第十三話 戦況 



 門下生達の方へも襲いかかろうとする狼達を、流樹は再び水龍四方陣を展開して迎え撃つ。


 足止めと牽制もかねて、この陣は有効だった。流樹も消耗はしていたが、この術式をもう一度展開するのは難しくなかった。そもそもこの陣は霊符の補助もあるので、消費霊力が抑えられる。


 長時間の展開は難しいが、まだしばらくの間は持つ。


(だが特級や最上級にばかり時間をかけるわけにはいかない。朝陽殿達の援護にも向かわなければ)


 三体の龍が複数の最上級を相手取り、残りの一体は上級の牽制を行っている。


 流樹は妖魔達の戦力の多くが真夜達へと向かっているのに気がついていた。厄介な相手を先に倒すつもりだろう。援護に向かおうとも思ったが、先に他の者達が動き出遅れる形になってしまったため、流樹は星守の門下生達を逃がす行動に移った。


(とにかく被害を出すわけにはいかない。死者が出れば朝陽殿の責任問題になりかねない)


 門下生達もそうだが、六家の人間がもしこの場で殉職すれば大問題に発展する。そうなれば朝陽が各家から糾弾されるのは間違いない。


 流樹としてはそれは望まないし、朝陽には多大な恩があった。そのためにも次期当主として、今取るべき最善を選択しようとしていた。


「水葉は星守の者達と協力して門下生達の避難と護衛を! 僕はここでこいつらを倒す!」


 霊器の鞭を使い、上級を先に仕留めていく。動きが早いが、水龍に気を取られている隙に、確実に一体ずつ倒す。


「それでは流樹様が!」

「僕の心配はするな! それに水葉も先の手合わせで消耗している!」


 水葉は勝利したが、かなり消耗している。火織や仁のように余裕を持って勝利したのでは無いためだ。


「では私が援護します!」


 横合いから、霊符が一枚投擲されると、一匹の妖魔に張り付きその妖魔を絶命させた。


「貴方は下がっていてください! ここは星守の地であり、星守が矢面に立って戦わなければならない場面です! それに貴方よりも私の方が回復しています! ここは私に任せてください!」


 バッと現れたのは海だった。海は水龍陣の近くに立つと、水葉に下がるように言う。まだ蛟は回復していないため出せないが、海自身の霊力は大技を放てるだけは残っている。


「邪魔とは言わせませんよ! 本来なら貴方にも下がってもらいたいのですが」

「それは無理な相談だ。それに僕が下がればそれだけで被害が大きくなる」

「ええ! こいつらはどうやら、強い次世代の退魔師を狙っているようですからね!」


 門下生達を狙っている上級達は、あくまでも足止めや混乱、戦力分散をさせることを目的としている。


 強い個体ほど、六家の若手へと狙いを定めている。流樹には特級は向かってきていないが、最上級が複数向かってきているのがその証拠だ。


「癪だが、協力した方がいいのは認める。だが僕の足を引っ張るなよ。無理だと僕が判断すれば、すぐに君も下がらせるぞ」

「愚問ですね! そちらこそ私との戦いの後で消耗しているはずです! ここは私に任せて下がっても良いんですよ?」

「それこそあり得ないな」


 お互いに言い合うが、二人とも本気では無い。流樹も海も協力して事に当たることに異論はなかった。


「しかし僕も舐められたものだ。特級では無く、最上級で対応しようとしているのだからな」


 真夜や真昼、彰へ特級が集中していることに苛立ちを感じていた。自分の実力が劣ることは認めるし、あの三人が妖魔達から見ても驚異なのだろう。


 流樹が不愉快になるのも当然だった。自分はこの程度の戦力でどうにか出来ると思われていることに。くだらないプライドは捨てたはずだが、それでも流樹の矜持を傷つけられる


「だからわからせてやろうじゃないか! 僕を侮った結果、どういう事になるかをな!」

「そうですね! 私も見せてやりましょう! 守護霊獣がいなくとも、私が戦えることを!」


 流樹と海は迫る最上級に対して、攻勢に出るのだった。


 ◆◆◆


 朝陽達は禍神に対して、何とか戦いを続けていた。


 分裂した妖魔達が多数放たれたが、夕香夫妻をはじめ、他の六家の若手も含めて一丸となって対応してくれている。


(あちらの方は何とか持ちこたえてくれているが、早くしなければ被害が広がる。だがこの妖魔の相手も簡単では無い!)


 鞍馬天狗が矢面に立ち、朝陽と紅也が連携して攻撃を繰り返し、莉子がその援護をする。四対一の状況で、ギリギリ拮抗した状態を保っていた。


(それにこの妖魔はこちらを一切侮っていないどころか、明確な殺意を持って戦っている分、気迫が違う! 鞍馬も長くは持たない!)


 狼型と言うだけではなく、背中から生える無数の腕が伸縮し、四人に攻撃を仕掛けてくる。


 朝陽、紅也、鞍馬天狗は学生時代から幾度も共闘している間柄であったため、問題なく連携できており、莉子も即興ながら、後衛から三人を援護してくれているので、禍神の攻撃の直撃を避け、相手へと攻撃することが出来た。


 だが覇級妖魔の力は想像以上だった。朝陽は罪業衆の死罪と融合した鵺を含めて二度、相対している。


 鵺の際は真夜の霊符の強化と鞍馬との連携で大ダメージを与える事が出来た。


 しかし今はあの時とは違う。朝陽達の攻撃は通るが、僅かな傷やダメージを蓄積させる程度だ。


 背中の腕も切れるが、数が多くてそちらをすべて切断していては、禍神に対して有効打を与えるための霊力が持たない。


「くそっ! 大技を放つにも隙が無い!」

「焦るな、紅也! 今はチャンスを待つんだ!」

「言われなくてもわかっている!」


 朝陽の言葉に声を張り上げる紅也だが、すでに余裕がほとんど無いことが窺える。覇級クラスと相対するのはそれだけで精神的にも疲弊する。


 それに相手の攻撃を一撃でもまともに食らえば致命傷だ。あの腕の攻撃ならばまだしも爪や牙の一撃を受ければ致命傷だ。


(朝陽の言うことはわかっているし、こっちがこいつを足止めしなけりゃ、もっと被害が出る。だが向こうも言うほど余裕があるわけじゃないぞ!)


 紅也も焦りがあった。覇級だけならばまだここまで動揺しなかったが、分裂した個体が向かった先では、多くの若者達が奮戦している。今は何とか戦況は五分だが、どこから崩れるかわからない。


 疲弊した真夜の方に特級が向かい、朱音が戦っているのにも気がついていた。


 万全であれば、紅也も心配はするが娘を信じて任せる選択を取るが、消耗している現状では気が気ではない。


 とはいえ、紅也も他の事に気を取られるほどの余裕は無い。少しでも気を抜き、集中力を乱せば即座に禍神に殺される。


 禍神は朝陽や紅也達を舐めてはいない。手強い相手と認識し全力で殺しにかかってきている。


 分身を生み出したことで当初よりも弱体化してはいるが、覇級中位に近い力はまだまだある。


 鞍馬天狗も果敢に禍神の眼前を飛び回り、相手の意識を自分に向けようとする。


「ふん!」


 時折術や錫杖で攻撃を繰り出すが、決定打にはほど遠い。四肢だけではなく、背中の腕と巨体に似合わぬその俊敏性が厄介であった。


 体長十メートル近い狼が猫よりも俊敏な動きをすれば、どれだけ驚異的か想像が出来るだろう。


 まだ自らが真夜達の方へ向かっていかないのは、配下達が健在であるのと朝陽達も殺さなければならない相手だと認識しているからに他ならない。


 ―――コノモノタチモ、ココデコロス!―――


 朝陽達を殺し、次は真夜達だ。いや、その前に配下達が真夜達を殺すかも知れない。


 だが厄介な相手はこの場には多い。何としても殺す。一人でも多くの者を殺す。禍神は殺意をまき散らし、周囲を威圧する。


(なんて奴だい。これが覇級。わたしの攻撃が牽制程度にしかなりゃしないとはね)


 莉子も己の無力に唇をかみしめていた。超級には対峙したことはあっても、覇級にはこれが初めてだった。


 何とか戦線には加われているが、朝陽や鞍馬天狗、紅也がいなければとてもじゃないが戦いにすらならなかっただろう。


 それでも何とか今できる事をする。牽制も無駄では無い。そうすることで朝陽達の負担を軽減できる。一撃の威力を上げて、禍神の気をそらす程度は出来る。


(それでも決定打が無いんじゃ、じり貧だよ。凜はじめ、他の子達も気がかりだ。明乃の奴も、あの状態じゃ、戦えないだろうしね)


 莉子は悪化しかねない状況を何とか維持すべく、何とか奮闘を続けるのだった。


 ◆◆◆


「動ける門下生は動けない門下生を連れて、星守の本邸へ避難しろ! あそこなら、よほどの事が無い限り安全だ! 結衣! SCDへの連絡も急げ!」

「はい! お義母様!」


 明乃は結衣と共に避難の陣頭指揮を執っていた。真夜との戦いの影響は無視できる者では無く、明乃にはすでに戦う力など一欠片さえ残されていなかった。


(まさか覇級妖魔の襲撃に、それが分裂して襲いかかってくるなど。六家の若手が戦っているのも問題だ)


 明乃は面子の心配をしているのでは無い。この状況ならば六家の若手達の援護はむしろありがたい。


 しかし彼ら、彼女らに何かあれば大問題に発展するし、何よりもこの交流会で見せた将来有望な若者達がこんな所で死ぬなどあってはならないと思っていたからだ。


「ダメです、お義母様! 今のお義母様が行ったところで足手まといです! 無駄死にするだけです!」


 明乃が今にも飛び出しそうな雰囲気を察したのか、結衣が静止するかのように声を上げる。


「……わかっている。そんな真似はしない。それよりもSCDからの返答は?」

「覇級妖魔出現の連絡で、即座に他の六家当主へと連絡を付けるとのことです。ですが応援到着まで時間がかかるとのことです」


 以前の罪業衆壊滅の際や、京極家での事件で、SCDと六家や星守では覇級妖魔出現に対処するためのマニュアルと、各家への連絡を取りやすくするための連絡手段の構築が行われていた。


 SCDもまさかの事態に連絡を受けた局長の枢木は、あまりの事に持っていたコーヒーの入ったコップを落としたほどだ。


 だがそこからの行動は早く、彼は迅速に六家へと連絡を繋げた。しかし各家も寝耳に水の話であろう。交流会の場に覇級妖魔が出現するなど、誰が予想しようか。


 ただ他の六家も京極以外は当主クラスかそれに近い実力の人員を即座に送る手はずにはなっていたため、近隣の氷室、水波、火野はすでに準備を始め、早ければ一、二時間程度で到着できるだろう。ただ遠方の風間、雷坂はまだしばらくの時間がかかる。


(それでも遅すぎる! 一時間もあれば、この場での戦いの趨勢は決する。退魔師側が勝てば良いが、それでも少なくない犠牲が出るぞ!)


 特級以下の分裂体はまだいい。今のこの場の六家の若者達と残った星守の戦力ならば、犠牲者が出たとしてもギリギリ勝利できる。


 しかし覇級は論外だ。すでに疲弊しているところへ、特級達との戦いでさらに消耗すればもはや勝ち目は無く、ただ蹂躙されるだけ。


 明乃が朝陽達の戦いを観察して気づいた事は、彼らでも足止めが精一杯で勝ち目が全く見えないこと。


 応援が到着するまでの時間稼ぎが出来ればいいが、それも難しいと言わざるを得ない。応援が到着することまでにどれだけの被害が出るか。


(なぜだ。どうしてこんな事態に。せめて私と真夜の戦いの前であれば……)


 悔やんでも悔やみきれない。もし明乃と真夜の戦いの前で、自分達がほぼ万全の状態であれば、まだこの状況でも何とかなったというのに。


 明乃は嘆くが、禍神はまさにこのタイミングだからこそ来たのだ。禍神の霊感が、最も勝率の高くこの時でなくてはならないと告げたから。


「お義母様! 今は出来ることをしましょう! 真夜ちゃんの方にも援護に回らないといけませんし!」


 結衣の言葉にハッとなる。そうだ。自分もだが真夜の消耗も無視できない。


 朱音や渚、理人と志乃の四人が奮戦しているが、特級二体が襲いかかり、彼らを包囲し、逃がさないように上級十体が周囲を円を描くように疾走している。


 真昼、彰、流樹達の方はまだ互角以上に戦っているが、真夜の方には至急、救援を送る必要がある。


「お義母様は避難の陣頭指揮をお願いします! まだ消耗していない私の方が役に立てますから!」

「待て、結衣!」


 そう言うと、ある程度の避難や屋敷の方へと連絡を入れ終えた結衣は一人、真夜達の方へと駆ける。


 明乃はそんな結衣を見送るしか出来ない。今の自分が行ったところで、何も出来ないのだから。


 冷静な思考の下、明乃は引き続き避難指示や、動ける者への妖魔達への牽制を命ずる。


 しかし明乃は拳はキツく握りしめ、今までに無いほどに自分の不甲斐なさに憤慨するのだった。

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