第三話 勝負


 四方より回避をさせぬように檻のごとく、楓を包囲しながら迫る無数の刃達。


 楓に当たるかと言う直前、彼女の周囲に四枚の霊符が出現し強力な結界が展開される。


 それは式神を封じる霊符にも似ていた。


 結界と風がぶつかり合うと、風はかき消された。その光景に凜は僅かに目を見開く。


 しかし動揺は無い。冷静に楓を観察する。


 今までとは何かが違う。観察を続けると今まで楓からは霊力しか感じられなかったが、妖気を感じる。


 半妖である故に人間由来の霊力と、妖魔由来の妖気が備わっている。ただその比重がどちらが多いかで、半妖の性質が人間よりか妖魔よりかに分かれる。


 霊気と妖気は似て非なる物であり反発する。プラスとマイナス。炎と氷のように、両極端に位置すると退魔師達は認識している。


 また妖術師は自らの霊力を妖気に変化させて使う。妖気でしか発動しない術が数多存在するからである。


 半妖や妖術師には、二つの力を同時に使う者がいないわけでは無いが、かなりの難易度であり使い手はほとんどいない。幻那のように霊力を妖気を高める餌に、あるいは反対に妖気を霊力を高める餌にする技法も存在するが、反動が大きく身体への負担が大きい。


 妖気を霊気にしたり、逆に変換するのも変換率も悪く、面倒が多い。


 切り替えて使う事もできるが効率が悪く、中途半端になりやすいのでもっぱら、半妖達は比重の大きい方を基本的に使う。


 ただ楓は珍しいことにその比重がほぼ同じだったのだが、彼女は今まで霊力をメインで使っていた。そのため妖気は発していなかったが、妖気の高まりを凜は感じ取った。


 だが妖気はまるで何かに吸われているように、楓の身体から消えていく。


 凜は気づく。楓の妖気は霊符に吸われていると。


 ―――真名を以って勅命を下す。出でよ、妖狐四種―――


 楓の周囲に黒、白、金、銀の毛並みを持つ、体長一メートルはあろうかという四体の狐が現れた。


 善狐と呼ばれる狐達であり、楓の式神にして彼女を守る存在。


「へぇ……」


 凜は感嘆する。今まで楓が式神を使ったことは一度も見たことがなかった。しかも四体とも上級どころか最上級クラスに近い力を感じる。


「あぁぁぁぁぁっ!」

「っ!」


 直後、何の前触れもなく楓が絶叫を上げ、小刀を構え凜に向かって高速で接近してきた。


「はっ!」


 凜は霊器の扇をたたむと親骨で小刀を受け止める。楓は今までに無い表情を浮かべ、本人ですらわからぬ感情に突き動かされていた。


(どうして、どうして私は!)


 楓が小刀を振るうと凜も扇で応戦する。加えて四匹の狐達が二人の周囲を円を描くように動き回ると、凜へと襲いかかるタイミングを探るかのように、観察を続ける。


 凜の言葉に最初は事実を突きつけられ、沈み込んでいた。だが同時に身体の奥底から湧き上がる感情があった。


 それは怒り、悲しみ、憎しみ……。


 楓は自分を封じた者達への、自分を助けてくれなかった父への、自分を見捨てた母への、そして自分自身の出自や境遇に対しての、言い知れぬ感情を裡に溜め込んでいた。


 生来の優しい楓の性格がそれを表に出さなかったのだが、戦いの中での半妖の妖魔の部分が刺激され、


 今まで溜め込んでいた感情。自分自身で処理できない、しきれなかった大きな感情が爆発し決壊した。


 式神の四体の狐は、姿をくらました母が残したもので、楓と一緒に封じられていた存在だった。


 しかし楓はこれらを使役しなかった。出来なかった。それはこの四狐が妖気により最大の力を発揮するからであり、楓は自らの妖魔の部分を恥じ、憎んでいたからでもある。


 真昼と出会い、星守に庇護されてからも、星守の中ではあまりなかったが、半妖たる自分の存在に対する忌避感を感じることは多々あった。かつての境遇もあり、楓は妖気を使うことを良しとしなかった。


 以前の高野山でのルフとの戦いの後にもらったメモのアドバイスには、自分の力を忌避してはいけない、それも自分の力だと認めるようにと書かれていた。そうすれば貴方はもっと強くなれるとも。


 だがそう簡単に割り切れるものでも、受け入れられるものでもない。


 この半分の妖魔のせいで、自分は意識を保ったまま、長い年月を封印されてきたのだから。


 だから今の今まで使うことをしなかった。


 しかし凜の言葉で、自分の中の何かが切れた。楓は半ば本能に従うままに自らの力を解放した。


 どちらかの力をメインに使う半妖でも、片方を長年一切使わずに溜め込めば暴発する。その比重が近ければ近いほどだ。だが楓は暴発させずに溜め込んだまま、維持し続けてきた。


 その妖気は膨大であり、一時的にでは在るが式神の四匹の妖狐達はどんどんと力を増し、凜でも無視できないほどの強さにまで到達し始めていた。


 また楓も冷静とは言いがたい心理状態で、がむしゃらと言うよりは子供が癇癪を起こしているかのように、凜を攻め立てる。


 どうして自分がこんな目に遭うのか。どうして好きな人と一緒にいることもできないのか。


 どうして、どうして、どうして……。


 そして目の前の凜にも複雑な感情を抱いている。


 凜は楓が初めて好きになった人の幼馴染みで、自分の知らない真昼を知っている。そして真昼もそんな彼女に心許している。憎い、とまでは言わないが彼女が羨ましかった。家柄も良く、実力も高い凜に。


 そんな彼女に挑発されたことで、感情が爆発してしまった。


 対する凜は冷静にただ攻撃を受け止め、受け流す。四匹の妖狐達にも気を配り、風で牽制して接近させないようにしている。


 そんな中、狐達も何もさせてもらえない分けでは無い。逆に狐達は変化を行う。狐達は見た目を楓に変えた。それだけではなく、彼女と同じように術を行使し始めた。


「ちっ!」


 人型になったことで、出来ることも増えた。武器の投擲や術の行使や本物の楓の援護。連携につたないところはあるが、分身したかのように五対一の状況は凜に取っては不利だった。


 反撃をしないのか出来ないのか、凜が楓達に攻撃する事が少ないのも防戦一方になる理由だ。


 だが凜は防戦一方でも周囲を気にする余地はあった。


(……心配すんなよ、真昼。大丈夫だって)


 心配そうに凜と楓を見守る真昼と目が合うと、凜は一瞬だけニカッと笑みを浮かべるとすぐに楓に向き直る。


 まるで見えない涙を流すかのように叫ぶ楓と式神達の猛攻を、凜は受け流し続けるのだった。



 ◆◆◆



 真昼は二人の戦いを落ち着き無く見ていた。集中できておらず、あたふたしている。真夜はそんな真昼に苦笑しつつ、二人の戦いを観察する。


(防戦一方だが凜の方が確実に上だな。楓も式神を出して攻めてるが、明らかに凜は攻撃できないんじゃなくてしていないだけだ。凜も割とお節介焼きだからな)


 朱音に似た気質を持ち、それよりも姐御肌な兄の幼馴染み。落ちこぼれ時代の真夜も見下さずに何度かアドバイスをもらったこともある。兄弟仲が悪い時に真昼の相談にも良く乗っていたらしい。


 なんやかんやで面倒見のいい凜の事だ。楓は悩んでいるのもわかっていて、敢えて挑発したのだろう。今まで溜め込んでいた感情を表に出させるために。そして全部を受け止め、その上で勝つつもりだろう。


(朱音もそんなタイプだし、渚とは最初は険悪だったけど、最終的にはお互いに認め合って仲良くなったからな。凜も楓がしっかりと意思表示すれば割といけそうなんだけどな)


 朝陽もそう考えたから、この手合わせをさせたのではないかと思う。だがこう言うのは割とデリケートだし、下手をすれば余計にこじれる。


(難しい問題だし、兄貴次第なところもあるからな。俺としてはできる限り手助けはするつもりだから、うまくいけばいいんだけどな)


 凜はともかく、楓の問題は大きい。半妖の問題は真夜も何とかするつもりだが、それでも真昼がしっかりと自分の気持ちを自覚し、自分のように覚悟を決めてもらわなければ円満解決は望めない。


 そんな真夜の内心を察する余裕など当然無い真昼は、先ほどの朱音と渚の手合わせを見守っていた真夜以上に混沌とした感情に支配されていた。


(楓、凜……)


 真昼は祈るように両手を握り、じっと二人の戦いを見守る。声をかけることも出来ない。


 どうすればいいのかもわからない。真夜の気持ちが何となくわかった。


(……そうだ。真夜に取っての朱音さんや渚さんのように、僕に取って、楓と凜はどっちも大切なんだ)


 ともに自分が苦しい時に支えてくれた、親身になってくれた二人。この気持ちがなんなのか、ようやく真昼は自覚出来た。そして真夜の気持ちも理解できた。


(ほんと、兄弟で似てるよね。僕も真夜の事を言えないや……)


 二股と真夜に冗談めかして言ったことが自分にも言える。思わず笑いそうになるが、しかし今すべきことはただ一つだと考える。


「二人とも、頑張れ! 楓も凜も負けるな!」


 真昼は周囲が驚くほどに、力の限り叫ぶと二人にエールを送るのだった。


 ◆◆◆


 真昼の叫ぶような応援を聞き、凜と楓は僅かに動きを止めた。はっとする楓に、苦笑する凜。


「ったく。真昼も割と驚く事するよな。でもまあ悪い気はしないか」


 凜の言葉に呼吸を乱している楓も内心で同意する。式神達は一定距離を取り、隙を伺っているが楓の影響か動けずにいた。


「……なあ、楓。苦しかったら、辛かったら言えよ。辛い時は泣いたり叫んだり、わめいてもいいんじゃないか?」

「……言ったところでどうなると言うんですか」


 楓は吐き捨てるように言う。言ったところで何も変わらない。誰かを責めても、嘆いても、叫んで喚いても現実が変わることなど無い。


「みっともなく、泣き叫んでもどうにも出来ない事はあります。そんなの、意味なんてありません」

「ああ、そうだよ。どうにもならないかもしれないし、意味なんて無いかも知れない。けどな、変わんないんだったら、叫んでもいいだろうが。泣き言の一つ言ってもいいだろ。言わなきゃ誰もお前の思いなんて、辛さなんて、苦しさなんてわからないだよ」


 どこか諭すように言う凜に楓はじっと耳を傾ける。


「真昼に心配かけたくない。真昼の負担になりたくない。そんなのはわかってる。迷惑をかけたくないってのもな。だったら、アタシくらいは聞いてやるよ。八つ当たりさせてやるよ。その変わり、アタシもお前に八つ当たりするからよ」


 今までと同じようにどこか不敵な笑みを浮かべる凜に、楓は困惑する。


「真昼の隣に立てるお前がアタシは羨ましい。お前に取っちゃ、腹立たしいかもしれないけどな。だからお前も今抱いてるモヤモヤを全部ぶつけろよ。その上でアタシが勝つからさ」


 扇の先端を向け、楓に宣言すると霊力を全開にする。荒れ狂う暴風のごとく、周囲へと霊力が風となり吹き荒れる。流樹や海、朱音達にも負けない強さと量だ。


「お前もウジウジ悩む前にアタシをボコる気概ぐらい出せよ! それが真昼のパートナーのお前のすべきことだろ!? だからお前も全力で来いよ! 余計な事考えてないで、かかって来いよ!」


 これ以上無い挑発。楓は凜の言葉に先ほどよりも冷静になる。


(まったく、好き勝って言ってくれます)


 腹立たしいことこの上ない。羨ましいのはこっちの方だと楓は思った。ただ知らずに楓は笑みを浮かべていた。真昼の応援もあったからだろうか。真昼のパートナーとしてこれ以上、不甲斐ないところを見せるわけにはいかない。


(ああ、そうだ。私は真昼様と一緒にずっといたい。結ばれることは無くとも、あの人の隣であの人を守りたい)


 真昼を守るなど実力的におこがましい話だが、今のパートナーの立場を他の誰かに譲るなどしたくもない。


(何よりも、この人には負けたくない!)


 それは朱音と渚の思いと同じものだった。だが同時にそれと同じように彼女に対する感謝の念が生まれた。


「凜様、感謝します。そしてお言葉に甘えさせて頂きます。私の全力で貴方を倒します」


 楓も霊力を解放する。後先も何も考えない。ただ凜を打ち倒し、勝利するために。この今までにたまった鬱憤を晴らすために。そして真昼のパートナーにふさわしいと証明するために。


 自身の使っていなかった妖気も妖狐達へと限界まで与え続ける。


「おう、こいよ! 全部受け止めてその上でアタシが打ち砕いてやるからさ!」


 凜も楓に触発されるかのように、さらに霊力を高める。


 凜と楓はお互いに示し合わせたかのように、ふっと笑い合うと直後、凜は単独で、楓は妖狐達を率いて、お互いに加速し、力の限りぶつかり合い、眩い光を鍛錬場にあふれさせたのだった。

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