第十八話 対戦相手

 

 流樹と海の戦いは真昼と彰ほどではないにしても、多くの者に衝撃を与えた。


 流樹の水の温度変化もだが、海の守護霊獣の蛟竜や、扱う霊術に関しても強力な物であった。


 次期当主の名に恥じぬ強さの流樹と、敗北はしたものの高い能力を示した海は共に六家の面々からすれば賞賛に値した。


「はっ、中々見応えがあったな。それに面白ぇことするじゃねえか」


 彰はあまり期待していなかったが、予想以上の戦いを見れて満足していた。


 高野山以前の彰であれば、間違いなく二人に敗北していただろう。特級の守護霊獣を持ち、本人も退魔師としてかなりの使い手の海と、その海を下す独自の霊術を身につけた流樹。


 また今でも雷鳥がいない状態だと、流樹ならば彰に勝つことは難しくても、追い込む可能性は十分にあった。


「……ほんと。悔しいけどあいつ、天才って言われるだけあるわね。かなり腹立つけど」


 朱音も嫌いな相手だが、赤面鬼の時や黒龍神の時よりも強くなっている流樹の強さを認めた。今の自分でも流樹に必ず勝てるかと言われれば答えに困るだろう。


 真夜に対する態度やプライドが高く嫌みったらしい所は気に食わないが、次期当主の名に恥じない使い手には間違いない。


「ったく。どいつもこいつも嫌になるくらい強いよな。次にやるアタシらの身にもなれってんだ」


 ぼやく凜だが、言葉とは裏腹にその顔は笑っていた。まるで彼ら以上の強さを見せつけると暗に告げているようだった。


「ちょっと。次はあたしが行かせてもらうわよ。そろそろあたしも戦いたい気分なの」

「いや、アタシもそうだって。あんな凄い戦い見せられたんだからな。こっちもやる気満々だっての」


 朱音と凜はお互いに次に手合わせをしたいと思っているようだ。


「ええっ、朱音ちゃん達ばっかりずるいよ。ボクも手合わせしたいよ!」


 朱音の言葉に反応する凜と声を上げる火織。戦いのレベルの高さに飲まれた星守とは対照的である。


「てめぇはどうするんだ、仁。俺は十分楽しんだから、お前も暴れて来いよ」

「彰さん達の後だと、俺程度じゃ面白みも何もありませんよ。正直、俺も場違いだと思うほどのレベルの高さなんですから」


 彰は隣に座る仁に面白そうに言うが、当の本人は困惑しているようだった。


「理人! こなたもあんな風に凄い所を見せるのだ! 次はこなたが手をあげるとしよう!」

「いや、落ち着けや志乃。あんまり張り切りすぎたら危ないで。それとあいつらは別格や。そこまで張り切らんでもええんとちゃうか?」


 これまた張り切る志乃を理人が何とか抑える。経験の乏しい志乃が、戦いの凄さに飲まれていないのは幸いだが、あまり張り切りすぎて怪我やトラウマを抱えられても困る。


 そうなったら、後で理人が氷華に折檻されてしまう。理人から見て、残りの星守はそこまでの使い手ではなさそうだが、守護霊獣次第では志乃も危ないだろう。


 そんな六家の面々とは対照的に、星守の若手は緊張とプレッシャーでガチガチだ。


「ど、どうしよう、陸。お姉ちゃんも凄かったけど負けちゃったし、他の六家の人達もあんなに凄い人達ばかりなのかな」


「……わからない。だがそれでも手合わせを逃げるわけにはいかないだろ」


 涙目の空に陸はそう言うが、当の本人もどこか落ち着かないようだ。


「あー、まあ俺が言うことじゃないだろうが、そこまで緊張するなって。俺達の世代が割とおかしいことになってるだけで、お前らも十分優秀だと思うぞ。負けても親父や婆さんも叱責するなんてことは無いだろうし、胸を借りるつもりで行けば良いんじゃ無いか?」

「うん。真夜の言うとおりだ思うよ。僕も勝ったけどギリギリだったし、前鬼と後鬼の二体がいたから勝てたようなものだからね。そうじゃなければ僕も負けていたと思うよ。それに何事も経験だよ。他のみんなも同じだよ」


 あまりの二人に見かねた真夜と真昼がフォローを出す。分家にも真昼は声をかけるが、それでも皆、顔色は悪いままだ。大和も先ほどから一言も発しないが、悔しさに唇をキツく噛んでいる。


 大人組も海の敗北には驚いていた。分家の当主や引退した者達も真昼と彰の戦いに次いで、余計にあり得ないと口々にしている。


「わはははっ! まさか海が負けるとな! 流石は水波の次期当主!」

「笑いすぎよ、あなた。でも今の海が負けるなんて……」


 豪快に笑う大河を夕香は窘めながらも、信じられないと言う顔をする。


「夕香。敗北から学べることは多々あるし、絶対に負けないなんていうのは無理だ。海は決して不甲斐ない戦いをしてはいない。流樹君が一枚上手だった。それだけだ」


 朝陽は海をフォローするように言う。


 流樹の強さは十二分に理解しただろう。星守の分家では若手どころか現役世代も守護霊獣込みでも誰一人、流樹には勝てないだろう。すでに流樹の力は当主クラスと言っても過言では無い。


「確かに! 義兄上の言うとおり、俺でも負けそうだしな! 夕香も難しいだろう?」

「わかっていますわ。今の海はおそらく私に匹敵するほどでしょうしね。負けたからと言って、あの子を叱る気はありませんわ」


 大河も夕香も退魔師としては優秀であり、守護霊獣も特級中位をそれぞれ従えてるが、今の流樹が相手では海と同じように負ける可能性があったし、退魔師としての力量は今の海にも負けるかもしれない。大河も生まれてからずっと朝陽に敗北し続けてきたため、負けたところで怒る気など無かった。


「時雨殿もですよ。海はよくやりましたので、そんな顔をしないであげてください」

「……わかっておるわ」


 朝陽の指摘に時雨は忌々しそうに吐き捨てた。


 海は優秀だ。それこそ若い頃の明乃を彷彿とされるほどに。ただそれ以上に明乃の息子の朝陽やその孫の真昼が優秀であった。それが余計に時雨を苛立たせた。


(おのれ、どうして明乃だけでなくその息子や孫までここまでの才が……)


 自分の息子が明乃の娘と結婚することになった事を、時雨は業腹だったが認めた。それはひとえに、自分の息子に出来なかった、星守家当主の地位を孫に手に入れてもらいたかったからに他ならない。


 明乃の娘と自分の息子の星守の血を引く者同士の婚姻ならば、守護霊獣も個人の退魔師としての素質も高くなると思われた。


 少なくとも外から来た結衣よりも、優秀な子を産むだろうと考えてのことだった。


 しかし結果はどうか。確かに孫は三人とも優秀であるが、真昼には大きく劣った。双子の弟はあそこまで落ちこぼれだったというのに、どうして兄はあそこまで優秀なのか。


 時雨は真昼が真夜の才をすべて奪ったのではと口にすることこそ無かったが、心の中で何度思ったことか。実際は当たっているのだが、それを証明する手段は無いし、真夜にそんな事を吹き込んでも時雨の役に立つとは思えなかったので、出がらし扱いはしていたが、策を弄するまでには至らなかった。


(いや、今の真夜ならばあるいは。それに……)


 ちらりと時雨は星守一族の若手を見やる。火種は色々とあるが、下手を打てば朝陽の不評を買うし、自分が不利になる。時雨も別に星守の衰退や分裂を望んでいるわけでは無い。


 迂闊な行動は朝陽に処断させる理由を与えるだけだ。時雨は明乃もだが、朝陽の当主としての実力を高く評価していた。それに義理の娘になったが、夕香も朝陽に心酔しており、息子の大河も時雨よりも朝陽の肩を持っている節がある。だからこそ朝陽とは敵対したくはない。


 確かに分家の長老をある程度抑え、かつての実績で星守内や外での発言力もある。現状維持でも何の問題も無い。だが時雨の中でくすぶる野心がうずくのだ。


 元々時雨は、自らの力や手腕を以て、当主となり星守を退魔師界の頂点にする事とその中で権威を振る事を野望としていた。だが当主の地位は明乃に奪われた。ならば自分の息子をと画策したが、それも朝陽に阻まれ、次は孫をと当主にすることを目論んだが、これも真昼の台頭で頓挫した。


 いつもだ。いつもこうだ。時雨は腹立たしかった。昔から自分の思い通りにならないことばかりだった。


 京極の衰退で星守は名実ともに退魔師界のトップに君臨することになったが、今回の他の六家の交流や手合わせで、星守がトップに君臨することは難しくなった。


 それでも星守はこれからも、退魔師界において今までのように一目置かれるだろう。最強と呼ばれるだろう。


 しかしいつ下剋上されてもおかしくない、砂上の楼閣に時雨は思えた。


 雷坂、水波の次期当主候補や次期当主は未だ成長途中なのに、あれほどの強さを誇っている。


 他の六家もそうだとすれば、恐ろしい限りだ。今の若手は時雨が現役の時代に比べても明らかに異常な強さだ。


 星守の未来はどうなるのか。時雨は狂った妄執に囚われるかのように、自らの闇を内に宿していく。


 そんな時雨の内心を、明乃も朝陽もおおよそながらに見抜いていた。


(時雨め。ここから何かをするつもりか? いや、今回の朝陽の策で奴はかなりやり込められたはずだ。真夜の件もあり、分家も迂闊には時雨に追随できない。もっとも朝陽はそれさえも織り込み済みだろうがな)


 明乃は今回の件で、改めて朝陽の手腕に舌を巻いた。他の六家の若手を集め、星守の出鼻を挫くなど、凡庸な当主では実行するどころか考えつきもしないだろう。


 視線を朝陽に向けると、当の本人は相変わらずの笑みを浮かべている。どうにもまだ何か悪巧みを考えているようだ。


「さてと。皆も緊張しているようだが、これはあくまで手合わせだ。負けても構わない。そこから何を学ぶかが重要だ。それとすまないが、次からは私が相手を選ばせてもらおうかな。六家の皆は我先に戦いたいと言う子も多いだろうが、喧嘩にならないよう進行もかねてね」


 朝陽の言葉に朱音や凜も静まる。別段、声を荒げてもおらず、強い口調でもないのに、朝陽の声にはそうさせるだけの凄みがあった。


「では次は星守からは渚ちゃんをお願いしよう。皆に星守に養子入りするだけの実力も見せてもらいたいし、宗家の中では空や陸よりも年上だからね」


「はい。よろしくお願いします」

「それと相手は、朱音ちゃんにお願いしようかな」


 その発言に朱音や渚では無く、声こそ出さなかったが、真夜が一番驚いていた。


 だが当の本人達は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに好戦的な笑みを浮かべた。


「朱音さんならば相手にとって不足在りません。胸をお借りするつもりで行かせてもらいます」

「それはこっちの台詞よ。あたしも負けないからね!」


 二人ともやる気満々だが、真夜はどちらか一方を応援するわけにはいかず難しい顔をしている。


(いつも二人は手合わせしてるが、こういう大舞台で戦うんだったら、どっちも勝ちたいよな。俺としては両方応援してやりたいが……)


 お互いに真夜に見ていてねと視線で訴えかけてくるので、余計に居心地がわるい。


「真夜も落ち着いて。これは手合わせなんだから」

「いや、わかってるんだけどな、兄貴」


 真昼に窘められるとは思っていなかった真夜は、何とか気持ちを落ち着かせながら答える。


「ではその次だが。六家からは凜ちゃんを。星守側は……楓ちゃんにお願いしよう」


 次の対戦に上がった二人の名前を聞き、今度は真昼の方が表情を変えた。


 えっ、えっと真昼は朝陽の方を見ると次いで凜と少し離れた所にいた楓を見る。


「楓ちゃんは星守一族では無いが、星守の所属だし、真昼の現パートナーだ。これからも真昼のパートナーで居続けるにも、この場である程度その力を証明する必要がある」


 まさかの発言に真昼は声を上げようした。


「その手合わせ、どうか私の方からもお願いします!」


 だがその前に椅子から勢いよく立ち上がった楓が声を上げ、頭を大きく下げた。


 彼女もここまでの戦いを見て、感じることは多々あったが、それでも思うところもあり、この手合わせを願った。


「……アタシも問題ないぜ。むしろこっちから頼みたいくらいだ」


 凜も同じように思うところがあるのか、朝陽と楓の提案を了承した。今までに無いほどの闘志を目に宿している。


「凜、あんたも熱くなりすぎるんじゃ無いよ」

「……わかってるって」


 莉子に窘められ、少しだけ気配を落ち着かせる。それでも凜は楓を見据え、楓もまた強い意志の宿った目で凜を見ている。


「その後は一戦終わったごとに伝えさせてもらうつもりだ。それと先代も準備だけお願いします」

「何?」


 朝陽が不意に明乃に話を振ったことに、当人は怪訝な顔をした。


「若手の手合わせですが、星守の問題もこの機会に片付けましょう。先代には一族を代表して見定めてもらいたいですからね」

「待て、何の話をしている?」

「決まっています。先ほど問題になった真夜の件です。先代には後でこの場で真夜と手合わせをして頂きます。それが真夜に取っても星守に取っても、最善の結果を生むと思いますので」


 朝陽の爆弾発言に、明乃だけで無く真夜も周囲も騒然となるのだった。

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