第十話 若手交流会
渚の星守一族との顔合わせから一夜明け、星守の所有する中でも最大規模の鍛錬場には、大勢の人間が集まっていた。星守一族と門下生達。
朝陽は渚の門下生達への紹介と挨拶を早々に済ませると、すぐに今回のゲスト達をこの場へと招いた。
その顔ぶれは、彼らの顔を知る者達からすれば唖然とするものであった。それもそのはず。京極以外の六家の若手達の中でも名の知れた者達が多数おり、霊器使いも複数居たからだ。
星守一族の子供組の一部と他家をあまり知らない門下生の多くは、誰なのかと訝しげにゲストを見ていたが、朝陽の紹介でその顔が驚愕に変わった。元々顔を知っていた大人組はまさかと言う思いであっただろう。
「……朝陽、お前という奴は」
「はははっ、いやいや、母様にも驚いて頂けて何よりです。結衣にも手配などを手伝ってもらえたのでスムーズに行きましたよ」
朝陽は結衣にも協力してもらい、今回の六家の若手を星守に集めた。結衣は裏方として朝陽の負担を軽減させると共に、宿や移動の手配を含め今日のスケジュールに合わせた業務を渚の顔見せと同時進行で問題なくこなした。朝陽一人ではとてもではないが出来なかっただろう。
その朝陽にしても秘密裏に各家に連絡を取り、これだけの若手を集めた。流石に京極は先の幻那の襲撃の傷跡が癒えておらず、若手も後遺症に苦しんだり、京極再建のために慌ただしく活動しているため今回は参加を見送ることになった。
それでも京極以外の六家の次期当主や当主候補まで参加しているのだ。
明乃は朝陽の手腕を改めて実感すると同時に、各家も星守をかなり重要視していることが改めて浮き彫りになった。
「皆にも驚いてもらえたようで何よりだ。彼らは今後、六家やひいては退魔師界を牽引する若者達ばかりだ。星守の若手との交流を進めてもらおうと思ってね。それと彼らに最強と謳われる星守の力を知ってもらいたくてね。若手も自分達がどれだけ強いのか、知る良い機会だと思うよ」
朝陽はどこか傲慢にも思える言葉を選び星守一族全員に向けて言うが、彼の言葉の意図を正確に読み切った者達は別の意味で彼の策を理解し、驚嘆していた。
(……なるほど。朝陽め、真夜のお披露目と同時に星守の増長した出鼻を挫くつもりか)
一族だけで無く六家全体に真夜の力を知らしめる。またその場ででっち上げた強くなった理由を説明することで、深く追及させないようにする意図もある。幸い、真夜の秘密を知る六家の者達がこの場に何人も居る。
それさえも利用するつもりだ。
明乃は朝陽がこの一手で、いくつもの問題を一気に解決させようとしていると見抜く。
増長した一族の今後を懸念し、他家によって星守を交流と称して叩かせようとすることは、明乃は真夜にその役目を期待していたが、それだけでは弱いと言う事はわかっていた。
なぜなら真夜は星守の人間だからだ。彼が増長した者達を叩き潰そうが、それは星守内だけで完結してしまう。落ちこぼれの真夜が強くなって星守に帰属し続け、さらに真昼を支える。これでは何も変わらない。
天狗の鼻を折ったところで、星守がより一層強くなったと一族や門下生は思うだろう。外を知らず、さらに増長してしまう可能性が高い。
だが朝陽の策は違う。外部の人間達に星守を蹂躙させ、星守の力などたかが知れていると客観的に思い知らさせるつもりだ。そのための優秀な若手を朝陽は難なく用意した。
(おのれ、朝陽め。余計な事をしおって)
時雨は表情を変えることはしなかったが、内心では忌々しそうに悪態をついていた。
大人組は薄々朝陽の策に気づいてはいるが、何も言えなかった。どういう意図か問いただしても、他家に星守の力を見せつけるためや、京極と同じように星守も他家に対して優位に立っていると証明するためなど、言い訳は何とでも出来るからだ。
それに戦って勝てば良い。自分達の強さを見せれば何の問題もないだろう? と言われれば誰も反論は出来ない。朝陽への不満や不信感は募るかもしれない。しかし朝陽は今の星守の重要人物であり、彼をどうにかしようにもしてしまえば、他の六家に対しての優位性を大きく失うだろう。
次期当主に反朝陽の人間がなればいいが、真昼という他を寄せ付けない次期当主候補がいるだけにそれも難しい。
これは最強の退魔師と言う肩書きと各方面に手広い人脈を持ち、権力が高まった星守当主という地位にいる朝陽だからこそ取れる手だろう。
明乃ではこの策を思いついても実行に移せなかった。一族内の反発もだが、他の六家が乗って来なかっただろうからだ。
(しかし莉子まで連れてくるとはな。あいつめ、朝陽の思惑は理解しているだろうに、ただ利用されるだけのはずもない。何が目的だ? いや、朝陽とどんな取引をした?)
(まったく。明乃以上にやりにくいったらありゃしないよ。あんな取引を持ち出されたらね。明乃の事を笑えないね。わたしも甘くなったもんだよ)
明乃と目が合った莉子は探るような視線の明乃に苦笑した。
なんてことは無い。莉子は孫の凜について話を持ち出された。
――当人達が問題ないなら、私は真昼と凜ちゃんとの婚姻を進めてもいいと思っています―――と。
今回の交流で凜が真昼にふさわしいだけの強さを示せば、周囲を納得させる材料の一つに出来ると。
星守一族全員と他の六家の若手の前で見せつけることが出来れば、星守一族に関しては責任を持って納得させると朝陽は莉子に提示した。
無論、莉子もこれだけで参加を決めたわけではない。増長する星守一族の鼻っぱしらを折る必要があるのは理解していたし、ここで星守だけではなく他の六家の強さも見せつけることで、政財界も含めて星守一強の現状を変える必要があると感じていたからだ。
しかし莉子は凜の話が決定打になった事に思わず自嘲した。もちろん、この話は凜本人にはしていない。言えば色々とテンパって本来の実力が出せない可能性があるからだ。
(本当は他の若手も連れてきたやりかったんだが、面子が面子だけに下手をすりゃこっちの子達が折れるかもしれないからね)
当主候補筆頭の当主の息子は留学中でその妹は参加可能だったがまだ中学生。参加予定の面子を聞いた莉子は、流石に妹を連れて行っても、触発されるどころか逆に萎縮する可能性があると思い敢えて凜だけを連れてきた。
(しかし本当に六家の若手はどこもかしこも有望だね……)
莉子は風の霊術の使い手として、他の者よりも感知能力や他者の隠している実力を読み取る力が高かった。
だからこそわかった。この場にいる六家の若手達は誰もがかなりの使い手であると。そしてそんな中にいても凜も負けていないと。
(高野山や六道幻那の一件で凜も化けたからね。さて、今日は色々と楽しませてもらうとしようか)
莉子は孫の成長を喜びつつ、これから始まる交流会という名の戦いに期待を膨らませる。
「真夜も渚もお疲れ様。渚から連絡は受けてたけど、昨日はうまくいって良かったわね」
朱音は頃合いを見計らい、真夜と渚がいる場所まで移動した。他の六家の面々も挨拶回りや雑談に興じている。
凜も流樹も真昼や朝陽のところで挨拶をしている。
「ありがとうございます、朱音さん。ですがまさか朱音さん達も呼ばれていたとは思いませんでした」
「まあね。あたしもお父様に今日のことはただの仕事って聞かされてたんだけど、まさか星守との交流会なんて思ってもみなかったわよ」
「……完全に親父にしてやられたな。まあ確かに親父らしい上手い手だよ」
真夜も今回の面子には驚いている。知ってる顔が多いが、まさかこの面子が星守に集まるとは想像もしていなかった。
「よう、話し中悪いな。元気そうで安心したぜ」
三人が話をしている所へ、今度はどこか楽しそうな表情を浮かべた彰が顔を見せた。
「雷坂か。ああ、何とかな。それとこの間は世話になった。改めて礼を言わせてくれ」
真夜は彰に礼を述べた。京極では朱音に随伴して六道幻那と戦い時間を稼いでくれた。朱音一人で先行していれば、間違いなく殺されていただろう。
「はっ、別に構わねえよ。こっちはでけえ借りがあるんだ。それにボロ負けしたとは言え、あいつとの戦いは良い経験になった。それにあの後から妙に調子がいいからな」
あの時よりもさらに強くなったぞと彰は言う。実際、抑えているが高野山どころか六道幻那と戦ったときよりも彰は数段強くなっていた。それこそ真夜の霊符で強化されていたと同じかそれ以上に。
「ねえねえ、これってあれの影響? そんな能力は無いとか言ってなかったっけ?」
「いや、無いはずなんだけどな……」
朱音がひそひそと真夜に訪ねる。彰の調子がいいのは、前の黒龍神の事件後の朱音や渚のように真夜の霊符の影響なのではないかと思ったからだ。
真夜もそんな能力に心当たりは無かったのだが、検証する必要があるかもしれない。
「もしそんな力があるのなら、余計に真夜君の評価というか価値が高くなりますよ」
「やばいんじゃないの? それって面倒な事になりかねないかも」
「俺としてはトラブルはそろそろ勘弁して欲しいんだけどな」
三者三様でぼやく三人に彰は面白そうに笑った。
「まあ俺も吹聴する気はねえがな。それよりも今日は楽しみにしてるぜ」
「ああ。もし戦うことがあれば落胆させねえようにはするさ」
獰猛な笑みを浮かべる彰に真夜もどこか不敵な笑みで返す。彰は真夜がどれだけ弱体化しているかわかっていないが、霊感などで朧気ながら今の真夜の強さを見抜いていた。しかし高野山では疲労困憊の真夜に完封されたのだ。
彰も強くなったと言ってもまだまだ差は果てしないと感じている。力だけでは無い。戦闘経験の差とでもいうのか、彰は自分がまだまだ真夜の領域には届いていないと自覚している。
だがそれはそれとして真夜との戦いが楽しみなのは間違いない。それに今回は他の六家の若手とも大手を振って戦う機会がある。真夜ほどではないが、上等な相手が他にも居る。
「じゃあまた後でな」
彰もかつての粗暴さや狂犬ぶりがなりを潜め、落ち着いた雰囲気を纏っている。次期当主候補の筆頭としては問題ないまでになっていた。
「お三方もこの間ぶりやな。京極の時はあんまり話せやんかったけど、前はほんま世話になった。ほんまに感謝しとる。改めて礼を言わせてくれ」
「ありがとうなのだ!」
その後も理人が志乃と一緒に直接的な言葉では無いにしても、黒龍神の一件の礼をしにきてた、理人は腰を垂直に折るくらいの礼を真夜達に述べた。特に理人は幻那の一件では初期に真夜達と敵対していたこともあり、驚くほどに低姿勢だった。
志乃もあれから退魔師としての修行を行い、かなり成長しているらしい。彼女は真夜の力を知らないが、朝陽と共に自分達を助けてくれた恩人と思っているので、理人と一緒に感謝してくれた。
真夜達も恩着せがましくするつもりもなかったが、感謝だけは受け取っておくと返事をする。
「ふん。今回はお前も参加か。少しはマシになったと聞いたが、どの程度か見させてもらおう」
理人達との話が終わった後に、今度は流樹が若干嫌みっぽく言いに来た。そのことで朱音と険悪な雰囲気になりかけたが、真夜は朱音をなだめつつ、流樹には期待に添えるようにすると答える程度に留めた。
「僕はあれからさらに力を付けた。朝陽殿には遠く及ばないだろうし、お前の兄の真昼にも届かないだろうが、今回の手合わせを糧にさらに成長してやる。せいぜいお前も頑張るんだな」
それだけ言うと付き人の水葉を連れてその場を後にする。水葉はしきりにすみませんと頭を下げている。
「前から思ってたけど、あいつ真夜に対して酷くない!? つうか嫌みだけ言いにくるとかほんと腹立つわ!」
「まああいつが俺にあんな態度をするきっかけになったのは、中学時代の俺が原因だからな。仕方が無い部分はあるさ。あれは俺も悪かったからな。それにあれはあいつなりの激励だよ」
流樹の真夜に対する態度は星守の秘術の守護霊獣の召喚と契約の失敗後の、荒れに荒れていた当時の真夜自身が原因で起きた揉め事の結果である。
流樹は言葉こそ悪いし、真夜を侮辱しているが言っていることは本質的に明乃と同じで間違った事は言っていないのだ。
昔は色々とやらかしたものだ。中学デビューも失敗した記憶がある。
「だから朱音もそんなに怒るなって」
「それでもムカつくのはムカつくのよ!」
真夜の言葉に納得できないのか未だに唇を尖らせてる。水と火では相性が悪いとはいえ、流樹と朱音では水と油かもしれない。
「わはははっ! 朱音、久しぶりだな!」
テンションが下がっていたところに、またも空気が読めないのか大和がやってきた。朱音はげんなりとしながら、大和を見る。
「相変わらずね、あんたも。この間の古墳ぶりね」
「古墳では不甲斐ないところを見せたが、俺もあれからさらに修行を重ねて強くなった! 今日はそれをお前に見せてやる! 相手としては物足りないが、そいつと一番最初に手合わせするしな」
大和の言葉に朱音は真夜の方を見る。真夜は苦笑しているが、反論をしないのでそうなのだと朱音は察した。
「……へぇ。そうなんだ。うん、頑張ってね」
「しっかりと見ていろ! そいつよりも俺の方が凄いというのをしっかりと教えてやる!」
朱音は大和に優しげな表情を浮かべた事で気を良くしたのか、テンションがだだ上がりだ。気合い十分で朱音に良いところを見せつつ、真夜の情けない姿を見せようと気炎を上げている。
「大和っ! ちょっとこっちに来なさい!」
「おっと。父に呼ばれたので、俺はもう行くぞ。真夜! せめて多少は持たせろよ!」
わははははっとこれまたどこまでも不遜な態度な大和だった。
「……真夜、ボコボコにしちゃえ♪」
「いや、お前言い方」
「必要以上に天狗になっているようですね。真夜君、彼のためにも一度現実を知らしめるべきです」
「渚もか」
朱音も渚ももの凄く笑顔であるが、かなり苛立っている。真夜は逆に大和が可哀想になってきた。
朱音のことで腹に据えかねていたのだが、ここまで盛大に噛ませ犬のように色々と積み上げていく大和に哀れみが浮かぶ。いやほんと、ある意味で才能だろう。
(情けはかけてやるか……)
真夜も今回で自分の実力を明かす必要がある手前、負けてやるなど論外だが、星守だけで無く六家の若手が揃う中でのことだけに、大和には多少の手心は加えてやろう。
「それでは交流会を始めよう。まず最初は星守家の宗家と分家の模擬戦だ」
朝陽の号令で、いよいよ交流会が開始する。そして鍛錬場の中心に真夜と大和が立つ。
「ふふふっ! お前も可哀想だな! こんな大勢の前で恥をかくのだから! だがだからといって手加減はしないぞ! 獅子は兎を狩るにも全力を尽くすのだ!」
「……あー、まあその事には同意だ。うん、本当に」
どうしてこうまでブーメランが得意なんだろう。
星守一族すべてと門下生、さらに他の六家の面々の前で恥を晒すことになる大和に同情してしまう。
しかし真夜もやるべき事は変わらない。自分の力を見せつけなければならない。
ならばできる限り大和には負けてもしかたがなかったと、周囲に理解してもらうような敗北をしてもらおう。
すなわち、圧倒的な力を見せつけて勝利する。
「では試合開始!」
審判の号令が下ると同時に、真夜は現在使用できる十二星霊符をすべてを顕現したのだった。
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