第七話 真夜VS明乃
開始の合図で真夜と明乃は同時に動いた。
真夜は大和の時以上の速さで明乃に接近し、右手を振り抜き全力の一撃を叩き込もうとした。
しかし明乃はその攻撃を真夜の右側に身体を移動させ、手を僅かに添えることで受け流しを行った。
地面に突き刺さる真夜の一撃は、直径一メートルを超えるクレーターを作り砕け散った岩が周囲に飛ぶ。
明乃は真夜の背後に回る形で距離を開け、霊符を取り出し投擲を行うと自らも祝詞を唱え、火の霊術を行使し追加攻撃を仕掛ける。
だが霊符も火術も、真夜の周囲に展開する五枚の霊符を突破することは叶わない。
「八咫!」
防がれることなど明乃は百も承知。上空に待機していた八咫烏が明乃の声に反応し、口から炎を収束して光線のように放つ。また翼をはためかせ、真夜の守護霊獣のルフが得意とするような、羽を弾丸のように打ち出す攻撃まで行う。
羽は牽制で逃がさないため。本命は炎の光線だが、真夜は霊符の一つを射線上に展開して受け止める。最上級を軽く仕留め、特級すら無視できない攻撃を簡単に防いでみせた。牽制用とはいえ、真夜を狙った羽も一枚たりとも当人に届くことは無い。
真夜は防御している間も明乃への警戒を緩めていない。二対一の状況だが真夜は一切焦ること無く、双方に気配を配る。
明乃は八咫烏の攻撃の終わりを見計らい、接近戦を真夜へと仕掛けた。真夜もそれに呼応するように迎え撃つ。
至近距離での格闘戦。
遠距離からの中途半端な攻撃では、真夜の防御は突破できないだろう。
威力の高い術は溜めが必要となる上に、真夜の術で反射される可能性もあるため、あえて明乃は接近戦を挑んだ。
霊力により強化された豪腕を以て相手を倒そうとする真夜とそれを受け流す明乃。
接近戦は真夜の土俵ではあるが、それは明乃も同じだった。
時折、反撃とばかりに明乃も掌打や蹴りを放つが、真夜は難なく受け止める。
(やるな、婆さん。親父以上の体術だな。今の俺でも押し切れねぇなら技術では多分負けてる。人間相手なら師匠と、最初に邂逅した六道幻那の時以来か。本気の俺の格闘戦で互角以上にやれる相手は)
真夜は明乃の技術に驚嘆する。師である武王には届かないだろうが、それでも無視できないレベルの技術だと認識する。
弱体化前ならば力押しでもどうにかなったが、今の霊力強化では圧倒することはできない。
(流石だな、真夜。弱体化していてなおこの強さ。四年の研鑽は伊達では無いな。気を抜けばすぐにこちらが押し込まれる。一撃でも直撃すればそこで私の負けだ)
フィジカルでは真夜が上。技術では明乃がやや上と言ったところか。もっとも霊力量も弱体化していても真夜の方が上だ。
どちらが押しているかと言えば真夜だが、明乃は冷静に真夜の攻撃を見極め、さらに一歩前に踏み込んだ。
「はっ!」
密着状態から体重移動だけで、霊力を収束させた掌底を放つ。相手の内部へと霊力を浸透させ、内側から破壊する。
人間はおろか、高位の妖魔でも大ダメージを与えられる攻撃だが、真夜は明乃の掌が触れる直前に身体と掌の間に霊符を移動させ防御する。
お返しとばかりに真夜は、密着状態の明乃の身体に向かい下から拳を突き上げる。
拳は明乃の身体に直撃し、彼女の身体が大きく宙を舞う。だが真夜は手応えに違和感を覚えた。あまりにも手応えが少なすぎる。
(直撃の瞬間、霊力を集中させて防御と同時に自分から後ろに飛んで衝撃を逃がしたな! それに威力もほとんどを散らされてる!)
直撃したのにまさか受け流すとは思っていなかった。いや、完全には受け流せていない。少しはダメージは与えたと思われる。その証拠に明乃の顔は苦悶に歪んでいる。
しかしそれも即座に仕込んでいた霊符で回復したようだ。
(……楽しいな。朱音や渚には悪いが、二人が相手じゃ、こんな戦いもできないだろうからな)
二人との鍛錬もいいが、やはり明乃は別格だった。弱体化しているとは言え、超級クラスとさえまともにやり合えるだけの力に対して、明乃は拮抗している。
しかも力押しでは無い。技術も合わさった戦い。以前の朝陽との手合わせの時のように、いやそれ以上に真夜は昂揚していた。
異世界から帰還してから、幻那との戦いを除き、ここまで拮抗した戦いはなかった。
しかも命のやりとりでは無い手合わせ。だからこそ真夜も相手に全力を出させることが出来るし、自らも全力を出せる。
(感謝するぜ、婆さん。異世界の時の感覚が薄れてきてた上に、弱体化したからな。けど婆さんとの本気の全力の戦いで、随分と戻ってきた。俺は……もっと強くなれる!)
常日頃の鍛錬も重要であり必要なことではあるが、強者との戦いはそれ以上に糧となる。
真夜は実戦の勘と鈍った身体の感覚をより取り戻すために、明乃との戦いにさらに意識を集中させる。
(やはり手強いな。真夜の四年間の経験もだが、油断がまったくない。若さと強さにかまけた隙も見当たらない。どれだけの密度の修行と実戦を経験すればここまでの領域にたどり着けるのか)
対する明乃も真夜の体術が、すでに自分でも対応するのが難しいレベルに到達していることに改めて畏怖を覚えた。単純な力押しだけならば御しやすいが、技術まであるのならばそれも難しい。
強いと言うことはわかっていたし、罪業衆や高野山で真夜の戦いぶりを見てその戦闘スタイルは理解したつもりだったが、相対してみて初めてわかることもある。
(だが私とて五十年以上の研鑽を積んできた。お前の四年がどれだけ濃密でも、まだ簡単に敗北してやるほど私の研鑽は軽くは無いぞ)
明乃は宙に浮かぶ体勢だが、真夜は追撃をしない。いや、出来ないと言った方が正しい。明乃は空中でも霊術を発動し、攻撃をすることで真夜の足止めを行い、追撃を防いでいた。
同時に八咫烏も明乃を援護すべく、真夜に向けて攻撃を繰り出している。
八咫烏も手加減などしない。明乃と同じように真夜を格上の相手と、いや化け物と認識している。倒すどころか殺すつもりで苛烈な攻撃を放っている。
無論この攻撃で真夜を倒せるとは八咫烏も考えていない。あくまで明乃の時間稼ぎをしつつ、消耗を強いるためだ。
地面に着地した明乃は、服から暗器のクナイを何本か取り出すと、真夜に向かい投擲する。クナイが霊符の防壁に触れると大爆発を起こし、周囲に爆煙をまき散らす。
用意していた対妖魔用の術式を組み込んだものを、明乃がさらに自身の霊力で強化した物で、最上級妖魔にも効果が見込まれる。
(この程度の攻撃では真夜の防御は突破できないだろうな。弱体化している現在でも超級クラスに匹敵する力か。霊術での攻撃もタイミングを間違えれば、反射でこちらがやられてしまうか)
八咫烏がいるので、そう簡単に反射できる状態にさせるつもりは明乃にはないが、真夜の実戦経験を考えれば、不利な状況でも反射を実行できるかも知れない。
(接近戦はほぼ互角だが、向こうもこちらに慣れてきているからいつまでも私が有利とは限らない。かといって暗器では決定打になりえず、霊術も使いどころや溜めを行えばこちらが追い込まれる。まったく、嫌になるな)
だが内心とは裏腹に明乃は微かに笑みを浮かべていた。戦いで昂揚することなど今まであっただろうか。どれだけ遡っても、そんな感情を抱いた記憶は無い。しかし悪くない気分だった。
(晴太。お前もこんな気持ちだったのか)
勝ちたいと、負けたくないと本気で思う。自分よりも強い相手に挑む高揚感。どうやって勝利を掴むか思考し、試行錯誤を繰り返す。
妖魔相手では一切浮かぶことの無い感情。かつての晴太もこんな気持ちだったのかと、そして今、自分もそんな気持ちを抱いているのだと少しだけ嬉しくなる。
(だからこそ、負けてなるものか!)
真夜にも晴太にも目に物見せてやろう。星守の先代当主として実力を。女傑と言われた、晴太が目指した女の底力を。
「簡単に勝てると思うなよ、真夜!」
裂帛の気合いの下、明乃は真夜に向かいそう叫ぶのだった。
◆◆◆
明乃と真夜の戦いを観戦している者達は、一部の者を除き動揺を隠せないでいた。
それはそうだろう。先代当主として一族を長い間牽引し、当主を退いてなお、星守では真昼が台頭するまで朝陽に次ぐ力を持ち、今なお、他家の当主クラスとも互角に戦えるだけの力を持つ明乃と落ちこぼれだった真夜が互角の戦いを見せているのだから。
しかも彰と違い式神もいない、二対一の状況での拮抗。
誰の目にも明乃が手加減しているとは映らない。八咫烏との連携で苛烈に真夜を倒そうとしているのがわかる。これで手加減しているという者がいれば、実力の無い未熟者の烙印を押されるだろう。
戦いは攻撃を続ける明乃が押しているように見えるが、攻撃のすべてを余裕を以て防ぐ真夜が不利とも思えない。
時雨を筆頭に、真夜の力を知らなかった星守一族の動揺は計り知れなかった。朝陽や渚、真昼や結衣を除く宗家、意気消沈していた大和を含む分家全員が驚愕に目を見開いている。
「ば、馬鹿な。明乃と互角……だと?」
わなわなと震える時雨はあまりの事態に言葉をこぼした。
「そ、そんな。お兄様! 真夜がお母様と互角に戦ってますわよ!?」
「ああ、そうだね。私も驚いているよ。しかし真夜が先代と互角に戦っていることは誇らしく思うよ」
慌てる夕香をなだめるように言う朝陽だが、視線は戦いから逸らすことは無い。真夜の強さを知っていたとは言え、弱体化していてもこの強さ。そしてその真夜と八咫烏がいるとは言え互角に戦う明乃。
朝陽自身この戦いは一瞬たりとも見逃したくなかった。
(真夜も母様も流石だ。真昼と彰君との戦いよりもさらに洗練されている)
一見してわかりづらいが、真昼と彰よりも朝陽は二人の方が強いと見た。
明乃は霊器を顕現させた真昼よりも劣ると自らこぼしていたが、朝陽は今の母の戦いぶりを見て、そんなことは決して無いと感じた。
確かに霊力総量や出力、霊術の種類は真昼の方が上だし、単純な力押しならば真昼に軍配が上がるだろう。
だが明乃の戦い方は老練にして、巧みな物であり、単純な力押しではない。
霊術に関しても発動のタイミングや起動速度、霊力消費の無駄なども少ない。体術も真夜の強力な攻撃をいなし続けていることから、かなりのものだ。
(真夜はこの戦いで勘を取り戻そうとしているのかな? 動きが少しずつだが、最適化されているようにも見える。母様もそんな真夜に負けじと動きにキレが増している)
圧倒的な防御力と威力の高い一撃で相手を粉砕しようとする真夜と、体術と霊術や暗器、八咫烏との連携を以て相手を倒そうとする明乃。
この勝負、まだどちらに転ぶか朝陽にもわからなかった。
「お義母様、楽しそうですね」
朝陽の近くで二人の戦いを観戦していた結衣が、のほほんと呟くと多くの者はぎょっとした。
しかし朝陽や夕香は違う反応を見せた。
「……確かにお母様、どこか生き生きしていますわね」
「ははっ、そうだね。私もあんな母様の顔を見たことはほとんどないね」
多くの者はどこがだと思ったが、鬼気迫る表情の明乃は、結衣や朝陽そして夕香から見れば充実した顔をしているように思えた。
またそれは長年の付き合いがあり、ライバル関係にあった莉子も感じていた。
(やれやれ。明乃の奴、年甲斐も無くはしゃいでるね。まったく、大人げないったらありゃしない。孫相手になんて顔してんだい)
そう思いつつも、莉子はどこか明乃が羨ましく思えた。この歳になって全力を出しぶつけ合える相手がいることに。
さらに相手は恨みさえ抱いていてもおかしくない、散々蔑んでいた孫のはずだが、真夜には明乃への恨みや憎しみ、怒りと言った感情が見られなかった。
真夜の顔はただ明乃と戦えることを、明乃との戦いを心の底から楽しんでいるような、そんな顔だった。
明乃も同じで、鬼気迫る顔だが時折、楽しそうに口元をつり上げているのを莉子は見逃さなかった。
莉子には今の明乃がまるで友人に負けてたまるかと、我武者羅に戦いを挑む子供のように見えた。
そんな二人がまぶしく見える。かつて莉子と明乃は幾度か手合わせをしたが、お互いにそんな感情を抱くことなど無かった。真昼と彰との戦いに似ているが、どこか違う、だが同じように惹きつけられるような戦い。
周囲を見れば驚愕するだけの大人達とは違い、強さを求める六家の若手達は驚きこそすれ、この戦いを見逃すまいと食い入るように見入っている。
特に彰など目を今まで以上にギラつかせ獰猛な笑みを浮かべている。今にも飛び出しそうな身体を必死に抑えているように見える。凜も朱音も、驚愕している星守宗家の者達や流樹でさえ動揺を抑え戦いを観戦している。
(まったく。嫌になるね。わたしまで年甲斐もなく疼いてきたじゃないかい。こんな枯れた老婆の闘争心まで刺激するんじゃないよ)
真昼と彰との戦いを観戦していた時は、すでに引退し枯れた身と思っていたが、明乃の戦いを見て、その考えが吹き飛んだ。自らの手が、体が震えていることに莉子は気づいた。
(なんだい。わたしもまだ若いじゃないか)
ライバルと感じていた同年代の女と、若く強い次世代との戦い。自らの身体が熱くなるのを莉子は自覚する。自分でこれなのだ。若手の感じる熱はどれだけの物か。
(わたしも鍛え直しだよ。……負けるんじゃないよ、明乃。年寄りの意地を見せてやんな)
まだまだ若い者に負けてなるものか。莉子は心の中でそう呟くと、明乃に対して静かにエールを送るのだった。
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