第十七話 最期のあがき

 

 特級と最上級を押さえ込んでいる夕香と大河とその守護霊獣達。


 守護霊獣達は一進一退の攻防を繰り広げているが、夕香達は押されていた。星守の強さは守護霊獣の強さでもある。


 夕香と大河も退魔師としては優秀だが、一個人で見れば霊器使いに大きく劣る。守護霊獣との連携の戦闘スタイルが災いし、何とかここまで足止めしていたが、二人も限界が近かった。


「夕香! ここは俺が引き受ける! 下がるんだ!」

「馬鹿な事言わないで! 貴方一人でどうにかなる相手じゃないわ!」


 大河の言葉を夕香は拒否するが、このままでは押し切られる。


 そんな二人だったが、頼もしい援軍はすぐにやって来た。


 ドンっと夕香が相手をしていた妖魔が横合いから殴り飛ばされた。地面をバウンドし、何とか立ち上がったが、少なくないダメージを受けたようだ。


「真夜!?」

「遅くなりましたが、援護します。と言っても今のでそこそこのダメージを与えたと思います」


 妖魔を殴りつけたのは真夜だった。真昼と彰を回復させた後、朱音達の様子を少し見守った後、真夜は即座に二人のところへ駆けつけた。


 覇級も問題だがすでにルフが向かい鞍馬天狗と連携を行っているので、先に苦戦している夕香達を援護するべきだと判断した。


 最上級も一撃で葬り去れなくは無かったが、この二人にもプライドがあるだろう。落ちこぼれとしての評価は払拭したとは思うが、夕香達も真夜にすべてを持って行かれては立つ瀬も無いはずだ。


 だからこそ、援護は最低限に行うべきだと真夜は考えた。


「あとはお任せします。守護霊獣の方も援護は来てくれていますから」


 真夜がそう言うと、敵を倒した真昼の守護霊獣である前鬼、後鬼達が雪女とシーサーの援護を行っていた。前鬼達は特級を倒した真昼が援護してくれたおかげもあり、即座に最上級を排除してこちらに向かってきたようだ。


「真夜、先に行くね」

「また借りが出来たか。そのうちのしつけて返すぜ」


 真夜の側を真昼と彰が通り過ぎ、覇級へと向かっていく。二人は周囲の討伐よりも覇級を仕留める事を優先したようだ。


「……俺も親父達の援護に向かいます。ここはお願いします」


 真夜は夕香達に一礼すると真昼達の後を追う。


「……まったく。いらない気を回して」

「がはははっ! まったくだ。だからこそ俺達も少しは活躍しないとな!」


 夕香は顔をしかめため息をつき、大河は豪快に笑う。腹立たしい事ではあるが、真夜が夕香達の立場も考えての行動ゆえに、咎めることも何かを言うことも憚られた。


「あの子に助けられるなんてね。でも貴方の言うとおり、ここで少しは活躍しないと立つ瀬が無いわね」


 表情を引き締め、夕香は霊符を手に取る。最上級は先ほどに比べれば威圧が落ちている。雪女、シーサーも前鬼達の援護があれば、そう時間をおかずに特級を倒してこちらに合流するだろう。


「行くわよ、アナタ! あの子達ばかりに良いところを取られては星守の名折れよ」

「おうとも! お膳立てしてもらって何も出来なかったのでは情けないからな!」


 夕香と大河は気合いを入れ直し、先ほどまで苦戦した妖魔達を倒すべく、力を解放するのだった。


 ◆◆◆


 門下生達の殿を務めていた美琴や星守の分家達は、何とか上級達を足止めし、最上級三体を相手に善戦していた。


 分家の当主達と大和がそれぞれ最上級を一体ずつ相手をしている。彼らは何とか最上級を足止めしているが、戦況は硬直状態と言った所だ。


 美琴はその間に、上級を相手に健闘していた。


(やっぱり数が多い! 水波君の水龍の援護がなきゃ抜かれてた!)


 流樹の活躍は美琴達からすれば値千金であった。彼がいなければ間違いなく犠牲者が出ていただろう。


 星守の当主以外の分家や分家の若手も、戦える門下生の一部と協力して足止めをしてくれている。


 美琴は遊撃の形で、着実に上級を仕留めていった。流樹と共にかなりの数を仕留めたが、まだ油断できない状況だ。


 しかし均衡は崩れる。それは良い方向に。


 上級に向かい、別方向から攻撃が加えられる。


「美琴ちゃん! お待たせしました!」

「結衣!」


 先ほどまで真夜の援護に向かっていた結衣がこちらに戻ってきた。


 他にも楓や凜も上級の討伐に参加している。彼女達も真昼に謂れ、こちら側に来たのだろう。


「助かりました! あっちは朝陽さん達に任せましょう! 真夜ちゃんも真昼ちゃんも向かってますからね!」

「そうだね。じゃあ私達はここの敵を殲滅しよう!」


 美琴はそう言うと、結衣の援護の下、上級達を討伐していく。


(くそっ、俺だって! 俺だって!)


 雷獣と共に最上級妖魔と戦う大和は、焦燥感に駆られていた。


 真夜に敗北したこともだが、今まで見下していた相手が霊器使いになり、さらに先代当主以上の力を得て勝利を収めた事実は、大和のプライドはズタズタにした。また守護霊獣か式神かはわからないが、女天狗のような存在を召喚した。


 訳がわからない。


 真夜を常に下と見ていたのに、いつの間にか自分よりも上に行っていた。


 それに朱音と渚の件も大和に衝撃を与えた。


 極めつけは自分どころか、真昼や朝陽と同等かそれ以上の存在を配下にしていた。


 すべてが大和にしてみれば、青天の霹靂のようなものだ。


 なぜあんな奴が、あんな奴に……。


 悔しいと思った。妬ましいと思った。羨ましいとも思った。真昼に対しても抱いたことも無い感情。


 あんな風に自分も、と……。心の中で弱音と嘆きが漏れる。


 大和にとって、初めてとも言える挫折だった。


 感情はぐちゃぐちゃになり、大和の中で整理しきれない思いは雷獣と共に最上級妖魔と戦うことで八つ当たりしているようだった。


 大和と雷獣の最大攻撃ならば、当てさえすれば目の前の最上級を葬り去れるのだが、溜めの時間がかかり動きが速い相手には当てるのが難しいため、発動のタイミングが難しい。


 そのため何とか戦いを行えていたが、徐々に大和が押されることになる。


「俺は、俺はっ、俺はぁっ!」


 叫びながら雷の霊術を発動するが、妖魔は大和の攻撃を回避し、雷獣を尾で叩くとそのまま大和に向かい突進してきた。


「大和!」


 父である武蔵の声が響くが、大和は回避が間に合わない。巨大な狼の口が大和に向かい迫ってくる。


(ひっ!)


 恐怖に大和は心の中で小さな悲鳴を上げる。妖魔が大和に食らいつく間際、狼の横腹に高速で何かが衝突した。それは無数のツバメ型の式神である・


 ドンドンドンっと複数のツバメ型の式神達が、体当たりすることで狼の軌道を反らす。


「はあぁぁぁぁぁっ!」


 直後、炎を纏った流星が大和の前を通り過ぎ、最上級妖魔をさらに吹き飛ばし、消し炭に変えた。


「怪我は……無さそうね」

「どうやら間に合ったようですね」


 炎を纏った流星の正体は朱音であり、その前に飛来したのは渚の式神達だ。


 二人は特級を仕留めた後、真昼や彰達とは逆に残っている妖魔達の討伐に向かった。被害の拡大を防ぐためでもあるし、美琴や結衣の援護も理由である。


 朱音の式神の火鼠や渚の他の式神達や凜、楓の援護で、残った二体の最上級妖魔もじり貧となり、美琴や星守の分家当主達により討伐か討伐間近となっている。


「星宮も無事そうだから、ここはもう大丈夫そうね。あたし達も真夜の援護に向かいましょ」

「そうですね。今の私達でどれだけ出来るかわかりませんが、多少の手助けは出来るはずです」


 大和の無事を確認した二人は、そのままきびすを返すと真夜達に合流しようとする。


「ま、待て朱音!」

「何? 話なら後にして欲しいんだけど」

「あっ、いや……助かった。礼を、言いたかった。それと渚、さんにも……」

「別に気にしなくていいわ」

「はい。お気になさらずに」


 大和は今の朱音達から、二人が手合わせした時よりも、さらに大きな力の差を感じていた。


 自分がどうしようもなく、弱いと突きつけられるようだった。


「へこんでるんじゃないわよ」


 弱気の大和に朱音がぴしゃりと言い放った。


「真夜に負けたのが悔しい? 自分が弱いって突きつけられたのが辛い? で、あんたはそこで落ち込んで終わり?」


 朱音は大和の真夜に対する態度が気に食わなかったこともあり、ズバズバと指摘する。


「甘えてるんじゃないわよ。悔しかったらあんたも真夜みたいに強くなりなさいよ。真夜はずっとあんた達に見下されてても、諦めなかったわよ」


 真夜が何も言わないため、思わず朱音は言ってしまった。


 朱音は幼馴染みとして、真夜がずっと努力してきたのを知っている。辛い思いをしていたのも知っている。


 諦めなかったのも知っている。だからこそ朱音は真夜を好きで居続けたのだ。


「あたしだってそうよ。上には上がいる。でも落ち込む気も、強くなるのを諦める気もないわ。絶対、あたしは強くなってやるんだから」


 朱音は大和にそう言うと彼に背を向け、禍神の方へと走り出すと渚も遅れないように走る。


 そんな二人の背中を、大和はずっと見続けるのだった。


 ◆◆◆


 強化された禍神は恐ろしいまでの妖気を纏い、強さを増していた。


 ルフは鞍馬天狗と共に矢面に立ち、禍神の注意を引きつける役を担った。


 朝陽達が狙われ、万が一攻撃を受ければ即死する可能性が高いからだ。


 今のルフは分体であるため、仮に消滅させられても時間をおけば再び顕現することが出来る。


 鞍馬天狗もよほどの傷で無ければ再生可能だ。


 だから二人が前に出て、禍神と距離を詰め応戦していた。


「Aaaaaaaaaa!!!!」


 ルフは手をかざし、五芒星の陣を出現させる。ただの偽装ではあるが、そこから無数の鎖が伸び禍神を拘束しようとする。


 グルルルルルッッッ!


 禍神はそれらを物ともせず、口から妖気を球のようにして打ち出し、鎖もろともルフを消し飛ばそうとする。


 鎖は妖気弾に弾かれ、破壊される。


 しかしルフは距離を少し取ると、禍神の周囲を飛び回り霊力を打ち出すなどして攻撃を繰り返す。


 禍神はルフを鞍馬天狗と同等かそれ以上であり、真夜を除けばこの場でもっとも厄介な存在だと感じていた。


 何としても殺さなければならない相手は真夜であるという思いを抱いているが、もしルフを無視して向かえば、彼女が死に物狂いで向かってくると感じていた。


 事実、その通りでありルフは最悪の場合、分体の身体を捨て駒にして霊力を暴走させ自爆してでも禍神をどうにかするつもりだった。


 それをしないのは再び顕現できるとはいえ、再び顕現するには数日以上の時間を必要とするのと、周囲への説明が余計に難しくなるためにやりたくないだけで、もしもの時はためらわず実行するつもりであった。


 今の禍神とはいえ、ルフの自爆をまともに受ければ致命傷とまではいかなくとも、戦闘能力は大幅に下がる。


 そうなると他の敵を相手にするのが難しくなる。


 ―――マズハ、コイツヲケス!―――


 禍神はルフに標的を定める。最大限の警戒を行いルフと相対する。


 だが今、禍神が警戒しなければならない相手はルフや鞍馬天狗、朝陽や紅也だけではない。


「はぁぁぁぁっっ!」

「おらぁっ!」


 禍神に向かい、白刃の刃と雷の爪が襲いかかる。


 真昼と彰。真夜の霊力の底上げにてその力を一時的に増した二人は、単純な力では朝陽を凌駕するにまで至っていた。


 彼らの一撃は覇級クラスの禍神を以てしても無視できない威力だった。


 妖気の防御を切り裂き、強化された禍神にダメージを与える。身体の一部が切り裂かれ、血と妖気があふれ出る。


 オォォォォォォォッッッンッ!


 突然の痛みに禍神は叫び声を上げる。自分を攻撃した真昼と彰を睨み付ける。


 だがそれすら隙となる。


 ドンッ!


 衝撃が腹部に走ると鈍痛が禍神を襲う。


 見ればいつの間にか接近していた真夜が、禍神を殴りつけていた。全力の霊力を収束させた一撃に、禍神の身体がぐらりと揺れる。


 攻撃は終わらない。禍神が意識を分散している隙に、朝陽も紅也も距離を置いて風の斬撃や炎を収束させた炎弾を飛ばし、禍神の身体の妖気を吹き飛ばしていく。


「儂も忘れるな!」


 鞍馬天狗も持っていた刀を振り抜くと、禍神の身体を切り裂く。


 ―――メンドウナ!―――


 集中攻撃を受け、禍神は苛立ち始めた。このままでは押し切られる。


 尾を振り、すべてをなぎ払おうとするが、この場にいる者達にそんな大雑把な攻撃が通用するはずもない。


 巨体を高速で移動させられるとはいえ、音速を超えているわけでもなく、爪や牙を突き立てようにも皆がお互いをカバーして直撃させないように立ち回っている。


 真夜も禍神が自身に狙いを定めているのを察しているからか、禍神が攻撃しやすいように敢えて近づいては離れるということを繰り返している。


 ルフもそんな真夜を援護すべく、連携を取って禍神と正面から立ち回っている。


 禍神の身体を彰や真昼が削っていく。


 特級や最上級達を片づけた夕香や大河とその守護霊獣も遠距離から禍神に攻撃を行い、ダメージは与えられないが消耗を強いている。


 前鬼と後鬼も真昼に合流し、少しずつだが禍神に手傷を負わせる。


 朝陽や紅也、莉子も同じだ。


 禍神は悟る。もはや自分が勝利する道はないと。


 ルフの登場と真夜の回復は、禍神の勝機を完全に奪い去った。覇級とはいえ多勢に無勢。相手も雑魚では無く、厄介な退魔師が複数いる。


 だからこそ、禍神はある種の達観した展望を脳裏に浮かべ、にやりと笑った。


 ゴォォォォォォッと禍神の身体から禍々しい妖気が吹き上がると、それが何倍にも膨れ上がっていく。


「まさかっ!?」


 朝陽は禍神が何をしようとしているのか、いち早く察した。


 自爆。


 自らの妖気を暴走させ、この場にいる者達やこの周辺一帯をまとめて消し飛ばすつもりだった。


 禍神としてはこの命と引き換えに、この場の者達を葬り去れるのならば安い物だった。このまま戦っても勝ち目はない。しかし自爆で真夜含め、大勢の者を巻き込めれば間違いなく禍神の勝利だ。


 もはや誰にも止められない。龍脈からも霊力を取り込んでいく。身体のあちこちが崩壊していくが、構いはしない。爆発した時、この鍛錬場だけでは無く星守の本邸までも消し飛ばすだろう。


 ―――キエロ! ワガイノチトトモニ!―――


 たとえ自分を殺したとしても爆発は止まらない。この膨れ上がった妖気はどうにもならない。


 禍神の行動に大勢の者が顔を青ざめさせ、絶望の表情を浮かべる。


 だが……。


「ルフ!」

「Aaaaaaaaaa!!!!!」


 真夜は彰や真昼、朱音と渚に渡していた霊符を戻すと、自らが使用していた一枚を加え五枚の霊符を禍神の周囲に展開する。霊符が五芒星を大地に描き、禍神を囲い込む。


 真夜を守る形でルフも地面に降り立つと片膝を突き、右手を前にかざし、左手を大地に付ける。


 真夜の霊符を五枚使用した大規模な浄化の霊術。黒龍神の時と同じように、膨れ上がった妖気を浄化していくと同時に、これ以上、禍神が龍脈から霊力を取り込めないようにした。


 ただ浄化しても膨大な霊力は残るが、それをルフは自らに強引に取り込み、周囲へと受け流していく。


 こうすることで禍神を自爆させないようにするか、威力を最小限に抑え込み、周囲に被害を及ばないようにしようとする。


 しかし弱体化している今の真夜では、自身の限界までの浄化と拘束術式を展開しても、禍神の力が強すぎるため反動がその肉体を襲う。身体のあちこちが悲鳴を上げ、力の逆流で至る所に裂傷を生じさせ血を噴き出させる。


 ルフも一気に大量の霊力を取り込んでいるからか、仮初めの肉体ではあるが、身体を維持できなくなりそうだ。


 禍神も真夜達の思惑を阻止しようと、拘束を抜け出そうとあがき続けている。


(くそっ! 黒龍神の時は何とかなったが、今の状態だとかなりキツい!)


 真夜は反動に耐えながらも、必死に結界を展開し浄化を繰り返す。爆発を起こしても何とか衝撃を結界内だけに留めるためだ。


 ルフも心配そうにこちらを見るが、真夜は不敵に笑う。


(大丈夫だ、これくらい異世界でも経験したことだ。全員、守り切ってみせる!)


 かざす両手と両足に力を入れる。それでも身体がふらつき、倒れそうになる。


 その時、誰かが真夜の身体を支えた。


 それは朱音と渚だった。彼女達は残った敵をあらかた掃討して、この場に駆けつけた。


「朱音、渚」

「もう! 無茶しすぎ! またこんなに怪我して!」

「治癒の霊術をかけます。真夜君ほどの効果は望めませんが、気休めにはなります。それとこれくらいはさせてください。真夜君を支えることくらいは、私達にも出来ます」

「そう言うこと。言っとくけど、逃げろとか言われても逃げる気はないわよ!」


 二人は真夜達を見捨てて自分達だけで逃げるつもりは無かった。真夜とルフの二人に任せたままでは、京極の時と何も変わらない。


 自分達の力では今の禍神に対して、有効な手を打てない。真夜とルフに任せる形にはなってしまうのは歯がゆいが、それでも今、自分達に出来る事を精一杯しようとしていた。


「それに真夜も死ぬつもりはないんでしょ?」

「当たり前だ。今回も全員で生き残るぞ」

「真夜君ならそう言うと思ってました」


 絶望的な状況に近いのに、朱音も渚も笑っている。真夜達が必ず何とかしてくれると言う思いはあるだろうが、もしもの時は真夜一人を死なせないと言う考えからでもあった。


 二人の想いと覚悟に、真夜も微かに笑みを浮かべる。


(朱音も渚も俺を信じて支えてくれてる。ここでどうにか出来なきゃ守護者、いや、男として情けないよな!)


 真夜の決意に反応し、霊符が更なる光を放つ。


(頼む、ルフ!)


 真夜はルフに心の中で願う。


「Aaaaaaaaaa!!!」


 ルフも呼応するかのような、美しい声音が響く。その瞬間、彼女は今まで以上の霊力を禍神の周辺から集めた。するとルフの周囲に光の繭のような物ができる。繭は霊力が渦巻き膨大な霊力となっており、中の様子は霊力の輝く光でうかがい知ることは出来ない。


 だが膨大な霊力の奔流の中で、彼女は誰にも見られない様に、その力を解放する。


 ルフの姿が消え霊符の状態に戻ると、霊符の真下に魔方陣が出現し、そこから新たな存在が出現する。


 三対六枚の翼に黒いドレス風の衣装。頭上には光り輝く円環と首元には宝石が埋め込まれたチョーカー。目元を覆う眼帯。


 堕天使ルシファーの本体が、一時的に霊符の分体を介して出現した。


 真夜や世界への負担を考えれば、この場に現れるべきではなかった。しかし事は一刻を争うし、もし禍神がこの場で自爆すれば、龍穴と龍脈に大きな影響を与える可能性があった。


 そうなれば日本のあちこちで異常気象や巨大地震、あるいは噴火などが起こるリスクがある。


 だからこそルフの本体がこの場に顕現した。霊符一枚でだが、封印状態のルフならば周囲への影響を最小限に抑えられる。


 ルフは先ほどと同じように真夜が浄化した霊力を周囲へと集め、自身に取り込み龍脈へと流していく。


 禍神は抵抗しようとさらに暴れ出すが、そこへ新たな攻撃が加えられた。


「牽制で構わん! 奴の動きを封じるのと同時に奴に攻撃を繰り返せ!」


 明乃も八咫烏と共にこの場に参戦し、禍神へと攻撃を繰り出す。


「彰!」

「はっ! 言われるまでもねえ!!」


 真昼も彰も真夜の霊符の強化が無くなった分、先ほどとの落差に違和感を覚えてしまったが、今の自分達の放てる最強の一撃を禍神に向かい放つ。


「儂もおるぞ!」


 鞍馬天狗も同様に攻撃を放つ。後方からも流樹や海、志乃や理人達も攻撃を放ち禍神へ直撃させる。


 この場にいる者が全員、禍神に向かい攻撃を繰り返す。


 ―――イマイマシイ、ニンゲンドモガァァッッ―――


 禍神はどんどん力を削られている状況に苛立ちが最高潮に達した。


 オオォォォォォォォォッッッッ!


 ―――キエロ!―――


 禍神の身体が膨れ上がると、禍神の身体から妖気を迸らせる。


 このまま爆発すれば、真夜の結界でも抑えられるかどうかわからない。


 そんな時だった。


 二つの大きな霊力が立ち上る。朝陽と紅也だ。二人は先ほどから攻撃に参加せず、何かを行っていた。


「ちっ、歳は取りたくないな。昔は無茶が出来たってのに」

「はははっ、確かにね。だが子供達が頑張っているんだ。私達も身体を張らなくては」

「言われなくてもわかってる」


 二人は明乃と同じように無理矢理、霊脈から霊力を一時的に取り込んだ。


 内出血や筋繊維の裂傷など、激痛が二人を襲っているが、気合いで押さえ込む。


 太刀と槍で二人は突きの構えを取る。


「行くぞ、紅也」

「ああ、遅れるなよ! 朝陽!」


 槍の穂先の先端と太刀の刃の切っ先が触れると、二人は並んで禍神に突っ込んだ。二人の霊力が重なり合い、増幅されていく。朝陽の風と紅也の炎が混ざり合い、巨大な彗星のようであった。


 二人が若かりし頃、事件に巻き込まれ共闘していく内に、超級などの格上を倒すために偶然生み出した技。


 朝陽と紅也で無ければ出来ない技。


 朝陽の風と紅也の炎を合わせることで、後方への推進力も増幅させている。


 真夜の結界は二人を素通りさせ、今まさに爆発寸前の禍神の身体に二人の攻撃が突き破ると、その妖気の大半を消し飛ばす。次の瞬間、カッと巨大な爆発が起こり、二人を飲み込む。


「親父っ!」

「お父様っ!」


 真夜と朱音の叫びが周囲に木霊するのだった。


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