第四話 一歩前

 

「んっ……っ! 真昼様!?」


 僅かに声を漏らすと楓は目をゆっくりと開く。どうやら気を失っていたらしい。直後、目に映ったのは心配そうに自分を見る真昼の顔だった。


「よかった。気がついたんだね」


 安心したような声を出すと真昼はホッと胸をなで下ろす。


 バッと楓は勢いよく上半身を起こす。周囲を見れば、今いるところは鍛錬場ではない。鍛錬場に併設させた医務室であり、楓はベッドに寝かされていたようだ。


 ふと医務室の隅に視線を移すとそこにはばつが悪そうな表情の凜がいる。


「私は……。そうか。私は凜様に負けたのですね」

「まあな。けどアタシも無傷って訳じゃ無かったし、下手すりゃ負けてたさ」


 最後の衝突の際、楓の全身全霊の攻撃は凜には届かなかった。四体の式神を含めても、凜はそれすらも真正面からねじ伏せた。


 しかし凜の言うとおり、彼女も無傷ではなかった。致命傷では無かったが、激突の後は勝利宣言を受けるまでは立っていたが、その後には膝を突く始末で、身体もあちこち傷まみれだった。


 楓は霊力を使い、妖力を身体から無理矢理妖狐に与えた事で身体が耐えられなかったのだろう。


「傷は真夜が治療してくれたから問題ないと思うよ」

「ほんと、あいつの治癒術どうなってんだ? 鍛錬場内でアタシや楓の傷もほぼ一瞬で治すし」


 凜は治癒術だけでは無く、今の真夜が使える術の数々を思い出し困惑していた。術式が傷を肩代わりする前のものでも、割と簡単に完治させた。恩恵に預かった身としては複雑だが、真昼共々本当に規格外だなと凜は思ってしまった。


「真夜は凄いよ。僕も負けてられないしね」

「真昼様。鍛錬場にいなくてもよろしいのですか?」


 真夜の凄さを再認識して、気合いを入れ直す真昼に心配そうに楓は尋ねる。いくら凜や自分を心配してくれたとはいえ、次期当主候補の真昼が場を離れるのは問題があるのではと楓は思った。


「大丈夫だよ。父さんも行ってきても良いって言ってくれたし。それに今は中休みで、結界の点検や次の手合わせの組み合わせを父さんが説明している所だから」


 度重なる激闘が続いていたので、朝陽も念のため結界の確認や調整を行うために時間を取った。真昼と彰以降の戦いも結界への影響は多少なりともあったからだ。


「そうなのですか」

「うん。だから楓も気にしないで。それとごめん。楓の事に全然気づいてあげられなくて」


 真昼は楓に向かい頭を下げる。


「いえ! 真昼様が謝られることではありません! これは私自身の問題ですから。それよりも凜様には感謝を。色々と思うところはありますが、何かすっきりした気分です。それに私との戦いも、本当ならもっと簡単に勝てていたのではありませんか?」

「いいって。アタシが勝手にしたことだし。それと別にそんなことはないぜ。アタシはアタシのやり方で真っ向からねじ伏せたかっただけだし」


 笑って答える凜に楓はそんなことは無いと思ったが、彼女の気遣いを無駄にしないためにも頭を下げるだけで留める。


「凜も本当にありがとう。二人とも凄かったよ」

「真昼や雷坂に比べればどうってことねえよ。もっとアタシも強くなるから。前みたいに足手まといにはなりたくないし、何も出来ないのは嫌だからな」

「……私もいつまで真昼様のパートナーでいられるかわかりませんが、真昼様の足手まといにならないように。いえ、貴方の役に立てるように精進します」


 ここ半年の間に起こった様々な事件で二人は自分の未熟さを痛感している。真昼を守るどころか役に立つこともほとんど出来なかった。


 今回の手合わせで真昼はさらに先に進んだ。どんどん遠のいていく真昼に諦めるのでは無く、二人は追いかけると宣言する。


 真昼も真夜に対してそんな感情を抱いているので、どこか共感する思いだ。ただし、凜と楓の場合は違う感情も含まれているが。


 優しい笑みを浮かべる真昼だが、少しだけ考えると何かを決意したような顔つきになる。


「真昼?」

「真昼様?」

「凜、楓。その……こんな時に、こんな所で言うことじゃないかもしれないけど、聞いて欲しいんだ。たぶん、このままだとずるずると先延ばししそうだから」


 最後は苦笑する真昼だが、一度だけ深呼吸すると、そのまま彼は大切な自分の思いを二人に伝えるのだった。



 ◆◆◆


 真昼達が戻ってきてしばらくして、次の手合わせは始まった。


 鍛錬場の中央で対峙する四人の少年少女達。


「よ、よろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」


 緊張した面持ちの空といつものように少し無愛想な陸。


「うむ! よろしく頼むのだ!」

「こちらこそ、よろしゅう頼みます」


 対するは元気いっぱいの氷室志乃と、年下とはいえ相手は星守宗家の人間なので丁寧に頭を下げる八城理人。


 次の対戦は変則的にタッグマッチとなった。


 朝陽は残りの宗家の二人がまだ中学生一年生なのもあるのと、志乃もまだまだ経験不足で危険な事もあるので、タッグならばそこまで緊張しないだろうとの配慮だ。


 陸は少し不満そうだったが、空の事もあり渋々受け入れた。理人も志乃のフォローが出来るので、こちらは全面的に肯定である。


 空は近くに陸もいるので、何とか良いところ見せようと気合いを入れ直し、志乃も初となる他家との手合わせに笑みを浮かべる。


「それでは開始!」


 審判の号令の下にお互いが動き出す。


 空と陸はそれぞれの守護霊獣のシーサーと龍馬を喚び出す。シーサーは最上級下位、龍馬は最上級上位と並の相手ならば歯牙にもかけないほどだ。


 空と陸も退魔師としての実力は高く、それぞれに単独でも上級クラスと十分に渡り合えるほどだ。空は木刀を、陸は霊符を持ち構える。


 対して理人も無数の氷の狼を喚び出す。こちらはそこまでの力はなく、せいぜい上級下位程度だが、数匹もいればかなりの脅威である。


 そして志乃は……。


「ふはははは! 刮目して見よ! こなたの実力を! この場でこなたの真なる力を見せつけるのだ!」

「ああ、志乃。ほどほどにしてや……」


 腰に手を当てて、高らかに宣言する志乃に理人は苦言を呈した。実のところ、黒龍神の事件以降、病気のため療養していた設定は撤廃され、治療が終わったと公表されてからは、かなり活発的に行動した。


 そして色々な物に触れていくことで、新たな病を発症した。中二病である。すでにその年齢を過ぎているのだが、生け贄にされることが決まっていたため、軟禁生活を送っていたこともあり、遅れて発症した。


 別段ゴスロリは来ていないが、戦いの時は言動の節々にそれらしい台詞を混ぜるようになった。


 観客席ではその事実を知っている流樹が生暖かく見守っている。だが流樹は志乃を見くびっても見下してもいない。この場で彼女の実力を理人の次に知る人物なのだから。


「中々に面白い奴がまた出てきたな。まあ言動は置いといて、どんだけ出来るかだな」

「あまり甘く見ない方が良い。もっともその実力はすぐに知ることになるだろうが」


 彰の独り言に流樹が眼鏡の位置を直しながら答えると、彰は面白そうに笑みを浮かべると志乃にも動きがあった。


 志乃の周囲の気温が急激に下がっていく。同時にその身体から放たれる霊力が高まる。それは空や陸どころではない。朱音や流樹よりもさらに上。真昼や彰にはまだまだ及ばないが、それに準じるほどだ。ひゅーっと彰も口笛を鳴らす。


「ちょっと! あの子、もの凄く霊力が高くない?」

「……病気が完治したことで、より成長したらしい。元々、霊力量は高かったらしいからな」


 朱音の言葉に流樹が答えた。黒龍神の事件を知る者同士であるため、それだけで意味は通じた。


 元々志乃は黒龍神に生け贄に選ばれるほどのポテンシャルを秘めていた。生まれた時に目を付けられただけあり、そのポテンシャルは氷室でも歴代で最高峰であったらしい。


 まだまだ未熟で技術的にはお粗末だが、霊力だけは今でも六家の上位陣を超えるほどだ。


「出でよ! 我がうつし身よ!」


 宣言すると同時に志乃の背後に氷で出来た人型の巨人が出現した。大きさは五メートルを優に超える。巨人はドラミングするかのように太い腕で胸を幾度も叩く。


 式神とも守護霊術も違う。強いて言えば西洋のゴーレムだろう。しかし霊力のごり押しで作られたゴーレムは最上級クラスの力を放っている。


「征け! なぎ払うのだ!」


 氷の巨人はこの場で一番厄介な龍馬に狙いを定める。動きも決して鈍重では無い。歩幅もあるので、一気に距離を詰め、龍馬に拳を叩き込む。


「避けるんだ! そこから反撃を!」


 陸は龍馬に指示を出すと、羽を広げ空へと舞い上がり拳を避ける。大地に突き刺さった拳が鍛錬場を揺らす。


「シーサー!」

「氷狼! お前らはあいつを狙うんや!」


 空は衝撃からいち早く動くと傍らのシーサーに声をかけると、理人も氷狼達をシーサーにけしかける。


 集団で襲いかかる狼達をシーサーは迎え撃つ。強さはシーサーが上でも数と連携に長ける狼達を前に戦況は互角であった。


 龍馬も空から雷や風などを操り、氷の巨人に攻撃している。しかしダメージは受けるし、氷の身体も削れるがすぐに再生していく。さらに巨人は腕や身体から氷の氷柱などを打ち出して、空を飛んでいる龍馬に攻撃も出来るので、一進一退となっている。


「空、術者を倒すぞ!」

「わかった!」


 氷の巨人は龍馬に任せ、陸と空は先に志乃を倒すことを決める。シーサーが氷狼を抑えてくれているので、術者だけに集中できる。


 この双子の場合、接近戦が得意な空が前衛、術の扱いが上手い陸が後衛で戦う事が多い。


 理人と志乃の場合も同じだが、理人は敢えて空を無視して陸の方に狙いを定めた。


「陸!?」

「俺はいい! 空は向こうを倒せ!」


 迫る理人に術を行使しつつ、陸は空に指示を出す。自分が相手を引きつけておけば、空が志乃を倒してくれると考えたからだ。


「中学生相手に大人げないやろうが、手合わせなんで勘弁してくれや!」


 理人は中学一年生相手に全力もどうかと思うが、相手は星守の宗家。手を抜く方が失礼だし、手を抜けば即座にやられる可能性がある。


 と言うよりも真夜とやり合った経験や真昼などの戦いを見て、星守はマジでやばいのしかおらんと本気で思っているので、手を抜けるはずも無い。


「わかった! 陸も頼んだよ!」


 陸の声を背に、空は一気に志乃との距離を詰める。巨人は少し離れた場所で戦っているので、踏み潰される危険は少ない。


「ふふふ! 来るが良いのだ! こなたがすべて粉砕してくれる!」


 志乃も空を迎え撃つ。お互いに前衛と後衛同士の戦い。そしてお互いに接近戦への対処は慣れていた。志乃は理人と手合わせをし、陸も空と何度も手合わせをしている。後は練度の問題。


 志乃は楽しかった。うれしかった。理人と共に戦えるだけで無く、自分も戦うことが出来ることに。


 彼女は死ぬ運命にあった。妖魔の生け贄として。その人生も、命も諦めていた。しかし奇跡が起こり、その運命から逃れることが出来た。


 だからこそ、助けてくれた者達への感謝と自分を守り、支えてくれた姉である氷華や理人の役に立ちたかった。その方法が退魔師として強くなること。


 他家が見る中での大舞台での戦いは緊張もするが、それでも志乃の前のいくつもの戦いが彼女を感動させ、さらなる奮起を起こさせた。あの者達のように戦いたい。強くなりたいと。


 最近十七歳になった志乃からすれば空はかなり年下であるが、実力は格上と思っている。中二病のような言葉を出すのは格好いいからもあるが、こうすることで弱かった頃の自分と決別できるような気がしたからだ。


 目の前に迫る空の木刀。太刀筋も真っ直ぐで迷いが無い。防御のために氷の壁を生み出し、時には足下から氷柱を生やす。


 しかし空はそれらを危うげながらも回避し、志乃に接近して木刀を振るう。志乃は避けられない物は手や腕に氷を纏い受け止める。衝撃が走るが、耐えられないことない。


 それでも痛いので、わはははっと声を上げて我慢する。中二病的発言はこういうとこでも役に立つ。


 そんな志乃相手に空は攻めあぐねいていた。見た目はほとんど変わらないので、本気で戦っているが、防御を崩せない。霊力を纏い、威力を底上げした木刀でも相手の氷を破壊し尽くす事は出来ない。


(やっぱり他の六家の人達は凄い! でも私だって十分に戦えてる!)


 だが空は志乃と同じように内心でこの戦いを楽しんでいた。


 もし空がすでに手合わせした者達と戦えば手も足も出ない可能性があったが、霊力によるごり押しの、技術が未熟な志乃が相手ならば空も十分に戦えた。もし志乃の氷の巨人がこちらに来れば形勢は不利になったが、それを抜きにすれば良い勝負と言えた。ある意味では良い組み合わせでもあろう。


 空も自分に自信を持てずにいたが、彼女はどちらかと言えば深く重く考えない性格で身体を動かして余計な雑念を払うタイプであった。楽しそうな笑みを浮かべ、どうすれば志乃に勝てるのか考える。


 どこか楽しそうに戦う二人は、見た目相応(方や十七歳、方や十三歳)に無邪気に自分の力を相手にぶつけるのだった。


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