第十一話 公開

 

 真夜と対峙する大和は自分の勝利を確信していた。真夜が強くなったと言っても、落ちこぼれゆえにたかが知れていると思っていた。


 火野の依頼の中級妖魔を倒せるくらいにはなっているとしても、自分はすでに上級妖魔を単独で倒せるのだ。さらに守護霊獣の差もある。上級上位の雷獣と契約しているので、実質相手は上級クラスを二体相手にしなければならない。ベテランの使い手か霊器使いでも無ければ、苦戦を免れないどころか敗北が濃厚であろう。


 大和は一族だけでは無く、他の六家の前で己の力を存分にアピールするつもりだった。


 ギャラリーに関してもこの場のほとんどの者は、落ちこぼれの真夜が大和相手にどれだけ善戦できるかと考えているだろう。


(真夜! お前には俺の踏み台になってもらう! 朱音もしっかり見ていろよ! 俺がどれだけ強くなっているのかを!)


 大和は試合開始の合図を今か今かと待つ。いよいよ試合が開始される。


「へっ?」


 審判の号令が出されると同時に大和はおかしな声を漏らした。


 真夜の身体から突如、大量の霊力があふれ出したかと思うと、彼の周囲に何の前触れも予備動作も無く五枚(・・)の霊符が展開された。


 大和はもちろん、この場のほとんどの者が見たことも無い模様が描かれた霊符だった。


 しかし見る者が見ればわかるだろう。それは一般的な霊符とは違う霊力を放っており、霊器特有のものだということを。


 真夜の事を知る者はそれに関して驚きは少なかったが、まさかいきなりの霊力解放と霊器の顕現――それも一枚では無く複数枚を――するとは思ってもみなかったのか、朝陽も明乃さえも驚きの表情を浮かべている。


 また実力者で今の真夜の実力を知らない者達――星守一族の大多数や流樹や莉子達――の驚きはその比では無い。彼らは皆、その突如出現した霊符が霊器であると気づいたからだ。


 彼らの驚愕は当然だ。星守一族は霊器を顕現できる可能性が低い。


 それは他の六家が霊器を顕現するための資質を磨き続けてきたのに対して、星守は守護霊獣の契約に特化した資質を磨き上げてきたことで、その能力を得るためのリソースがほとんど残されていなかった。


 星守の歴史の中で顕現できたのは朝陽と真昼を含めて六人。それ以前では僅かに四人しか存在しなかったのだ。


 百年に一人存在するかしないかを考えれば朝陽や真昼が異常なのであるが、落ちこぼれと呼ばれた真夜が霊器を顕現した。守護霊獣の契約と召喚に失敗している星守の人間とは言え顕現できれば、数多の退魔師達の上位者たりうるという事実を他の者達が理解した時、真夜への認識ががらりと変化する。


 未熟な門下生達はあれはなんだとざわついており、それと同じように知らなかった者達も口々にまさかといった驚愕の声が漏れている。


 いや、そもそも真夜の身からあふれ出す霊力は、この場の大多数の者を軽く凌駕する。それこそ六家の上位者クラス、下手をすれば当主クラスに迫る物だ。


 真夜は驚愕する周囲や大和を無視し、そのまま地面を蹴り一気に相手との距離を詰める。


 ピトッ。


 大和の首筋に真夜の右手の手刀が添えられる。霊力を纏っていれば、名刀に勝るとも劣らない切れ味を誇る真夜の武器。


 周囲が静寂に包まれる。もし実戦なら、真夜が本気ならこれで勝負は決まって、否、生死が決まっていただろう。だが真夜はそのまま手刀を大和の首筋から退けた。


「……実戦ならこれで死んでたぞ。それと何も出来ずに終わりたくないだろ? 俺を舐めずに、全力で来い」


 真夜はそう言うと、再び大和から距離を取り、開始時点の位置に戻った。


 相手を侮ったり見下すつもりも無いのだが、これは試合であると同時に真夜のお披露目の場でもある。一瞬で終わっては意味が無い。


(それに朱音や渚のこともあるからな)


 二人に恥をかかせないためにも、自分が侮られることで彼女達を不快にさせる。彼女達にとって、真夜の実力を知る者達にとって、彼が侮辱される事はこの上なく腹立たしいことだった。


 今までは真夜もそれでよかった。だが二人に告白し、その二人に受け入れてもらったことで、彼女達に対して最大限出来ることをしようと誓った。


 それにもう隠す必要は無い。隠すことのメリットよりもデメリットの方が上回るのならば、自分は実力を明かそう。


 そして大和もこのまま何も出来ずに終わるのでは立つ瀬も無い。


 だから挑発した。少しでも大和自身が星守一族として他の退魔師よりも優れているとこの場で見せられるように。その上で申し訳ないが、真夜はそれをも叩き潰す。


 何が起きたのか、何を言われたのかわからないまま、しばらく呆然としていた大和だったが、次第に理解できてきたのか、怒りに顔を真っ赤にする。


「真夜ぁっ!」


 大和は守護霊獣の雷獣を喚び出す。周囲に雷が放たれると、大和も懐から霊符を取り出して構える。


 雷獣と大和の同時攻撃による雷の放出。雷が幾重にも真夜へと襲いかかる。しかし雷はすべて霊符によって遮断される。


「雷獣!」


 大和は自らは攻撃を繰り返し続けながら、雷獣に指示を出す。雷獣は大和の命に従い、真夜に肉薄し雷を纏った爪で霊符の防御を切り裂こうとする。だがそんな攻撃は無残にも弾かれ続ける。


 攻撃が一切通らない。


(こんな、こんな事あるはずがない!)


 大和はこの状況に焦りを隠せないでいた。相手は落ちこぼれの真夜。中学卒業前の手合わせでは大和が一切歯牙にかけないほど圧倒していた。


 なのに一年も経っていない今、大和の攻撃は真夜の展開する霊符にすべて阻まれており、雷獣の攻撃さえもまったく歯が立たない。


 霊符の防御の向こうでたたずむ真夜はまったくの自然体で、これだけの猛攻に晒されていながらも、まるで攻撃など受けていないかのように余裕だった。


「くそぉっ! お前相手にこれを使う羽目になるとはなっ!」


 大和はバッと懐から別の霊符を取り出すと、それを頭上に掲げる。霊符から放たれる霊力と大和から供給される霊力が混じり合うと巨大な霊力の球体を作り出す。


 そこへ雷獣が近づくと、その霊力を自らの中に取り込んだ。バチバチバチと音を立て、雷獣の身体から先ほどの比では無い力があふれる。


 霊符と大和の霊力を取り込んで、一時的に力を高めた雷獣は最上級下位に届くほどの力を得ていた。


 雷獣の口が開かれる。圧縮し、収束された雷の一撃が光線のように放たれる。大和と雷獣最大にして最強の一撃。この一撃が直撃すれば最上級下位程度ならば致命傷を与えられるだろう。


 大和の父の武蔵は流石にこれはマズいと思ったのか声を上げようとするが、それを近くにいた朝陽が制止する。このまま続けさせると、有無を言わせなかった。


 大和も真夜を殺す気など無い。この鍛錬場は特殊な結界と術式が展開されており、術者に対して一定以上の攻撃が直撃すると、身代わりの札が発動するようになっている。


 維持や管理、展開に恐ろしい労力や道具、大規模な陣が必要になるため、退魔の実戦では使用できないし、六家でも本当に一部の施設でしか運用できていない。またダメージの大半を肩代わりしてくれるのだが、すべてでは無いというデメリットもある。


 それでもその術式があるため大和もここまでの攻撃が行える。


 しかし真夜の霊符の前には足りない。一枚でも特級クラスの攻撃を防げる十二星霊符。それが五枚も展開されている。ただ展開し、立っているだけでも簡単に防げるだろう。


 だが真夜はそれをせず、行動に移った。


 雷獣の攻撃が放たれた瞬間に、真夜は右手を前にかざすと呼応するように霊符が移動する。


 真夜の前方に展開した五枚の霊符が光を放ち、それぞれに光の線を結ぶと特殊な魔方陣のような障壁を展開する。


 十二星霊符防御術式・反射陣。


 かつて最初の幻那との戦いでも用いた、受けた攻撃を反射する真夜の防御術式。


 実はこの術式のようにただ相手の攻撃をそのまま反射するのでは無く、増幅して打ち返す事も出来るもう一つ別の陣がある。今回はただ反射するだけの陣。しかしそれでも十分に周囲の度肝を抜くことになる。


 真夜は大和や周囲への影響を与えないよう角度を調整して跳ね返した。それでも反射された雷撃は大和の頭上ギリギリを通過していった。


 全力の攻撃が跳ね返されたことは、ただ防がれるよりも衝撃を与えた。呆然とする大和に真夜は再び接近すると、今度はその脳天に手加減した手刀を叩き込むのだった。



 ◆◆◆



 番狂わせとも思える結果となった。脳天に叩き込まれた攻撃で勝負あったと判断した朝陽は、そのまま審判に試合終了を命じた。そもそも攻撃を反射された時点で、大和の敗北は確定していた。


 それ以前に真夜の初撃も彼が寸止めしなければ大和はその時点で負けていたのだから、異議など唱えようもない敗北と言えるだろう。


 真夜の力を知っている者達は、彼の力が初めて公になった事と周囲の反応に嬉しさを滲ませる。


 朱音はわかりきっていた結果とは言え、近くの流樹が口をあんぐりと開けて驚いているのを見て、思わずむふふふと優越感に浸った。大和にも一応、心の中でドンマイとだけ言って合掌しておく。


「はっ、オーバーキルも良いところだな。しかし大盤振る舞いじゃねえか」


 ゲスト席と言うことで六家の面々は割と近くに座っており、朱音は彰の面白そうに呟く声を聞いた。


 勝敗は最初から見えていたし、真夜が適当に相手をいなして勝利すると思っていたのだが、まさかこんな大勢が見ている中で手の内を晒すとは彰にも予想外だった。


「霊器なんだろうけど、色々とやべえよな。まさか攻撃を反射できるなんて。外れたけど多分ワザと外したんだろうし、霊術主体の奴だと天敵だな。防御力も高そうだし」


 高野山、京極で真夜の力を目の当たりにしている凜も、今回は落ち着いて真夜を観察できたので、色々と考察する余裕が出来ていた。


「……凜、あんた知っていたのかい。いや、高野山で何か隠しているとは思っていたけど」

「……あー。まあ、な」


 莉子に問い詰められた凜は曖昧に返すが、莉子はこれはまだ何か隠してると確信する。


「あんたにも明乃にも聞きたいことが出来たよ。それにしてもあの落ちこぼれと言われていた子が霊器使いになってるなんてね。あの五枚の霊符の防御力と反射の術なんて、高等霊術もいいところだよ。下手すりゃ並の霊器使いよりも上だね」


 霊器使いというだけでも上位の退魔師の仲間入りを果たすというのに、その中でも上位に位置するのではと莉子は感じていた。


(ふふん! 真夜は凄いでしょ!?)


 聞き耳を立てていた朱音はとても気分が良かった。内心で小躍りしそうになる。


 しかも真夜の霊符は五枚では無く十二枚で、反射するだけで無く増幅してはじき返すことも出来たり、もっと凄い結界術やら浄化の霊術も使えるのよ、と自慢げに語りたい気分になった。


 逆に落ちこぼれと思っていた者達は、真夜の変貌とも言える力に驚きを隠せないでいた。


 そんな中、特に星守側では混乱とも言うべき事態となった。


「朝陽! あれはどういうことじゃ!? あれがあの落ちこぼれだと言われた真夜だと!? それにあの霊符はまさか霊器ではなかろうな!?」

「ええ、そうです。どうですか、時雨殿。私のもう一人の自慢の息子の今の凄さは? 中々の物でしょう?」


 狼狽する時雨に朝陽は満面の笑みで答えた。霊器という言葉に周囲はより一層どよめく。


 大人組もそうだが、その隣に集団で座っている宗家・分家の子供組も渚を除いて驚きを口々にしている。


 もしそれが本当なら、落ちこぼれだったはずの真夜が星守で七人目の霊器使いとなったのだから。


「お兄様はご存じだったのですか!?」

「ああ、そうだよ夕香。黙っていたことは謝るが、色々と事情があってね。それと武蔵にも済まなかった。事前に言わずに大和を道化にしてしまう形になって。この結果に納得できないかもしれないし、私への不満もあるだろう。それは甘んじて受けよう」


 朝陽は近くで呆然とする武蔵に声をかける。


「だが大和もここ最近は増長していたし、彼の方から真夜への手合わせを申し出たことだ。それに相手と自分の力量を正確に計りきれなかった事も原因にある。それはこの場のほとんどの者に言えるだろうがね」


 その言葉に夕香も押し黙り、大河はその通りだな! と笑っている。時雨も同じようで誰も真夜の今の強さを見抜けずにいた。


「朝陽、それくらいにしておけ。これ以上は反感を買いかねんぞ」


 明乃は良くない雰囲気になりつつある場を仲裁する。


「申し訳ありません、先代。しかし喜ばしい事でしょう? あの真夜があれだけの強さを見せたのです」


 朝陽の隣に座る結衣も笑みを浮かべている。


「……そうだな。だがなぜ真夜があれほどまでの強さを得たのか、説明する必要はあるぞ」


 前もって話し合っていた事だが、明乃は朝陽に説明責任があると主張する。明乃は京極家での芝居もあり、真夜の力を知らなかったと通すことになっていた。


「はい。それはきちんと説明します。でなければ納得しない者も多いでしょうからね」


 異世界の話やそこで四年修行したなどの説明が出来ないので、用意していた真夜が強くなった理由をこの場で明かすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る