第十五話 顕現


 真夜が弱体化した原因は何だったのか。


 それは真昼が持っていた本来の真夜の力を一時的にでも取り込んだことと、ルフを解放した反動であった。


 真夜の器を以てしても、許容範囲を超える力を取り込み、さらに神級のルフの力を解放し無理矢理行使したため、契約という繋がりがあった真夜にその力の一端が流れ込んだ事によるオーバーリミットで肉体が壊滅的なダメージを受けた。


 それは異世界の神の計らいで最悪の事態は回避され事なきを得たが、流れ込んだ力があまりにも大きすぎたため、真夜の肉体と魂が一時的にブレーキ装置のように力に制限をかけた。


 人間の肉体が力のすべてを出せば耐えきれないため、八割の力しか出せないようになっているように、真夜の身体も一時的にその力をすべて出せないようにした。今の真夜の全力に、身体が耐えきれないからだ。


 回復はしても、身体が受けた見えない損傷は計り知れなかった。


 また真夜の潜在能力が真夜の本来の力とルフの力に影響され、さらに大きくなる兆候もあった。


 それらが成長期の身体にかける負荷と負担は想像を絶し、力をむやみに解放すれば成長期の肉体的な成長が出来なくなるだけではなく、再び肉体崩壊の危険まであった。


 だから肉体が完全に回復し、ある程度、肉体が耐えきれるまで真夜の中で新たに力を構築しつつも、その力は眠り続けるはずだった。


 だがそれに介入する存在がいた。


 堕天使ルシファーこと、ルフである。


 彼女は、真夜の中に眠る力に目を付けそれを利用した。


 完全解放による世界からの制約。世界を滅ぼしかねない危険な存在を縛るために、彼女にかかる負荷とそれに伴う契約者たる真夜への負担が加速度的に増すことになる。


 仮に召喚された場合の強さは、以前の封印状態とさほど変わりはしないが、完全解放を解除するための封印がより強固になったことと、召喚者たる真夜への反動が増すことになった。


 仮に今、真夜がルフを召喚した場合、彼女が戦える時間は最大で十分程度だろう。それ以上は真夜への負担が大きい。


 喚ばれないならそれでもいいが、真夜に万が一の事が起こった場合の備えを彼女は準備するため、真夜の新たなる力に介入した。


 真夜の力に自らの力を組み込み、新たな力を意図的に創り上げる。


 彼の本質と資質、能力と自らの力の融合。


 真夜に無断で行うのは申し訳なかったが、ルフの力を封じたまま、召喚もルフの力の使用もしなければ、それもまた真夜への負担があったため、そのリスクを回避するための措置でもあった。


 基礎となるのは彼の力であり、自分の力を混ぜ込んだとしても彼の本質や資質とあまりにもかけ離れた能力を発現するのは不可能だ。


 尤も彼女にとって必要な資質はすでに真夜は持っている。


 再構築し創成される真夜の新たな力は、彼女を彼の手助けが出来るようにする能力へと昇華された。


 真夜への影響を抑え、現時点の真夜の肉体でも何とか行使できるだけの能力。


 タイミング的にはギリギリだった。幸いだったのは、このタイミングで真夜の霊力だけでは無く、他の霊力も取り込めたことだ。


 真夜と親和性があり、今必要な力を持つ者達の霊力。


 それらが組み合わさることで、真夜の中で彼女の望んだ能力を有した新たな力が産声を上げ、彼女を現世へと導く橋渡しを行う。


 十二星霊符に次ぐ、十三枚目の新たな霊符。


 真夜とルフの新たな力が、今、顕現する。


 ◆◆◆


 真夜達へと放たれた禍神の一撃は、誰もを絶望させる。


 禍神は勝利とまではいかなくとも、この一撃でこの場で一番厄介な存在を倒せるか、倒せないまでも戦線復帰をさせない程度の手傷は与えられると考えていた。


 他にも数名の面倒な相手も一緒に処理できる。特に禍神が喰らった覇級妖魔の残滓があの少年とその近くの二人の少女達の霊力に酷く苛立っていた。


 その者達もまとめて葬れるなら、禍神の中の妖魔の残滓の苛立ちも少しは収まるだろう。


 タイミング的にはもはやどうすることも出来ない。極限まで引き延ばされた数秒にも満たない時間。


 ―――キエロ、イマワシキニンゲンドモ―――


 勝ち誇る事も余裕を見せることもせず、ただ事の成り行きを見つめる禍神は、ただ自らの殺意の感情を心の中で吐露する。


 ドクン


 禍神は本来、聞こえるはずの無い幻聴を聞いた。それはまるで何かの鼓動のようだった。


 またも禍神の中で危機感が増大する。


 真夜達に攻撃が届くまでの刹那のタイミングでそれは突然現れた。


 光り輝く一枚の霊符。五芒星の星のマークの中央に十字架の紋様が刻まれ、その四方には六芒星の紋が鎮座してる。さらにその周囲には五枚の十二星霊符が展開した。


 十二星霊符をそれぞれの頂点とし五芒星の陣が展開し、その中心部に新たな霊符が収まると十二星霊符・防御術式に似た魔方陣が展開される。


 直後、禍神は驚愕することになる。


 禍神の妖力弾が魔方陣に着弾すると数秒の拮抗の末、妖気が浄化され妖力弾が消滅したのだ。


 その光景に禍神だけで無く、この場にいた者達全員が驚愕し硬直した。


 直後、彼らは更なる光景を目にすることになる。


 新たな霊符が脈動すると、光が溢れ出す。


 光は霊符を中心にしてゆっくりと大きく広がると、徐々に人のような姿へと変化していく。


 バサリと音がした。一対の漆黒の翼が人型の光から生える。翼の出現を合図に光が収まっていくと、人型の姿がはっきりとわかるようになった。


 それは美しい顔立ちの長身の女性だった。漆黒の流れる長い黒髪に目元を覆う眼帯。漆黒の法衣に身を包んでいる。優美な女性を思わせる、凜とした佇まいと気品が感じさせられる。


 存在感と威圧感は超級上位クラス。


 その正体は真夜と契約した堕天使ルシファー。


 彼女が今、再び現世へと姿を現した。


 ―――何とか間に合った―――


 ルフは禍神の攻撃を防ぎ、真夜達を守り切ったことに安堵して胸をなで下ろす。


 嫌な予感は的中した。準備を進めていたがこれほど早く真夜の危機が訪れるとは思っても見なかった。


 しかし真夜と仲間の命の危機と家族の協力により、十三枚目の霊符は顕現し、ルフを現世へと召喚させた。


 だが今の彼女の翼は一対しか無く、頭上には天使の輪も無い。服装も違えば力も以前に比べれば格段に落ちている。


 今のルフは本来のルシファーではない。彼女の分身体、あるいは分霊であった。


 十三枚目の霊符。


 その能力は式神の霊符と同じように、ルフの力の一部を分霊として霊符の中に封じ込め、霊符を現世に顕現することで、十三枚目の霊符を核として、分霊のルフを召喚するためのものである。


 これによりルフは自らの本体を真夜の中で封じたまま、その力の一端を外に展開する事に成功した。


 真夜の霊符が核であるために、世界からの干渉もほぼ無く、彼への負担も少ない。


 堕天使である事を悟られないように、分霊は姿も偽装している。鞍馬天狗を参考にしており、女天狗のような見た目や姿を作り出した。天使の輪さえ無ければ、黒い翼と和製の衣服にしてやれば天狗と誤認しやすい。


 結衣や明乃の霊力や能力も役に立った。守護霊獣の召喚と契約。結衣も式神を持ち、使う事も出来たのでその力の構成を取り込むことが出来た。


 ただ力に関しては超級クラスまでしか出せない。これは分霊の限界でもあった。


 しかし最低限、真夜の役に立てるだけの力がある。


 ちらりとルフは真夜の方を見る。彼も驚愕している。無理も無い。真夜からすれば、自分自身が喚んだわけでもないのに、勝手に別の姿で現れたのだ。


 ルフも苦笑しているが、話はあとだとばかりに表情を引き締めると禍神を見据え、周囲に気を配る。


「Aaaaaaaaaaaa~」


 ルフは両手を広げ、歌声のような美しい声を周囲に響かせる。


 今の彼女の登場は戦いの天秤を一気に傾けるほどでは無いが、危機的状況に陥っている真夜達を助けるには十分だった。


 彼女の周囲に展開していた十二星霊符の五枚が、彼女の声に反応し移動する。本来は真夜にしか操作することが出来ない霊符だが、彼女は一時的に動かすことが出来た。霊符は真夜、朱音、渚、明乃、結衣に向かい飛翔する。


 霊符が各々に触れると、五人の身体に力がみなぎった。霊符を通じ、霊力だけで無く一時的にルフの力も流し込んだのだ。


「これは!?」


 明乃も驚きを隠せないでいた。今まで疲労困憊だった身体が嘘のように軽くなり、霊力まで回復している。


 彼女だけでは無い。朱音も渚も結衣も体力や霊力が回復した。


(ったく。狙って登場したんじゃないだろうな)


 悪態をつきつつ、真夜は不敵に笑う。真夜も弱体化は続いているが、大和と戦う前の現時点の万全の状態にまで回復した。聞きたいことも言いたいことも山ほどあるが、まずはこの場を乗り切る方が先決だ。


 覇級妖魔に対抗するには心許ないが、心配などしていない。心強い援軍が来てくれたのだから。


 ルフは真夜達が回復したのを見計らうと、翼を広げ一直線で禍神へと向かっていく。


 硬直していた禍神だったが、ルフが向かってきたことで我に返り、彼女を迎え撃った。


「Aaaaaaaa!」


 ルフがさらに加速すると、霊力を手に収束させ、禍神へと向かうとそのまますれ違いざまに背中の腕を何本か切断する。


 完全に避けきれなかった。速さだけ見れば禍神を超えており、胴体は何とか避けきれたが、長い腕までは無理だった。


 ―――ヤッカイナ―――


 禍神は悟る。ルフは手強い。鞍馬天狗と同等かそれ以上。


 一対一ならば負けはしない。苦戦はするし、手傷は負うが最終的に禍神は勝てるだろう。


 しかしこの場にいる敵は彼女一人では無い。


 真夜の方を見るとゾワリと薄ら寒い、言い知れぬ不安が禍神にまとわりつく。いや、それ以上の危機感。真夜が回復した。それは自分達に取って致命的な事だと禍神は即座に理解した。


 だが……。


 ―――ソレデモ!!―――


 敵が何であろうとも、多勢に無勢でも、敗北が濃厚だとしても、このまま逃げることなど出来ない。してはならない。ならば最初からこの場になど来ていない。


 オオォォォォォォォン!!!


 禍神は今までに無い咆哮を上げると、禍神は真夜に狙いを定め意識を集中する。


 倒すべき敵はあの少年。あの少年だけは何としても、刺し違えようとも、この身が滅びようとも、確実に処理する。


 禍神の妖気がさらに高まると、その体が変化していく。背中の腕が消え尾の毛が量を増すと、四肢が太くなり、耳が細く長く変化し、周囲には後ろに伸びる鬣が出現すると、頭部に後ろに伸びる長い二本の角が生える。


 黒い妖気が炎と無し四肢にまとわりつき、口からは青白い炎を噴き出す。


 覇級妖魔が命を捨てる覚悟で己のすべてを燃やし、一時的に力を増す。


 以前の真夜が召喚できた封印状態のルフと同等の力。周囲にまき散らす威圧は凄まじく、禍神の殺意も相まって、周囲に絶望を与える。


 だがその殺意を一心に向けられる真夜は怯まない。なぜなら自分は一人では無いのだから。


(さあて、やるかルフ)


 力は戻っていないが、今はルフがいる。それに周りには異世界の仲間ほどでは無いが、自分と共に戦ってくれる者達もいる。


 負ける気は一切無い。


「やれるか、真夜」


 隣に立つ明乃が真夜に声をかけてくる。明乃も戦う気だった。彼女も高野山でルフの威圧を受けている。禍神は確かに恐ろしくはあるし、殺意が上乗せされてる分、恐怖は比較にならないだろう。


「婆さんこそ、大丈夫か? 無理なら下がってもいいぜ」

「誰に物を言っている。お前こそ、無理はするな」


 そう言ってお互いに不敵な笑みを浮かべる真夜と明乃。


 離れてその光景を見ていたルフもどこか楽しそうだ。


「久しいな」


 と、ルフの下へ鞍馬天狗がやって来た。古墳の一件以降遭っていなかったため、久々の邂逅である。


 ルフも鞍馬天狗にぺこりと頭を下げる。


「今のお主であやつとやりあえるのか?」


 鞍馬天狗は暗に以前に比べ、大幅に弱体化しているルフに戦えるのかと問うた。


 だがルフは問題ないとばかりに微笑を浮かべる。むしろ、そちらの方は戦えるのかと鞍馬天狗に無言で訴える。


「無用な心配である。儂は問題ない。儂の足を引っ張るなよ」


 鞍馬天狗は不機嫌そうに言うと禍神に視線を向ける。ルフも苦笑しつつ、鞍馬天狗と並び霊力を高める。


 ルフも禍神に直接の恨みは無いし、禍神の殺意以外の人間への恨みや憎しみの感情も伝わってくる。


 禍神は人間達からすれば災厄であり、悪そのものだろうが、禍神は禍神の信念や矜持に従い真夜達と敵対している。


 だからこそ相成れない。禍神には悪いが、真夜や真夜の大切な人達を害させるわけにはいかない。


 契約の下、そしてルフに取っても大切な真夜のため、彼女は全力で禍神と敵対し、脅威を排除する。


「Aaaaaaaa!!」


 決戦の火蓋は、再び落とされる。

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