第十五話 影響

 

 真昼の一撃により勝敗は決した。真昼の一撃で仰向けに倒れた彰だが、直撃したものの身代わりの術式のおかげでダメージの大半が肩代わりされた。それでも衝撃や痛みはあり、傷も完全には消えていない。


 彰は僅かに悔しそうな顔をしているが、どこか満足しており結果自体は受け入れていた。


「……ちっ。俺の負けか」


 上半身だけ起こし、彰は真昼に自らの負けを改めて口にした。


「ギリギリ、紙一重の勝利かな」

「はっ。俺からすれば随分と分厚い紙一重だぜ」


 負けはしたし、悔しい思いはある。だが不思議と彰はこの敗北を受け入れていた。


 戦いの中で成長した実感はあるし、さらにこの敗北を糧に彰も雷鳥もまだまだ強くなる確信を得た。


 実戦の中でしかわからないこともあったし、消耗具合や連携の重要性なども知ることが出来た実りある戦いだった。


 だがそれはそれとして、負けて何も思わないわけではない。必ず次は勝つと今まで以上の執念を燃やす。このまま勝ち逃げされてたまるかと。


「次は俺が、俺達が勝つ。首を洗って待ってろ」

「わかった。僕も楽しみにしてるよ、雷坂君。でも次も僕達が勝たせてもらうよ」

「はっ、言うじゃねえか。再戦を楽しみにしてるぜ。それと彰でいい。それに君付けもいらねえ。俺もお前の事を真昼って呼ばせてもらうからよ」


 彰は立ち上がり獰猛な笑みを浮かべると真昼は苦笑する。


「じゃあそうさせてもらうよ、彰。それと傷の方は大丈夫?」

「てめえの方こそ俺のアレを喰らってよく平気でいられるな。かなりダメージがあっただろうが」


 少しやり過ぎたかと真昼は彰に問うが、逆に聞き返された。


 確かに真昼もアレにはかなり手傷を負わされたし、見えない内部へのダメージもそれなりにある。


 身代わりの札が発動する以下のダメージだったため、真昼の方が傷は深いだろう。


 この鍛錬場の仕掛けは、実戦に向けての痛みへの耐性や傷を負っても継戦したり、逃走する際も痛みを負った状態で動けるようにする訓練の意味もあり、身代わりの術式は本当に瀕死の状態に近くなければ発動しない。


 とはいえ、この結界の外に出る際は、身代わりの札が発動しない状態でもある程度までの傷を術式が肩代わりしてくれる。


「自分である程度は治癒の術を発動させたからね。ギリギリ何とかなったよ」

「はっ。多才だな」


 彰は真昼が治癒の術まで使えることに感嘆した。彰では自己治癒能力を高めたとしても、治癒の術には到底及ばないし、他人にも施せない。


「彰も人のこと言えないと思うけど。それよりもそろそろ出ようか。次の手合わせもあるだろうし」

「面白い組み合わせがあればいいがな」


 彰も一戦しただけだが、かなり満足した。また随分と消耗しているので、真夜との全力の戦いは望めないだろう。それに自分達以外にも手合わせをする人数は多い。


 もう一回戦えたとしても、真昼ほどに燃えないと思うので、回復もかねてしばらくは観戦を楽しむことにした。


 彰と真昼が友好を深めている中、周囲は興奮と動揺が冷めやらずにいた。


 観戦していた朱音はふぅっと息を吐き、緊張をほぐした。真夜の方が強さは上だが、二人の戦いぶりは真夜の戦いを見るよりも心が沸き立った。


 どちらが勝つかわからない白熱した互角の戦い。最後は真昼が負けるのではと思う場面もあった。見るのも経験とはよくいった物だが、自分も負けていられない、今すぐにでも自分も誰かと手合わせしたい。そう思ってしまった。


 ふと隣に座る火織を見る。彼女もこの戦いを見て驚愕しているようだ。いつもはうるさいくらい騒ぐのだが、今日ばかりはとても静かだった。それにどこかぼうっとしており、顔も僅かに紅潮していた。


「火織? どうしたの?」


 戦いに当てられたのだろうか。いや、どこか違う。それはさながら恋する乙女のような顔だった。


「ははぁ~ん。火織もようやくそう言うことに興味を持つようになったのね」


 前の古墳では恋愛はよくわからないと言っていたが、付き合うのなら自分よりも強い相手が良いと言っていた。今回真昼の強さを目の当たりにしたし、真夜と同じで顔立ちも整っている。朱音としては真夜の方が格好いいと思うが、優しげな真昼も人気があるだろう。


「でも真昼はライバルが多いわよ~」


 自分は真夜と付き合っているので、割と余裕の朱音。真夜の力が公になった今、付き合うことに関しての問題は無くなった。まあ渚との二股を言う奴はいるだろうが、真夜の力の希少性もあり、そこも大きな問題はない。


 朱音は恋愛関係においては、火織にマウントを取れるのでかなり気分が良い。胸囲の差など気にならないほどに、朱音は優越感に浸っていた。


「えっ、ああ、うん。そうだね……」


 歯切れが悪く言う火織に違和感を覚えたので、よくよく観察してみると彼女の視線は真昼では無く彰の方に向いていた。


「えっ、まさか火織……、真昼よりあっちの方がいいの!?」


 驚く朱音。彰は確かに退魔師として強さや向上心は尊敬も出来るが、高野山での第一印象も良くなく、狂犬ぶりと戦い馬鹿の要素が強く、恋愛相手としてはとてもではないが選択肢に上がらない。


「ち、違うよ! でも何となくかっこいいなって。ギラギラした目とか孤高な感じとか、ワイルド感とか……。それに凄く強いし」

「それは気になるって事じゃない。それよりもあいつ、絶対に恋人とか大切にしないだろうし、むしろ鬱陶しいとか煩わしいとか言って相手にしなさそうよ」


 どうにも彰が恋人を作るとは思えないし、修行の邪魔になるとか言ってバッサリ切り捨てそうだ。


「それはそうかも。でもなんて言うか、こんな気持ち初めてかも……」

「そ、そう? 火織が気になるなら、紹介くらいならするけど……」

「ほんと!? お願いしようかな」


 と朱音と火織が談笑している一方、星守一族は大変な騒ぎだ。


 それは自分達の優位性が崩れかねなくなったからだ。


 何とか真昼が勝利を収めたが、もし負けていれば大事になったであろう。ただ真昼の勝利は守護霊獣と式神の数や、真昼個人の強さによるものであり、明乃でさえも彰と雷鳥が相手では勝利するのは困難であろう。


「いやいや、本当に二人とも凄かった。年甲斐もなく興奮したよ。私達も負けないように頑張らねばならないね」

「まったくだ! しかしあれは恐ろしい式神だ! 真昼と義兄上以外の守護霊獣では太刀打ちできないのと、退魔師個人の力量でも到底及ばないな! まったく笑えてくる!」

「笑い事ではありませんわ、お兄様、大河。真昼が勝ったから良かったものの、それでも星守にとっては無視できない話ですわ」


 手を叩き二人を賞賛する朝陽と大河に夕香は苦言を呈した。


 星守以外の退魔の一族の人間が、式神とは言え超級妖魔を従え真昼と互角に戦った。


 話題性としては大きく、それに超級の守護霊獣二体を従える真昼に善戦したとすれば、数の差から言って同数なら真昼に勝てたのではと噂されるかもしれない。


「それはそうだが、別に雷坂とは現在敵対しているわけでもないし、高野山での一件以降、今は関係も良好になりつつある。また雷坂家全員が星守と同じように、強力な式神を従えるようになったわけでは無いだろう」


 朝陽としては彰の存在をありがたく思っている。増長気味であった者達も真昼と彰の戦いを見て思い直すだろう。勝ったとはいえ、あの真昼と互角でさらに恐るべき式神を従える彼がいるだけで、自分達が絶対強者では無いと思い知らされたはずだ。


「それに真昼もライバルと言える相手が居る方がより成長できる。私達はより一層、修行に励み他家に負けないようにするだけの話だよ」

「……朝陽の言うとおりだな。懸念したところで、どうにもならん。ならば宗家、分家共により修行に励み、雷坂に負けぬようにするだけだ」


 朝陽の言葉に明乃も同意すると周囲を見渡す。しかし誰もが青い顔をしている。


 若手は特に顕著だ。分家は当然だが、空も陸も顔を強張らせている。空と陸の二人はまだ中学一年生。才能はあるし、年に比べれば優秀な方だが、真昼と彰との差は歴然だ。あの領域に行けと言われても困惑するのは無理のないことだし、比べられるのも辛いだろう。


「まっ、そう肩肘張らなくて良いんじゃねえか? 兄貴と雷坂が飛び抜けておかしいだけで、アレが当然ってのはキツいだろ」


 そんな重い空気が漂う中、真夜が発言した。


「真夜、お前は……」

「何だよ、婆さん。落ちこぼれの俺の意見は聞かねえってか? 悪いが言わせてもらうと、優秀な奴と比べられるのはかなり辛いんだよ。あがいてもがいて、それでもどうにもならなかった時とか特にな」


 異世界召喚される前の十五年の星守での日々。周囲から真昼と比べられ続けた時の事を踏まえて、この場の者達に言い聞かせるように言う。


「俺の気持ちがわかっただろ、なんて言うつもりはねえんだが、他人と自分を比べて勝ったの負けただの、上だ下だ、あいつは凄い、自分はダメだなんて考えてるのは辛いし、何にも良いことないだろ。上には上がいる。霊器を顕現できて、兄貴に勝てるって思ってたら、さらに先を行かれたからな。今回の二人の戦いを見て、またショックを受けたぞ」


 朝陽の思惑は理解できており、増長した者達を折るには十分だったが、あの二人の戦いはある意味で劇薬過ぎた。


 持つ者が持たざる者の気持ちを理解できないように、朝陽や明乃は一族にそこまで求めてはいなかったのだが、彼らの言葉は必要以上にプレッシャーになる。


 さらに二人にとって子、孫にあたる真昼と比較されれば、その意図が無くとも、真昼を目指せと言われているのに等しいと受け取ってしまう。


 真夜はどちらも経験した。だからわかる。最初から持っている、持っていた朝陽や明乃ではこのフォローは出来ない。


「だから何が何でもって思い詰める必要はねえはずだ。あれは、本当に才能在る奴だけがたどり着ける領域だろうし、今の自分を否定したり落ち込んだりしなくていいと思うぞ」


 今の真夜でさえ嫉妬したほどだ。大多数の人間がたどり着ける領域でも無い。


「ただ現状に満足や他人を見下すのはやめた方がいいと思うけどな。現状に満足してると先はもう無いし、自分が優れてるって優越感に浸ったところで、兄貴達見ればそれがどんだけ馬鹿らしいかわかるだろ」


 肩をすくめ、真夜はため息を吐く。


「まっ、兄貴と比較され続けた、落ちこぼれの戯れ言とでも聞き流してくれ」

「確かに真夜の言葉には一理あるね。ははっ、すまないね、みんな。私もどうやら少々興奮しすぎていたようだ。確かに彼らを目標にするのはいいが、私はそれを強制する気は無い。正直、あの二人は才能があるとかいう次元の話ではない。目をそらすではないが、あの二人の強さを受け入れ、敵わないと認めるのも逃げでは無いと思う。ただそれでも向上心は必要だとは思うけどね」


 真夜にフォローされる形になったが、朝陽も心折れそうになった者達に諭すように言う。


「二人の戦いから何を感じ、何を学ぶかは個人に任せよう。私は皆が二人の戦いを見て良い影響があることを願うよ」


 朝陽はそう締めくくると、次の手合わせを行う者を選ぼうとする。


「次は僕が名乗りを上げさせてもらいたい」


 すると今度は、話を聞いていたのか流樹が手を上げた。朱音や凜も声を上げようとしたが、それよりも先に流樹が動いた。


「あの戦いは僕も考える所があった。だからすぐにでも行動したい。誰が相手でも構わないが……」


 そう言いながらもチラリと流樹は真夜の方を見る。明らかに流樹は真夜との手合わせを望んでいた。


 だが……。


「その相手は私がさせてもらいましょう!」


 真夜の近くで声を上げる者がいた。海である。彼女はどこか思い詰めたような表情を浮かべているようにも見えた。


「私も星守の宗家の人間です。真夜よりも私の方が強いはずです!」


 だから私と手合わせしましょうと海は流樹に申し込むと、朝陽に構いませんねと問いかける。


「私は構わないが……。流樹君もいいかな?」

「……わかりました。僕もそれで構いません」


 眼鏡の位置をくいっと直しつつ、流樹は承諾した。


「では参りましょう」


 海はそう言うと、流樹より先立ち鍛錬場に向かっていく。


(そうです。私は強くあらねばならないんです。お父様とお母様の娘として。お爺様にも言われたんです。強くなれと。星守の、星守宗家の名に恥じない人間に、術者となれと)


 ―――海よ、お前は星守宗家に生まれた、選ばれた人間なのじゃ。強くなるのじゃ。お前の父や母を超え、お前の父と母が尊敬する朝陽の子を超えるほどに。期待しておるぞ、海よ―――


 だから自分は強くならねばならないのだ。父と母の顔に泥を塗らぬように。


 唯一(・・)、真昼を超える事を期待してくれている祖父の期待に応えるために。


(負けていられないんです。特に真夜(・・)には……)


 そんな海の背中を流樹はじっと観察するのだった。

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