第一話 朱音と渚

 

 朱音と渚の戦いを真夜は無言で見続けている。本人は気づいていないが、握りしめる右手とその手に覆い被さった左手に必要以上に力が入っていた。


(朱音も随分と成長したが、渚も負けてないな。相変わらず、渚は式神の扱いはずば抜けているし、霊器も上手く使いこなせている。地力を上げれば、器用貧乏じゃ無くて万能タイプの使い手になれるな)


 出会った当初の渚は強さでは朱音に劣っていたが、本人の努力や京極の秘中の儀により地力を上げ、今は互角に戦っている。


 しかし朱音も決して負けてはいない。朱音は本人も言うとおり、間違いなく天才と言う類いの人間だ。


 本人の資質や性格的にも強さに特化しているが、今の彼女に勝てる術者は退魔師界を見渡してもそう多くは無いだろう。


 真昼や彰を筆頭に、馬鹿げた天才達が多数存在するので埋もれて見えてしまいがちだが、時代が違えば彼女が真昼や彰のように思われていただろう。


(朱音もよく集中できてる。今の渚相手に優位に立ってるし、戦いに関して言えば朱音は直感がずば抜けてる。危うい攻撃や渚の牽制や罠を全部見切ってる。あいつも成長してるな)


 渚も朱音もどちらも本気であり全力だ。


 周囲も二人の戦いにざわついたり、前二つの手合わせのように必死に観察している。


 流樹も海も今戦っている二人にも必ず勝てるとは言えない。流樹はまだ優位性があるが、それでも朱音の炎はそんな流樹を持ってしても容易く行かない火力を有している。


(くそっ。どっちかだけ応援できないのが辛いところだな)


 最後の攻防に移ろうとする二人に、真夜はどちらにもエールを送るということしかできない。


 朱音にも負けて欲しくは無い。特に朱音は渚に負ければかなりショックを受けるだろう。自分は戦うことしか出来ず、それ以外は渚に大きく劣っていると思っている所に、自分を支える柱が折れるに等しい衝撃を受けるだろう。


 朱音ならば時間がかかるかもしれないが、必ず立ち直るという信頼はあるが、それでも朱音が悲しむ顔を見たくは無い。


 しかし渚にも勝って欲しいと言う思いもある。渚はこれまで必死に努力を続けてきた。だが京極家では認められることは決して無かった。様々な要因が重なっていたとはいえ、渚にはこの大舞台で朱音に勝ち、賞賛を受けてもらいたいと思った。


 だが勝者はどちらか。朱音か渚か。


(悪いな、二人とも。俺にはどっちも勝ってくれとしか祈れない)


 真夜は二人にエールを送りながら、戦いの決着を見届けようとするのだった。


 ◆◆◆


 周囲で飛び回る渚の式神達は、朱音の火鼠を相手に奮闘している。十二対一ではあるが、火鼠は何とか牽制を繰り返し、決して無茶をせず牽制に当たった。


 そんな中、朱音は集中力を高めていた。近寄らば燃やす。彼女の周辺の温度が高くなり、大気が揺らめいている。式神達が近づけば、即座に燃やされてしまうだろう。


 だが式神達の攻撃は効かずとも集中力の散漫や消耗は強いられてしまう。だからこそ式神が牽制している。


 それでも朱音の集中力を散らそうとしているのか、影響がギリギリ出ない距離を、それも目の前を幾度も横断していく。


 しかし朱音の集中力は途切れない。目の前のツバメ達を黙殺する。


 渚も同じように集中力を高めると、刀を霞みの構えで構える。さらに周囲に霊術の霧を薄ら発生させる。


 さらにカッと刀身を光らせた。眩い光が周囲に広がるが、朱音は目を閉じ、気配だけを捉える。


 感覚が研ぎ澄まされていく。以前は不得意だった感知系の能力を朱音は向上させた。広範囲は無理でもこの鍛錬場の中でならば、かなり正確に気配を察せられる。


 目くらましかそれとも他に意味があるのか。渚の事だ。何か理由があるのだろうが、どんな策でも術でも力尽くで正面から打ち破る。


 朱音は渚にどう打ち勝つかを考え……、そして結論に行き着く。


 すぅっと息を大きく吸い、目を見開いた朱音が足に霊力を込めると、突如地面が大きく爆ぜた。


 炎の霊術を使い足の裏で炎の霊力での爆発を起こし、それを利用した超加速を行ったのだ。


 身体能力強化だけで無く、霊術による加速強化。さらに槍の柄の石突部分からも炎を噴射させて加速。


 目にも止まらぬ速さとなり、朱音はまさに流星のように渚に向かって突っ込んだ。


 ―――紅蓮流星戟《ぐれんりゅうせいげき》―――


 炎を纏った高速の突き。触れる物を焼き尽くし、その穂先で敵を粉砕する。火野の霊術の一つを朱音は自分流にアレンジを加えた、攻撃も回避も間に合わせず、防御ごと突き破る朱音の一撃必殺の攻撃。


 自身の身体にも炎を纏い、さらに高速で進むことで穂先からの衝撃波の膜ですべてを吹き飛ばす。


 速さも加わる攻防一体の一撃。


 渚は身体をひねり、何とか回避しようとするが間に合わず、仮に避けれたとしてもその余波は凄まじく衝撃と纏う炎で渚の身体が燃やし尽くされるだろう。


 その光景を見ていた周囲のギャラリー達は、朱音の勝利だと思った。


 だが……身代わりの霊符が発動しない。


 砕かれ、炎に包まれた渚の身体が一瞬で消失すると、その中心には炎に包まれる人型の紙があった。


 流樹が使ったような水の霊術による分身。渚はそれを別の霊術で行ったのだ。


 さらに分身にもかなりの術を施し、朱音の一撃を防げずとも消耗させるようにした。


 渚は複数の霊術を扱える。その中で術を組み合わせ、発光現象、霧などで一時的に視界を奪い、渚は姿を隠した。京極一族は特化型では無い故の術の多才さと汎用性がある。気配で察せられるが、それさえも渚は巧妙に偽装した。


 また分身に霊器を持たせていた事もあり、朱音は渚の偽装を見破れなかった。それでも余波でダメージは負ったが、渚は戦闘不能では無かった。


 最大級の一撃故に、その後の反動もある。朱音が渚の行動を読もうとしていたように、渚も朱音の考えや攻撃を読んでいた。朱音は一撃にすべてを賭けるはずだと。


(朱音さんは私の策もすべて一撃で粉砕するつもりだったはずです。ならば攻撃の後には必ず隙が出来る。そこを突く!)


 渚は自分の横を通り抜け、自分に背を向けている朱音に向かい接近する。右手に霊力を集中させ、真夜のように手刀で朱音を倒そうとする。


 攻撃を放った直後で、すでに炎の霊術の守りも弱くなっている。今の渚の攻撃ならば通るはずだ。


 渚は右手を朱音の首筋に向かい振るう。


 だが……。


「渚なら絶対にこれで倒せないって思ってたわ」

「なっ!?」


 バシリと渚の手刀を朱音は振り向きざまに白羽取りの要領で、その両手の平を使い受け止めた。


 朱音は確かにあの攻撃で渚を倒すつもりでいた。だがそれだけで渚が確実に倒せるとは考えていなかった。


 戦いにおいて、渚が朱音を自分よりも優れていると思っていたように、朱音もまた渚の戦い方には目を見張る物があると考えていた。


 特にその思考力と対応力。柔軟性と言ってもいい。自分にはない物を渚は持っている。


 だから自分が必勝の気迫で放った一撃も、渚ならば必ずどうにかする。そんな確信があった。それがわかっていれば後の対処も出来る。


 あの一撃は確実に渚にも消耗を強いている。ジュッと掌が焼けるような音と臭いがする。消耗した今の朱音では咄嗟の霊力集中だけでは完全に相殺しきれなかった。


 だがそれでいい。朱音にとっては受け止められるだけで御の字なのだ。渚は白羽取りされるとは思っていなかったのか、一瞬の硬直が生まれた。


「どりゃぁっ!」


 そして朱音は渚が次の行動に移る前に、まさかの行動に出る。何と朱音は二十センチ近くある身長差を利用して、渚の頭上からその頭に向かい自らの頭を振り下ろし、頭突きをかましたのだ。


 この行動に見ていたギャラリーは唖然とした。真夜も同様だ。


 された渚はと言うと予想しない一撃であり、頭ということもあり衝撃をもろに受けることになった。


 脳しんとうが起こり、頭痛やめまいが渚を襲う。その隙に朱音は渚を背負い投げして地面に背中から叩きつけた。


「がっ!」


 背中から叩きつけられた渚は肺から空気を一気に吐き出すことになる。


 そして朱音は霊器を再び握ると倒れた渚に向けて突きつけた。


「ごめんね、渚。でも、どうしても渚にだけは負けられなかったの」


 どこか申し訳なさそうな顔をする朱音だが、渚はもう反撃する余力はなかった。


「勝負あり! そこまで!」


 その光景を見た審判は試合終了の合図を出す。


 この戦いは朱音の勝利となった。


「って! ごめん、渚!? ほんと大丈夫!?」

「いや、どう見ても大丈夫じゃないだろ」


 戦いが終わったことで、渚を心配し声をかけた朱音だったが、その返事の前に後ろから声がする。


 見れば真夜がどこか呆れた顔をしながら立っていた。


「まあ手合わせだから何も言わねえけど、お前らしいって言うか何というか」


 苦笑しながら言う真夜は即座に二人に霊符を貼り付けると、治癒を行った。致命傷で無い限り身代わりの霊符が発動しないのは善し悪しである。


 中途半端に死なない、当人に取って苦しい攻撃はある意味でここでは厄介だろう。


「それと二人ともお疲れ様」

「……ありがとうございます、真夜君。もう大丈夫です」


 渚も何とか上半身を起こすと、そのまま立ち上がった。


「負けて、しまいましたね。まさかあんな手で来るとは思いませんでした」

「手っていうか、最後は頭だったけどね。渚の意表を突くなら、あれくらいしないと。それにあたしの最強の一撃だって、渚なら絶対にどうにかするって思ってたし」


 女としてどうなのかとは思うが、意表を突くと言う意味では正しいだろうし、頭突きも立派な武器で攻撃だ。朱音の渚に負けたくないと言う思いが、執念とも言うべき決意が、がむしゃらに勝利を求める感情が彼女を突き動かした。


 渚の武器を捨てての手刀もそれと同じだ。朱音もそれと同じように行動した結果である。


「悔しいですが、それでもどこか納得しています。朱音さんの一撃を凌いだことで私も勝利を確信してしまいました。ですが朱音さんはそんな私の想像を超えてきました。完敗ですが、次は同じように行きませんから」


 渚も負けて悔しい思いはある。勝ちたかった。負けて涙でも出るかと思った。


 でもそれ以上に、自分の不甲斐なさ、朱音を前に勝てると油断した自分が情けなかった。


 朱音は自分を認め、さらに自分の攻撃を凌ぐと確信していた。直感もあったのかもしれないが、朱音の一撃は並大抵の物では無かった。


 それは信頼であり、渚ならばこれくらい出来ると確信してくれていた。その事が嬉しかった。


「今回も負けですが、次こそは朱音さんに勝たせてもらいますから」

「悪いけど、あたしも負ける気はないからね」


 そう言って握手する二人を真夜を微笑ましく見守る。怪我も治療したし、お互いに勝敗に納得しているようなので真夜としてはほっと胸をなで下ろした。


(しかし親父もやってくれるな。絶対わかっててやってるだろ。次の凜と楓は荒れないと良いけどな)


 朱音と渚だけで無く凜と楓もだが、真夜は自分と明乃の戦いを組む事においても、朝陽の手腕というよりも神算鬼謀に驚嘆している。


 強さだけならば弱体化する前の真夜ならば勝てるだろうが、それでも朝陽に勝てる要素はそこだけでしかない。いや、朝陽ならばそれさえも覆してしまうのではと思えてしまう。


 朝陽はこの交流会で様々な問題を一気に解決しようとしている。それがまさか真夜だけでなく、星守全体や次世代、婚姻関係に渡る多岐に及ぶとは思わなかった。


(まあこれで朱音もだが、渚も周知されたしな。霊器使いで朱音に負けたとはいえ、互角に戦ったんだ。星守だけで無く、周りも認めるだろ)


 渚が政治的理由だけで無く、実力でも星守に養子入りするにふさわしいとこれで証明された事だろう。


 そもそも霊器使いを嫁や婿、養子に出すことは、家同士の結びつきをよほど重要視している証左でもあった。さらに式神使いとして優秀であれば、星守とすれば彼女と子はより優秀な守護霊獣との契約を行える可能性が高くなる。


(だからこそ兄貴との婚姻とか言い出す奴がいないとも限らないからな。前の朱音の件もあるし、そこらへんも今回で公表するか? いや、ここまでやって親父がそれを考えてないわけないか)


 朱音と渚の関係をここで公表するかと考えたが、朝陽ならばすでにその件についても策を練っている可能性がある。朱音の一件は朝陽や結衣が火消しに動いているし、二の舞を避けるために何らかの手を打つはずだ。


 もし動かないようならば自分から動こうと思うが、真夜が朝陽の方を見ると笑みを浮かべ、親指を立てているので、何かしらの考えを持っているのがわかった。


(兄貴と凜や楓の件もあるから、しばらくは静観だな。それでも親父に丸投げしとけば大丈夫だろ)


 勇者パーティーの仲間達にも抱いた、絶対的な信頼と安心感。


 真夜は続く凜と楓の戦いに意識を向けつつ、朱音と渚を賞賛し、彼女達をねぎらうのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る