第十六話 反撃


 ルフの出現により状況は退魔師側へと有利に動くことになる。


 真夜達の回復は、それだけで状況を一変させた。


 真夜はまず自分自身が回復したことで、ルフと共に再び顕現した十二星霊符を操り、明乃と結衣に回していた分の霊符を真昼と彰の方へと投擲した。


「これは!」

「はっ、余計な真似を」


 真昼と彰に張り付いた霊符が、彼らの霊力と体力を回復させた。


 本来は真夜の霊符には、真昼や彰ほどの霊力を瞬時に回復させるほどの能力は無い。だが今はルフの力が加わることで、一時的に回復の上限を上げている。


 真昼は自分の霊力が回復したことで顔をほころばせた。彰も悪態をついたが、表情は笑っており回復された自身の霊力を解放する。


 未だ弱体化中の真夜では、禍神に対して個人で優位に立つことは出来ない。だからこそ戦える仲間が必要になる。


 真昼と彰の復活は、この場の戦いをより優位に進める結果となる。


「はぁっ!」

「おらぁっ!」


 ほぼ万全の状態になった二人には、先ほどまで苦戦していた特級であろうとも、もはや強敵とは言えない。さらに真夜の霊符があることで、強化までなされている。これで負けるはずが無い。


 ルフの出現に周囲は動揺している。妖魔達も同じだ。しかしルフの存在を知る者達は動揺が少ない。真昼もそんな一人だ。好機とばかりに凜と楓の援護の下、真昼は特級に距離を詰め刀を振り抜く。


 特級の妖気を切り裂き、肉体に損傷を与える。


 ガァァァッッ!


 それでも一矢報いようと、特級も巨大な口を大きく開け真昼に噛み付こうとする。


 ―――光刃一閃―――


 だが真昼は霊力を収束させた剣による一撃を解き放つ。横一文字に振り抜かれた剣が、特級を切り裂きその身を消滅させる。


 特級は片付いた。残りの最上級も真昼が回復したことで前鬼と後鬼が活性化し、戦っていた妖魔達を蹂躙していく。真昼も残りを討伐するために積極的に攻勢に出た。


「悪いがとっとと終わらすぞ!」


 彰も回復したことで懸念事項が無くなった。京極家でも経験した能力の底上げ。特級どころか超級にも負ける気がしない。それに楽しみの覇級妖魔もまだ健在だ。特級などに時間をかけている暇はない。彰はルフにもその意識を向ける。真昼同様彼女の存在は知っていたため、他の者ほどの動揺は少ない。


(前に比べて姿も変わって、感じる威圧も下がってるがそれでも今の俺や雷鳥にしてみれば、手強い相手だ)


 ルフの出現や以前の堕天使の姿ではないことに疑問を抱くが、些事だと割り切る。


 今のルフでも真夜と組めば、彰と雷鳥でも勝利できるイメージが浮かばない。


 強さにおいては以前よりも縮まっているだろうが、彰にはどうしても勝ち目を想像することが出来なかった。


(面白ぇな! だからこそ目指す意味があるんだよ!)


 獣を思わせる彰の笑みがさらに深くなる。こんな所で立ち止まっていられない。この程度の相手に苦戦などしていられない。


 ―――雷爪轟戟らいそうごうげき―――


 彰は全身に雷を纏い、特級に突撃する。右手の霊器が轟音を上げ特級の身体に接触すると、その肉体をえぐり、消し炭に変えていく。身体の半分を消し飛ばされ、帯電状態の妖魔はそのまま絶命した。


 彰は次の獲物に意識を向ける。


 火織と空は最上級相手に善戦しているが、それでも押されている。もっとも時間稼ぎは十分にしてくれた。


 仁の方も陸と龍馬が来てくれているので何とか互角に戦っているが、決定打が足りない。


 彰はどちらを優先的に狙うか考え……。


「おらっ!」


 高速で移動した彰が、仁達が足止めしている最上級へ肉薄し、そのまま右手で頭を押さえつけ地面へと叩きつける。最上級も三対一の状況だったため彼らに集中していたため、彰の接近に気づかず攻撃も許してしまった。


「遅ぇよ」


 バチバチバチと雷が放たれ、彰は最上級を歯牙にもかけずに葬り去る。


 陸は自分が苦戦していた相手をあっさり倒した彰に驚きを隠せないでいる。


「はっ! そんな顔すんじゃねえよ。お前はよくやったよ。十分時間稼ぎをした。おかげで仁も無傷みてえだからな」

「危なかったですよ、本当に。でも助かりましたよ、彰さん」


 彰は珍しく陸に労いの言葉をかけた。彰の本心からの言葉であり賞賛であった。仁も自分で倒すつもりが無かったのか、彰が加勢に来てくれた事に感謝した。


 彰は今度は火織と空が相手をしている相手に意識を向ける。


 最上級も彰の視線と殺気に気づいたのか、ビクリと身体を震わせそちらの方へと意識と視線を向けてしまった。致命的な隙であると気づいた時には遅かった。


「はぁぁぁぁぁっっっ!」


 ゴオッと相手をしていた火織の大剣に炎が渦巻いた。膨大な熱量の炎を纏った大剣が振り下ろされると、最上級はそのまま真っ二つに切り裂かれ、炎に包まれた。


 彼らは最上級の妖気を持っていても、鬼のような強靱な肉体を有しているわけではない。火野の宗家の霊器使いの最大の一撃をまともに受けて無事でいられるはずがなかった。


「よし!」


 ガッツポーズをする火織は、以前に古墳での際は最上級相手に苦戦した苦い思い出があるだけに、最上級を倒せた事が誇らしかったようだ。


 彰の方を見る火織は、どうだと言わんばかりな表情を浮かべている。


「見所はあるが、それだけだな。まあまあってところか」

「むぅ。じゃあボクももっと強くなるから!」

「わ、私も頑張ります!」


 彰の言葉に顔を膨らましながら言う火織と釣られて答える空。


「なら次に会うまでには強くなってろ。ただ、時間稼ぎをした事に関しては感謝してやるよ」


 それだけ言うと彰は覇級妖魔の方へと向かっていくのだった。


 ◆◆◆


 反撃は二人だけではない。


 力を回復した朱音と渚のコンビは先ほどまでの鬱憤を晴らすかのごとく、特級妖魔に肉薄する。


「はぁぁぁっ!」

「やぁっ!」


 真夜の復活で、真夜を気にしつつ守る必要もなくなった。霊力や体力も回復したことで、もはや後顧の憂いは何も無い。


 ルフが召喚できない事を真夜に聞かされていた二人。しかも以前とは違う姿での登場だが、二人が彼女を見間違うはずがない。


 彼女の登場は真夜だけで無く、二人にも多大な影響を与えていた。


(無様な所は見せられないわね!)

(私達も成長し、真夜君の力になれる所を見せる必要がありますね!)


 ルフの登場は心強いが、彼女にばかり頼ってもいられない。真夜はルフを信頼し、随分と頼っている。彼女ほどで無くても、自分達も真夜に頼られたいという思いが二人にはある。


 だからこそ、朱音も渚も不甲斐ないところを見られたくない。自分達も真夜の手助けが出来ると、ルフに見せたい思いだった。


 素早い動きの特級だが、朱音も渚も冷静に動きを見極め、最小限の動きで攻撃を回避する。


 朱音と渚に加え、今まで牽制と護衛に当てていた式神がすべて特級一体に集中している。周囲を飛び交う無数の鳥形の式神は攻撃が通らないとはいえ、無視することが出来なかった。


 朱音の式神の火鼠に至っては、攻撃力がそこそこにあるため、僅かにでも身体が傷つけられる始末だ。


 そこへ朱音と渚の攻撃。渚は完全にサポートに回っており、霊符の攻撃などで特級の動きを制限し、追い詰める。


 戦闘経験の差であろう。一対多数で攻め立てられたことがない弊害で特級は冷静な動きが出来ず、怒りにまかせた力任せの直線的な攻撃が増えている。


(今です!)


 渚は特級の気が式神達に向いた隙を見逃さなかった。数枚の霊符を投擲し、拘束の術式を発動させる。特級相手では十秒も持たないだろうが、それで十分だった。


「朱音さん!」

「ナイス、渚! 後は任せて!」


 すでの力を溜めていた朱音が渚の声に反応する。渚との戦いでも見せた最強の一撃を放った。


 ――ー紅蓮流星戟―――


 炎を纏った高速の突きが放たれる。真夜の霊符による強化も相まって、その威力は凄まじい物となっていた。


 拘束されている特級の身体に朱音の霊器の槍が触れると、妖気の防御そのものも吹き飛ばし、本体をも削り消滅させた。


「氷室の二人も迷惑をかけた。ここは私が受け持とう」


 回復した明乃も志乃と理人の援護に向かう。八咫烏も明乃の回復を受け、万全ではないものの戦える状態にまで回復したことで再び召喚されている。


 真夜の霊符の援護はないが、それでも八咫烏もいる状況で特級に後れを取るつもりは無いと、真夜と戦った時のような気迫で特級を威圧している。


「ははっ、ほんま助かったわ。ほな、志乃。俺らの役目は終わったから後ろに……」

「何を言っているのだ、理人! ここから反撃なのだ!」

「なんでや!」


 撤退しようと志乃に提案したが、彼女はこのまま戦うと宣言する始末で、理人は思いっきり頭を抱えてしまった。


「あまり無理はするものではない。ここは私に任せて下がりなさい」

「やられっぱなしでは癪なのだ! このまま退くのはこなたのプライドが許さないのだ!」

「だぁっ! 志乃まで氷華様のような事言わんといてくれ!」


 理人としては万が一を考えての事なのだが、志乃は特級に一矢報いたいと考えているようだ。


「……ではとどめは任せる。それまでは私が対応しよう」

「ありがとうございますなのだ!」


 明乃も何か思うところがあったのか、志乃にとどめを任せると口にした。志乃はその言葉にパッと笑顔になり、理人は逆に余計に顔をしかめた。


「無理に言ったところで聞き入れまい。それにやられっぱなしでは終われないと言うのは理解できる」


 志乃の意思が固いことを察した明乃は、妥協点を上げ、無理をさせない程度に戦わせようと考えた。


 それにここまで尽力してくれた他家の者に対して、あまり星守の都合ばかり言うのも憚られる。


「では行くぞ。最高の一撃をくれてやれ」


 明乃はそう言うと、八咫烏とともに特級へと突撃していく。


「八咫烏!」


 声に反応し八咫烏が特級の狼へと迫る。特級も応戦するが、同格かそれよりも手強い八咫烏に意識が集中する。その隙を突き、明乃は真夜にも使った拘束の術式を展開し特級の動きを止める。


 やっていることは渚と同じだが、その練度も拘束の強さも上であり、特級は身動きは取れなくなった。


 何とかもがき、抜け出そうとする特級に八咫烏の攻撃が炸裂する。頭上から放たれる巨大な炎の塊をまともに浴びもだえ苦しむ。


 しかしその直後、巨大な氷の氷柱が特級めがけて飛び込んできた。


「これで決めるのだ!」


 グルルゥゥッッ!?


 志乃の放った巨大な氷柱に貫かれ、身体が凍り付いていく。完全に凍り付いた特級はパリンと音を立てて崩れ去り消滅した。


「や、やったのだ……」

「お、おい、志乃! 大丈夫か!?」


 志乃は特級を倒すとそのまま地面にへたり込み、すぐに理人が駆けつける。


「だ、大丈夫なのだ。それよりも理人。こなたも中々やるのだ」


 満面の笑みで言う志乃に理人はただ苦笑するしかなかった。


 志乃の勝利とほぼ同じタイミングで、他の場所でも動きがあった。


 流樹と海の二人が最上級を相手に優位に運んでいた。力では互角かやや劣る程度の水龍を操る流樹に、最上級妖魔達は手を焼いていた。


 龍達は熱湯で形成させているため、まともに触れればダメージを受ける。さらに時折、水弾を放ってくるので、回避もしなければならない。


 だが妖魔達が注意しなければならないのは水龍達だけではない。


「!?」

「捕まえたぞ。今だ!」

「はい! 喰らいなさい!」


 流樹の霊器である水の鞭が一体の最上級を拘束する。今の流樹の鞭の拘束は特級ならばまだしも最上級では簡単に抜け出せない。


 そこへ海が自身の最大級の攻撃である二指霊光砲を放つ。身動きの取れない最上級では避けることも出来ず、強力な一撃の直撃で消滅することになる。


 流樹達は門下生の方にも向かおうとした相手を含めて、六体の最上級妖魔を足止めし、流樹がサポートに徹しながら、海が仕留める形ですでに三体を倒していた。


 これは恐るべき戦果であり、誇れるものであろう。


「まだいけますか!? 正直、私の方は大技はあと一発が限界です!」

「こちらも少々心許ない! だがまだしばらくは陣を維持できる!」


 片手間に上級も倒している流樹だが、そろそろ霊力が心許なくなってきている。海の方も大技はあと一回が限界だった。


 しかし流樹はこの程度の相手など問題ないとばかりに強気だった。


(……過剰な自信も問題だが、この程度勝てずして、どうしてあいつらに追いつける! それに!)


 流樹も海もルフの登場で動揺したが、流樹はいち早く立ち直った。真夜を守るように出現した存在。守護霊獣か式神かはわからないが、彰が強大な式神を従えていたのだ。今の真夜ならばこれくらい出来るのではと受け入れた。


 真昼や彰がすでに特級や最上級を倒していることに流樹も気づいていた。


(まったく、腹が立つ。どいつもこいつも僕よりも上にいる。だがそんな奴らに嫉妬し、またくだらないプライドを刺激されている自分自身に腹が立つ!)


 流樹は眼鏡を押さえながら、内心の怒りをどうにかしようとする。しかし未だに未熟な流樹では完全に怒りを抑えることも、折り合いを付けることも出来ない。


 真昼、彰、そしてかつては自分よりも下であった真夜。


(強くなってやる! 必ず! だから今は、お前達でこの僕の苛立ちを解消させて貰う!)


 流樹は霊器を変化させ、右手に装着するとそのまま展開している陣に押しつける。


「一気に決める! 巻き込まれるな!」


 ――七龍飛翔瀑布しちりゅうひしょうばくふ―――


 陣が鳴動し、巨大な水龍とは別の龍が七体飛び出し最上級達に襲いかかった。


 流樹が使える最大の一撃は最上級三体を、流樹の心に応えるように蹂躙するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る