エピローグ


「このたびは各家やSCDの皆様には多大な心配とご迷惑をおかけした。謹んでお詫び申し上げる次第です」


 星守本邸の一室。各家の当主や重鎮、SCD所属の面々が集まる中、朝陽は彼らに対して謝罪すると深々と頭を下げた。


「いえ。しかし覇級が現れただけでなく、それがすでに討伐されたと言うのは、俄には信じられませんね」


 代表してSCD局長の枢木隼人が意見を述べた。大多数の者がそれに同意するかのように首肯する。


「当事者の私としても信じられない気持ちではあるよ。何せ突然、龍脈を通っての出現だったからね」


 事のあらましを告げる朝陽も、振り返ってみれば色々と疑問に思う事ばかりだ。


「また今回の件で皆が私に疑惑や疑念を抱くのは致し方ないと思っている。私自身、覇級の出現を予見していたわけでも予期していたわけでも無いが、京極の事件があってすぐだからね。私が皆の立場であれば、当然そう考える」


 朝陽は京極で自身が長老衆に向けた話を先にしておく。朝陽にはそんな考えなど一切無かったが、状況から見れば、覇級の出現を予見して、優秀な退魔師達を集めておいたように見えるだろう。


 実際、彼らがいなければ星守は壊滅的な被害を受けていたのは想像に難くない。


 この場には他にも明乃もいるが、彼女も朝陽の発言を止めたり口出しをしない当たり、同じ考えなのだろう。


「今後はSCDと共に覇級妖魔がどこから来たのかなどの調査を進めていきたいが、その前に参加者に人的被害が無かったとはいえ、星守としてはできる限りの賠償と謝礼をさせてもらいたい。今後とも他家とは良好な関係でいたいと思っている」


 下手な言い訳を朝陽はしない。本当に裏などなく朝陽達も被害者なのだが、ここで言い訳がましくすると余計にこじれる可能性が高い。


 京極の一件以降、一定のまとまりを見せている六家と星守の関係を悪くしたくないし、これで星守の発言力が下がれば、一強を懸念していた朝陽からすれば願ったり叶ったりでもある。


 弁舌で煙に巻くことも出来なくは無いが、それだと相手の不信感を増すことにしかならない。このような場では誠意を見せるのが大切だ。ことさら自分達を悪く言う必要も無いが、相手への配慮も必要だ。


 特に六家の若者達がいたおかげで、星守の人的被害は出ず、覇級妖魔を討伐できたようなものだ。


 仮に皆が万全の状態で真夜がいても六家の皆がいなければ、覇級妖魔を倒せたとしてもかなりの被害が出ていただろう。


「……京極家としては星守に何も言うつもりは無い。京極もあの一件で疑惑を向けられたのでいい気はしないが、今の星守と六家が共同で当たれば覇級やその配下に特級、最上級が複数いても対処可能とわかったのは収穫だろう」

「まあ僕らも助けてもろた手前、星守さんとこには何も言えへんよね」


 六家の中でいち早く星守に到着していた渚の父の清彦とその弟の右京は、先に話を聞き星守を糾弾しないと約束していた。


 いち早く駆けつけた清彦は、既に渚と話をしており、娘の無事を確認すると和解前は決して見せることが無かった安堵した態度を見せた。


 右京も京極の一件では秘密裏に、最悪の未来を回避するために動いていた事もあり、やぶ蛇になりかねない話はしないようにしていた。


「うちとしても参加した志乃らに被害がなかったんなら、そこまで目くじら立てるつもりもありまへん」

「火野も同じだ。紅也から話は聞いたが、火織達も良い経験になっただろう」

「あの二人は覇級の圧を受けても、いつものように動きそれぞれ特級と最上級を討伐している。それに星守を擁護するのではないが、あのタイミングは大勢が手合わせを終えて疲弊していた。もし襲撃を予見していたのなら、皆を万全の状況で残しておくはずだ」


 氷室氷華と火野焔の両当主は、覇級出現の報に当初は大変慌てふためいたが、蓋を開けてみれば討伐され犠牲者も出なかったと聞かされ安堵した。


 氷室は覇級の恐ろしさを特に知っていたため、最悪な事態も考えていただけにこの結果は嬉しい反面信じられないものではあったが、黒龍神の討伐の実績があるので、ある意味では納得している。


 焔はこの場の前に弟の紅也から話を聞いており、火織も朱音も活躍し、紅也が覇級を倒すのに一役買ったとなれば、火野としても発言力が増すので問題なかった。


 氷室も火野も星守を叩くよりも、今後ともよりよいお付き合いをと考えているのは同じだった。


 また朝陽や星守を擁護する発言を、この場に参加してた紅也もすると、その流れに他も追随し始める。


「仁と愚息からも連絡を受けましたが、雷坂としても今回の件で謝罪と謝礼を頂けるのであれば、これ以上事を荒げないとお約束します」


 息子の件や彰の雷鳥契約などですっかり覇気を失った当主の雷坂鉄雄に変わり、名代として彰の父である早雲が雷坂を代表して意見を述べる。


 彰は客間で眠る前に星守と敵対しないなら、次期当主を拝命すると雷坂に連絡していた。


 仁も雷鳥を使役する彰を下す真昼を要する今の星守の力を危惧し、下手に敵対しないためにも高圧的な

態度を取らず、あまり相手を刺激しない事を具申していたため、雷坂は妥協点とある程度自分達にメリットになる提案が為されれば、それで良しとすると長老衆が取り決めていた。


 むしろ覇級を討伐した功績に雷坂も加われるのならば、彰の箔付けとしても申し分ない。


「水波としては色々と問い詰めたい事もあるが、流樹からも連絡は受けているし、事件に遭遇した当の本人からも朝陽殿に対してあまり問題視しないように頼まれている」

「流樹君には今回の事では特に尽力してくれた。彼がいなければ、星守の門下生達に被害が出ていたはずだ。改めて星守当主として、感謝の意を伝えたい」


 流樹も思うところがあり、朝陽の擁護に回っていた。彼には個人的にも感謝だけで無く他にも誠意を見せる必要があるなと朝陽は考える。


「風間としても問題ないたい。先代からも話は聞いちょるし、不可抗力の部分があったと思っとるばい」

「あの場にいたわたしも、星守が今回の事を予見していたとは考えちゃいないよ。どう考えても状況的に予見していたとすれば、つじつまが合わない事が多いからねぇ」


 急ぎ、この場に駆けつけた風間涼子と事件に居合わせる形となった莉子も、星守を糾弾しようとは思わなかった。


 涼子は元々そこまで他家に対して強硬な人物でもなく、莉子に関しては今の星守を実際に見て関係を悪くするのはマズイと判断した。


(以前なら明乃と当主だけ警戒してればよかったのに、真昼だけじゃなく落ちこぼれだったはずの真夜まで警戒しないといけなくなった。しかもあり得ないほどの力を持っているとはね)


 強さ、扱う術、そして式神あるいは守護霊獣とおぼしき女天狗。


 どれか一つでも他家から見れば驚嘆に値する内容なのに、真夜一人でその三つを有している。


 いや、真昼も似たような物なのでそう変わりはないかもしれないが、落ちこぼれと言われた真夜までとなると話は変わってくる。


「SCDとしても今回の事件で、各方面を動かしたことでそれなりに手間や費用がかかりましたが、結果だけ見れば被害無く、覇級妖魔を討伐した上に、緊急マニュアルの実践と問題点の視認化が出来たと思えれば安い物です」


 隼人もSCDとして六家がそれぞれに表面上は仲違いをしていない状況に安堵し、この関係を維持させるように動くこと決める。


「皆様方に改めて感謝を」

「まあ覇級妖魔に関しては調査を進めるのはいいとして、わたしゃ、星守当主と先代当主には聞きたいことがあるんだけどね」


 そんな中、莉子は敢えてこの場で声を上げる。


「どうせ報告書には記載するんだろうけど、それだけで納得できない事もあるからね。次期当主候補の真昼君もだが、落ちこぼれの真夜君の力の件をもう一度ここで説明しちゃくれないかい? わたしらは交流会の場である程度聞き及んでいるが、ここにいるほとんどの者は知らないからねぇ。もちろん、わたしらも説明されていなかった、あの女天狗の件も含めてね」


 覇級妖魔討伐の経緯は、報告書という形でSCDをはじめ各家にだけでなく広く知らされる事になるだろう。


 ただしその場合、出現から討伐までの流れや誰が何をしたのかも記載する必要がある。


 特に覇級妖魔の討伐に貢献した真夜の事は必須だ。


 これが真昼ならば各家も受け入れやすかっただろうが、落ちこぼれの真夜がとなると実際に見ていなければ受け入れがたい事だろう。


 朝陽と明乃は顔を見合わせると頷き合う。


「わかりました。では今回の討伐に際して重要な役割を果たした息子・真夜の現状や力に関して説明させて頂きます」


 朝陽はこの場にいる者達に向けて、交流会でも説明した真夜の力の覚醒の話や、急ぎ用意していたルフに関する内容を話し出すのだった。


 ◆◆◆


 星守の本邸がある場所から少し離れた小高い場所にある墓地。


 そこには二つの人影があった。


 真夜と明乃である。二人は殉職した者達が眠る墓を掃除し、花やお供え物を供え、線香を付けて手を合わせた。


 覇級妖魔襲撃から日を置き、回復し時間が取れた二人は晴太の墓参りに来ていた。


 本来は月曜日で学校もあるが、昨日の件もありさらに一泊した。他の六家の面々も大体はもう一泊することになる。ちなみに学校は退魔師関連の事だと、きちんと実家などが申請をすれば公休扱いされる。


 二人はしばらくの間、目を閉じて手を合わせる。


「……晴太も向こうで喜んでいるだろう。もっとも私に対して嘲り笑っているのなら、いつか向こうに行った際はあいつの顔面に一撃を入れてやるがな」

「ほどほどにな。あの人も、そこまで意地の悪いことはしないだろ」

「いや、お前は知らないだけで、あいつはかなりの悪ガキだったぞ」


 昔を懐かしみ、真夜に晴太のエピソードを聞かせる。主に情けない部分を多めに。これくらいは意趣返しとして甘んじて受けろと心の中で晴太に向けて言う。


「俺も婆さんもあの人には頭が上がらないな」

「ふん。感謝はするがあいつに大きな態度を取らす気は無い」


 苦笑する真夜に明乃は悪態をつきながらも、どこか楽しそうだった。


 約束していた墓参り。晴太が生前好きだった物も供え、彼の話を明乃はどこか饒舌に語った。


 しばらくの間、真夜は明乃の話を静かに聞き続ける。


「……で、上手いこと誤魔化せたんだな」

「ああ。色々と疑念は持たれたが、上手く誤魔化せた。少なくとも直接お前をどうこうしようと言う動きはない。火野も京極も、おそらくは味方になるだろう」


 頃合いを見計らい、真夜が昨日の会合の件を明乃に尋ねた。


 真夜の力や霊器に関してはすでに説明していたが、明乃に勝つ強さやルフの件はまだであったため、その説明が大変だった。


「だが彼女のおかげで話にある程度の整合性が持てた。おそらく女天狗でなかったら、説明はより困難であっただろうな」

「こっちの思惑を知ってたんだろうな。もしかしたら、俺達の会話を聞いてたのかもな」


 一応、前もってある程度は話し合っていたが、ルフの説明だけはどうしたものか悩みどころだった。


 しかし堕天使では無く女天狗の姿で現れ、それを大勢が目撃したことで彼女の正体と真夜が強くなった理由をでっち上げる事が出来た。


「ルフは鞍馬天狗の知り合いで、親父の息子の俺を偶然、異界で見つけて助けた。それから俺を現世に返してその後に再び接触。天狗の隠れ里に俺を連れて行き修行をさせたと」

「ああ。しかも天狗の隠れ里は時間の流れがこちらとは少し違う。だから数ヶ月でもより多くの時間修行が出来た」

「で、今までは俺を認めていなかったが、婆さんを倒した事で俺を認め、俺の命の危機に契約を結んで助けてくれることになった」

「色々と指摘されかねない部分はあるが、朝陽が鞍馬天狗に頼み証言させたので、ある程度は受け入れられた」


 朝陽が六家の面々にした説明は、力の覚醒理由と同じように上手く虚実混ぜる内容にしていた。


 鞍馬天狗もあらかじめ朝陽に頼まれていたのか、あの場に喚ばれて証言した。


 ルフが知り合いであること。ルフが真夜に興味を持っていること。ルフが真夜を鍛えたこと。


 嘘は言っていない。鞍馬はルフが天狗であるとは一切言わず、知己の者とだけ言い、ルフが真夜に関して興味を持っていることや鍛えたことも、高野山での件もあるので、事実しか言わない。


 あとは聞いた者達が勘違いしても、それは鞍馬の感知することでは無い。


 会合の場にいた者達も、いかに朝陽の守護霊獣とはいえ、気位の高い鞍馬天狗が嘘をつくとは考えにくいと思ったのだろう。


 さらに異世界での四年間も天狗の隠れ里を持ち出し、ルフが真夜を鍛えたとすれば師がいない理由も、短い時間で強くなった理由付けも出来る。


 真夜は脳裏にルフが「私が鍛えました」とむふっーとご満悦な表情を浮かべている姿を幻視した。


「私との戦いで彼女を出さなかったのも出せなかったからであり、私に勝ったから真夜が認められ契約を結べたとすれば理由にはなるし、あの場面で現れたのも無理の無い話になる」


 ご都合主義も良いところだが、この話ならば真夜の強さもルフの存在もある程度は受け入れられる。


 聞いていた者達も半信半疑ではあったが、疑うのならば独自に調べてもらっても構いませんと朝陽も言い、明乃も直接戦った身から、真夜に怪しい点はなかったと援護した。


 莉子も紅也も真夜から外法の気配を感じられず、話としては筋が通っているため何も言わなかった。


 もしかすれば疑っており、独自に調査をするかもしれないが、今は静観の構えを取っている。


「お前は誰かが何かを言ってきても、この話で押し通せば良い。あまりにもしつこい者がいれば、私や朝陽が対処する」

「その時は婆さん達に丸投げするさ」


 真夜は先に戻ると告げると、晴太の墓にまた来ますと言うとそのまま墓を後にする。


 そんな孫の背中を見ながら、明乃は表情を緩める。


 不意に横を見ると、薄らと光る存在が明乃の隣に立っている。その足下には一匹の猫もいる。彼らは先ほどの明乃と同じように真夜の背中を見て優しげな笑みを浮かべている。そして彼は明乃の方を顔を向けると、ニカッと彼女のよく知るどこか小憎たらしい笑みを浮かべ、また真夜の方に視線を向ける。


 明乃は僅かに驚くが、すぐに再び笑みを浮かべると前を見て同じように真夜を見る。


「お前は本当にいつも唐突だ。死んでから今まで一度も姿を見せなかったくせに。なあ晴太……」


 だが再び横を向いた時には、そこには晴太も猫又も、何もいなかった。


「……まったく。言ってやりたいことが色々とあったのに、すぐにいなくなりおって。私が向こうに逝った時は覚えていろよ」


 本当に腹が立つと明乃はこぼしふぅっとため息をつくが、ややあって表情を柔らかくする。


「だが今は一言だけ言わせてくれ。ありがとうと」


 サァッと優しい風が周囲に吹く。


 ―――元気でな! またいつか会おうな!―――


 幻聴かも知れないが、明乃の耳には晴太の声が聞こえた。明乃は空を見上げ、しばらくの間、どこか楽しそうな笑みを浮かべ続けたのだった。


◆◆◆


「真夜!」


 星守本邸の一角で、真夜は誰かに呼び止められた。振り返れば声の主は大和だった。


 いきなり呼び止められた真夜は訝しげに大和を見る。


 大和は何とも言えない悔しそうな表情を浮かべては何かを言いたげであった。


 下を向き、横を向き、また真夜を見る。


「こ、今回はお前に負けたが、いつか絶対に、俺も強くなってやる! そ、それとお前を今まで馬鹿にしてた事は謝る。わ、悪かった……」


 最後の方は声が小さくなったが、真夜にははっきりと聞こえた。大和は謝罪と共に頭を下げるが、数秒もしないうちにがばりと頭を上げる。


「覚えてろよ! お前にも朱音にも負けないくらい強くなって、お前達に認めさせてやるからなぁっ!」


 それだけ言うと、大和は勢いよく走り去っていった。


 真夜はただ唖然と大和の後ろ姿を見送った。


「ほんと、騒がしいわね。しかもあれで謝罪のつもりかしら?」

「言ってやるなよ。ああやってきちんと言いに来るだけ大したもん……」


 後ろから朱音に声をかけられ、振り向いた真夜は言葉に詰まった。


「な、なによ。何か言ってよ……」


 どこかおっかなびっくりで尋ねる朱音だが、真夜は呆けてしまっていた。


 彼女は今、私服では無く誰が用意したかわからないが小紋を着ていた。


 赤を基調とした小紋で、所々に白い花が刺繍されている。朱金色の髪は長い髪は左右に少しだけ横髪が残され、残りは上にまとめ上げられ簪で結われている。


 顔も薄らと化粧を施され、美しくおしとやかな女性を思わせた。


 普段は騒がしく活発な朱音だが、今は借りてきた猫のように大人しく恥じらう表情で、心配するように上目遣いで真夜を見せており、そのギャップと女性らしい仕草が妙に色めかしく、真夜は思わずドギマギしてしまった。


「ふふふ。どうですか、真夜ちゃん。朱音ちゃんも素材が良いですからね♪」


 朱音の後ろから結衣がひょっこりと顔を出す。どうやら下手人は結衣のようである。


「朱音ちゃん、凄く可愛いでしょ? 渚ちゃんも凄く可愛かったですが、朱音ちゃんも負けてませんよ。でもでも渚ちゃんも可愛いですよね」


 結衣の後ろから、今度は渚も姿を見せる。彼女も顔合わせの際の黒い着物を着ている。


「ほらほら、真夜ちゃん。感想をどうぞ」

「あ、ああ。そのなんだ。朱音……、綺麗だぞ。凄く似合ってる。やっぱり朱音には赤が似合うな。髪もまとめてるといつもと雰囲気が違うし」


 頬をポリポリとかきながら、真夜も顔を赤らめつつ感想を述べる。いつもならもう少し皮肉めいた言葉を言うのだが、流石に今は憚られ本心からの言葉を口にする。


「えっ、あっ、その、うん……ありがとう」


 照れながら、嬉しさのあまり朱音は少しだけ俯いてしまった。朱音も真夜から皮肉めいた言葉が来るかと思っていたので、素直に褒められて困惑している。


 だがそんなやりとりを見ていた渚はどこか不機嫌そうだった。


「な、渚。どうかしたのか?」


 あまり見たことのない渚の態度に、動揺が収まっていない真夜は恐る恐る尋ねる。


「いえ、何も……」


 そう言うが、どこか悲しそうな表情を浮かべている。


「真夜、渚の事もちゃんと褒めてあげた?」

「いや、顔合わせの時にきちんと……あっ」


 真夜は顔合わせの時を思い返し、似合っているとは言ったが、可愛いとは内心で思っていたが言っていなかった気がする。


 しまったと内心で思ったが、時すでに遅し。


「むむむ。ダメですよ、真夜ちゃん。女の子が綺麗に着飾ってるんですから、きちんと褒めてあげないと」


 結衣にも怒られる始末だが、言い訳も出来ない。


 どれだけ心の中で渚を褒めようとも、言葉にしなければ伝わりはしない。


「真夜ちゃんもまだまだですね~」


 強くなってもこういう所は抜けてますねとダメ出しされる。猛省しなければならないと思うと同時に、渚には悪いことをしたと思う。


「悪い、渚。きちんと伝えてなかった。今更だが渚も綺麗だよ。渚の場合は朱音と違って、大和撫子って感じで綺麗で可愛い感じだ。いや、朱音も十分美人でだな……」


 こういう鍛錬は積んでいないので、真夜は割とテンパりながらの対応である。


「あ、ありがとうございます。そう言って頂けて、私も嬉しいです」


 心の底から嬉しそうに、ほんの少し頬を赤らめて笑う渚の笑顔にまた真夜は参ってしまう。会話には再び朱音も加わる。


 仲睦まじい三人の姿を、結衣は暖かく見守り続けるのだった。


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