第一話 クリスマスイベントに向けて

 

「そういえば、皆さんはクリスマスパーティーの時はどのイベントに参加されますの? 参加人数に多少の制限はありますが、生徒会中心で催される豪華景品が当たるビンゴ大会などもありますわよ」


 成績の順位を確認した真夜達は、学食で昼食を取りながら、玲奈からの話に耳を傾けていた。


「ああ、そういえばこの学校、珍しいことにクリスマスに文化祭並みのイベントをしたっけな」

「確か数年前から新しくできた行事でしたか?」


 卓の言葉に渚が追随するように疑問符を浮かべる。


「そうですわ。当時の生徒会長が企画して学校側に実行させたものですわ。その時の生徒会では『クリスマス交流会で新しい出会いを、モテない男女のために。カップルもついでに楽しめ』をスローガンにしていたとか」

「いや、そのスローガンはどうなんだ?」


 玲奈の言葉に真夜は思わずツッコミを入れてしまった。


 この学園では、生徒会は絶対とまでは言わないが、それなりの権力を有している。


 当時の生徒会長は一期前に副会長を務め上げ実績を残していた全国でもトップクラスの成績優秀な生徒だったが、運動は得意では無く、見た目があまりさえないためモテない男だったそうだ。


 生徒会に入ったのも、モテるためだと後に語ったそうだ。


 そんな彼はクリスマスにカップル達が二人きりで仲睦まじく過ごすのは腹が立つ、不純異性交遊などさせてたまるか。ついでにクリスマスイベントをすることで、自分も告白をしやすくするためと、クリスマス前に彼女を作ろうとする輩の強引な告白をやめさせるためなど、様々な理由でクリスマスイベントを企画したそうだ。


 かなり私怨や私情の入った提案だったが、当時の生徒会長は生徒会役員すべてと、多くの学生を巻き込み、半ば強引に学校行事として学校側と交渉して認めさせた。


 学校側も受験前の生徒達のメンタルケアや生徒会長の言うように、クリスマス前や当日は羽目を外しやすいので、ある程度学校側もコントロールするべきかと考え、その提案を受け入れた。


 立食パーティー、クリスマスケーキ以外にも様々なケーキを用意したケーキバイキング。文化祭のような生徒主体ではなく、外部からもマジシャンや役者、あるいは有名人などの演者を呼んでのお祭りイベントとなっている。


「カップルもこのイベントで楽しめますし、それ以外の方々も楽しめるように生徒会が催しをいくつも用意してますわ」


 金のかかるイベントであるが、当時の生徒会長はアグレッシブに動き、学校のOBやOG、在校生の親などの寄付を取り付け、果ては企業からスポンサーを得るまでして見せた。


 私立の有名進学校とはいえ、ここまで出来る生徒会長の手腕は大した物だったが、残念ながら卒業するまで恋人は出来ず、クリスマスイベントでカップルがいくつも誕生する光景やカップルが楽しむ光景を、怨嗟の涙を流しながら見ていたとか。


 このクリスマスイベントも代を重ねることに、内容が改良されており独り身はもちろん、カップルはもちろん、友人同士やお一人様でも楽しめるような企画を歴代の生徒会が提案してきた。リア充、非リア充ともに楽しめるようにとのことである。


「私立な割に、自由度高いなこの学校」

「今の理事長であるお爺様はその辺りは寛容ですわ。すべてを禁止して余計に羽目を外されても困りますし。受験生で親御さんの目もある方は、学校のイベントと言うことで大手を振って参加できますので、生徒達からは好評ですわ」


 受験前に遊びに行くなと言われる家庭も、学校のイベントなら参加できるし、息抜きの意味もある。


 他校に恋人がいる場合はその限りでは無いが、その場合は例外として主催者側にあらかじめ申請し、参加費を払えば参加できるような配慮もなされている。


 秘密裏に付き合っているカップルにはあまり恩恵はないが、それでも大多数の者達にとってはありがたいイベントとなっている。


「で、真夜は火野と星守と一緒に回るんだろ? 景吾は天野ちゃんの付き添いだし」

「うむ。拙者も運営委員会の一員であるし、生徒会のお手伝いでござるからな」


 卓の言葉に景吾も深々と頷く。景吾はこのイベントの運営委員会の一人で、生徒会役員の玲奈の補佐をしていた。


「仕方ないですねぇ。甚だ不本意ではあるんですけどぉ、一人でクリスマスを過ごす可哀想な奴のために、この僕が付き合ってやるですよ」

「それはこっちの台詞だ。可哀想なおチビちゃんのために、付き合ってやらないこともないぞ」

「むっきぃー! お前、ふざけんなです!」

「お前こそふざけんな!」

「お前ら結局一緒に回るんだろ。ほんと仲いいよな」

「「仲良くない(ないです!)!」


 と、端から見れば仲の良い卓と可子に真夜も少しあきれ顔である。


「じゃあお言葉に甘えて、俺は朱音と渚と回らせて貰うか」

「お三方は最近は本当に仲睦まじいですわね。少し羨ましいですわ」

「退魔師としても一緒に行動することが多いからね。玲奈もいい人いるでしょ?」

「さあ、どうでしょうか?」


 朱音の言葉に玲奈はチラリと景吾の方を見ているが、見られた当人はどこ吹く風である。


「てかよ、お前ら実際どうなん? 二学期の始め辺りから怪しいけど、やっぱりそう言う関係?」

「……まあな。今はまだあんまりおおっぴらに出来ないがな」


 気になったのか、卓が周囲の目もあるため小声ではあるが真夜に耳打ちすると当の本人に否定されずに肯定されてマジかと顔をひくつかせる。


「言いふらす気はねえけどよ、夜道には気をつけろよ。俺は応援するけど、この学園にもやばい奴はいるだろうから」

「……善処する」


 卓の言葉に真夜は真剣に頷く。どこの学校にも馬鹿はいる。直接実行するような馬鹿はいないだろうが、面倒な事になる可能性は無くは無い。


「まああたし達の場合、付き合うんだったら家の事もあるから、退魔師じゃない人は無理だと思うわよ」

「私も朱音さんも六家の宗家の人間ですからね。一般の方とのお付き合いをする退魔師の方もいなくはないのですが、六家の場合は大半は同じ退魔師同士ですからね」


 業界が業界だけに恋愛関係は色々とあり、ある意味では芸能人と恋愛するようなものでもある。


 そもそもなぜか退魔師は美人や美男子が多い。霊力が関係しているとも言われているが、一般人からすれば高嶺の華であっても同じ学校に通っている以上、少しでもお近づきになれればと言う人間は後を絶たない。


「朱音の場合は、入学当初から声かけられてたからな」

「あたしは退魔師じゃない人じゃ、本家や両親が納得しないって断ってたわ。火野一族としても一般人との恋愛は簡単に認めないだろうし」


 真夜がいるため、他の男と付き合うはずもないのだが、仮に恋人関係になっていなくとも、よくも知らない相手と付き合おうとは朱音も渚も思わない。


 あまりにも聞き分けの無い強引な相手には、付き合いたいなら一族を納得させるだけの何かを提示しろと言えば、大半の相手は言葉を無くすようだ。


「渚も転校してきてから、上級生にも告白されてたわよね」

「はい。ですが京極の事や星守への養子入りなどもあり、恋愛は出来ないと伝えていました」

「まあ強引に来る奴もいるけど、基本は全部お断りだしね。医者の息子だとか会社の社長の息子だとか言われてもね。本人が凄いわけでも無いのに、そんなこと自慢されてもだから何って感じだし」

「ああ、いるんですよね、そんな奴ら。自分に魅力が無いからって、そんな肩書きで来るのがちゃんちゃらおかしいのですよ。いくら僕らが可愛いからって、あまり知らない奴からいきなり付き合ってくれとか言われても困るです」

「ほんとですわね。どこかの殿方と付き合っていると言えば諦めもつくのでしょうが」


 と、女性陣は何やら困り顔である。


「ふむ。火野殿や星守殿は真夜殿がいるから良いとして、天野殿と早乙女殿は問題でござるな」

「まあ卓と景吾が側にいれば、ある程度は防げるだろ。クリスマス前と当日は面倒な輩も増えるかもしれねえが、一緒に行動してれば面倒な馬鹿は寄りつかないだろうよ」

「しかし真夜殿も卓殿も告白してくる女子は多いのでは?」

「あー、俺も実家関係で無理だって返してる」


 異世界から帰還し、人間的な魅力や落ち着きを増した真夜は同年代はもちろん、上級生から見ても魅力的に見えるようだ。精神年齢は十九歳だし、下手をすれば経験の濃さでそれ以上に年上に見えるかもしれない。


 朱音も渚も真夜が断るのはわかっているのだが、それでも気にしてしまう。もっとどっしりと構えていればいいのだが、二股がわかれば自分もその中に入れてと言ってくる者がいないとは限らないためだ。


「なんやかんやで真夜も大変だな。いや、俺なんて全然告白されないんだが」

「ふっ。いくら学力が高くても、所詮はヒョロチンパンジーでは、人間的な魅力が皆無だからモテないですよ。その点僕なんかは……」

「あー、俺も可愛い子に告白されてぇー」

「聞けってんですよ!」

「こちらは問題ないようでござるな。天野殿。しばらくは委員会もあるので、嫌でなければ拙者が弾よけになるでござるよ」

「助かりますわ、服部君」


 景吾の言葉にどこか嬉しそうな満面の笑みを浮かべる玲奈に、朱音は良かったわねと耳打ちしている。


「では皆さん、クリスマスパーティー当日は是非楽しんでくださいね」


どこか上機嫌な玲奈は皆にそう告げるのだった。


 ◆◆◆


「学校でのパーティーも楽しみなんだけど、あたしとしては三人だけでのパーティーもしたかったなぁ」

「んなもん、終わってからでも次の日でもいいだろ」

「まあ、そうなんだけどね」


 学校から帰ってきた後、いつものように三人で真夜の家に集まっていると、朱音がどこか不満げに呟き真夜はそれを窘める。


「私も朱音さんの言葉には同意しますね。学校でのクリスマスパーティーも楽しいとは思いますが、せっかく真夜君と恋人になれたのですから、その、ゆっくりとした時間を過ごしたいと……」

「そう、そうなのよね、渚。あっ、あたしも別に三人で学校のイベントに参加するのも楽しいとは思うんだけど、やっぱりクリスマスって特別じゃない?」

「私も去年まではこういうことには縁がなかったので、とても楽しみなのですが……」


 二人の言葉に真夜も内心で同意する。と言うよりも二人は何かを期待しているかのようにも見える。


(恋人関係になって早数ヶ月、朱音や渚の親父さん達には認めて貰ったし、星守の方も親父や婆さんに根回しをして貰っているとはいえ、俺達の方はと言えばデートは重ねつつ、未だに手を出すどころか、キスすらしてない状態だからな)


 こういう方面には奥手な真夜は、恋人が二人と言うことでどちらかを先にと手を出すことが出来ず、先延ばし先延ばしで来てしまっていた。


 朱音も渚も言葉には出さないが、不満はあるだろう。


(クリスマスならいつもと雰囲気も違うだろうからな。俺もそろそろ進展させたいとは思ってるんだよ)


 真夜としてもいつまでもプラトニックな関係を続ける気は無い。年頃の男として、真夜も朱音や渚に対してそういう感情を抱いてしまうのは仕方が無い。


(いや、そもそもキスすらしないのは、二人からしても不満だらけだよな)


 付き合ってすでに数ヶ月。肉体関係はともかく、キスすらしないのはそれはそれで問題がある。


(つうか、俺もそろそろキスぐらいしないと、男として示しがつかないよな)


 ぶっちゃけ真夜も二人に対して、そういう感情は日に日に強くなっている。


 しかしながら、そこは二人と付き合っている後ろめたさと、がつがつ行くのも肉食系と思われたくない見栄なのだが、付き合ってそろそろ四ヶ月は経とうとしている。


(クリスマスなら丁度良いタイミングだし、学校のイベントが終わった後で三人でもう一度クリスマス会をすることにすれば……)


 外堀も内堀もほぼ埋めた。ならば後は本丸を攻めるだけだ。


「俺も二人にはクリスマスプレゼントも直接渡したいし、三人でゆっくりする時間も欲しいから、ここでクリスマス会をするか」


 下心が全くないわけではないが、できる限り紳士的な提案をする。


 少なくとも、真夜はこのクリスマスで二人にキスをするところまでは進めるつもりだった。


 その後の展開はその時の状況次第である。


「……いいの?」

「おう。二人が嫌じゃなけりゃな」

「私は大丈夫です。その……次の日は学校もありませんし」


 渚の言葉を真夜は深読みしてしまう。いや、間違いなく色々と想像しているのだろう。朱音の方を見ると、彼女もそわそわしており、顔を赤らめている。


(……頑張ろう)


 真夜は何とか二人の期待に応えるべく気合いを入れ直すのだった。

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