第十二話 嘘と誠

 

 真実を隠すために嘘をつかなければならない場合、どうすればそれがバレにくくなるか。


 それは嘘の中に真実をいくつか散りばめる事である。


 嘘で嘘を塗り固めれば、それは矛盾を生み、容易に看破されることになる。


 だが真実を随所に散りばめれば、嘘が目立ちにくくなる。


 朝陽や明乃は真夜の力について、どう説明すれば良いのか悩んだ。


 一族の秘密として秘匿する手もあるが、それが通用するのは他家のみ。一族内まで秘密にすれば、必ず暴こうとする者が現れる。


 ただ異世界や守護者など言わなければ――言ったところで到底信じられない話ゆえに――ここにたどり着こうとするなら、探偵どころか覚りか予言者のような者で無ければ無理だ。


 尤も懸念すべきはそこではない。秘匿すればするほど暴こうとする者もだが、悪質な噂や憶測が飛び交い、星守や真夜自身にも害を及ぼす可能性がある。


 例えば退魔師が認められない方法や、他人を食い物にして得た力だとか。


 そんな事実はないし、そう言った物は対処すれば良いかもしれないが、一族の不和にも繋がりかねず、混乱を招きかねない。


 ならば彼らが納得する、あるいは受け入れられる程度の内容を伝える方がいい。


「真夜は生まれながらに霊力を放出できない上に、攻撃系の術を使えない欠陥を抱えていたのは周知の事実だ。また星守では前例が無い守護霊獣の召喚と契約にも失敗した」


 この場に居る星守一族に取ってみれば、それは真夜に対する認識の再確認のようなものだった。


「さらに真夜は今まで真昼に負けないようにと、武器の扱いや使えない攻撃系の霊術の習得や鍛錬に重きを置いていた。だがそれでは何も変わらないと、私は真夜に別の形でのアプローチをするように指導した。私が真夜を一人暮らしさせたのは本人の希望もあるが、星守に置いておいても成長は見込めないと考えたからだ」


 一人暮らしをさせたのは、星守から離れさせ、客観的に己を見つめ直させるため。さらに今までとは違う体術やそれに付随する身体能力強化、防御や結界などの補助系の術を磨くように真夜に指導したと朝陽は語る。


「真夜にはそちらの方にかなり適性があったのと一人になり、己を見つめ直した事で精神的にも安定した事で大きく成長することが出来た。退魔師だけではないがこう言った物は、心技体がそろって初めて最大限に力が発揮される。真夜は今まで言い方は悪いが、間違った努力を繰り返していた」


 星守にいる時は周囲の目や真昼が近くに居ることで、精神的に荒れており、真昼や他の星守の若手への対抗心で全く適正の無い方にばかり努力を重ねていた。


 だが星守から離れた事で精神的に落ち着き、己の適正方向に努力することが出来るようになったと朝陽は語る。


「しかしそれだけであそこまでの力を得れるのはおかしい。真夜の霊力はあまりにも高く、また霊器などそう簡単に顕現できるものでもない。確かに守護霊獣の召喚と契約を行えなかった真夜ならば、霊器を顕現できる可能性はなくはないが、何のきっかけもなく発現するなどあり得ん」


 朝陽の言葉を遮り、明乃が質問を行う。これも前もって打ち合わせしてた事である。おそらく話を聞いている大多数はその通りだと思うだろう。


「まあその通りだな。俺からある程度は言った方がいいか?」


 先ほどまで鍛錬場に中央に居た真夜が朝陽達の所に戻ってきた。真夜の後ろでは悔しさに顔を滲ませ、薄らと涙を浮かべている大和が居る。


「そうだね。本人の口から聞こうか。何があったのか、もう一度この場で教えてもらおうか」

「親父は信じてくれたが、突拍子も無い話で信じるか信じないか個人の判断に任せるが……、突然異界に迷い込んで死にかけた。殺されかけたって言う方が正しいけどな」


 真夜は異世界では無く、この世界の住人がわかりやすい異界と言う言葉を出した。その言葉に周囲がまたざわめいた。


 異界に迷い込む。それは古くから神隠しとして伝えられている。いつ、どこで起こるかはわからないが、歴史上複数の報告や記録が残っている。


 真夜はいきなり何の前触れも無く異界に転移していたと語る。幻那の術で異界に強制転移させられたこともあるので、あながち完全な嘘でも無い。どんなところに転移したのかと聞かれれば、その場の話をすればいいだけだ。


「そこでやばい妖魔に出会った。最上級クラスのデカい蜥蜴みたいな妖魔だったが、そいつに戯れにいたぶられて食われそうになった。極限状態で死にたくないって心の底から思った時、霊符が顕現して俺を守ってくれた上に傷も回復させてくれた。こんな感じでな」


 真夜は左腕の服をまくし上げ、霊力を集中させた右手の手刀で、自らの腕を深く切り裂いた。血が噴き出し、したたり落ち周囲が騒然とするが、すぐに霊符を顕現し、治癒の術を施すと傷を跡形も無く消し去った。


「どこまで治癒出来るかはまだわかっていないが、死にかけの俺の傷を癒やしたくらいだから、それなりの重傷でも治療可能だと思う。その後は何とか逃げて異界を彷徨っていたんだが、疲労困憊で気を失ったら、こっちに戻ってきていた」


 異世界の神に召喚されたのでは無く、偶然に異界に迷い込んだ。そして命の危険に晒されたことで、眠っていた力が目覚めた。そして訳もわからないまま元の世界に戻ってきたとした。


 真夜が体験した事を虚実併せて伝える事で真実味を持たせる。異世界でも何度も死にかけて霊力を増したし、死の淵から蘇ることで急激に霊力が上昇するのは過去にも例があり、意識不明の重体の事故や病気などから生還した一般人が霊能力に目覚めるケースもある。


「ボロボロで血の付いた服を着ていたはずなのに、気がついたら服も元通りになってた。あれは夢だったのかと思ったが、霊器もそのまま顕現できた。霊器があるとは言え他の証拠もないから、こんな話、信じてくれるかわからねえからな。異界から俺自身、どうやって戻ってきたかもわからないし」


 話自体は真夜が体験した事を端折って伝えているだけだが、ほとんど事実に近い。服に関しても偽装工作で血の付いた服を用意しておけば良かったかも知れないが、あえて指摘できる部分を残すことにした。


 朝陽と明乃は真夜の力を明かす際にそのままでは信じがたくとも、前例を交えた話にするならばある程度は筋が通ると考えた。そしてその事実を踏まえ、多くの者が受け入れやすい理由も付け足す。


「どれだけ信じがたい事でも、実際に俺は霊器を顕現できた。当時の兄貴に出来なかった霊器をな。これで兄貴を見返せる、兄貴に勝てるって思った。けどこの力をまともに扱いきれないんじゃ話にならない。だから秘密にして鍛え続けた。兄貴を超えるためにな」


 隠した理由も信じてもらえないからだけではなく、兄を見返すため、兄に勝つためと尤もらしい理由を用意した。真夜の過去を思えば、こちらも納得しやすい理由だ。


「まあその兄貴が霊器を顕現したんで、余計に言うタイミングを逃したんだけどな」


 せっかく強くなって真昼にも出来ない事をしたはずが、その真昼が霊器を顕現したことで兄の後追いをしている形になってしまった。自分の方が早かったと言ったところで、兄に勝てなければ何の意味も無い。


 だから真夜は今の今まで隠して牙を研いでいたと説明した。


「私も真夜の力を知った時、俄には信じられなかった。だがそれ以外に真夜が霊器を顕現できるほどの理由が見当たらない。もし何らかの外法の術を使ったのならば考え物だし、真夜がそれに頼ろうとする可能性は否定できないかも知れないが、調べた限りではそんな痕跡は一切なかった」


 そもそも外法であれ、そんな術が存在するならば霊器使いがもっと現れてもおかしくは無い。しかしあの罪業衆でも霊器使いは確認されなかった。それは明乃も確認済みだ。


「真夜に何者かが接触した可能性も捨てきれなかったので、私の守護霊獣の鞍馬にも協力してもらい、真夜に何かしらの術が施されていないかも確認したが、それらしい痕跡も無い」


 また真夜の偽物、あるいは別の何者かが真夜の身体を乗っ取った可能性もあったため、秘密裏に真夜の身辺調査や身体を調べたが、不審な点や怪しい痕跡は見つからなかったと朝陽は言う。


「真夜と私や結衣としか知らない事も含め、すべて答えられたので偽物などの可能性もない。私の霊感もここにいる真夜は間違いなく私と結衣の息子であると告げている」


 些か強引ではあるが、それらしい理由と朝陽と結衣の確信を盾にしてしまえば誰も何も言えなくなる。憶測を立てられて困る理由は、前もって朝陽が口にすることで潰したと言っておけば、それ以上の追及もされにくくなる。


 結衣も私の退魔師としての、そして母としての勘もここにいる真夜が本人であると告げれば、ほとんどの者達は反論できない。


「朝陽、真夜。そんな理由でこの場に居る者達が納得すると思っているのか? そして本当に調べた結果、白だったのだな?」

「はい。お疑いでしたら、母様も独自にお調べになられてはどうですか? それとこの話以外なら母様はどんな理由で真夜が強くなったと? ここにいる真夜が仮に偽物なら、もしくは悪意があったり、外法の力を得ているのなら、母様とて霊感で察せられるはずです」


 明乃の反論に対して朝陽が問い返すと、明乃は沈黙する。これも前もって打ち合わせていた演技なのだが、周囲が気づくことは無い。反論するにしても真夜の力や真夜自身を偽物と断じる確定的な証拠もない。


「僕もここにいる真夜は本人だと確信しています。双子だからと言うのもありますが、昔から何となくですが真夜の居場所はわかっていましたし、薄らとですがつながりのような物も感じていました。それは今も変わりません」


 ここで近くに居た真昼も助け船を出す。これにより偽物説は否定される。


 この場で朝陽の次に権力があり、朝陽に唯一正面から意見できる明乃が何も言えなくなっては、時雨であっても反論しづらい。


 下手に何かを言おうものなら、証拠や根拠を示せと返される。真夜の両親二人だけでなく真昼までが本人だと主張していては、偽物と言うことも出来ず、さりとて外法の術で力を得たと言おうにも朝陽がそれを否定しており、真夜からも一切、そのような気配がないためこの主張も出来ない。


 それに話自体はある程度は筋が通っているだけに、正面から否定できず、納得は出来ない部分はあるが受け入れるしかないのだ。


「おいおい。俺はここに、そんなくだらない話を聞きに来たんじゃねえんだ。これは若手の交流会で手合わせの場じゃなかったのかよ?」


 ここで空気を読まないような発言が飛び出す。それは彰だった。


「そいつが本物か偽物か、その力をどうやって得たのかなんてこっちは知ったことじゃねえし、興味もねえ。ただ俺が興味があるのは、そいつが俺とどれだけ戦えるかって事だけだ」


 ビリビリと周囲を揺らす霊力が彰から漏れる。まるで獣を思わせる笑みを浮かべ、獲物を見据える目を真夜に向ける。隣の仁が彰に抑えるように言うと、彰は仁も驚くほどあっさりと霊力を抑えた。


「悪ぃな。だがぐだぐだと言い合うのは時間の無駄だろうが。だったら手合わせの中ででも、そいつを見定めればいい。ここに六家の使い手が雁首そろえてんだ。それくらい出来るだろ?」


 彰は真夜の真贋も、力の出所もどうでもよかった。重要なのは真夜が自分の戦いでの飢えを満たしてくれるかどうか。ただそれだけだ。だからこんなくだらない話は時間の無駄でさっさと終わらせて、手合わせを行いたかった。面白がって彰は他の六家の面々を見回す。


「……ふん。確かにな。僕もその意見には同意する。ここで疑っていたところで何も始まらないし、そいつの言うことが本当なら悪魔の証明をしろと言っているに等しい。なら僕らがここで判断すれば良い。それに今のそいつと戦うのは、こちらとしても色々と得るものがあるだろうからな」


 先ほどは驚きのあまり表情を崩していた流樹だったが、今は元に戻り冷静な表情で、眼鏡の位置を戻しながら自らの意見を言う。


 流樹は真夜が黒龍神の時にはすでに力に覚醒していたのではと疑った。ならばあの時の朝陽や真夜の言葉や態度も頷ける。あるいは赤面鬼の時点で力に目覚めていたのか。


 だがそれを今更指摘しても意味は無い。指摘して何になるというのだろうか。


 あの時の自分よりも今の真夜は強いだろう。いや、今の自分よりも下手をすれば強いかも知れない。


(だが、だからどうした。僕が強くなったようにあいつも強くなっただけのこと。くだらない、簡単に折れるようなプライドはもう捨てた。なら僕は、今のお前も糧にしてさらに成長する)


 黒龍神の一件で流樹は朝陽に憧れのような感情を抱いた。朝陽のように強く、そして清濁併せ持つ退魔師になりたいと。彼の言うとおり、力だけでは無く心もだ。


 真夜の話を完全に信じることは出来ないが、流樹は説明以外の理由が思い浮かばない。


 仮に外法に手を染めて手に入れた力ならば、自分が必ず倒すと言う気概まであった。


「あたしは真夜の隣に住んでるけど、そんな感じで急に強くなってたわ。真夜に黙っててって頼まれてたから、誰にも言えなかったけど。あたしは学校も一緒で怪しい奴も見てないし、真夜が何か悪い事をして力を得た感じもしなかったわよ」


 真実を知る朱音だが、ここは話を合わせる。それにだいたい話は同じような物だ。こちらの話の方がまだ現実味があると朱音は思ったし、服に関しては疑われるかも知れないが、どう調べようがわかりっこない。


「真夜は真昼の弟だし、力が眠っていて死にかけて覚醒ってのは信憑性はあるだろ。真昼も古墳で特級との戦いで覚醒したんだし。確かに信じにくい話ではあるけどな」


 凜もこの話を信じると発言した。凜自身、高野山で真夜に助けられた借りもある。真夜自身に嫌な感じも無く、真昼とも和解して良好な関係を築いている。そのおかげで最近は真昼も前よりも明るくなり、さらに魅力的になっている。真昼を気遣うようにもなった真夜が、外法に手を染めているとは思えなかった。


「こなたは難しいことはよくわからないが、彼からは嫌な感じは全然しないのだ! それとさっきのあの術は凄かったのだ! こなたも負けていられないのだ!」


 志乃はどこか無邪気な笑顔で言う。実際、助けてもらったこともだが理人があそこまで感謝している相手なんだから、とても良い人達なのだと思っていたからだ。


「星守。面倒ごとが多いなら、雷坂に来いよ。好待遇で迎え入れるぜ」

「彰さん!? いきなり何言うんですか!?」

「ああっ? 次期当主候補が他家でくすぶってる有能な退魔師を勧誘してるだけだろ? こいつを引き抜けりゃ、雷坂にもメリットがあるだろうが」

「……ただ彰さんが毎日手合わせしたいだけにしか思えないんですが」

「本音と建て前くらいあるだろ」


 仁の指摘に彰は何食わぬ顔で答える。しかし仁も彰の提案はそこまで悪くないと思える。養子縁組では無いが、真夜を引き込むメリットは雷坂にもある。特にあの治癒能力はかなり有用に思える。


「雷坂の坊や。抜け駆けは駄目さね。確かに色々と疑問点はあるけど、実際に証拠として霊器があり、治療の術も使えるなら状況証拠は揃ってるね。今の治癒術についても一瞬であの傷を癒やす術者はそう多くないよ。風間も欲を言えば欲しいくらいさ」


 彰に追随するように今まで黙っていた莉子が口を開くと、チラリと明乃の方を見やる。


「……莉子。これは星守の問題だ。あまり口を挟むな」

「他家を招いておいて、自分の所の問題をあれこれ言ってる方が悪いんじゃないかい?」

「……そうだな。朝陽、そして他の者達も。真夜の件については、今はここで終わりだ。納得できない部分もあるかもしれないが、今は受け入れよう。証拠として霊器も顕現し、術も使えるのだ。それにこれ以上、一族のゴタゴタを他家の前で晒すべきでは無い」

「事実なんだけどな。まあ好きに調べてくれ。誓って言うが、俺は後ろめたい方法で強くなってなんかいない」


 明乃に続く形で真夜も意見を述べる。実際、真夜の言うことは正しいのだから。


「はいはい。この話は一旦終わりにしようか。他家の皆を待たせるのも悪い。それに今日はまだまだ若手の手合わせも行いたいからね」


 パンパンと手を叩き、場の空気を変える朝陽。


「だったら次は俺がそいつと戦わせてもらうぜ」


 彰が椅子から立ち上がると、ギラついた目で真夜を見据える。だが……。


「その前に僕と手合わせ願えないかな」


 静かな、だが彰に負けない闘志を纏いながら、真昼がそう切り出すのだった。

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