚に心配される始末だ。異世界でも徹夜したことは何度もあった。理由はまったく比較にならないほど自業自得だが。


「あんまり無理しちゃだめだからね」

「真夜君はいつも無理しますからね」


 心配されているのか、呆れられているのか。しかしこの悩みを二人に相談する訳にもいかない。


 学校に着いてからも、悩みが消えることは無い。


「おっ、今日は浮かない顔してんな。せっかく期末の成績がよかったのに、どうしたよ?」

「悩み事でござるか? 拙者達で良ければ相談に乗るでござるよ」


 教室でも難しい顔をしていたのか、卓と景吾が声をかけてきた。


「ん、あー、そんなに顔に出てたか?」

「真夜らしくないほどに、顔に出てたぜ」

「真夜殿がこれほどまでに顔に出す悩みと言うのは珍しい出ござるな」

「つうか、火野や星守に相談できない悩みってこったろ? 俺らで良ければ話くらい聞くぜ」


 真夜が連むこの二人は、何かと面倒見と勘が良い。卓は困った奴を放っておけない性格だし、景吾も変わったしゃべり方をして普通がいいと言いながら、人がやりたがらないことを率先してやるような男だ。


 そんな二人だからこそ、真夜も友人として心許している。


「助かる。ここじゃあれだから、場所変えてくれ。ついでに言っとくけど、多分二人からしても呆れる内容だと思う」


 退魔師関連の知り合いには、絶対にこんな話は出来ない。と言うよりも退魔師関連では同年代の知り合いは多いが、友人と呼べる人間が果たしているかどうか。


 人のいない場所へと三人は移動すると、真夜はぽつりぽつりと悩みを口にする。


 あまりに悩みすぎて一睡もしていないことで、真夜もかなり冷静ではなかった。こういう時も異世界では仲間に相談していたため、誰かに話を聞いて貰いたかったのもあり、勢いで二人に相談した。


 真夜のどちらから先にキスをすべきか、と言う悩みを二人は真剣に聞いているが、卓は若干顔がヒクついている。景吾はいつもと変わらないようだが。


「と言うわけなんだが……」

「いや、まあ、相談に乗るとは言ったけどよ、答えにくい内容だな」

「うーむ。拙者も何と言っていいものか」


 相談を受けた卓も景吾も良い案が浮かぶことは無かった。いや、内心ではどう答えて良いんだと頭を抱えている。


 真夜がくそ真面目に相談してくるから、二人も真剣に話を聞いたが、どちらを先にしても角が立つし、下手にアドバイスして修羅場になれば、卓と景吾にも飛び火しかねない。


 朱音と渚だけで無く、玲奈や可子まで話が漏れれば大変な事になるのは火を見るよりも明らかだ。


「……だよな。俺もこんな事相談されたら、勝手にしてくれとしか言えねえ」


 力なく笑う真夜。妖魔相手なら弱体化しても超級とも渡り合えるのに、今は周囲から見れば割とくだらない事で悩んでいる。当人はいたって真面目に真剣に悩んでいるのだが。


「こればっかりはな。いや、もう三人できちんと話し合って、順番を決める方が角が立たないんじゃね?」

「拙者もそう思うでござる」

「そりゃキスはムードっつうか、雰囲気っつうか、俺もシチュエーションとか色々と考えるけどよ、真夜の場合はそんなこと言ってられねえと思うぞ」

「お二人と付き合って数ヶ月もキスも無しでは、今時の女性は不満ではござらんかな。付き合いだした頃は頻繁にキスをするとか、どこかの雑誌で読んだでござるよ」

「今時、付き合って四ヶ月も経ってキスもしないとかありえなくね?」

「二人も待っているのではござらんかな」


 真夜は二人の正論に何の反論も出来ない。


「はぁ-、だよな」

「話し合いが無理ならよ、もういっそその場の勢いで決めたらいいんじゃね? としかアドバイスできねえわ」

「卓殿の意見にも一理あるでござる。拙者からはそうでござるな、真夜殿は考えすぎているようなので、真夜殿がどうしたいか、その心に従ってみるのも良いのではござらんか?」

「それって結局俺と同じで勢い任せってことじゃね?」

「そうとも言うでござるな」


 二人ももっと的確なアドバイスが出来れば良かったが、残念ながら良いアドバイスが出来なかった。


「悪いな二人とも。助かった。話を聞いてもらっただけでも随分気持ちが楽になった」


 話したことで真夜も少しだけ余裕が出てきた。きちんとした答えも解決案もまだだが、気持ち的には割と楽になった。


「おう。まあなんかあったら、また相談くらいは乗るって」

「友人でござるからな」

「けどまあ、友人から一言言わせてもらうと、マジで刺されんなよ?」

「……気をつける」


 友人からのありがたい言葉に、真夜はしみじみと呟くのだった。


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