第五話 成長する者達

 

 互角に戦う志乃と空に対して、陸は理人に苦戦を強いられていた。


 陸も体術はそれなりに出来るが、あくまでそれなりにである。術の鍛錬に重きを置いていた陸に取って、理人との相性は最悪に近かった。


(くそっ!)


 心の中で悪態をつく陸は、険しい表情を浮かべながら何とか理人の攻撃を凌ぎ反撃の術を行使していく。


 しかし理人には一切通用しない。悉くを避けられるか防がれている。


 理人は氷室一族では無いが、現当主である氷華に認められ志乃の護衛も任されるほど信用されている実力者である。霊器こそ顕現できないが、その実力は退魔師全体で見ても上位に食い込む。


 さらに陸が不利なところは星守たらしめる守護霊獣と分断されたことだろう。


 最上級上位という破格の守護霊獣を使役する陸。そのことにあぐらをかき、自らの鍛錬を怠るということはないが、中学一年の少年に理人クラスの相手を守護霊獣抜きで戦えというのは酷である。


(空があそこまで善戦しているのに、俺はっ!)


 歯がゆい思いをする陸。なまじ身内に超天才の真昼や天才の海がいることで、彼はコンプレックスを持っていた。空とはそこまでの実力差はないが、それでも戦い方次第では負けてしまう。


 星守の歴史を見れば陸も天才と呼ばれ、当主候補として問題ないほどの才能と成長をしているのだが、比較対象におかしいのが多すぎる。


 また年齢もそうだ。スポーツでも高校生トップクラスに中学生トップクラスが太刀打ちできるはずがない。この年代の数年の差は、とてつもなく大きい。肉体の成長差。経験の差を含め、陸はそこまで自分を卑下する必要は無かった。


 だが志乃と互角に戦っている空を見て、自分が不甲斐なく思ってしまった。


「なんや、苦しそうな顔しとるな! もう少しあっち見習って笑ったらどうや!?」


 そんな陸を見かねてか、理人が声をかける。


「手合わせとは言え、戦いの場で笑えるものか」

「まじめやな! まああっちも大概やけど」


 志乃と空はどこまでも楽しそうに戦っている。お互いに反撃し、反撃し合いを繰り返しダメージを負っているが、それでも致命傷には遠く、まだまだこれからだとばかりに笑みを浮かべている。


「十七歳が十三歳相手に大人げないというか、同じってのはどうかやけど」


 理人としては志乃が心配だが、ここでなら致命傷を受けても問題ないし、志乃に必要な経験も得られる。過保護にしすぎるのがよくないのもわかっているし、本人が楽しそうならば口を出すことでは無い。


 相手は年下だが今の志乃にとっては丁度良い相手だ。勝っても負けても得がたい経験になるはずだ。


 しかし理人は陸は随分と余裕が無いように見える。


「戦いの最中にごちゃごちゃと……」

「まあ俺の悪い癖や。せやけど、経験から言わせてもらえば、戦いの中でも軽口を叩けるくらいの方が、余裕があってええんやで」


 防戦一方の陸は何とか距離を開けようとするが、体術は理人の方が上回り、体力的な面でも劣っている。


 しかも手合わせとは言え実戦形式で、大勢の人間に見られる中、格上の相手との戦いは想像以上に陸の体力と精神力を消耗させた。


(星守は皆やばいと思ったけど、こいつは優秀やけどまだ俺でも余裕で対処できる。守護霊獣がこっちに来たらわからへんけど)


 そもそも星守の強さは守護霊獣の強さでもある。個人での力量は六家の霊器使いのレベルまで求められていない。陸も最上級上位の守護霊獣を使役しているので、普通に考えればやばいのだが、今回は分断されることとで不利な状況に陥った。


「それと自分、弱いと思ってるかも知れへんけど十分出来るで。少なくとも氷室の中堅クラスなら間違いなく歯がたたへんやろうし、何なら状況次第なら上位陣とも渡り合えるで。お前、十分強いで」


 理人は本心からそう言う。氷室の並の術者ならば陸単独にも負けるだろう。


 真夜や真昼なら守護霊獣がいなくても理人クラスでも圧倒するだろうが、あの二人と比べるのはあまりにも可哀想だろう。


 そんな理人の言葉に僅かに驚いた顔をするが、すぐにどこか悔しそうな顔をする。


(何を喜んでいるんだ、俺は。俺が目指すのはもっと上だろ!)


 他家の人間の褒められて、少しだけ嬉しくなった陸だがすぐにそんな感情を振り払う。


 姉や従兄弟の真昼のように強くなりたい。そう思って努力を続けてきた。祖父の時雨にも男ならば少なくとも姉を超える強さを持てと、そして真昼を超えろとも、真夜のように落ちこぼれと言われるようにはなるなと言われた。


 確かに真昼の強さに陸は憧れた。真夜の事を何も思わなかったわけでは無いが、それでも分家のような態度を取ることもなかった。そんな事をしている暇があるなら、強くなるために勉強したり修行したりする方が建設的だったから。


 しかし今回の交流会でどんどん強くなる真昼との力の差を見せつけられ、そして落ちこぼれだった真夜までもが強くなっていた。


 海だけでは無く、陸も焦りを覚えていた。どうして俺はこんなにも弱いのかと。


「まあどうでもええ、手合わせ中にするようなことでもない身の上話やけど、自分の弱さがどうしても情けない、いや許せへんって気持ちはわからんでもない」


 と、陸にまた理人が話しかけると、仕切り直しとばかりに距離を取った。


「俺も自分はなんでこんなに弱いんやって思ったことは一度や二度や無い。俺がもっと強かったらってな」


 それは生け贄にされる志乃を助けるために、黒龍神に挑み、返り討ちに遭い、それでもあがき人の道を外れた方法で助けようとしていた頃の理人自身。


「多分ここにおる奴らは、特にもう手合わせ終わってる奴らは、みんなそんな思いを抱いとるはずや。誰かみたいに強かったらってな。まあ退魔師の性みたいなもんや」


 油断なく構えながら、大技の準備をする理人の言葉を陸はなぜか静かに聞いていた。


「俺も折れたこともあるし、諦めた事もある。それでも諦めんかったらどうにでもなるもんや。お前も変に考え込まんと、この場で全力を尽くせや。六家の宗家の人間でもない男やが、真正面から受け止めたる。勝っても負けても、これからどうするか、どうしたいかは後で考えたらええんとちゃうか?」


 ごちゃごちゃ余計なことを考えずに向かってこい。理人は陸に告げる。


「まあ同じ男やから負けるのが嫌ってのもわかる。せやけど年を考えや。中学生が高校生に余裕で勝てるなんて思いあがんな」


 霊器も持たない中学生が六家の上位の退魔師に余裕で勝てるなら、空恐ろしいことは無い。


 だから理人はそれを踏まえて陸に言い放った。


「あっちはそんな小難しいこと考えてもおらんやろうし」


 理人の指さす方には、「わははははっ! やるではないか! こなたとここまで戦えるとは賞賛に値する!」とか「ありがとうございます!! でも私も負けないもん!」とか「やってみるがいい! こなたが粉砕してくれる!」とか「なら私の全力で切り裂く!!」とかどこか楽しそうに声を掛け合っている。


「……あれははしゃぎすぎだと思う」

「……まあ概ね同意や。そっちも苦労してるんやろうな」

「……何となく察した」


 どこかシンパシーを感じたのか、理人と陸はお互いに肩をすくめる。しかしすぐに気を取り直し、お互いに向き合うと理人は獰猛な笑みを浮かべ、陸はどこか小生意気な笑みを浮かべる。


 陸も向こうで戦う双子の姉の姿に悩むのが馬鹿らしくなってきた。


(ああ、そうだ。強くなればいいだけだ。ウジウジ悩んでたら、また海姉や空にうるさく言われる)


 心配してくれるのはわかるが、世話焼きの姉達に構われ、子供扱いされるのは腹が立つ。どちらかと言えば二人の方が子供っぽいとツッコんだことは一度や二度では無い。


 それに負ける気は無い。星守は負けっぱなしだ。ここで白星の一つ、もぎ取って見せる。


「俺も全力の攻撃をさせてもらう」

「こいや。あっちやないけど、打ち砕いたる」


 祝詞を唱えると、陸は左手を前に伸ばしたまま突き出し、右手を身体の方にまで引く。それはさながら弓を構えるような体勢だった。すると陸の光の弓と矢が出現する。霊器では無い。単純な霊術による弓と矢の術式である。


 対する理人は右手に霊力を収束し、拳に氷を纏う。圧縮し、収束している霊力は真夜には届くことも無いが、それでも最上級クラスならば粉砕する力が込められている。


「打ち抜く!」


 陸は今までにない気迫の下、最高の一撃を放ったのだった。


 ◆◆◆


「いやいや、本当に子供達の成長の速さは凄いね。当主としても身内としても嬉しい限りだよ」


 朝陽は空と陸の戦いを見終え、賞賛の声を上げる。


 結果として空は引き分けに、陸は理人からギリギリ勝利をもぎ取った。


 陸は勝利を得た直後、喜びをかみしめるように、クールな表情を崩し力の限り拳を握りしめていた。理人も正面から受け止めなければ負けはしなかっただろうが、あえて正面対決をしたため、陸に軍配があがった。


 霊力量だけならば陸の方が理人よりも上で、一撃目の後、さらに霊力のこもった鏃を媒介にし、二射目を放った。それを理人は防ぎきれなかった。


 空も全力の力を木刀に込めたが、こちらは残念なことに木刀が霊力量に耐えきれず、志乃との激突の際に粉々に砕けた。


 さらに志乃の方が霊力が上だったので、そのまま押し切られる形に終わった。もし空が霊刀を使っていれば、勝敗は変わっていたかも知れない。


 空も負けたことは悔しそうだったが、海と同じようにどこか晴れ晴れとした表情で志乃と握手をしていた。


 中学一年生とはいえ、すでに他の六家の実力者と渡り合える力を持っている。


 しかし理人意外は得るものが多かった。理人も負けはしたし、悔しい思いはあるが、一番精神的に成熟しているので、志乃や陸が成長してくれることの方が重要だった。


 理人としても星守への多大な恩があるので、少しは返そうと言う思いからだ。


 明乃も空と陸が成長しているのが見れて満足げである。もっとも時雨は陸が勝ってもどこか不満げである。


「まあまあですわね。課題も見えましたし、空と陸もかなり強くなってますからね」

「うむ! 二人とも流石だ! しかし他の六家も中々にすごいな。最上級の守護霊獣を抑える術や式神を使える者がこんなに多いとは!」


 大河の言葉に分家の当主達やその関係者は戦々恐々としている。自分達もそれなりの使い手だと自負しているが、ここまでの手合わせの者達は文字通りレベルが違う。自分達の息子や娘は色々な意味で大丈夫なのかと。


 残っている三人は半ば青ざめた顔をしている。無理も無い。まだ手合わせしていない相手には火野と雷坂の宗家の人間がいる。水葉も流樹の付き人をするからにはそれなりの力量はあるはずだ。


(まさか他の六家の若手がこれほどとは。陸は勝てたからよいが、海に続いて空まで負けるとは)


 時雨はすでに分家が勝てるとは微塵も考えていない。残っている六家の面々に対して善戦できれば良いところだと思っている。


(分家に儂の味方をさせても、朝陽が星守を割るなどと言えば即座にあちらに鞍替えするであろう。いや、分家の有様を見れば、それすらも難しい)


 もはや時雨に打てる手はほとんど無い。朝陽は政治力に置いてもその影響力においても、明乃や時雨の上を言っている。唯一と言って言い弱みの真夜も強くなっているのではどうにもならない。


(かくなる上は……)

「そう深刻になる必要は無い。負けても誰にも責めさせはしないし、負けることは恥などでは決して無い。若い君達はまだまだ成長期。落ち込んだり、絶望する時間があるなら、どう成長するか考えなさい」


 そんな思考を続ける時雨とは裏腹に朝陽は緊張する三人に優しく諭す。それでも完全には緊張が取れない武尊や百合子達。


「では次は武尊と雷坂仁君。その次は百合子と火野火織ちゃん。その次に菜々子と水葉ちゃんだ」


 そう言うと、次いで朝陽は明乃方に視線を向ける。


「先代。その後に真夜との手合わせを願いします」

「……本当にするのか?」

「ええ。真夜の力の件はほぼ皆に納得してもらえたかと思いますが、先代が直接、戦うことで見極めることも必要だと思いますので」


 明乃はどこか苦々しい顔をする。頭では理解しているが、どうにも乗り気になれない。真夜の実力はすでに理解している。弱体化しているとはいえ、おそらく今の明乃よりも強い可能性が高いし、弱体化が終われば以前に見た圧倒的な強さとなるだろう。


(朝陽の言うとおり、周囲をさらに納得させるには有効な手だ。戦えば多少の違和感はあるだろうが、邪法や


 偽者の可能性を完全に潰せる。その後私が真夜だと認めれば、もう誰も口出しなど出来ない)


 しかし心のどこかで何かが引っかかっている。それはある意味で最近になって自覚し、さらに突きつけられた真夜に対する過去の明乃の所業とその負い目から来る物であった。


 すでに真夜を認めていることもあり、戦うと言うことに高揚感もなければ、逆に今までの罪滅ぼしで真夜に叩きのめされるのもありかとさえ考えている。そんな事、真夜が望んでおらず、逆に不快にさせるだけだと理解していても。


 そんな明乃を横目で観察しながら、真夜は何かを思案すると微かに唇をつり上げるのだった。

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