第十四話 危機

 

 真夜を襲おうとした特級相手に、朱音達は何とか奮戦していた。


 万全とは言えないが、それでも食らいつき、ギリギリの戦いを繰り広げる。


「はぁっ!」

「やあっ!」


 渚と朱音は連携して攻撃を繰り返す。相手は素早く、恐ろしい爪と牙を持つ体長二メートルを超える狼の妖魔。渚の操る複数の式神達は半数は周りを囲む上級達の牽制と真夜の護衛を行い、残りは朱音の式神の火鼠と連携を行い、特級の攻撃を絞らせないように、集中力を乱すように行動させていた。


 朱音は大技で決めたかったが、この一体だけではなく、他にも敵が複数いる状況では、特級を倒せる攻撃を放てばそれこそ霊力が底を付く。仮に倒せればいいが、外しでもすればそれだけで詰む。


 だからこそ、確実に仕留められるタイミングを待つしか無い。


 渚も朱音の一撃で倒すことを狙い、何とか相手の動きを止めようとするが、真夜への攻撃をさせないためにも迂闊な動きが出来ない。


「このっ! ほんと厄介ね! 霊力も無駄遣いできないし!」

「焦ってはダメです、朱音さん! 私が何とか隙を作ります!」

「わかってるわよ! でも渚も無理しないで! 渚だって霊力に余裕があるわけじゃないでしょ!」


 霊力の総量で言えば渚は朱音にも劣る。霊力の運用技術は朱音よりも上であるが、それでも限度がある。


 先の朱音と渚の手合わせでも二人は全力で戦ったのだ。ある程度回復したと言っても、万全の状態の三分の一にも届かない。


 複数の式神を操るにも少なくない霊力が必要となり、十二体もの式神を同時に出していれば、その消耗はかなりのものだ。


「大丈夫です! 霊力の配分には気をつけています!」


 渚は何とかこの場を乗り切るために、考えて戦闘をしていた。彼女の現時点の目的は真夜の護衛とこの場から離脱させること。そのためには時間稼ぎか、この場の妖魔を倒すしかない。


(しかし時間稼ぎは現実的ではありませんね。仮に今すぐに救援に他の六家が動いたとしても、この妖魔達と戦えるだけの実力者ともなれば、六家でも当主以下、上位クラスの退魔師で無ければ無理です)


 渚は状況を打開するための思考と同時に、救援が来るまでの時間稼ぎの可能性を考えたが即座に現実的では無いと切り捨てる。救援が来るまで、渚を始め手合わせを行った若手の霊力が持つ可能性は低い。


(だから私達である程度はこの場の妖魔を倒さないと。朱音さんに無理をさせてしまいますが、何としても特級を仕留めます! 真夜君に何度も命を救って貰っているのに、ここで真夜君のお役に立てないのは我慢なりません!)


 渚が気合いを入れ直しているのと同じように、朱音もまた絶望的に近い状況でも心折れずに事態を打開するために自らに渇を入れていた。


(ほんと洒落にならないわよ! 特級も多いけど覇級までなんて! でも絶対に真夜は守ってみせるんだから!)


 朱音は渚ほど多くの事を考えて戦っているわけでは無いが、彼女は何としても真夜を守ると躍起になっていた。真夜も回復すると言っていたことから、是が非でも戦線に復帰するだろう。


 それまでの時間は絶対に稼ぐつもりだったが、それだけに終始するつもりはなかった。


(渚に言われた手前、焦って無理をしちゃダメだけど、せめて真夜が回復するまでに特級を一体でも仕留めないと!)


 真夜がある程度回復すれば、朝陽達と協力して覇級に対処できると朱音は考えていた。だからこそ回復した霊力を特級などでまた消耗させるわけにはいかない。


(何としても特級はあたし達で倒す! 今まで散々真夜に助けて貰ってきたんだもの。ここでやれなきゃ女が廃るわ!)


 火鼠と連携しながら、相手を牽制しつつ力を貯める。チャンスは必ず来る。そう信じて、朱音はその時を必死に待つ。


 奮戦する朱音達に守られる中、真夜は目を閉じ、霊力を回復させようと躍起になっていた。


 ここは龍穴であり、高野山などの強力な霊的スポットほどではないにしても、かなりの霊力があふれている。


 禍神が術式をすべて破壊した結果、龍穴の霊力を利用していたことで漏れ出すことの無かった霊力があちこちにあふれている。


 自然の霊力を取り込み、僅かにでも回復させるつもりだったが、思ったように進まない。


(くそっ。あちこちで戦いが起こってるのと、妖魔の妖気で浸食されてるから思うように取り込めない)


 真夜にも焦りはあった。回復に専念しているが、どうにも周囲の様子が気がかりで集中しきれない。


 朱音達を信頼していないわけではないが、紅也と同じように疲弊した彼女達だけで特級と戦うのはあまりにも条件が悪すぎる。周囲の上級も虎視眈々と真夜を襲う隙をうかがっており、こんな状況で無防備に集中することは流石に真夜にも出来なかった。


 それに真夜がいる場所は龍穴からは少し離れている上に、皆が霊術を使う関係で様々な波長の霊力が混ざり合い、取り込むことを困難にしていた。そこへ妖魔の妖気もあるのだ。簡単に取り込めるわけが無い。


(兄貴や雷坂は今のところ何とかなりそうだが、親父達の方は厳しいか)


 奥の手のリミッター解除を行った反動は大きい。十二星霊符を呼び出せる感覚がまったく戻ってきていなかった。


 真夜も覇級の強さは身にしみている。禍神はそれに加えて退魔師達を殺すことに全力を上げている。朝陽達が持ちこたえられなくなるも時間の問題だった。


(十二星霊符が使えるようになるには五分じゃ無理か? 十分で何とかって所か。だがそれまでに朱音達も持つのか)


 朱音と渚の気配からまだ何とか特級相手に持ちこたえているが、理人と志乃の方はすでに押され始めている。


 これは志乃の実戦経験の少なさに依るものでもある。


 彼女は黒龍神の事件で死の危険に直面したことはあるが、誰かを守るという経験はほとんど無い。周囲に気を張り、真夜を守るための動きは必要以上に彼女の精神的負荷に繋がっている。


 そこへ先ほどの空との手合わせの消耗もある。理人がフォローに回っているが、特級が相手では限度がある。


 志乃の氷の巨人も先ほどまでの大きさは出せずに、せいぜい三メートルが限界であり最上級を相手にするのも難しかった。志乃は霊力量が多くても、術にも無駄が多く効率的に運用する技術がないために消費も激しい。


「志乃! 一旦下がるんや!」

「理人! こなたはまだ戦えるのだ! それにこなたがここで頑張らなければ!」

「それで死んだら意味ないんや!」


 理人は人一倍無理をする志乃を心配し、何とか下がるように言うが志乃は聞き入れない。こんな所でも姉妹一緒かと思いながら、理人も何とか奮戦する。


 しかし理人と特級との地力の差はいかんともしがたいく、消耗もあることを考えれば、理人と志乃の二人で特級一体をここまで無傷で足止めできていたのは奇跡に近い。


(まだか。まだなんか!? 志乃も限界は近いんや! このままやと押し切られるで!)


 理人は情けない話だが、真夜抜きでこの状況を打開できるイメージが浮かばなかった。彰、真昼と言った理人から見ても化け物クラスの二人も苦戦を強いられているのに、今の自分と志乃だけで特級を仕留められるとは到底思えない。朱音と渚もギリギリの戦いで理人達を援護できない。


(大見得切って出てきたため、俺らだけでも何とかしたかったんやが、志乃も思った以上に追い込まれとる! 俺も限界が近い! このままやと全員でおだぶつや!)


 最悪の事態が脳裏を過る。万が一の時は、志乃と真夜を逃がして自分が特攻して時間を稼ぐしかない。


(一度は捨てた命や。ここで恩を返すのもええやろ!)


 理人は攻勢を強める特級に対して、最後の手段を取る決意をする。


「はぁっ!」


 だがそこへ、無数の霊符が飛来した。彼らの周囲を囲んでいた数匹の上級妖魔が避けきれず、霊符の直撃を受ける。霊符はそのまま霊力を放出すると妖魔達を浄化し消滅させた。特級にも霊符が直撃し、僅かだがダメージを与えた。


「みんな、無事ですか!?」


 霊符を投擲したのは結衣だった。彼女は覇級を除いて、一番敵の戦力が集中している真夜達の方へと援護に回った。周りを囲んでいた妖魔達も今の攻撃で数体倒せた。その隙を付き、結衣は真夜達に合流できた。


「母さん!?」

「朱音ちゃんと渚ちゃんも無事ですね! 氷室の二人も負傷していないようでよかったです」


 何とか間に合ったと胸をなで下ろす結衣。彼女も星守の一員であり、朝陽の妻である。


 退魔師としての強さは霊器使いには劣るが、それでも決して戦えない事は無い。


「私も援護に回りますから、協力して特級を相手取ります! でもみんなも、くれぐれも無茶をしてはダメですよ!」


 結衣は前衛では無く後衛タイプであるため、この場は支援に回る事で状況を打開しようとした。


「母さん! その前に俺に霊力を分けてくれ! 母さんの霊力なら俺と親和性があるから少しは取り込めるはずだ!」


 真夜は現状で回復する手段として、結衣から霊力を分け与えて貰うことで回復を目論んだ。無論、親和性があるとは言え、霊力を取り込む量よりもロスする量の方が多いだろうが、回復できるならばそちらの方が良い。


「わかりました! みんな、もう少しだけ持ちこたえてください!」


 結衣は急ぎ、真夜の側に駆け寄ると、真夜の手を握る。


「出来ますか、真夜ちゃん!?」

「婆さんが出来たんだ。俺だってやってやるさ」


 どこか不敵に笑うと結衣も困ったように笑う。相手から霊力を受け取るのと受け渡すのはどちらも技術が必要だ。それに霊力の質が違いすぎれば、そもそも受け渡しも出来ない。


 だが結衣と真夜ならば親子ということもあり、受け渡しをするのは難しくは無いだろう。


「では私の霊力も持っていけ。まだお前の霊力の残滓くらいはある」


 と、いつの間にか明乃までもがこの場にやって来ていた。


「お義母様!? どうして!?」

「避難は他の者に任せてきた。時雨や他の長老もそれくらいは役に立つだろう」


 門下生の大半や現役を引退した長老達では、覇級の威圧は強烈すぎた。戦えと言っても実戦から離れて久しい彼らでは足手まといだ。ならば避難をさせるのがいい。


 門下生も戦える者もいるが、精神的に萎縮しており下手に戦わせるよりも避難する者達の護衛に向かって貰った方が良い。


「足手まといなのはわかっているが、私も逃げるわけにはいかん。ひねり出せば真夜の足しになる程度の霊力なら出せるし、結衣よりは効率よく真夜に受け渡せる」


 明乃とてこの短期間で霊力を回復させるのは難しかったが、それでも雀の涙ほどでも回復した霊力を真夜に渡す方が事態を打開できる。仮にこれで倒れようが霊力を失おうが構わない。その覚悟の下の行動だ。


「婆さん。いいんだな?」

「ああ。お前が回復すれば状況を打開できる可能性が高まる。すまんが、お前に託すしかない」

「気にするなよ、婆さん。とにかく母さんも婆さんも頼む。問答してる時間ももったいない」

「そうだな。結衣、始めるとしよう」

「わかりました。では行きますね、真夜ちゃん」

「ああ、頼む」


 結衣は霊力を掌から真夜の手を通して流していく。真夜も少しでも結衣の霊力を無駄にしないために目を閉じて集中していく。少しずつ霊力を取り込み、回復を図る。


 明乃は掌から直接、真夜の後頭部に掌を当て流し込む。


 真夜は二人の霊力を取り込んでいく。少しずつだが霊力が回復していく。このまま行けば霊符を顕現できるまでの霊力量が回復するのは遠くない。


 そんな真夜達の行動に、禍神はいち早く気づいた。真夜の霊力が僅かながらでも回復している。禍神の中で不吉な予感がどんどんと湧き上がってくる。


 ―――マズイ!―――


 禍神は再び、言い知れぬ危機感を抱いた。もはや一刻の猶予も無い。禍神は妖気を口に収束していく。


「紅也!」

「おう!」


 禍神の気が他に向いた事と、妖気を収束させ始めた事で朝陽達に向ける攻撃が緩んだ。その隙に朝陽達は一気に攻勢に転じる。


 朝陽、鞍馬天狗、紅也に莉子は放てるだけの最大級の攻撃を禍神に解き放つ。


 禍神も最低限の防御はしていたが、朝陽達の攻撃は禍神に今までにないダメージを与える。しかし禍神は怯まない。今の禍神に狙いは朝陽達で無いのだから。


(これは……まさか!?)


 朝陽は禍神の意識の先が自分達に向いていない事を察し、どこに向けているのかを観察し青ざめた。そこには真夜達がいる。禍神は足止めをしている自分達では無く、真夜に狙いを定めていると気がついた。


「鞍馬! 紅也! 莉子殿! 何としても奴に攻撃を放たせるな!」


 叫ぶ朝陽の意図を理解した鞍馬と紅也は、全力で攻撃の阻止を行う。


 だがそれでも禍神は止まらない。収束した妖気を口から解き放った。


 巨大な妖気の塊が一直線に真夜の方へと向かっていく。射線上に味方がいようが構いはしない。


 今すぐにでもあの男を殺さなければならないと、禍神が確信したゆえの行動だ。


 禍神の気迫と執念の一撃は、回避も防御すら間に合わせないとばかりに音速を凌駕していた。


 戦っていた渚も朱音も、理人も志乃も結衣や明乃でさえも何も出来ず表情を変化させる。彼女達も回避は間に合わない。真夜でさえもこのタイミングで十二星霊符を再び展開し、反射陣を展開する事は無理だろう。


 朝陽や紅也の叫びが周囲に響く。


 ドクン


 そんな中、真夜の中で何かが力強く脈打った。


 ドクン、ドクンと何度も鼓動が真夜の中で起こると、それは光り輝く何かを生み出す。


 それは一枚の霊符。十二星霊符とは似て非なる物が描かれた霊符。


 真夜と仲間の危機に、真夜の中で何かが目覚めようとしているのだった。

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