第二話 交渉と手合わせ


 星守本邸にて、真夜の父である星守朝陽はどこかしこへと電話をかけていた。


「ええ、ではまた後日に正式に伺います。はい。では……ふぅ。思った以上に話が進まないですね」

「向こうも色々と思惑はあるだろうからな」


 隣で電話を聞いていた真夜の祖母の明乃は、通話が終わるのを見計らい朝陽へと声をかける。


「概ね話はまとまりそうですが、何分あちらも一枚岩ではないですし」

「……だろうな。今となっては京極の方がまだ話がわかるぞ。今の火野は色々と面倒ではあるな」


 二人が難しい顔をしているのは、真夜と朱音や渚との婚姻の正式な締結の話であった。


 渚の方はすでに星守に正式に養子入りしているので、真夜との婚姻はほとんど星守の一存で決められる。


 京極も実力を示した真夜との婚姻ならば問題なく、渚の父である清彦が賛成しており、先の六道幻那の事件で、反対意見を述べる長老衆が京極にほぼいなくなっている事もあり、思った以上にあっさりと決まった。


 ただ、朱音の実家の火野の方は思った以上に難航していた。


「そうですね。火野の当主や紅也は問題ないのですが、向こうも長老衆での意見が分かれていますね。彼らも少なくない権力を握っていますから、意見のすり合わせや調整が難しいようです」


 朝陽や明乃が難儀しているのが、火野一族との交渉だった。


 火野としても星守との結びつきの強化は望むところだったが、紅也や美琴の話や報告書を読んで真夜の実力を知った火野の長老の一部が婿に取れないのかと騒ぎ出したのだ。


「渚ちゃんとの事もあるので、婿に出すことは出来ないと説明したのですが」

「まったく。連中も色々と思うところがあるのだろうが面倒なことだ。ごねた所で、こちらが折れるとでも思っているのか」

「他には朱音ちゃんを正妻にと言う話ですね。これも当人達の話し合いで決めると伝えてはいるのですが、こちらに関しては賛成派も口を出してるようです」


 真夜の婚姻を進めるに当たり、朝陽以上にやる気を見せている明乃に朝陽は思わず苦笑した。真夜と和解してからもだが、交流会以降の明乃の真夜へのデレっぷりは傍目にはあまりわからないだろうが、朝陽や結衣からすれば益々増しており、今回の火野の対応に一番憤慨しているほどだった。


「あちらももう少し柔軟に対応して欲しいものです」

「連中としても周囲の変化も無視できないのはあるだろうな。先日の交流会で発言力を落としたとはいえ、星守も真昼と真夜の強さが際立ったからな」


 火野も次世代は優秀な術者はいるが、真昼や真夜に比べればどうしても見劣りする。


 また火野の長老衆も他界した京極の長老衆ほどで無いにしても、面倒な連中はいる。それらが色々と口出しして、纏まりを悪くしている。


 特に火野は勢いを落とした星守や、やらかした雷坂、京極とは違いまだ失態らしい失態がないので、関東圏での覇権争いを狙おうと画策している長老がいるほどだ。


「それにここ最近、雷坂の方でも色々と変化が起こっているようだからな。火野としても星守だけでは無く、雷坂も警戒しないといけなくなったのだろう」

「ああ、彰君の影響ですね」

「そうだ。又聞きだが、強引ではあるが雷坂を急速にまとめているようだな」

「私もそれは聞いています。確かに彼ならやりそうですね」


 火野の一部が真夜を取り込みたい理由は真夜の力もあるが、ここ最近、急速に纏まり大変革を起こしている雷坂の影響もあるようだった。


 その中心にいるのが、雷坂彰だ。


 先日の交流会でさらに成長した彰は、次期当主に正式に決定し、自らも一族内で次期当主になることの宣言を行った。


 今はまだ若輩で学生の身のため、実務などは長老衆や彰の父である早雲が担う事になっていたのだが、何と彰は早々に従兄弟の仁や早雲を巻き込み組織改革を断行した。


 これは本人が当主として君臨するが、統治には興味がないため、自分ができる限り何もしないで組織が運営出来るようにするためでもあった。


 ぶっちゃけ彰にとって修行の時間を、当主の仕事の時間に取られたくないためである。


 長老衆はこれに反発を見せたが、彰は圧倒的な力を見せつけることで強行に推し進めていった。


 超級クラスの当人の実力と雷坂最強の式神・雷鳥を有することで、若手やベテラン勢を味方につけ長老衆の反発を抑えた。


 さらに当人は当主の地位には興味がなく、別に当主から降ろして追放してくれても構わないとまで宣言した。


 長老衆からしてみれば、今の雷坂に彰はいて貰わなければ困る人材だ。強さもだが雷鳥を従わせたことで生まれた圧倒的なカリスマは、若手ベテラン問わず多くの一族や門下生達を惹きつけた。


 それだけに及ばず、今まで数世代にも渡って使役できなかった雷鳥のインパクトは雷坂だけではなく、外にも響くことになる。


 星守でも超級の式神を従えた術者は多くないのに、雷坂の次期当主が従え、若手最強の星守真昼と肉薄したという話は、話題性に事欠かなかった。


 またかつての彰は、誰彼構わず喧嘩を売るような狂犬のようだったが、今の彼は最強を目指しそれに邁進する求道者のようであった。


 強いだけでは無く、苛烈でありながらも威風堂々に、貪欲に最強を目指す、眩しくも惹きつけられる今の彰の姿と生き様に、長老衆の中にも感銘を受ける者も出始めたという。


 だからこそ先代当主の鉄雄やその息子の光太郎ではなり得なかった、雷坂の強靱な柱として彰は君臨し雷坂を纏まらせることに成功した。


「退魔師は強さに敏感ですし、雷坂はかつての北海道開拓の名残で荒くれ者が多い感じでしたからね。彼に憧れる者は少なくないでしょう」

「強さに憧れるのはどこも同じだ。お前や真昼とて真夜に影響されているではないか」

「それは母様も同じではないですか」


 真夜の強さに感銘を受けた二人からすれば、雷坂の気持ちもよくわかるというものだ。


 実際、今の彰が雷坂から出奔することだけは、長老衆は何としても避けたい所だろう。彰に出て行かれれば、雷坂は没落とまではいかないが、大きく力や影響力を落とすだろう。若手で彰に心酔する者は一族、門下生共に多く、一緒についていくと言い出しかねないほどであった。


 さらに彰の後に当主になるだけの強さとカリスマ性を持つ人間は雷坂にはいないため、どうしても長老衆は強気に出れないのだ。


「私も人のことは言えんが、どこも年寄りは厄介だからな。尤も星守はお前が上手くやり込めたようだが。時雨も今ではすっかり大人しくなったな。やり過ぎとは言わんが、お前にしては強攻策に出たな」

「ははは。何のことですかな?」


 明乃の指摘に朝陽は笑いながらはぐらかす。


 朝陽に釘を刺された時雨は、今ではすっかりと大人しくなった。最近では盆栽を弄ったり、他の老人達と将棋や囲碁をしたりと、どこにでもいるおじいちゃんとなっていた。


 あまりの変化に周囲は困惑し、不気味がっていたほどだ。


「裏で何かを画策している様子もないし、星守の外への働きかけも見受けられない。奴も流石に諦めたか」

「ええ。私の方でも鞍馬に協力して貰って監視はしていますが、今のところ問題ないでしょう」


 朝陽としてはあそこまで言ってなお、何かをするのではないかと言う懸念はあり、そのための策をいくつか用意していたのだが、今のところ時雨に怪しい動きは無い。


 当然ながら、時雨もまだ死にたくないし、今の地位を手放したくも無い。朝陽が優秀な事も理解していたため、本気で朝陽と敵対すればどうなるかを再度認識されられたので動くに動けず、朝陽の言うとおり大人しくすることに決めたようだ。


「問題があれば私が対処しますよ」

「わかった。何かあれば私も動こう。それよりも火野だ。些か厄介だが、何としても話を認めさせるぞ」

「わかっています。紅也と当主は乗り気なので、最悪は強行に進めることも出来ます」

「それは最終手段だな。出来れば穏便に話は進めたい」

「心得ています」


 しばらくの間、二人は真夜の事だけでなくいくつかの案件について話し合う。


「しかしよく鞍馬天狗がここまで協力してくれたな」


 話し合いも一息ついた頃合いで、お茶を飲みながら明乃は朝陽にそんな疑問を投げかけた。


 鞍馬は昔から朝陽に甘いというかよくアッシーにされていたが、先日の真夜の力の証言や時雨への対処の協力など、ただ働きさせるには有り余る仕事をして貰っている。


 気位の高い鞍馬が、朝陽のためとはいえそこまで親身になって協力するとは思えなかったようだ。


「ええ。ですからこちらも鞍馬の頼みを聞くようにしています。取り敢えず、私の仕事も入っていない今日は、鞍馬は一人で出かけていますよ」

「何?」

「まあ私では無く、真夜も関わることですし、今回が初めてではないのですが。また真ちゃんにはお小遣いの増額をしないといけないな。いや、この場合は報酬になるのかな」


 そう言って楽しそうに笑う朝陽を、明乃は不思議そうに問いただすのだった。


 ◆◆◆


「Aaaaaaaaaa!!!」

「ふん!」


 黒翼を持つ者達が、激しくぶつかり合っていた。


 方や長い鼻を持つ男の天狗。方や美しい黒髪を持つ、目を覆う眼帯をした黒い法衣姿の女性。


 鞍馬天狗と女天狗の姿に偽装した堕天使・ルフであった。


 また離れた場所には彼らを取り囲むように、五枚の霊符が浮遊している。


 錫杖や刀で攻撃を繰り返す鞍馬天狗と、両手に霊力の刃を作り出し、それを受け止め、時には受け流すルフ。


 二人が切り結び、ぶつかり合うたびに周囲に霊力の衝撃波がまき散らされるが、それらはすべて結界に遮断され外へは一切の影響を与えない。


 なぜ鞍馬天狗がルフと戦っているのか。それは鞍馬天狗が申し入れ、ルフも調整がてら強者との戦いを望んだためである。


 天狗は元々修験者とも言われている。鞍馬天狗は特に厳しい修行を自らに課し、強くなることに貪欲だった。


 鞍馬は堕天使状態のルフとも一度戦ってみたいと考えており、高野山で明乃達が模擬戦をしたと聞かされた時は朝陽共々大変悔しい思いをした。


 そんな中、鞍馬は朝陽や真夜に多くの貸しを作ることで、ルフとの手合わせを申し出た。


 今のルフは堕天使の時よりも喚びだし易い上に、彼女も分体の慣らしや真夜への負担の確認、どれだけの力を使えるか試したいこともあり、真夜との話し合いの結果、鞍馬天狗とルフの手合わせが実現した。


 この手合わせもすでに数度目である。


 未だに真夜は五枚以上の霊符を使えないので、真夜は結界の維持を優先する。


 超級上位クラスの全力の戦いの余波は凄まじく、結界が無ければ周囲への被害は甚大な物となっていただろう。


 鞍馬天狗はルフとの戦いが楽しかった。彼もまた、長きに渡り、自らと渡り合える相手に出会えていなかった。朝陽も強く、時折鍛えたり相手をしたりしていたが、人間ということもあり、どうしても全力で戦えなかった。


 しかしルフは違う。鞍馬の全力をぶつけてもそれに対応してくる。自分の技や力を気兼ね無しに全力で試せる。これほど楽しいことがあろうか。自分はまだまだ強くなれる。その確信もあった。


 さらに今の彼女は全力であっても、まだ上がある。堕天使状態のルフは鞍馬天狗よりも圧倒的に格上。


 今の鞍馬は今までに無いほどに充実していた。鞍馬も彰に近い性質かもしれない。


 戦いでの高揚感。緊迫した、勝つか負けるかわからない戦い。


 ルフも鞍馬を打倒しようと全力で向かってくる。その相手にどう戦い、どう勝利を収めようか、思考するだけでも満ち満ちていく。力を増すと共に、力が洗練されていく。ルフと戦うごとに強くなっていく実感がある。


(そうじゃ。儂が求めていたのは、朝陽の呼び掛けに応えたのは、こんな相手と戦うためだ!)


 若き日の朝陽の召喚に応じたのも、朝陽が強くなる可能性を秘めていただけではない。その朝陽と共に強者と戦う事を夢見たからに他ならない。


 異界でも鞍馬と戦える存在はそこまで多くは無い。異界でその相手を見つけるのも難しい。いたとしても鞍馬が思い描く戦いになるとも思えなかった。


 だが今のルフとの戦いは、その鞍馬が思い描く戦いだった。


(今のお主に勝ち、儂はさらに強くなり、そして本当のお主をも打倒してみせる!)


 目指す頂が高いほど燃えるものだ。


 ルフも鞍馬には真夜の件での借りもある。だからこそ鞍馬が望むように全力で彼の力を受け止める。


 空中で、地上で、縦横無尽に飛び回り、二人は笑みを浮かべ交差し続ける。


「ほんと、離れて見てるのに伝わってくる衝撃が凄いわね」

「はい。先日の交流会でも経験しましたが、あの時は結界の外側から見ていたのに対して今は中からですからね」


 そんな二人の戦いを少し離れたところとはいえ、結界の中から朱音と渚は見守っていた。


「こうやって高レベルの戦いを間近で見ることもだが、この圧に動じないようになれば、もう一段階上に行けるだろうよ」


 結界を展開し、周囲への影響を完全に遮断しながら二人の隣で観戦していた真夜も異世界での経験などを下にアドバイスを行う。


「あたし達もまだ真夜の霊符の強化があって、やっと特級クラスを倒せるレベルだもんね」

「まだまだ精進が必要なのは間違いありませんね」

「まあそうなんだが、一流の退魔師なら素で最上級を倒せるなら十分だし、俺の霊符の強化で特級倒せるなら、かなりのもんだと思うけどな」

「真夜がそれを言う? 最近は最上級どころか特級や超級が当たり前で覇級とも遭遇したのよ? 最上級を倒せるくらいで有頂天になってたらダメでしょ」

「加えて、同年代の退魔師には真昼さんや雷坂彰さん、水波流樹さんと言った手練れがいます。他にも星守海さん始め、優秀な方が多いですからね」

「まっ、その筆頭は真夜なんだけどね。真夜の力になろうと思ったら、特級どころか超級とやり合えないと話にならないじゃない」


 朱音と渚の指摘に肩をすくめる真夜。彼女達の言うことも間違っていない。


「朱音と渚も凄い速さで伸びてると思うけどな」


 ただ比較対象が異常なだけで二人も間違いなく強いのだが、彼女達にとって真夜の言葉は慰めにもならない。


「けどルフも楽しそうだ。色々と鬱憤も堪ってたみたいだし、これで解消してくれたら言うこと無しだな」


 ルフも真夜の中で封印され続けた上に、真の力の解放でより重い制約を負うことになった。


 真夜の力を用いて新しい力を構築し、分体とは言え出てき易くなったのは真夜にとってもルフに取っても僥倖と言えるだろ。


 真夜はどこか嬉しそうに楽しそうなルフと鞍馬天狗の戦いを眺めている。


「……やっぱり色々な意味で頑張らないとダメね」

「……はい。朱音さんと同意見です」

「クリスマスの事、あとで話し合いましょう」

「わかりました」


 そんな真夜の傍らで朱音と渚はひそひそと、小声で何事かを相談するのだった。


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