第十二話 乱戦
大口禍神の身体から分裂した無数の狼達は、一斉に六家の若手の方へと向かった。
特級六体、最上級十五体、上級は数十体以上。
万全の状態ならば、この場にいる者達が一丸となれば、いや、彰と真昼の二人だけでも守護霊獣と式神がいれば事足りる相手だが、今はその限りではなかった。
「来るわ。貴方たちは下がりなさい! 大河!」
「おうとも!」
星守夕香と大河の夫婦が迫る妖魔達の前に立つと、娘や他の者達に強く言い含めると、それぞれの守護霊獣を喚び出す。
夕香の隣に現れたのは白い髪に白装束を身に纏った美しい女だった。雪女。それが彼女の正体だ。
夕香の守護霊獣にして友。彼女の力は特級下位であり、並の術者どころか霊器使いをも倒せる強さを持つ。
大河の隣にも体長三メートルもの獅子、唐獅子。聖なる力を持つ霊獣であり、狛犬の一種やシーサーの元になった存在とも言われている。こちらも特級下位の力を持つ大河の心強い相棒だ。
だがその二人と守護霊獣達を持ってしても、迫り来る敵は数、質共に厄介どころの話では無かった。
特級がそれぞれ一体ずつ、雪女と唐獅子に襲いかかる。残りはそれぞれに散開し、大河と夕香に最上級一体が足止めに向かう。
二人の個人的な力はそこまで高くないと思ったのだろう。事実、個人的力量で言えば、夕香と大河も単独で最上級を相手取るのは難しいと言えた。一対一ならば敗北が濃厚だった。
禍神の配下達は、倒さなければならない相手は他にいるため、他はそちらを優先しようとした。
禍神が危惧する真夜、真昼、彰へは残りの特級三体と最上級の五体が、残りは他の六家や逃げる者達へと向かっていった。上級達は他の邪魔者の排除や足止めを優先させたようだ。
「みんな! 早く避難して!」
「美琴ちゃん!」
「結衣は戦えない人の避難をお願い! ここは私が何としても食い止めるから!」
襲い来る敵に美琴が避難を結衣や他の者達へ任せ、殿を勤めるかのように迫る上級達を迎撃する。他にも分家の当主達も守護霊獣を呼びだし、迎え撃とうとする。
上級相手ならば美琴ならばそこまで苦戦しないし、星守の分家の者達も対応は出来る。だが数が厄介だった。また門下生達を守りながらとなればどうしても対応が難しくなるし、最上級や特級が相手では勝ち目は低い。
星守の分家の若手は先の手合わせで消耗している上に、守護霊獣達もかなり傷ついているので、喚ぶことが出来ない。
「くそっ! 俺だって!」
ただ大和はまだ消耗が少なかった。確かに大和自身も雷獣も霊力をかなり消費したが、雷獣は受けたダメージがなかったので、戦闘は可能だった。
迫り来る狼達を大和達は迎撃する。
退魔師達が奮闘する中、あちこちで戦いが激化する兆しを見せる。
六家の若者達は逃げずにその場に留まり、ほとんどが迎撃を選択した。自分達に狙いを定めているのが明白だったのもあるが、消耗していても、そんな自分達よりも戦えない星守の門下生達を逃がす方が先だと考えたからでもあった。
真夜に向かってきたのは、特級が二体。他にも上級が十体だった。万全の状態ならば、弱体化中でも問題ないが、今の疲弊しきった状態ではまともに対抗できない。
(ちっ!)
肉体的にも限界が来ており、奥の手を使用した後では取れる手など残されていない。
異世界でならこの場合は逃げの一手だった。しかし今はそれも難しい。逃げることに抵抗があるわけではないが、他の門下生達や他家がいる今、下手に逃げれば他の者が被害に遭う。それは許容できない。
(何とか時間を稼ぐしかないか。それにこいつらは明らかに俺や兄貴や雷坂を狙ってる。他の六家の連中へも意識が向いているが、特に俺に向ける殺意が強い)
敵の狙いがただの霊力の高い退魔師への捕食行為ではなく、始末するための攻撃だと真夜も見抜いていた。
(逃げたところでこいつらは執念深く追いかけてくるだろうし、あっちの覇級は特にやばい)
朝陽達が対応しているが、それでも勝ち目は低い。十二星霊符が使えれば朝陽達を強化して勝率を五分に近づける事が出来ただろうが、今はそれすらも出来ない。
(他の連中も気がかりだが、まずは目の前の奴らに集中しねえと)
だから覚悟を決める。せめて戦えない門下生達が逃げ切るまでは逃げず、時間を稼ぐ。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
だがそんな集団へと横合いから攻撃が放たれる。炎と風が彼らを襲うと、彼らは驚き回避行動を取る。だが間に合わず、何体かの上級の狼は炎に焼かれ、風に切り裂かれ消滅した。
「朱音! 渚!」
「真夜、下がって! ここはあたし達が何とかするから!」
「はい! 真夜君は疲労困憊でまともに戦えません! 時間稼ぎなら私達でも可能です!」
真夜を庇うように二人は彼の前に立つと、それぞれに霊器を構えて妖魔達を牽制する。
二人も消耗はしていたが、手合わせから時間も経っており、多少は回復していた。真夜に治療も施されており、万全とは言いがたいが、真夜よりはよほど戦える。
「おっと! それなら俺も参戦させてもらうわ。俺も時間稼ぎはできるやろうからな!」
「こなたもだ!」
理人と志乃も真夜の窮地に助け船を出した。
「おい。氷室の二人は下がれよ。お前らに何かあったら問題だろうが」
「固いこと言うなって。そないなことより、自分の心配したらどうや? 俺らもやけど、あんたがやられたらこっちも寝覚めが悪いからな。それにもしもの時はあんたが頼りやろ?」
理人は真夜の弱体化の事は薄々気づいていたが、堕天使という切り札のことも知っている。そのため真夜が多少なりとも回復すればこの状況を打破できる考えていたようだ。
「こなたも氷室の人間として、ここで戦うのが正しいと思ったから戦うのだ! それに、こういうピンチを乗り越えてこそ成長すると姉上も言っていたからな! わははは! 来てみるのだ! 愚かな犬共よ! こなたが成敗してくれるのだ!」
自らを奮い立たせるかのように、志乃も声高らかに宣言する。志乃としては助けてくれた恩を返すために、ここで戦うことを決めた。理人からは逃げろと言われたが、ここで戦わずして何が氷室の直系かと逆に言い負かし、疲労はあるが正面から立ち向かう。
「あたし達も同じ。それに守られてばっかじゃ嫌だからね。こういう時くらいあたし達を頼ってよ」
「朱音さんの言うとおりです。私も真夜君の助けになりたいですからね」
朱音も渚も同じように強い意志を以て妖魔達の前に立ちはだかる。
「お前ら……」
真夜は嬉しいと思う反面、今の四人では上級の集団はともかく、特級二体の相手は厳しいと考える。だが仮に自分を置いて逃げろと言ったところで、四人は聞き入れないだろう。
ならば自分がすべきことは少しでも霊力と体力を回復させること。十二星霊符を再び出せる程度に回復できれば、この危機的状況を打開する事ができるかもしれない。
「……悪い! 何とか時間を稼いでくれ! その間に回復する!」
守護者としては情けないかもしれない。だが異世界でも仲間に頼る状況は数多遭った。それは仲間を信頼していたから。助け助けられ、戦い抜いた。
だから真夜は四人を信頼し、時間稼ぎを頼んだ。それが最善だと判断したから。
「わかったわ! 来なさい! 真夜には指一本触らせないんだから!」
「はい! 必ず真夜君を守ります!」
「志乃、くれぐれも無茶すんなや!」
「うむ! 理人も気をつけるのだ!」
四人は迫る二体の狼型の妖魔に対し、戦いを挑むのだった。
◆◆◆
「凜! 楓! 下がって! ここは僕が引き受けるから!」
真昼は前鬼と後鬼を召喚すると、自らも霊器を顕現して迎え撃つ。真昼に向かってきたのは特級一体と最上級が三体。それと無数の上級妖魔達。真昼も消耗しているが、真夜ほどでは無い。時間もかなり経過しており、回復もしている。前鬼と後鬼も消耗しているが、雷鳥との戦闘では大きな負傷はない。
今の彼らでも最上級程度なら負けはしないだろう。
それでも特級もいることを考えれば五分と言ったところか。だから真昼は消耗が激しい凜と楓に下がるように告げた。
「アタシは大丈夫だ! 援護ぐらいは出来るからよ!」
「私もです、真昼様! 無茶はしません! 私も真昼様の援護に回ります!」
凜も楓も逃げることを良しとしなかった。凜も覇級妖魔の気配に当てられたが、すでに京極で幻那や空亡と遭遇していたことで、衝撃は他の者達に比べればマシだった。
そのためすぐに立ち直ることができ、状況的に真昼を援護するべきだと判断し加勢に加わった。
楓も同じだ。門下生達の避難は結衣達に任せ、自分は真昼と共に足止めをする。楓自身、かなり消耗していて援護も思った以上に出来ないかも知れないが、それでも真昼を置いて逃げることは出来なかったし、いざとなれば身代わりになることも厭わないつもりだった。
「わかった。でも前には僕が出る。二人は援護に回って! 決して無茶しないで!」
二人の意思が固いことを察した真昼は、これ以上は言わず、自分が敵をなぎ払えば良いと霊力を高める。
今の状態では特級との戦いは二人の援護があってもギリギリと思われた。他の妖魔の動きも気になるし、朝陽達が対峙している覇級妖魔の方も気がかりだ。真夜の方は朱音達が対応しているのが見えたが、それでも特級二体は危険すぎる。
(父さんもだけど真夜の方も急がないと。それに凜と楓に無理をさせるわけにはいかない。僕がしっかりしないと)
だが援護に回るにしても目の前の敵を倒さなければそれもできない。それに被害が広がる前に、敵を倒さなければならない。だから何としても目の前の妖魔達をできる限り早く討伐する必要がある。
「行くよ!」
真昼は特級妖魔に向かい、攻勢に出るのだった。
◆◆◆
「彰さん!」
「俺の心配よりもてめぇの心配をしやがれ仁! こいつらは俺が何とかする!」
彰は迫る特級と戦いを繰り広げていた。万全ならば今の彰ならば問題なく倒せる特級でも、今の彰からすれば死闘になりかねない相手だった。
(やべえな。思ったよりも回復してねえ。雷鳥も真昼にやられた傷があって出せねえ。仁にしても一人で最上級を相手にするのは危険が伴う)
彰は内心で焦っていた。思ったよりも回復していないこともあるが、仁の方に向かった最上級が気がかりだったうえに、自分に向かってくる特級と連携してくるもう一体の最上級妖魔にも手を焼いていた。
雷鳥も先の戦いの傷で休息を余儀なくされている。加えて他の上級妖魔達もある。多勢に無勢と言える状況だった。
だが彰はこの状況でも笑っていた。焦りはあるしかなりの危機だが、これも成長するための糧となると考えていた。
距離を置き、彰は特級と最上級の二体の妖魔を見据える。他にも無数の上級妖魔。仁の援護もしなければならないとはかなりの難題だ。だが……。
「はっ! 来やがれよ。てめえら全部喰らって、俺の糧にしてやる」
どこまでも不敵な笑みで、彰は妖魔達を挑発する。
「どっりゃぁぁぁっ!」
そんな時、この場に乱入する者が現れた。それは炎の大剣を振りかぶり、何体もの上級妖魔を殲滅する火織だった。
「その戦い! ボクも参戦させてもらうよ!」
高らかに宣言すると、火織は彰の隣に立った。
「流石に一人じゃ厳しいよね? ボクはそこまで消耗してないから足手まといにはならないよ!」
「いらねえよ。俺の方はいいから仁の方へ行ってやれ」
火織の申し出に彰はにべもなく返事をする。自分よりも一人で最上級を相手しなければならない仁を心配しているようだった。
「大丈夫! そっちにはあの子達が行ってるよ」
火織の指さす方には陸と守護霊獣である龍馬がいた。陸は龍馬と共に仁に協力し最上級妖魔に攻撃を仕掛けていた。
「こっちは私が援護します!」
木刀を構えた空がシーサーと共に彰と火織の方へとやってきた。空達も消耗しているが、シーサーはダメージもないので、何とか戦えるようだ。
陸と龍馬が仁の方へ向かったのは、火織の方が仁より強いため、バランスを考えてこちらに向かわせたようだ。陸としては早く最上級を仕留めて、援護に回るつもりなのだろう。
とは言え、陸も龍馬も消耗しているのでそう簡単にはいかないが、すぐに負けることがないのは間違いない。
彰は熱くなった心とは別に、頭では冷静な思考を行う。このまま戦うのは確かに分が悪い。それに覇級妖魔にも興味がある。
(確かに今の俺じゃ、特級と最上級二体同時に相手にするのはキツいか……。まあこいつらなら最上級でも足止めは出来るか)
様々な事を考え、彰は二人に援護を任せることにした。その方が勝率も上がるし、何よりも早くこいつらを仕留めて覇級妖魔との戦いへ向かいたかった。
「大口叩いたんだ。しっかりとお前ら二人で最上級妖魔を足止めしろ。すぐに特級を仕留めて、援護してやるからよ」
「うん! でもボク達だけでも倒しちゃうかもしれないけどね!」
「ううっ、が、頑張ります!」
彰の言葉に応える二人。その言葉と同時に特級と最上級妖魔が三人へと襲いかかるのだった。
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