第十章 学園編

プロローグ

 

「ぎゃぁっっ!」

「ひぎっ!」

「くそっ! あがっ!」


 関西のとある山中にある祠の前。


 そこでは阿鼻叫喚の声が響いていた。数名の者達が血まみれで倒れ伏し、恐怖に顔を歪めている。


 彼らは皆、退魔師であったが、突然の襲撃者に為す術無く倒された。彼らの見る先には、一人の少年と一人の大男がいた。


 少年の年頃は十代半ばほどだろうか。茶色がかった黒髪を坊ちゃん狩りにした小柄で小太りの体型。


 黒い学生服に身を包んでおり、倒れ伏す者達を笑いながら見下ろしており、少年の肩には小さな黒いフクロウがとまっている。


 もう一人は身長二メートルに近い巨漢の男。相撲取りのようなでっぷりとした体型で顔にも歌舞伎役者のような化粧がなされ、手足はまるで丸太のように太い。


「くひっ! ほんとたいしたことないなりね! それで限界? ボクチン、全然本気じゃないんだけど」

「き、貴様っ!」

「あ~あっ。君達弱すぎない? あっ、違った! ボクチンが天才で、こいつが強すぎるだけか!」


 ケタケタと笑う少年に対し、周囲の者達は忌々しそうに彼を睨むが、少年はそれを無視し話を進める。


「ぐふふふ。ではそろそろ目的の物を頂くとしようかな」

「や、やめろ! その祠に近づくな! その封印を解いたら!」

「ボクチン知らないな~。ああ、でも心配しなくてもいいなり。こいつはボクチンが有効活用してあげるから」


 ここはとある妖魔を封じている祠であった。六家とは違う、この地を守護する一族が管理してきた物である。


 少年はいきなり現れ、封印を解こうとしていたのを彼らが発見し阻止しようとした。


 だが状況は最悪であり、それなりの手練れであったこの地を守護する退魔師の彼らは、すでに満身創痍の状況であった。


「封印されている妖魔を使役するつもりか! ば、馬鹿な事はやめろ! そいつは特級クラスだと言われ、がはっ!」

「うるさいなりね。ならますます欲しいなりよ」


 喋っていた退魔師の一人に攻撃をして強制的に黙らせると、少年は大男に命じて祠の封印を破壊させる。


 直後、轟音と共に祠が崩れると中より封じられし妖魔が姿を現したのだった。


 ◆◆◆


「まあまあか」


 私立天ノ丘学園の廊下の掲示板。星守真夜は他の生徒達と共に、そこに張り出された掲示物をマジマジと眺めるとぽつりと呟いた。


 掲示物の中身は二学期の期末テストの順位表である。


 真夜が通うこの学園は私立であり、定期考査ごとに名前と順位を公表するシステムを取っている。


 一年生三百人近い人名が書かれている中、真夜は自分の順位を見つけると安堵の表情を浮かべる。


 一学期は体感的には、異世界から四年ぶりに帰還したこともあり散々であった。そのため二学期は勉強を頑張ったおかげで、前回の中間考査が百四十七位で、今回は三十二位と大躍進と言っても過言ではない結果となった。


「お疲れ様です、真夜君」

「真夜も今回はかなり良いんじゃない?」


 後ろから声をかけられ振り向くと、そこには京極改め星守渚と火野朱音がいた。


「おう。何とかな。渚には勉強で世話になったからな。ただ次ももう少し上を目指すか。二人の順位は……渚は九位で、朱音は四十三位か」

「はい。私も次は順位を上げるように頑張ります」

「うへっ。もう二人とも勘弁してよ。あたしも頑張ってるけどこの辺りが限界なんだから」


 真夜がこの成績を収められたのは本人の努力もあるが、渚がかなり勉強を見てくれたおかげでもある。


 前の学校では成績優秀であり、人に教えるのも上手かったため、真夜も朱音も夜遅くまで一緒に勉強した結果、順位を上げることに成功した。


 当の渚本人も前の学校の順位ほどでは無いが、上位の成績を収めている。それでも九位でありまだ上がいる。


 朱音も何とか勉強を頑張っており、五十番圏内を維持しているが、何時転落してもおかしくないと本人は思っている。


「あらあら、三人おそろいですわね。順位はいかがでしたか?」


 と、そんな三人にどこかおっとりとした声がかけられる。


 身長は朱音より低い百六十半ばだろうか。ウェーブのかかった黒髪を背中まで伸ばした糸目の女性だった。


「あっ、玲奈。あたし達はまあまあかな。真夜がかなり上に行ったけどもね。玲奈(れいな)は?」

「それはそれは。星守君も凄いですわ。随分と努力されたみたいですね。あと私はいつも通りですわ」


 朱音に玲奈と呼ばれた女性はにっこりと微笑むと上位の方を指さす。


 学年三位の位置に、天野玲奈(あまの れいな)と名前が書かれている。


 彼女はこの学園の創立者一族の理事長の孫娘であり、朱音が火野一族として、上流階級との付き合いなどで、中学の時にたまたま玲奈と知り合い、高校で再会した間柄の良き友人であった。


「ふむ。拙者もいつも通りでござるな。真夜殿は随分と上の方でござるな」


 いつの間にか真夜の近くに来ていた、平均的な身長に平凡な顔立ちの少年がぽつりと呟いた。


「今回はかなり勉強したからな。そっちは……平均だな、景吾(けいご)は」

「平均万歳でござるよ」


 真夜も相手に気さくに話しかける。服部景吾(はっとり けいご)。この学園で真夜の数少ない友人の一人である。


「服部君はもう少し頑張れば、もっと上位にいけると思うんですけど?」

「天野殿。拙者はあまり目立ちたくないのでござるよ」

(((いや、その口調じゃ無理だろ(でしょ)(です))))


 と玲奈の言葉に反論する景吾に真夜や朱音、渚は心の中で呟いた。


「それにしても一位と二位は相変わらず……」

「ああぁぁっっ! こ、この僕がぁっ! ま、また負けたのですっ! こんちくしょう!」

「いやー、悪いね。また俺が勝っちゃって。お詫びにあめ玉いる?」

「このヒョロチンパンジー! 僕を子供扱いするなですっ!」

「誰がヒョロチンパンジーじゃ! このドチビ!」

「僕をドチビって呼ぶなですぅっ!」


 ギャアギャアと騒ぐ一組の男女。


 女の方は身長が百四十くらいだろうか。赤みがかった茶髪をセミショートの髪型にをした小柄な、見た目可愛らしい少女だ。


 対して男の方は細身で長身。手足がすらりと長く、身長は百九十を超えている。顔は少女が言うように少し老けていて僅かに猿顔であるが、決してひょろっとしているわけでは無く、モデル体型に近い体つきだ。


 仲が悪そうで身長差がありすぎる二人であるが、どこか気安げな雰囲気である。


「相変わらず、お二人は仲がいいですわね」

「おっ、天野ちゃん。いや、こいつがしつこくて。あと決して仲がいいわけじゃないぜ」

「玲奈! どこをどう見たらそう見えるですか!? こいつと僕は犬猿の仲なのです! 相性最悪なのです!」

「どう見てもじゃれ合ってるじゃない」

「朱音は目がおかしいんじゃないですか!?」


 憤慨する少女の名前は早乙女可子(さおとめ かこ)。彼女も朱音や玲奈の友人であり、小柄な見た目と学年二位の秀才として、この学園ではその見た目から人気の高い生徒の一人だ。


「そうだぜ、火野。こいつと俺のどこが仲良いってんだ」

「まっ、喧嘩するほど仲が良いって言うのは間違いないだろ」

「いやいや、真夜さんや。俺とこいつはただ相性が悪いだけだって」


 朱音と真夜に指摘されてぼやく長身の男の名は、近藤卓(こんどう すぐる)。入学から常に学年トップの成績を誇り、こちらも真夜の数少ない友人の一人であった。


 可子は今まで一度もテストで卓に勝てず、万年二位という不名誉なあだ名がついているため、卓に食ってかかっている。


 ガヤガヤと騒ぐこの集団を周囲の生徒達は遠巻きに見ている。


「見て見て。一学年のトップクラスのメンバーよ」

「学年トップスリーと退魔師界の若手ホープの集まりか」

「くぅっ、マジで玲奈様達は見た目麗しい!」

「京極さんって、最近星守のところに養子入りしたんで名前変わったんだって」

「そうなの? じゃあ星守君と義理の兄妹?」


 などと色々な話がされている。真夜はそんな周囲の声に聞き耳を立てる。


(朱音も渚も美人だし、天野も早乙女も併せて一年のアイドル的な扱いだからな)


 朱音や渚を含めた女子四人は同じクラスで、学園でも有数の美少女達だ。特に同じ一年達からの人気は凄まじく、告白をしてくる者も少なくない。


 朱音と渚は言うに及ばず、玲奈もおっとりとした雰囲気と柔らかい物腰であり高嶺の花を思わせるし、可子もぎゃあぎゃあとうるさいイメージがあるが、それは卓とだけで、小動物みたいな見た目と人なつっこい所が人気がある。


 卓も入学から学年一位をキープしており、何かと面倒見もいいので割と多方面から慕われている。


 その輪の中に自分も加わっていることに、真夜自身驚きを感じている。


 だが真夜の胸中には、そのカースト上位に位置するグループにいることよりも、もっと重要な事がある。


(その朱音と渚の二人と付き合ってるんだけどな。普通に二股で後ろから刺されそうだけど)


 学園でもアイドル的な朱音と渚と付き合っている真夜は、優越感にしたりながらも、他の男達からすれば嫉妬され、恨まれても仕方が無い状況であり、他の女子達から見れば不誠実で最低な行為だと後ろ指指される事だろう。


 退魔師が一般人に知られており、優秀な退魔師は一夫多妻制が認められているとはいえ、学園のアイドル二人に二股をかけている野郎が近くにいれば、その男にどんな感情を向けるかなど火を見るよりも明らかだ。


 星守を含め、色々と根回しをしてこの話は退魔師界では進められているが、学園内ではまだ秘密にしている。


 無用な騒ぎを防ぐためもあるが、家同士の問題もあるため火野、京極との交渉などが完全に終わるまでは公然の秘密にしていた。


 先日の星守での交流会で真夜が宣言し、朝陽や明乃、清彦や紅也達も色々と動いてくれているので、もうしばらくすれば正式決定となるところまで来てはいるのだが。


(まあその前にバレても家の事情って押し通すことも出来るが、それでも騒ぎは起こしたくないからな)


 周りの男の嫉妬は面倒であるし、女性達の蔑む目も中々に堪えるだろう。


 平穏無事な学園生活を送るためにも、朱音と渚には悪いが実家が火野と京極と話し合いが完全にまとまるまでは学校では我慢して貰うしか無い。


 とはいえ、周囲も薄々は気づいているようだが、面と向かって何かを言う気配はない。


 真夜自身、今は成績も悪くなく運動も得意。朱音や周囲のおかげで敵も少ない。


(割と恵まれてるな、俺)


 かつては落ちこぼれとして、鬱屈な毎日を送っていた。中学の時はこんな風に心穏やかな学園生活を送れていなかった。


 しかし今は、毎日がとても楽しかった。


「真夜! あたし達ご飯食べに行くわよ。真夜もどう? 近藤と服部の二人も行くでしょ?」

「おっ! いいのか、火野! じゃあ行こうぜ! 真夜も景吾も行くだろ?」

「拙者もご一緒させて頂くでござるよ」

「ああ。俺も行く」


 平凡な日常。満ち足りた毎日。朱音や渚、そして友人達とたわいの無いやりとりを、真夜は満喫するのだった。

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