第十三話 真昼と彰


「あっ? お前が俺の相手をするってことか?」


 真夜との戦いを望んでいた彰だったが、その前に真昼が口を挟んだ。


「そうだよ。僕と手合わせ願えないかな?」


 真昼も欲を言えば真夜と公式の場で手合わせを行いたかった。弱体化していてもその力は破格であるし、高野山でもゴタゴタのせいで真夜とまともに戦うことが出来なかった。


 しかしこれは星守と他家との交流会であり、何度も星守の身内ばかりで戦っていては問題だ。


 また真夜のお披露目の場の意味はあるが、すでに大和との戦いでその実力が明かされた。それに真夜ばかり戦っていてもそれはそれで問題になる。


「……まあいい。今はお前で我慢してやるよ」


 値踏みするかのように真昼を観察すると、彰はニィッと唇をつり上げる。


 かつての彰は真昼にそこまでの興味と執着を持てないでいた。


 高野山で邂逅する以前にも、六家の会合などで何度か顔を合わせることはあったが、彰からすれば良いところの坊ちゃんと言う雰囲気で、強いことは強いがそこまで食指を動かされることは無かった。


 戦いたいという思いはあるにはあったし、高野山の時もそれなりにやるとは思ったが、真夜と言う極上の獲物がいたことで、あまり興も惹かれなかった。


 だが今はどうか。霊感が告げる。極上の獲物は真夜だが、目の前の相手は今の自分でも驚異となり得る上等な獲物だと。戦えばどちらが勝つかわからない、拮抗した相手だと。


 だから彰は真夜の前の前菜として、真昼を喰らうことにした。こいつと戦えば、自分はもう一段上に行けると確信したのだ。


 真夜との戦いは魅力的だが、相手は本調子では無いようなので、楽しみは後に取っておくことにする。


(こいつでも十分に楽しめそうだな。星守の前にお前で調整させてもらおうか)


 そんな彰の心境と同じように、真昼もまた以前では考えられないほどに強さを貪欲に求めていた。


「ありがとう。君をがっかりさせないようにするよ」


 真昼はそう言うと、朝陽の許可をもらい彰と共に鍛錬場の中央に向かっていく。


 星守家では真昼が戦うと言うことで、一時的に真夜の事は棚上げされた。と言うよりも納得は出来ないが、受け入れるしか無い状況のため、棚上げと言うよりも黙認と言う方が正しい。


 朝陽が何も問題はないと言っており、真夜に何かしらの難癖を付ける根拠もメリットさえも無くなったからだ。


 下手に騒げば朝陽の不興を買う。一番真夜にこだわっていた明乃が何も言わない時点で、他の者が騒ぐ事も出来なく無った。それに今の真夜が他家に流れるのはマズいと大人組は考える。


 あれほどの治癒術は希少だし、それ以外にもサポート系の防御や反射の術まで高レベルで使いこなせるようになった真夜を手放すのは星守にとってデメリットしか無く、逆に星守の力が上がるので、メリットの方が大きい。


(くっ、よもや朝陽にここまでの力が集中するとは。あやつの口ぶりから、真夜の件は確実に精査しておる。明乃も何も言わぬのでは、儂の出る幕も無い。)


 時雨も内心で歯がみするしか無い。しかしこれはこれで利用できるのではないかと時雨は、新たな策を思案しだしていた。


「真夜! もの凄く強くなっていたじゃないですか! それにあの術の数々! 見直しましたよ!」


 椅子に座ろうとした時、テンション高く海が真夜にまくし立ててきた。近くに座る空も尊敬のまなざしを向け、陸も興味深そうに聞き耳を立てている。


 ちなみに分家はお通夜状態だ。分家の若手の中で一番腕が立ち、守護霊獣も上級上位の大和が為す術もなく破れた事で、誰も真夜に勝てないと理解したからだ。


 大和は先ほどから一言も発せず、俯いている。


「まあな。前は適性の無い事ばっかやってたからな。親父の言うとおりに別の方向にアプローチしたら成長できた。けどまだまだだ。俺もさらに上を目指す」

「向上心があるのは良いことです! 私も負けていられませんね! 色々と聞きたいことはありますが、その前にまずは真昼の戦いを見るとしましょう。とはいえ、確実に真昼が有利でしょう」


 すでに中央付近に近づき、まもなく二人の戦いが始まろうとしていた。


「お疲れ様です。真夜君」


 渚の近くに座った真夜は彼女にねぎらいの言葉をもらった。


「おう。何とかうまくいったな」


 力を示すだけでは無く、その力に関しても前もって打ち合わせしていたとはいえ、思った以上にスムーズに進んだ。


「ゆっくり話をしたいところだが、海の言うとおりまずは兄貴達の手合わせを見るか」


 真夜は真剣な表情で前を向き、真昼と彰を観察する。


「真夜君はどう見ますか?」

「守護霊獣込みなら兄貴が確実に有利だ」


 彰は確かに強い。高野山の時でもすでに真昼に勝てる可能性があった。そこからさらに伸びているのは間違いない。尤も真昼も成長しているので、差が縮まっているのか広がっているのか、戦うところを見るまでは真夜でも判断が付かない。


 しかし守護霊獣の存在は大きい。前鬼と後鬼を真昼が出せば、流石の彰と言えども圧倒的に不利だろう。すでにあの二体は特級上位の力を持っている。いや、真昼の成長を考えれば超級下位に至っている可能性もある。真昼も超級に近い強さだ。星守の強さは守護霊獣の強さでもある。


 一体だけでも厄介なのに、それが二体。さらに真昼自身も霊器使いとくれば、いくら彰が強いと言っても勝算は低い。


 この場の大多数は真昼が確実に勝つと思っているだろう。しかし真夜はそうは考えていなかった。


 だからこそ二人の戦いに注目している。


 中央で向かい合う二人。真昼も彰と同じようにこの戦いを新たな成長の足がかりにしたかった。


(六家の若手の中では、多分彼が一番強い。その彼と戦えば、僕もさらに上に行ける)


 朝陽や明乃との手合わせもいいが、彰との戦いはまったく別の経験と成長をもたらしてくれると確信していた。


 成長を求める真昼の表情は、戦いを前に笑っていた。凜や楓も、もちろん家族の誰も見たことがなかった。


「はっ! お前もそんな顔ができるんだな」

「自分でも不思議に思ってるくらいだよ」


 お互いに示し合わせたかのように霊力が身体から溢れ出す。どちらも負けておらず、さらにすでに二人の霊力は当主クラスにまで成長していた。


「ここ最近、手合わせの相手に困ってたからな。お前なら、今の俺の全部をぶつけられそうだ」


 彰は両腕に霊器を顕現すると真昼も同じようにそれぞれの手に剣と刀の霊器を顕現する。


「おら、出せよ、お前の守護霊獣を」

「出したら、君が確実に不利だよ。君が僕と守護霊獣達と同時に戦いたいのはわかるけど、流石にそれは僕を甘く見てないかな?」


 現時点では真昼は彰と自分はほぼ互角と見ていた。しかし守護霊獣を出せば一気に彰が不利になる。


「くくく。そりゃそうだ。俺もお前の立場なら確実に腹が立つと思うぜ」


 彰は笑っている。真昼の言葉に同意するかのように。彰もわかっている。無論、それでも彰の経験にはなるだろう。


 しかし彰は知ってしまった。真夜は自分よりも圧倒的に強いだけではなく、強大な堕天使を従えている。


 真夜に、真夜達に勝つためにはただ自分が強くなるだけでは駄目だと。


「だからお前が守護霊獣を気兼ねなく出せるように、俺も出させてもらうぜ、お前に、あいつらに勝つための手をな」


 彰はそう言うと、祝詞を唱え始めた。


 ―――真名をもって勅命を下す、……出でよ、式神・雷鳥―――


 カッと周囲に稲光が迸る。直後、彰の背後に雷を纏った体長数メートルはあろうかという、巨大な四枚羽の怪鳥が姿を現した。


 その身体から放たれる威圧感、霊力は特級どころではない。超級下位クラス。


 彰が新たに手に入れた力。式神・雷鳥。


 観戦していた者達から驚愕の声が上がる。星守でもない退魔師が、あれほどの存在を従えているなど、あり得ないと思ったからだ。


「何驚いてやがる。星守の専売特許だとでも思ったか? まあ星守一族みたいに簡単にはいかなかったがな」


 星守の守護霊獣の召喚と契約は、儀式により呼びかけに応じて現れたモノと契約を交わすもの。


 儀式により召喚された時点で、相手は召喚者に敵対心を持っていない。むしろ召喚に応じた時点で、契約を結ぶことを是としている。


 たとえ召喚者が自らよりも圧倒的に弱くても、この者になら力を貸してやろうと刷り込みを与えられている状態に近かった。


 だが星守以外は違う。基本、式神にする相手は自分と同格か下。彼らを屈服させるか、認めさせるかしなければ式神に出来ない。


 また式神にして代々継承しようとも、使役者を式神が認めない限り、言うことを聞くことはない。


 雷鳥はかつて北海道開拓の際、当時の雷坂当主が使役していた式神だった。


 過酷な北海道開拓は、天候や気象だけでなくアイヌ伝承にもある妖魔や、アイヌ民族の術者達と戦う苛烈で熾烈を極めるものだった。


 そんな当主に付き従い、当主と共に戦い雷鳥は成長していった。


 だがそんな当主が死ぬと、雷鳥が認めるほどの使い手はいなくなった。確かに強い術者もいたが、雷鳥が興味を惹かれることはなかった。そのため長い間、雷鳥は式神の符の中で眠り続けていた。


 代々歴代の当主が使役しようとするも反応することはなく、力尽くでどうにかしようとする者には、手痛い反撃が加えられた。


 そんな中つい先日、雷鳥が興味を惹かれる者が現れた。彰である。


 彰は幻那との戦いの後、自らを鍛えると共に新たな力を欲した。真夜と堕天使、幻那と空亡を見て、彼らを超えるためにも、高みへと至るためにも必要と感じたのだ。


 だから彰は本来は当主にならなければ、触れることを禁じられている雷鳥の符に、最低限の根回しはしたが、それでも周囲の反対を押し切り手を出した。


 雷鳥は彰の霊力に触れ、目を覚ました。そして結界の中で彰と雷鳥は死闘を繰り広げた。


 超級クラスの雷鳥を前に、彰は苦戦した。傷だらけになり、ボロボロにされながらも、彰は戦い続けた。


 最終的に彰は雷鳥に認めさせた上で屈服させた。


 ―――俺と頂点を取りにいくぞ。俺と一緒に来い―――


 彰のギラついた目が、野心に満ち、貪欲に強くなろうとする姿が、かつての当主を彷彿とさせた。


 自らを追い詰めた人間は、一体何時ぶりだろうか。雷鳥は彰との戦いが楽しかった。この者となら、自分は再び羽ばたける。大空を駆け、力を存分に振るえる。


 だから彰の式神となった。雷坂数世代ぶりの快挙であり、当主候補筆頭扱いであった彰はこの時点で内々ではあるが次期当主に確定することになった。


 もっともこの件は大々的に発表しようと、雷坂が公表を差し控えていたのだが、彰はこの場で真夜と同じように公開してしまった。


 観客席では仁が頭を抱えている。これでまた雷坂の長老達が騒ぐと思ったのだろう。


 だが彰はそんなこと気にしていなかった。ただ自分と雷鳥が全力で戦う場があるのに、それを無駄にすることなど出来なかった。


 それにこの場はある意味で好都合だ。雷坂の強さをアピールできるし、彰がこれで真昼に勝てば、若手最強の術者の名は真昼から彰の物になる。


 光太郎がしでかした汚点を上回る、強い雷坂を他家に見せつける事も出来る。


(まあそんな事はどうでもいいがな!)


 すべては星守真夜打倒のため。自分と雷鳥を成長させる糧を得るため。どこまでも彰は強さを貪欲に求める。


 そんな彰の視線の先の真昼は、僅かに身体を震わせていた。


 雷鳥と彰を前に恐怖しているのだろうか。確かにこの場の大半の術者は彼らの前に立てば、震え上がり戦意を喪失するだろう。先日の星守襲撃の際に超級妖魔を前に何も出来なかった者が大半だったからだ。


 だが真昼は違う。彼は恐怖ではなく、歓喜に震えていた。


「……感謝するよ、雷坂君。君達が相手なら、僕達も全力で戦える!」


 真昼は前鬼と後鬼を召喚する。周囲に放たれる圧倒的な威圧。真昼の成長に伴い、彼らもまた新たな階梯へと進んでいた。すなわち超級という位に。


 星守ではすでに朝陽と鞍馬天狗でしか相手にならないほどの存在。いや、日本全国を見渡しても、真昼達とまともに戦える相手など、それこそ真夜やルフくらいしかいない。六家の当主クラスでも三人がかり相手では勝ち目はない。


 その真昼達と互角に戦える相手が真夜達以外にも、それも同年代でいた。


 彰と真昼は似ていた。力を求める理由の根底こそ違うが、強くなりたいと願う気持ちと目標とする人物は同じだった。


 だから真昼は彰に戦いを申し込んだ。同じ頂を目指す相手だから。


 何よりも彼に勝てないようでは、真夜に勝つなど夢のまた夢だと思ったから。


 真昼は刀の切っ先を彰に向ける。


「行くよ、雷坂君。君に勝って僕は、僕達はさらに強くなる!」


 真昼の言葉に同意するように、前鬼と後鬼も気炎を上げる。


「はっ! 言うじゃねえか! だったらそんなてめえを喰らって、俺達の糧にしてやるよ!」


 彰の言葉に応え、雷鳥が咆哮を上げる。


 震える審判が、何とか開始の合図を出したのはその直後だった。


 瞬間、二人は距離を詰め霊器同士を激突させるのだった。

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