第十四話 戦いと葛藤
真昼と彰が、前鬼と後鬼が雷鳥とぶつかり合うごとに、霊力の衝撃波が結界を揺らす。審判は最初の二人の衝突後に吹き飛ばされ、即座に朝陽が結界外に出るように言った。
元々審判はこの日のために朝陽が依頼を出していた、知古のどこの一族や派閥にも属さない流れの退魔師で、それなりに腕の立つ男だったのだが、この戦いの余波はそんな彼でも恐怖を感じてしまった。
男は後で朝陽に報酬を上乗せしてもらわなければ割に合わないと心底思ったし、もう二度とこんな依頼は引き受けないと心に誓った。
審判の男にそんなことを思われている当の朝陽は、真昼はともかく彰がこの領域に到達し、さらに歴代の星守当主に匹敵するどころか、上回る式神を従えていた事に他の者達と同様に驚きを隠せないでいた。
(まさか彼がこれほどとは。京極で会った時もかなりの使い手だとは思っていたが、私の想像以上だ。それに彼はまだ成長期。末恐ろしいどころか、彼の底が見えない)
式神と一言で言っても、その作成方法はいくつかある。現存する妖魔を屈服させ式神にしたり、あるいは強さは落ちるし元々の妖魔とは別の存在になるが、死骸を元に式神として復活させる方法もある。
または退魔師が自らの霊力と媒体や触媒を使い、新たに作り出す場合もある。
式神と守護霊獣は召喚方法も違う。守護霊獣は異界から喚び出すのに対して、式神は封じた霊符から召喚する。
もっとも両者とも退魔師の強力な味方と言う点は同じだ。
本来であれば超級を従える事など不可能に近い。ここ数十年どころか百年前に遡っても、星守を除くどこの一族にもそんな式神を使役する人間はいなかった。
式神は使役するにも、維持をするにも霊力を消費する。式神の符の術式や式神自身の力を保つためである。
星守の守護霊獣は、必要な時にこちら側に喚び寄せるため、その消費が式神の維持よりも低いのだ。
だがその星守にしても朝陽以前の当主でも、超級を使役できたのは数人にも満たない。明乃でさえも特級までしか使役できていなかったし、あの罪業衆でも四罪の四人がかりで鵺一匹を使役していたというのに、式神の使役に特化しているわけでも無く、自身の強さと両立させている時点で彰の異常性がわかる。
(しかし真昼も負けていない。以前からもそうだが、真夜と和解してからの成長速度は異常だ)
真昼に関しても彰と同じように、朝陽には底が見えなかった。
真昼は一人で二体の超級妖魔を使役している。これも星守の歴史始まって以来の事である。これに類するのならば、伝説の安倍晴明や前鬼・後鬼の元々の使役者である、役小角(えんの おづぬ)など歴史に名を残す者達ぐらいであろう。
真夜の力の大半を取り込んだとはいえ、それに振り回されること無く自らの物にしている。
そんな二人が鍛錬場の中央で激しくぶつかり合う。
(これほどの戦いは私もほとんど見たことが無い。これはもはや六家の当主同士の戦いと同じかそれ以上だ)
自分と鞍馬天狗にも迫る二人の戦いに、朝陽自身も昂揚しているのを感じつつ、一瞬たりとも見逃すまいと集中力を高める。
この場の誰もが二人の戦いを驚愕のまま呆然と見ている中、驚きはあったが、少数の者達は朝陽のようにこの戦いを見ながら考察する余裕を持っていた。
その筆頭は真夜である。
(兄貴もだが雷坂もやべえな)
真夜は二人の戦いを目で追いながら、今の自分ならどう戦うかを考える。
彰と雷鳥は同じ雷の霊術を得意とする大和と守護霊獣とは比べるのも馬鹿らしくなるくらい天と地ほどの力の差がある。
真昼も彰もお互いの霊器を激しくぶつけ合い、しのぎを削りあっている。幾度も刀と剣が彰の両腕の霊器を破壊せんと切りつけるが、彰はそんな攻撃を受け止め、時には受け流していく。
真昼の霊器の特殊能力を使えば彰の霊器を消し去れるが、彰は発動のタイミングを読んでいるのか、あるいは勘で察しているのか、その攻撃が発動するタイミングで腕を戻して受けないようにしている。
彰は雷の霊術も発動し、剣や刀が触れた瞬間に相手側に流しているが、真昼は霊力の防御膜を展開するだけでなく、霊力の一部を雷の霊術に変換し自らに纏うことで受け流すか相殺している。
両者とも高レベルの接近戦を繰り広げており、この場のどれだけの術者が対抗できるだろうか。
そんな二人の戦いから少し離れた場所で、前鬼と後鬼は地上で、頭上から降り注ぐ雷鳥の攻撃をいなし、時には遠距離攻撃で反撃をしている。
こちらはやはり空と地上とでは、制空権を取っている方が有利なため、二対一だが雷鳥が有利だ。それでも一方的な展開になっていないあたり、あの二体もルフとの戦いの経験が活きているのだろう。
真昼と彰が守護霊獣や式神と連携を取らずにいるのは、自分自身が成長するためにまずは自分で戦う必要があると理解しているからだろう。
(一対一なら今の俺でもあの二人には勝てるだろうが、守護霊獣や式神の差はでかいな。下手すりゃ負ける可能性もあるか)
完全回復後や今の状態でもルフがいれば真夜も余裕があるが、あの超級達が援護に回れば流石に苦戦は免れないし、負けの目もある。
(……兄貴も雷坂もずりぃよな。俺がその領域に行くのは、かなり時間がかかったんだぞ)
二人の戦いを眺めながら、真夜は彼らに嫉妬しているのを自覚した。弱体化が終われば、今の彼らを大きく引き離す強さを取り戻すのだが、それは四年間の異世界での戦いや修行があっての物だ。
だが真昼も彰も、そんな戦いや修行を経験していない。確かに二人もこちらの世界で修行や戦いの経験を積んでいるが、その密度は真夜とは比べものにならないほど薄いはずだ。
にもかかわらずスタート地点が違うとは言え、真夜が二年以上もかかって到達した強さに、あの二人は一年未満で到達した。さらにここからの伸びしろを考えれば、異世界での真夜の領域にたどり着くのも決して不可能では無いだろう。
(俺も負けてられないな)
拳を握りしめ、真夜もさらに強くなることを決意する。だが今はあの二人の戦いを観察する。見ることも経験だ。
真夜の横で渚も固唾をのんで戦いを凝視している。少し離れた所の朱音も同じだ。
(凄いですね。でも、あれくらい出来なければ、戦いで真夜君のお役には立てない)
(……悔しいわね。今のあたしじゃ、真昼どころかあの雷坂にも遠く及ばない。式神の差もあるものね。ダメッ! 弱気になるな! あたしだってあれくらい強くならないとダメなんだから!)
渚も朱音も真昼達の強さに歯がみする。
わかっていた。あの二人は別格だと。自分達も努力して強くなったが、比べるのもおこがましいほどの差があることは。
それでも心折れることなく、二人の戦いから何かを得ようと必死に観察を続ける。真夜の隣に立ち続けられるように。それだけの強さを得るために。
(くそっ! 何という奴らだ!)
流樹は振るえる手を必死に抑えながら、最強クラスの戦いを見続ける。
二人が戦う姿に、荒削りながらも力と技を駆使して互いに相手を打倒せんとぶつかり合う彼らに心が激しく揺さぶられた。心奪われたと言ってもいいだろう。
そして嫉妬した。自分と同年代の二人は、自分の遙か先を走っている。流樹も天才と言われ、その名に恥じぬ力を持っていた。黒龍神の一件以降、くだらないプライドを捨て、さらに成長した。水波の歴史の中でも、有数の使い手になるのはそう遠くない未来のはずだ。
そんな彼でも驚くほど高次元の戦い。自分がもし、あの二人のどちらかと戦えば、間違いなく負ける。そう感じるほどに彼らの強さは飛び抜けていた。
(いや、わかっていたはずだ。僕はまだ星守真昼にも届かないと。届かない相手がもう一人増えたのと、その差を思い知らされただけだ)
眼鏡の位置を直し、歯ぎしりしそうになるのを必死に我慢する。今、必要なのはこの状況に絶望することでは無い。この戦いを見て何かを掴み、成長してあの二人に対して勝機を見いだす事だ。
だから流樹は観察を続ける。自分が彼らに勝つための強さを得るために。
「末恐ろしいとはこの事だね。どっちもあり得ないほどの強さだよ」
莉子もこれほどの戦いは早々お目にかかったことが無い。現在の六家の当主クラスでも、これほどの使い手は限られており、また長く生きてきた莉子でも退魔師同士の、ここまで高レベルの拮抗した戦いを見たことはほとんど無かった。全盛期の自分でも彼らには届かないだろう。
「まったく。とんでもない子と幼馴染みになったもんだね、凜。……凜?」
隣に座る凜に問いかけたが反応がないので、莉子は訝しげに視線を向けると、二人の戦いを僅かでも見逃さまいと、必死に集中して食い入るように見る孫娘の姿がそこにあった。
僅かな雑音も凜の耳には届いていない。ただ二人の戦いに驚愕し、目を奪われているだけではない。
真夜や朱音、渚や流樹と同じように、いや、それ以上に必死に何かを得ようとしているようだった。
(そうかい。あんたはあそこに行こうって言うんだね)
誇らしげな優しい笑みを浮かべる莉子。高野山の一件以降、凜は今まで以上に修行に力を入れた。
京極の事件の後も、より一層、得意分野だけで無く苦手な部分も克服しようと取り組んでいた。
日に日に強くなる凜でもあの二人の強さは、段違いであろう。
それでもこの戦いを見て、凜は真昼達との力の差に絶望するでも無く、ただ憧れるでも無く、真昼に置いて行かれまいと、追いつこうと足掻こうとしているように見える。
(まったく。六家の若手は可愛げの無いのが多いね。嫌になっちまうよ)
莉子は周囲を観察し、凜と同じような姿の者達を見つける。頼もしくもあり、空恐ろしくもなる。
自分が同じ立場なら、おそらくこうはならない。だがそれもいい。自分は年老いて当主も引退した身。次の若い世代の多くが頼もしいのは嬉しい限りだ。それが自分の一族で無くても。
(さて。わたしもしっかりとこの戦いを見届けさせてもらうとしようかね)
莉子はただ圧倒され、見ているだけしか出来ない者達と同じように、希にしかお目にかかれない強者同士の戦いの結末に心躍らせながら、観戦に集中していく。
死闘とも言うべき戦いを繰り広げる渦中の真昼と彰も、この戦いを心ゆくまで堪能していた。
(こいつ、予想以上じゃねえか! 今の俺とここまで戦えるなんてよ! いや、俺の方が押されかけてやがる!)
彰は真昼と霊器を切り結ぶ中で、真夜以外の同年代で自分と互角以上に戦える真昼に歓喜していた。
雷坂ではここまで力を振るえる相手がいなかった。今の自分と雷鳥ならばベテラン勢でも複数でなければ相手にすらならない。
だが真昼は違う。一対一で今の彰と戦っている。自身も強く雷鳥を苦戦させる守護霊獣を従えている。真夜には劣るが、それでも自分が追い求めて仕方が無かった相手。ライバル、または壁だ。
彰の笑みが深くなる。楽しい。嬉しい。最高だ。自分の力を、本気を、全力を気兼ねなく出せる。ぶつけられる。
そうだ。自分が求めていたのはこれだ。勝てるかどうかわからない戦い。全力を出しても、勝てるかわからない死闘。
真夜との再戦を心待ちにし、追いつこうと強くなる。そして強くなった力を思う存分に発揮できる状況。
目の前の相手を倒しても、まだ先がある。まだまだ先を歩く奴を追いかける楽しさもある。
「楽しいなぁっ! 最高じゃねえか! お前もそう思うだろ? 星守真昼!」
「そうだね。僕も同意するよ!」
真昼もこの手合わせを楽しく感じていた。朝陽や明乃との戦いとも違う。あの二人は力押しでは無く、老練な使い手として巧みな戦い方をする。
対して彰はどこまでも真っ直ぐな、力を持って相手を打倒しようとする戦い方だ。
だが拙さは無い。気を抜けば即座に押し切られる。技を持って制しようとも、それさえも力尽くで覆そうとする力強さ。
だからこそ別の経験を得られる。真昼も彰と同じように力を持って相手を制圧しようと力を振るう。小細工の無い、力と力のぶつかり合い。
朝陽との巧みな技巧を尽くす鍛錬も良いが、お互いに力の限りぶつかり合う戦い方は真昼がこれまで経験したこともない物だ。
彰にも言えることだが、真昼はこの戦いの中でも成長している。それが真昼は嬉しかった。成長できている自分が、真夜の誇れる兄であれるように強くなれる事が。
助けてもらうばかりで、見ていることしか出来ず、真夜の手助けをほとんど出来ない自分が嫌だった。
真夜の力を奪い、弟を苦しめ、それでも兄と呼んでくれた真夜。
京極では渚を助けられたが、その後は真夜にすべてを任せた結果、真夜は死の淵を彷徨うことになった。
自分がもっと強ければ、真夜をあのような目に遭わせることは無かったはずだ。
彰は自分のために強くなろうとしているのに対し、真昼は誰かのために強くなろうとしている。
どちらが正しい、間違っているではない。思いの強さも変わりは無い。
彰に勝ちたい。彼を倒し、超えることが真夜に近づく一歩だと思ったから。
真夜のように誰かを守れる強さを得るために。
「僕は君に勝つ!」
「やってみやがれ!」
彰は真昼の攻撃をいなすと一度大きく距離を取った。それに呼応するように真昼も後ろに下がった。そして二人ともお互いの守護霊獣と式神の後ろに移動する。
お互いに息を荒げ、汗を流しているが、消耗が激しいのは彰の方だった。
(やべぇな、俺の方が圧倒的に消耗が激しい。雷鳥の維持にも霊力を消費するからな。比べてあいつの方はまだ余裕がある)
彰の霊力は多くの退魔師が見れば恐るべき量だが、それでも真夜には劣る。超級の式神を従え、真昼と全力で渡り合っていれば、仕方が無いことだ。
それに真昼は彰と違い、朝陽という格上とかなりの手合わせをしていたことで、その経験から全力でも無意識にペース配分を行い、僅かでも消耗を抑えられていた。
(ここまではほぼ互角。長引けば僕の方が有利)
真昼も息を整えながら、油断なく彰を観察する。未だに笑みを浮かべ、何かを企んでいるようだ。
「思った以上に楽しめたぜ、星守真昼。けどな、さっきの言葉をそのまま返してやる。勝つのは、俺……、いや、俺達だ!」
彰は霊器を頭上に掲げる。左右の霊器が反応し、その中心に雷の霊力の塊を顕現する。
バチバチバチ。雷鳥の身体から雷が迸ると今まで黄色かった色が青く変化していく。
雷鳥が天に向けて咆哮すると、青い雷が彰が作り出した霊力の塊に収束していく。
「これが俺達の最強の一撃だ! さあ、てめえはどうする!?」
最後の勝負を仕掛ける。手合わせの仕上げとして、強すぎてまともに使うことが出来ない最強の一撃をこの場で使う。
受け止めるか、避けるか。彰は真昼に選択を迫る。超級すら葬り去れるだけの力が収束している。それを暴発させずに留めておける彰の霊力コントロールは卓越している。
まともに受ける必要は無い。避けても誰も非難はしないだろうし、彰も実戦ならば当てられない方が悪いと言うだろう。
だが……。
「この勝負、受けて立つよ」
真昼は剣の切っ先を向け、正面から打倒する事を宣言する。真昼の霊器は相手の霊術の構成を分解する能力がある。
ただし無条件に構成を破壊できるわけでは無い。自身も相応の霊力と体力を消費するし、これまでこれほどの威力の攻撃を分解したことはなかった。
それでも逃げることはしない。ここで自分の限界を見極め、あるいは超える。
「はっ! 最高だぜ、お前はよっ! 俺達の最強の一撃が勝つか、お前の力が勝つか、勝負といこうか!」
―――蒼雷咆哮弾(そうらいほうこうだん)―――
彰は自身の最強の一撃を解き放ち、真昼はそれに対して真っ正面から突っ込んだ。真昼の左手の剣が輝きを増す。
―――相殺一閃(そうさいいっせん)―――
真昼の剣が彰の攻撃に触れる。想像を絶する威力。真昼の手が僅かに止まるとそのまま攻撃が真昼を飲み込む。ほとんどの者が真昼の敗北を予想した。
しかし……。
彰の攻撃が霧散し、傷だらけの真昼が姿を現す。霊力に戻った彰の攻撃を霊器の刀が刀身に取り込んでいく。
―――光刃一閃(こうじんいっせん)―――
光の刃が刀より放たれると、雷鳥が前に躍り出て身を挺して彰を守る。ダメージを負っているからか、威力は抑えられたことで致命傷とはならなかったが、その後に前鬼が突撃をかけ、後鬼が援護の水の霊術を行使し、雷鳥に追撃を行う。
視界が遮られた事で、彰は一瞬真昼の姿を見失う。また後鬼の攻撃が雷鳥の身体で隠れた死角から彰を襲う。
「ちぃっ!」
一瞬遅れて彰も防御するがその直後、真昼が彰の背後に高速で移動し刀を振り下ろす。
何とか振り向いた彰だったが、彼はそのまま真昼に一刀の下、切り伏せられるのだった。
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