第十話 交換条件

 

 時雨の発言で注目が一気に彼へと集中する。


 明乃はこの状況で時雨が何を言い出すのかと疑念を浮かべる。


「本当に真夜は強くなった。明乃とも和解し儂としても嬉しい限りよ。それに明乃の言葉は儂の胸に響いた。確かにその通りよな」


 明乃の言葉に追随するような発言だが、その真意を推し量ることができない。だが明乃も朝陽も、時雨の言葉を額面通りに受け取ることが出来なかった。


「儂も自らを省みなければならぬな。真夜に対しても同じじゃ。真夜を侮り、落ちこぼれと見下しておった。丁度、儂にも不出来な腹違いの兄がいたのでな」


 その言葉に明乃は顔を歪める。


「やめろ、時雨。あいつの事をこの場で言うな」


 語気を強め、明乃は時雨を制止するかのように言った。


「ふん。別に死んだ兄を貶そうとは思っておらんよ。兄は立派に戦い殉職したのじゃからな」


 さらに明乃の顔が険しくなるが、時雨は続ける。


「まあこの話は本筋ではないので置いておくかのう。真夜が明乃を倒すほどの強さを得ていたのは誠に驚いたが、いや、実に素晴らしい。ただ疑問点は多々あるがのう。あまりも強くなるのが早すぎるのと、戦い慣れているようにも見受けられた事。他にも動きが洗練されすぎている事などもじゃが」


 それは大勢の者達が感じた事でもあった。だがそれをこの場で言う意図がわからない。


 星守の者達も疑問には思うが、下手にこの話を大きくすれば朝陽がどう動くかわからない。当主の朝陽や戦った明乃は何も言わず問題視していないのに、蒸し返して不興を買いたくは無い。


 他家からしてみても、真夜の戦い方や霊力から妖魔や外法などに頼った物であると判断できたのならばともかく、それが見受けられないのであればこれは星守の問題であり、口出しすることが憚れた。


「時雨。真夜の強さは確かに驚きだし、短期間にここまで強くなった事に疑問は残るが、星守としては真夜が偽者で無く、力の本質に問題がないのならば話を大きくする物でも無いはずだ。それこそ、お前が常日頃言うように、星守が強くなることになる事は喜ばしいことだろう」


 朝陽も明乃もこの後に及んで時雨が真夜を糾弾する、あるいは何らかの疑惑を植え付けようと考えているのならば、強硬手段に出ることも考えていた。


 朝陽だけでは無い。結衣も真昼もどこか苛立ちを露わにするように時雨を睨んでいる。


「ははっ! まさかまさかじゃ! そのような事を言っておるのでは無い。子供の成長というのは早いからのう。真夜が死にかけて覚醒させた力を、真昼に勝つために努力してさらに磨いたと言うだけのことであろう。真夜は星守におる間も、真昼に負けじと努力していたのはよく知っておる」


 だが時雨はそんな者達の視線を受けても、何食わぬ顔で言い続ける。その内容も別段、真夜を貶める物では無く、真夜を認める物だけに反論しようも無い。


「時雨殿、何が言いたいのですか?」

「いや、何。真夜が霊器を顕現しただけで無く、守護霊獣を従えた明乃を単独で下すほどに強くなったことが喜ばしく、素晴らしいと思ってのう。守護霊獣がいないことが悔やまれるが、それでも今の真夜ならば次期当主候補として真昼と競い合えると思ってのう」


 時雨、次期当主候補の選定に真夜を入れるべきでは無いかという主張を、星守だけで無く他家がいる前で行ったのだ。


(守護霊獣がおらぬから、星守の当主にはふさわしくないが、感情に訴えてやればよい。それに真昼は真夜と和解しておるから、弟が次期当主候補として名乗りを上げてもさして悪感情は浮かばぬだろう。今の真昼は自らを高めることに躍起になっておる。当主としても対抗馬がいる方がよかろう)


 次善策として時雨は真夜や他の者に恩を売ろうと画策した。自分の思惑は外れた。真夜と明乃の確執から、対立構造をあおり、その隙に色々と暗躍しようと考えた。


 だが明乃と和解したことで、その目論見はご破算となった。


 このままでは真夜を利用することが出来なくなる。今の強くなり、霊器まで顕現できるようになった真夜まで明乃と朝陽の方に付かれては、完全に時雨は封じ込められる。


 どうすればいいのか。であれば真夜を味方に付ければ良いだけのこと。


 和解し、確執が無くなったとはいえ、強くなった理由付けに真昼を意識していたと語った。


 ならば時雨は自分が真夜の味方となり、後ろ盾になって真昼と対等の立場で競い合える環境を整えてやればいい。


 時雨が真夜を次期当主候補に推薦すると言えば、他の者も反論しづらいだろうと考えた。


 守護霊獣がいない事を問題視する者がいても、競い合わせてやる機会は平等に与えるべきだと言えばいい。


 退魔師は強さが必要であり、守護霊獣二体と契約している真昼を真夜が下せるのならば、当主にふさわしいでは無いかと言うつもりであった。


(まあ最終的に真昼には勝てぬであろうが、真夜に恩を売ることは出来るし、これで真昼にもお前達兄弟を気にかけていると思わせられるであろう。真夜にしてもここから真昼に勝つための助言をしてやると言えば多少はこちらを信用するであろう)


 和解したとはいえ、明乃や当主の立場で星守全体の事を考える朝陽では、言い出すことがためらわれる提案を時雨がすることで、二人にも恩を売る形に持って行ける。


 朝陽は真夜の事も真昼と同じくらいに溺愛しているし、結衣とて良い意味で兄弟が切磋琢磨してくれるならば反論はすまいと時雨は考えていた。


(別段、対立をあおる必要は無い。あくまで真夜を尊重し、強くなったからこそそのチャンスを与えてやろうという立場でいればいい)


 強さを得たならば、当主の立場を求めないはずがない。自分も腹違いの兄も当主を目指していた。


 一族の頂点に立つ。真夜からすれば煩わしさもあるかもしれないが、真昼を超えたと証明する絶好の機会を得ることにも繋がる。


 他家がいる前で言ったのは、自分が寛容であり星守は実力主義で差別的では無いと主張するため。守護霊獣こそ星守の象徴ではあるが、強ければそれにこだわらない革新的な考えを自分は持っているとアピールするためでもあった。


 それにここで言えば、他家が知ることになり今後、真夜を候補に挙げないのは古い考えや真夜を冷遇しているからと思わせる布石でもあり、朝陽も一族内での舵取りが難しくなるであろうことを見こしての物だった。


「儂はお主を応援しておるぞ。今のお主を見て確信した。お主ならば真昼にも届くであろう。頑張るのだぞ」


 笑みを浮かべ時雨は言う。彼は間違ったことは言っていない。その言葉の裏にどんな思惑があろうと、真夜が真昼を超える機会を、それも当主選定での戦いならばお互いに本気になれるからというそれらしい理由を付けて。


 時雨は朝陽や明乃がこの話題では、絶対に自分には何も言えない事がわかっているだけに自信満々だった。


 真夜に味方をして、取り込み、後見人とまではいかないが、口利きをできるだけの立場を得る。それが出来ずとも真昼にも真夜の件で恩があると思わせれば口を出しやすくなる。


 真昼と明乃を超える強さの真夜がおり、そこに海達までいれば星守を強大にするのは難しくない。


 明乃の言葉にも一理あるが、先のことなどどうでも良い。自分が生きている間に絶対的な星守を作り、その力を誇示するだけだ。


 崩壊した京極に足りなかったのは、強い個の力。朝陽を始め真昼に真夜がいれば崩壊前の京極を大きく超える事が出来る。


 時雨はそんな未来を想像し、内心でもほくそ笑む。


 だが、彼の策は成就することはなかった。


 なぜなら……。


「ありがとうございます。そう言って頂けて嬉しい限りです」


 真夜は時雨に同じように笑みを浮かべながら礼を述べる。


「ほほほ。そうかそうか。では……」

「ですが、せっかくなのですが、俺の次期当主候補への推薦は辞退させてもらいます」

「なっ!?」


 その言葉に時雨は目に見えて狼狽した。


「他家の方々には重ね重ね、時間をお取りして申し訳ありませんし、これからは個人的な話にもなるので、大変恐縮ですが、今しばらく時間をください。厳密に言えば星守だけで無く、多少は他家にも影響する話なので」


 真夜は他の六家の面々にそう言うと頭を下げる。六家の面々は一体何の話が飛び出るのかと、半分くらいは興味津々で話を聞いている。


「では改めて。当主並びに先代、そして次期当主候補の兄にお願いがあります」

「ああ、なんだろうか真夜。言ってみてくれ」


 かしこまって語る真夜に周囲が訝しむが、朝陽は逆に面白そうな笑みを浮かべている。


「はい。俺は今後、これからさらに強くなったとしても兄の真昼と争うこと無く、次期当主候補の間も、当主になるための支持も、そして当主になってからもわだかまり無く支えることをここに宣言します。ですが、その交換条件では無いですが、成人してからの俺と火野朱音、並びに京極渚改め、星守渚の二人との婚姻を認めて頂き、成就するための支援をこの場で約束して頂きたい」


 まさかの発言に周囲が先ほど以上にどよめきだした。


 渚との関係は噂されていたが、まさか朱音ともと知らなかった者達は真夜や彼女達に視線を行き来させている。


 名前を言われた朱音も渚も、まさかの事態に驚きを隠せないでいた。いや、こんな大勢がいる場で言うのかと若干顔を赤くしている。


 紅也も美琴も前以上に覚悟ガンギマリで星守だけで無く、他家もいる所での宣言には度肝を抜かされた。


「な、何を言っておるのじゃ、真夜!?」

「何をと言われても、俺の将来の事ですよ。退魔師は一夫多妻制が認められていますが、そのための条件はいくつかあります。強さに関しては先ほど示したつもりですが、朱音は火野の宗家の人間で、渚も養子入りしましたが、京極との問題もあります。ですので、その問題を解決するために先代、当代、そして次代の当主にお願いしているだけですが」


 しれっと真夜も時雨に言い返す。真夜は時雨の策を見抜いていたわけではないが、時雨があのような発言をしてくれて逆にありがたかった。利用できると、真夜は考えた。


 朱音と渚の両親にはすでに許しをもらっている。前回の京極の事件で明乃の策で、色々と真夜に同情的な雰囲気は形成されていた。


 だからこそこの場での発言は活きる。


「兄とはこれからも切磋琢磨していきますが、様々な観点から当主は守護霊獣を持つ兄がふさわしい。仮に俺が今後、守護霊獣を得たとしても俺の思いは変わりません。強くなりたかったのは兄にも勝ちたかったからですが、二人と添い遂げたいからでもあります。二人は俺にとって、当主の地位よりも大切なので」


 恥ずかしげも無く浮ついた台詞を述べるが、大勢の前でのろけ話をしているような物なので、顔は平静を装っているが、内心では赤面しっぱなしである。


「どうでしょうか? 決して悪い話でも無理難題でもないはずですが」

「……私は以前に、真夜が力と実績を示せば許すと口にしている。それをいまさら反故になどせんし、お前が望み、二人に問題が無いのであれば私は全面的に、全力で支援しよう」


 明乃は以前の約束もあるからとあっさりと了承した。そもそも知っているし、認めているので反対する理由もない。


「いやいや。中々に面白い話だね。当主としても父としても反対などしないさ。真夜がそれを望むのなら、私は両方の立場で全力で応援させてもらうよ。それと申し訳ないが、朱音ちゃんと渚ちゃんの二人にも話を聞きたいがいいかな?」

「えっ、あっ、はい! あの、真夜とはお付き合いをさせてもらってます。ふつつか者ですが、どうかよろしくお願いします」


 朱音はかなりテンパっているらしく、いきなり話を振られ、顔を真っ赤にして立ち上がり朝陽達に挨拶をして深々と頭を下げた。


「私も朱音さんと同じく、真夜君とお付き合いをさせてもらっています。皆様におかれましては突然の事で何かと驚かれているかとは思いますが、私達の気持ちは同じです。どうかよろしくお願いいたします」


 渚も動揺してはいるものの、立ち上がり落ち着きを見せながら周囲に頭を下げた.


「ありがとう、二人とも。それと火野として、親としてどうなのか、この場で聞きたいがいいかな? 紅也、美琴さん」

「俺も娘が望むのなら、反対などしない。それに話は聞いていたからな。むしろこちらは大賛成だ。ただ火野一族としてはまだ完全には承諾していないが、星守が正式に打診するならば反対は起こらないだろう」

「私も娘が幸せなら、それで構いません。どうか娘をよろしくお願いします」


 朝陽に促される形で紅也も美琴も当然だが賛成を口にする。と言うか、このために呼んだんじゃないだろうなと、紅也も美琴も朝陽を疑惑の目で見ていたのだが。


「僕も反対などしません。むしろ真夜が支えてくれるのなら、この上なく頼もしいからね。僕も何があろうとも真夜の手助けをするよ」


 真昼までもが真夜の言葉を肯定した。時雨はあり得ない事態に狼狽し続けている。


「京極の方には私の方から清彦殿に伝えよう。おそらく力を示した真夜が相手なら、向こうも反対はしないはずだ」


 朝陽は断定するように言うと、星守一族を、他の六家を見渡し、最後に時雨に視線を向ける。


「と言うことです。よろしいですかな、時雨殿? 真夜を気にかけて頂いてありがとうございます。ですので、時雨殿もぜひ真夜の婚姻の応援をお願いいたします」


 これ以上の小細工はするなと、朝陽は無言で時雨に圧をかけた。


 ある意味で策士策に溺れる形であろう。時雨は真夜を見誤った。そしてその策をそのまま利用されたのだ。


(こんな、こんな馬鹿な……)


 わなわなと震える時雨に執れる手段は何もなかった。次の策を考えようにも、もう打てる手は何も無かったのだから。


 だがそんな時だった。


 何の前触れも無く地鳴りと地響きを伴った、大地を激しく揺らす大きな地震が発生したのだった。


 同時に大きく禍々しい妖気をこの場にいた者達は感じ取った。


 その発生源は鍛錬場の中央だった。この鍛錬場は龍脈の上、龍穴と呼ばれる場所にある。


 身代わり術式などはその龍脈から流れ、龍穴からあふれる霊力を利用して発動していた。


 六家や星守の本拠地はどこも、この龍脈が流れ、龍穴がある場所に位置しており、星守は京極家に次ぎ龍穴の多い場所に拠点を構えていた。


 そんな龍穴から禍々しい妖気があふれ、何かが姿を現した。


 それは漆黒の巨大な狼。


 異界より現世に這い出し強大な妖魔。大口禍神(おおぐちまがみ)。


 かの妖魔がこの地に突如として姿を現したのだった。


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