第九話 顔合わせ

 

 渚が星守一族が揃う大広間で凜とした姿で挨拶を行い一礼をすると、一部からは感嘆の声が漏れた。


 彼女は京極の時と同じく薄らと化粧を行っており、頭には美しい髪飾りをしている。


 佇まいからは一切気負いなどはなく、どこまでも自然体であり、良家のお嬢様として文句の無い姿だった。


 真夜はもちろんだが、大和達まで見惚れている。


「渚ちゃんはあまり知られてはいないが、京極家では中々の使い手で清彦氏の秘蔵っ子でもある。私も先代も彼女ならば星守の一員として問題ないと判断している。私と結衣の娘として、これからは皆も仲良くして欲しい」


 渚の隣に立つ朝陽の言葉に再び彼女は頭を下げる。


 落ち目の京極の娘と侮っている者もいたかもしれないが、堂々としており、さりとて京極の傲慢さもない。


「では一度席に着こうか。渚ちゃん」

「はい」


 上座の朝陽達に近い場所に用意された席に着く渚を待ち、朝陽は女中から酒の入った器を受け取るとそれを掲げる。それに倣い、他の者達も用意された器を手に取る。


「新たな星守の一員が増えたこのめでたき日と、これからの星守一族に……乾杯!」


 周囲から乾杯と声が木霊すると、そこからは宴会と相成った。


 久しぶりの一族全員が揃ったことで、近況報告や世間話、あるいは新たに加わった渚に質問する者達。


 渚への質問はもっぱら夕香など、彼女をあまり知らない宗家の者が中心になった。


「お兄様の娘になるのですから、あなたも大変だと思うけどしっかりと頑張るのよ」

「はい。朝陽様達の顔に泥を塗らぬように精進いたします」

「ははっ、夕香もお手柔らかに。あと渚ちゃん、私の事はパパって呼んでくれて良いんだよ。真ちゃんもまーちゃんも最近はパパって呼んでくれなくてね」

「そ、それはその……そちらも精進します」


 確かに養子となり家族になったのだからいつまでも朝陽様ではおかしいのだが、流石にパパと呼ぶのはどうにも抵抗がある。


「親父、それだと危ないおじさんになるだろうが」


 聞き耳を立てていた真夜がツッコミを入れる。大人組と子供組の席は分けられていると言っても隣り合わせのため、良く話が聞こえるのだ。朝陽の発言はパパ活おじさんを連想して、あまり気持ちいいものではない。


「真ちゃんもキツいね。まあそれは冗談として、渚ちゃんも思うところはあるだろうけど、家族になったんだから呼び方は改めて欲しいかな」

「そうですね。私達も渚ちゃんみたいな可愛い娘が持てて嬉しいですし」


 朝陽も結衣も数年後には義理の娘になるのが確定していた渚が、一足先に自分達の娘になったのが嬉しかったようだ。


「ありがとうございます」


 渚も嬉しく思っており、素直に礼を述べ頭を下げる。


「ふむ。京極の娘にしては中々のようだな。しかし明乃が認めるほどとなると……。今後に期待としようかのう」


 時雨もこの場では迂闊な事を言及する事はしなかった。祝いの場で騒動を起こそうとはしないようだ。ただ渚を値踏みするように見ているが、それは彼女自身も仕方がないと思っている。


 朝陽達も真夜もそれは織り込み済みだ。


 真夜は渚が不快な思いをしないか心配しているが、自分もこの場で色々と見られている。渚との噂話もある。


 ただ朝陽達がいるのと、いつも真夜へ言及していた明乃が態度を改めることを宣言し、実際に何も言わないことで、今のところ静かなものである。


 とは言うものの、子供組の方では興味津々に渚を見ている。


「凜とした立ち振る舞いに、どこか気品すら感じますね!」


 海も渚の姿に同じ女として見惚れていたようだ。


「凄く綺麗な人だね、陸。私もあんな風になれるかな」

「……そうだな。あと空の場合は難しいと思う」

「もう! 何で陸はそう言うこというかな!?」


 空は大人の女性を思わせる渚に憧れのような感情を抱いているようで、陸も周囲には居なかったお淑やかな落ちついた年上の女性の渚に若干だが心を動かされたようだ。


 分家でも大和や武尊などがそわそわと落ち着かない様子である。何とか話しかけられないかと機会をうかがっているようにも思える。


 そんな様子に真夜は多少なりとも優越感を抱いていた。


 自分の事ではあまり優越感は沸かないのだが、渚が自分の恋人の一人であると言うことにうれしさを感じている。


 無論、自分のもう一人の恋人である朱音に対しても同様の感情を抱いてはいるのだが、思わず頬がにやけそうになるのを気合いで押さえ込み平静を装う。


 渚は大人組一人一人に丁寧に頭を下げ、これからお願いいたしますと挨拶を続ける。すでに星守一族の人間は宗家、分家関わらず全員の名前が渚の頭には入っていた。それだけではなく、朝陽や結衣に教えてもらっておいた、屋敷の主要な女中などの名前と顔を覚え一致させていた。


 このあたりは彼女の才能もあるだろう。とても朱音には真似できない芸当だ。


 丁寧に相手の名前を確認するかのように、そして自分がすでに全員の顔と名前を一致させ覚えていると言うのをアピールする意味でも、渚は大人組全員に挨拶の前には相手の名前を呼ぶ対応を行った。


 京極家で長老衆を前に問題ない対応を取れるだけのことがあり、星守の同年代とは比べものにならないほどの受け答えを行い、教養を見せつけていた。


 これは清彦の教育の賜物でもあった。父親らしいことを何一つしてやれなかった代わりに、京極家の使える駒にすると言う名目で長老衆の同意の下、様々な面で教育を施したからであろう。


 相手に取り入るではないが不快な思いをさせない、あるいは悪感情を抱かせないように振る舞う事には慣れている。


(問題なさそうだ。流石は渚だな。朱音とは大違いだ)


 真夜もある程度は理解していたが、今回で渚に対して評価をさらに上方修正した。黒龍神の事件の時の朝陽との交渉や初対面の明乃との受け答えなどから、この方面では渚は優れていると思っていたが予想以上だった。


 大人組は渚の態度や受け答えである程度の見極めをしようとしているようだが、完璧に近い対応をする渚に何かを言うことは出来ないようだ。


 大人組との顔合わせを済ませ、次は子供組の番となった。


 席を移動し、上座に座る真昼達宗家の面々の近くまで移動してきた。


「改めまして渚と申します。本日より星守家の一員となったことで、その名に恥じぬよう研鑽を積む所存です。宗家、分家の皆様におかれましては、どうかよろしくお願いいたします」


「うん。こちらこそよろしく。でも渚さん、こっちまで堅苦しい挨拶はしなくていいよ。ねえみんな?」


 真昼は未だに丁寧な対応を続けている渚に苦笑しつつ、他の皆に同意を求める。


「はい! 同じ宗家の一員となるのです。堅苦しいのは無しです!」


 海も真昼に同意する形で言う。


「ありがとうございます、真昼さん、海さん」

「おや、私の名前をすでに知ってましたか。では私も渚と呼ばせてもらいましょう!」

「はい。他の方々の名前も教えて頂いております。大河様と夕香様のご息女である海さんとその双子のご姉弟の空さん、陸さん。分家の星宮大和さんと武尊さんのご兄弟。星倉百合子さんと菜々子さんのご姉妹。星守の次世代を担う優秀な方々であると」


 全員の名前や関係性、両親の名前なども含めて完璧に把握している渚は、よどみなく名前を呼び会話を続ける。


「はははっ! それほどでも無いがな! まあ俺も星宮に大和ありと言われる程度には優秀な退魔師だと自負している!」


 渚の言葉に気分を良くしたのか、大和が高笑いをする。星守に養子入りしたとはいえ、見た目麗しい落ちぶれたとはいえ京極の本家の一員に持ち上げられるのは嬉しいのだろう。


「ええ、わたくし達は星守の分家として宗家を支えますわ。今後はわたくし達を頼ってくださいませ」


 星倉百合子も気を良くしたようだ。武尊に菜々子も似た反応に、実に単純であると渚も真夜も思ってしまう。


(あまりにも拍子抜けですね。京極の若手がこうであったら、お父様も私も苦労しなかったでしょうか……)


 などと渚は割と失礼な感想を抱いてしまった。


(この程度のお世辞で浮かれすぎだろ。兄貴も苦笑いしてるぞ。いや、マジで分家は大丈夫か? おい、海。お前もなに『そうですね』みたいに腕組んでうんうん頷いてんだよ。まだ空と陸の方が落ち着いてるぞ)


 真夜もあれ、これ星守の若手大丈夫か? と本気で心配になってきた。親達の方を見ると分家の当主達は渋い顔をしている。朝陽達も苦笑しており、明乃もどこか呆れた顔をしている。


 本当に教育に失敗してないかと感じながら、真夜はこれらの上に立たなければならない真昼に黙祷した。


(しかしまあ……。浮かれているのは俺も同じか)


 他の面々の観察もひとしきりして、改めて先ほどよりも近くに渚を見る。


(……綺麗だな)


 どうにも普段一緒に居る相手が、別の姿をするのは心に響くものがある。京極の時の巫女衣装もだが、今回の着物姿も渚によく似合っている。大和撫子という言葉がぴったりに思える。


 そう思っていると渚と目が合う。すると彼女はにっこりと真夜の方に微笑んだ。思わず顔が紅潮した。


(やべっ……)


 感情を抑えようと右手を顔に当て、見られないようにするがどうにも駄目なようだ。


「おや、顔が赤いですよ、真夜」


 どうやら海に見られたようだ。ニヤニヤと笑っているのでは無く、どうしましたかと言うある意味、空気が読めない発言なのだが、真夜としてはどちらでも気恥ずかしい。


「何でもねえよ。渚、その服似合ってるよ。それと髪飾りも良い感じだな」

「ありがとうございます、真夜君。服は結衣様が用意してくれました。髪飾りは……お父様が母の形見だとこちらに届けてくれたようです」

「そうなのか?」

「はい」


 真夜の言葉に渚は嬉しそうに金色の髪飾りを手で撫でる。


 何でもこれは清彦が澪に最初に送った思い出の品だったらしい。澪が死んだ後、彼女の遺品の多くは処分されたが、いくつかの品は清彦が秘密裏に回収し保管していたようだ。


 今日の顔合わせの前に、清彦が星守へ話し合いで訪ねた際に預けていったそうだ。本当は自分から手渡しで渡したかったのだろうが、都合も合わず和解したとはいえ色々と思うところもあったのだろう。


 あるいは澪の大切な思い出の形見の品を直接渚に渡さず、一度星守に預けるという行為を行う事は、清彦に取ってこれからはもう少し他者を信じて行こうという、心の変化の表れからの行動だったのかも知れない。


「これからもよろしくお願いしますね、真夜君」

「こちらこそ」


 礼をする渚に真夜も頭を下げる。その様子を真昼は微笑ましく見ている。


「それにしても渚は真夜と仲が良さそうですね!」

「はい。真夜君には学校のクラスメイトとしても普段から良くして頂いていますので」


 海の質問に渚はあえて私生活の方では無く、学校の方を強調して答えた。


「そうですか! どうにも以前よりも真夜も落ち着いた感じがしますし、強くなっているとも聞きました」

「真夜君は強いですよ。私ももっと精進しなければいけないと思っています」

「そんなに強くなっているのか、真夜! 手合わせが楽しみだな!」


 またも話に割り込む形で大和が言葉を発した。渚はどういうことですかと真夜の方を無言で見た。


「海が俺がどれだけ強くなったのかを確認したいって事で、手合わせしようって話をしてたら、大和がその役を買って出てくれたんだよ」

「そうなのですか。それは私も楽しみですね」

「はははっ! 俺の凄さを見せてやるから楽しみにしていると良い! 少なくともそいつよりは俺の方がよっぽど凄いぞ! 守護霊獣も上級上位の雷獣を従えているんだからな!」


 朝陽に釘を刺されているからか、真夜の事を落ちこぼれとは呼ばないが明らかに見下した発言をする大和。そのことに不快感を覚える渚だったが、それを表に出すことはしない。


 逆に何も知らない大和が可哀想になってもいた。


「いやいや。中々に面白そうな話だね」


 そこへ鶴の一声のように朝陽の声が響く。


「手合わせなんだが、明日は大々的に行うとしよう。明日は渚ちゃんの門下生達への紹介もあるので、ちょうど良い機会だ」


 渚の養子入りで今日は一日が一族の中だけでの紹介で、明日には門下生や一族以外の家人達への紹介を行うスケジュールだった。


「こうやって一族が全員集まっている中で、一族や門下生達の若手全員の成長を見たいので、私としてはそこで手合わせを行ってもらうつもりだよ。渚ちゃんの退魔師としての強さも皆には知ってもらいたいと思っていたからね」


 大和は真夜を見て、より大舞台で自分の凄さをアピールできると鼻高々だ。


 大人組はあらかじめ聞かされていたのか驚きはない。子供組は真夜の件もあり、あまり騒がないようにと秘密にしていたようだ。


「それと明日はちょっとしたゲスト達を招いているから、楽しみにしていて欲しい」


 だが続く朝陽の言葉は大人組も聞いていなかったのか、結衣以外は驚いた顔をしている。もちろん明乃もだ。


「誰が来るのかは、明日の楽しみと言うことで期待していてくれ」


 朝陽は悪戯小僧のような表情を浮かべると、全員にそう伝えるのだった。



 ◆◆◆


 星守の本邸からほど近い、星守一族が懇意にしているオーナーが所有するホテル。


 そこには星守朝陽に呼ばれた者達(・・)が集まっていた。


「はっ、まさかこういう集まりだったとはな」

「最近はつくづく縁があるよな。この間の京極ぶりだな」

「ほんと。まさかこんなところで顔を合わせるとは思ってなかったわ」

「ふん。僕としては些か不本意だが、まあいいだろう」

「明日はよろしく頼むのだ!」


 そこに集まっていたのは真夜にもなじみの者達。


 雷坂彰、風間凜、火野朱音、水波流樹、氷室志乃。


「彰さん、くれぐれも問題を起こさないでくださいよ」

「朱音ちゃんと一緒に参加できるし、色々な人と手合わせ出来るのは僕も楽しみだな!」

「ああ、志乃。あんまり無茶せんといてや」


 他にも雷坂仁。火野香織。八城理人の姿や凜の祖母の風間莉子や朱音の両親の紅也や美琴などの姿もある。


 朝陽の悪巧みの下、六家を担う次世代の若手達が星守の地に集うのだった。


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