第六話 闘志

 

「う~ん。どうにも不完全燃焼だよ」

「ドンマイね、火織」


 自分の手合わせを終えて戻ってきた火織は、すっきりしない顔をしながら朱音に愚痴をこぼした。


 彼女の手合わせの相手は星倉百合子であり、彼女の上級上位クラスの守護霊獣である炎に包まれた象の火象(かぞう)を操っていたのだが、霊器使いの火織の炎の方が火力が上であり、さらに炎に耐性もあるので、接近戦であえなく撃破された。


 さらに百合子自身の実力は何とか上級クラスと戦える程度の物でしか無く、そのまま押し切られる形になった。


 火織としては今までの手合わせのように、自分も相手と心躍るような死力を尽くした戦いをしたかったのに、簡単に勝ってしまって何とも言えない気分になってしまった。


「まあ分家ならあんなもんだろ。いくら星守でも六家の宗家を相手にするには力不足だったな。なあ、仁?」

「やめてください。コメントに困る話を俺に振らないでください」


 すでに手合わせを終えていた仁に、彰が面白がって言うと当の本人は困った顔をする。


 仁も星守分家の星宮武尊相手に圧勝した。武尊も上級中位クラスの青く光り炎を操る鷺(さぎ)の妖魔の青鷺火(あおさぎび)を使役していたのだが、仁はそれを歯牙にかけずに、雷の霊術で圧倒した。


 仁は霊器こそ顕現できていないが、歴とした雷坂宗家の人間であり、若手の中では彰や光太郎に次ぐ実力者で通っていた。そのため、上級中位程度の相手ならば苦戦はせず、霊符を用いて増幅させた雷術で青鷺火を攻撃すると同時に、自らも霊術の応用の高速移動で武尊を一蹴した。


 武尊もまだ中学生であり本人の実力は一般的な退魔師よりも上とは言え、彰や光太郎と手合わせを続けてきた仁からすれば脅威にはなり得ない相手だった。


 そして今も、流樹の付き人の水葉が星倉菜々子と戦っているが、水葉の方が優勢であり余裕がある。


 菜々子の守護霊獣は手が鎌のようになっている、イタチに似た妖魔の鎌鼬(かまいたち)だ。地方によっては三匹で一組とされているが、菜々子の鎌鼬は一匹だけである。こちらも上級中位程度の実力はあるが、流樹の付き人を務める水葉が弱いわけは無い。


 風で攻めるが、水の防御を突破できずに、反撃とばかりに守護霊獣共々、水の霊術で撃破して勝利を掴んだ。


「水葉は僕の付き人を務めるだけの力がある。弱いわけが無いだろ」


 眼鏡を直しつつ、自信満々で言い放つ流樹に、他の面々も彼女の実力を認める。とはいえ、今までの面子が面子だけに、見劣りするのは否めない。それは星守分家も同じだ・


 星守の分家は皆、上級の守護霊獣を従えているため、一般退魔師達が十人いようが勝てるのだが、残念なことに、今の星守の分家では六家の宗家には守護霊獣込みでも遠く及ばない。


「雷坂の言うとおり、分家ならあんなもんだろ。うちの分家の若手よりは、守護霊獣込みなら上だと思うけどな。個人技量は似たり寄ったりか下だろうな。ただその守護霊獣が厄介なんだけどな」


 凜はこんなもんかと、消化試合のように観戦をしている。まあ凜の場合、試合後の真昼の話でさっきまで割とテンパっていたのだが、今は何とか落ち着いている。


 他の高レベルの戦いを見て自らの糧にしようとしていた者達も、残念ながらこの三戦程度ではあまり参考にならないと内心では思っていた。


「けどまあ、次は楽しめそうだ」


 彰はあらかじめ聞かされていた真夜と、星守先代当主である明乃の手合わせには俄然興味があった。凜や流樹、火織や凜の祖母の莉子もどこか期待している。


(真夜、大丈夫かな……)


 そんな中、朱音は少しばかり心配していた。弱体化している事もあるが、和解したとはいえ過去の確執があり、色々と真夜も複雑では無いかと思っていた。


 もっともどこか不敵な笑みを浮かべている真夜を見て、その不安も吹き飛んだ。


(あっ、なんか悪い事考えてる。だったら心配することもないか。じゃあ私も安心して真夜の戦いを見てようかな。でも真夜があんな顔してるって事は、なんか凄いことしそうで逆に不安かも)


 以前からの事を考えると、一縷の別の不安が朱音の中に生まれるのだった。


「さて。では真夜、先代。二人の手合わせを初めてもらおうか」


 そんな周囲の期待と同様に、朝陽も色々な意味で楽しみな二人の手合わせに心躍らせ、鍛錬場に向かうように促す。


「待て、明乃よ。まさかと思うが手加減などするでないぞ」


 席を立ち、移動しようとした明乃に対して時雨が声をかけた。真夜もその声に足を止める。


「ふん。当然だ。これは真夜を見極める目的もある。手など抜かんさ。もちろん守護霊獣も喚ぶ」

「ならばよいがな。まあこれで真夜が本人で強くなっておるなら、星守に取って益にはなるしの」


 どこまでが本心かはわからぬ時雨の言葉に、明乃は警戒をするが何かを企もうとも打てる手はほとんど無いはずだ。


「真夜よ、頑張るのだぞ。お前次第で、まだ兄に勝てるかもしれぬしの。それと明乃をこの機会に見返してやれ」


 ある意味では真夜のコンプレックスを刺激するような言葉だった。


(この場ではこれが限界であろう。あやつは守護霊獣がおらんので、次期当主になどは無理であろうが、僅かにでもその気にさせ、この後に声をかけて奸計にはめてやれば……。真夜自身、明乃には恨みがあろう。また真夜がいかに強くなろうと、明乃には及ぶまい)


 時雨は今打てる今後のための布石を打った。時雨は明乃に本気を出させ、真夜を叩きのめさせ、その後に言葉巧みに真夜をより一層、明乃と真昼と対立するようにさせようと考えていた。


 朝陽や他の六家の人間がいる手前、真夜を貶める発言などもってのほか。また身内の醜態をこれ以上晒すのも論外。ならば真夜を応援している体を装って、明乃と真夜の確執を刺激して利用する方法を取る。


 真昼と和解したのは時雨も知っているが、長い間の確執がそう簡単に無くなるとは時雨には思っておらず、未だに真夜の中で真昼への複雑な感情があると思い込んでいる。明乃に対しては恨みしかないはずだ。


(この場で明乃に叩きのめされれば、真夜とて大和と同じようになるであろう。そうなればしめたものよ。万が一明乃が真夜を認めた場合、そこも利用できるからのう)


 掌返しをするような明乃をどう思うなどと言って、真夜は怒りの感情を見せるだろうという安易な考えだが、時雨は真夜を未だに未熟な子供と見ていた。


(急速に力を付けたことも含め、過去のことを刺激して上手く踊ってもらおう。もしくは海とでも婚姻を結ばせ、真昼への牽制をしてもよい)


 従姉妹同士の結婚は退魔師界では最近は少なくなったが、そこまで珍しい物でも無い。海や真夜の気持ちを無視した策だが、真夜の今の実力次第では、海と結ばせ自分側に取り込めば、真昼や朝陽も無碍に出来ない勢力になる。


 ただし、その思惑に真夜が乗るかは別の問題だ。


「ご期待に添えるようにします、時雨お爺様。つうことで全力でお願いしますね、先代」


 真夜は時雨に礼を述べ、彼の思惑に乗るかのように明乃にどこか挑発するように言うと、そのまま鍛錬場の中央に向かっていく。途中、朝陽に視線を向けると父にだけわかるように一瞬だけ笑みを浮かべる。


(うまくやるさ。そっちも頼む)

(頼んだよ、真夜。こちらはこちらでうまくやるよ)


 朝陽も真夜に対して微笑むとお互いに、声に出さずに意思疎通をする。テレパシーや念話などでは無いが、二人はほぼ正確に時雨の思惑を察し、互いに自分がやるべき事を実行に移すことにした。


 明乃も同じように朝陽に目を配ると、そのまま無言で鍛錬場の中央で真夜と向かい合う。


「さてと。こうやって手合わせで婆さんと向き合うのは初めてだな。高野山でも結局まともな手合わせが出来なかったからな」

「……そうだな」

「あっちの事は気にしなくて良いだろ。思惑は大体わかってるし、俺も乗る気もねぇ。親父が上手くやるだろうし、こっちはこっちで全力で手合わせするだけだ」


 真夜は時雨の思惑など気にせず乗り気であったが、明乃はまだどこか本気になれないでいるようだった。


「らしくねえな、婆さん。何を悩んでんだよ。未だに色々と引きずってんのか?」


 その姿に真夜ははぁっとため息を吐くと、後頭部をかきながら面倒くさそうに呟いた。


 今の明乃は以前、料亭で話をした時と似たような雰囲気に思えた。過去を悔いているような、引きずってるかのような、そんな風に見える。


「……心配するな。手合わせは本気でやる」

「そうしてくれ。ただ今の婆さんだとこっちも乗り切れねぇ。だから本気でやれるようになってもらう」

「なに?」

「あの人から、もう一個言われててな。婆さんが腑抜けてるようなら、喝を入れてやってくれってな。それ見て向こうで爆笑してやるからだってよ」


 ピクリと明乃の眉が僅かにつり上がった。真夜の言うあの人と言うのが誰なのか、即座に理解できたからだ。


「今だけはあの人と俺を重ねても文句言わねえよ。喝入れる時は、俺の分まで入れておいてくれって言ってたしな。あの人が出来なかった事、俺がやってやるよ」


 不敵に笑いながら、真夜は霊力を解放すると十二星霊符を五枚、周囲に展開する。


「勝負だ、婆さん。今日は俺が勝つ」


 ―――勝負だ、明乃! 今日こそは俺達が勝つ!―――


 真夜の言葉に明乃は目を見開いた。真夜の姿が一瞬、晴太に見えたのだ。かつての幼馴染みの姿が真夜に重なる。


「八つ当たりしてもいいぜ。俺もまあ、もう気にしてないとはいえ、色々と思うところはあったからな。今は無礼講って事で、お互いに全力でやろうぜ。その上で全力の、本気の婆さんに勝つからよ」


 悪ガキのようにニヤニヤと笑い挑発するような真夜に、明乃は懐かしさを覚えつつ、段々とイライラが湧き上がってきた。


(……あの馬鹿は、真夜に何を吹き込んでいる!)


 いつも好き勝ってほざいて、約束を守らず死んだくせに、死んでからこちらの頼みを聞くは、孫にいらぬ事を吹き込みは、本当にふざけすぎているだろと晴太に怒りがわいてきた。


 真夜も真夜で小憎たらしい笑みを浮かべている。それが余計に晴太と同じに見えてしまった。


(晴太も真夜も、こちらの気も知りもしないで好き勝って言ってくれる)


 明乃は先ほどまでの消沈していた気持ちが嘘のように、今までに無いほどに気力が昂ぶりだしていた。


 莉子でさえも驚くほどで、見た目こそまだ四十代に見えるが、歳を取り衰え始めているのは間違いないはずなのに、今が全盛期かと思えるほどの霊力量と質を感じる。


「来い、八咫」


 明乃が短く呟くと背後に守護霊獣の八咫烏が出現する。特級でも上位の八咫烏は周囲を威圧するかのように力を解放した。その強さは海の使役する同じ特級の蛟でも勝ち目は薄いだろう。


 明乃も特級中位ならば互角以上に戦えるだけの強さを持っている。


(ああ、すべては私の蒔いた種だ。私が悪いのはわかっている。だがな、ここまで言われて大人しくしていられるほど、私は温厚では無いぞ、晴太! 真夜!)


 割と怒り狂っていると言っても過言では無かった。晴太や真夜が明乃に対して色々な感情を抱いているように、明乃も二人に対して複雑な感情を抱いていた。


 いい年なのだから、感情を抑えるのが正しい事なのだろうが、明乃は特に晴太に対しては恨み節を言ってやりたい気分だった。


「……いいだろう。お前が、お前達がそのつもりなら私も本気の全力でいかせてもらう」


 元々真夜に勝つ気はあまりなく、勝てるとも思っていなかったが、ここまで言われては話は別だ。


(弱体化している時の真夜にさえ負ける、などと考えている時点で晴太に笑われる。いや、確実に馬鹿にされるな)


 と言うよりも、それを見こして言っていたのではないかとさえ明乃は思ってしまった。


(それよりもイライラする。なんだ、お前は。お前達は。二人揃って私を挑発するとはいい度胸だ。晴太、特にお前は昔から私に勝てず、ボロボロにされていただろうが。その借りを真夜に返させるつもりか。お前には借りもあるし感謝もしているが、それとこれとは話が別だ。と言うよりもお前には直接言ってやりたいことが山ほどあるんだぞ)


 明乃は死んだ晴太に対して心の中で恨み節を言い続ける。


(真夜、お前も自分と晴太を重ねられた事に腹が立つと言っていたくせに。あいつに恩があるとは言え、あいつの肩を持ちよって。お前が、お前達がその気なら、私は受けて立とう。晴太、真夜。そう簡単に今の私を倒せると思うなよ!)


 霊力がさらに高まる。真昼や彰ほどではないが、その二人でも手強いと、負けるかも知れないと思わせるほどの圧力。


 その霊力を前に真夜も笑みを深める。


(婆さんにはすでに今の俺は認めてもらってたけど、こうやって戦うことになると不思議と昂揚するもんだな)


 かつての朝陽との手合わせの時のような高揚感。


 弱体化した今、一対一なら確実に勝てるとは思うが、八咫烏もおり、戦闘経験も豊富な熟練の相手なためどう転ぶかもわからない。


(何だかんだで、俺も兄貴達の戦いに当てられたな……)


 戦闘狂ではないはずだが、真夜もこれまでの若手の数々の手合わせを見て、刺激を受けていた。自分ももっと強くなりたいと。同時に朱音や渚の件もあり、自分も負けてられず、そんな彼女達との未来のために真夜はここでさらに自分の力を見せつけるつもりだった。


「勝負だ、婆さん」

「こい、真夜。私のこれまでの研鑽を見せてやる」


 祖母と孫。初めてになる本気の戦いはここに幕を開けたのだった。


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