第七話 次の舞台へ
清彦が土下座で三人に自らの頼みを告げた後も、少しばかりの話し合いが行われた。
ただ最初ほどの剣呑な雰囲気ではなく、かといって和気藹々としたものでもなかったが、間違いなく清彦と渚の距離は縮まったと真夜達は感じた。
無論、十年以上まともな親子関係でなかったため、すぐさま関係が変化するというものでもないが、二人とも手探りながらに距離を縮めようとしていた。
「今日はすまなかった。それと有意義な時間だった。渚もだが二人にも感謝を」
時間も押しており、そろそろ戻らなければならない清彦は、僅かに後ろ髪を引かれつつも右京を伴い帰路に着くことにした。
「こちらこそ今日はきちんとお父様と話せてとてもよかったです。……また時間を作って頂いても構いませんか?」
渚の言葉に僅かに目を見開いた清彦だが、すぐに表情を正す。
「……いいのか?」
「はい。すぐに、とは言いません。ですが、今度は……お父様と二人で話をしたいと思います」
「………ああ。また、今度はそうしよう」
思わず顔がほころびそうになる清彦だったが、何とか威厳を保ちつつ返す。
「星守での顔合わせの場に私は立ち会わないが、その前に私も朝陽殿達に挨拶に伺うと思う。渚も大変だとは思うが、上手くやりなさい」
「はい。上手く立ち回るようにします。皮肉ではないですが、京極でも色々と経験を積ませて頂きましたから」
心配から出た言葉だったのだが、笑顔の渚の返しに思わず苦笑しそうになる。
「真夜君、と呼んでもいいかな? 未だに世間では君の事は落ちこぼれという認識だが、汚名返上は近いうちにするつもりなのか?」
「少なくとも渚の星守の顔見せで一族内では認知させるつもりです。先代が色々と道筋を立ててくれていますので、こちらとしてもやりやすい状況ではあります。渚と朱音の件もあるので、それを認めさせるためにも、遠くないうちに実績も上げるつもりです」
「そうか。……わかっているとは思うが、功を焦り失敗することのないように気をつけることだ。些細な失態でも揚げ足取りのごとく指摘してくる輩はいる。それが思わぬ足かせになりかねない」
「肝に銘じておきます。ご指導ありがとうございます」
清彦の注意に真夜は礼を述べ頭を下げる。清彦もわざわざ口に出すまでもないとは思っていたが、それでも娘とその思い人を心配するあまり余計な事まで言ってしまう。
それは彼の人生経験もあるのだろう。真夜もそれがわかるので、素直に聞き入れる。
落ちこぼれの自分が急に強くなり実績を上げたとすれば、今ままで見下していた連中はいい気はしないだろう。醜い嫉妬などをしてくるかもしれない。高野山での雷坂光太郎が良い例だ。
「火野さんも改めて渚の事をよろしく頼む」
「いえ、あたしの方こそ渚には世話になりっぱなしで。あたしが渚に出来ることは全部します。それとあたしも朱音で構いません」
朱音の言葉に渚は良い友人を持ったものだと思った。もし自分の妻達が澪とこんな関係であったならばと思わずにはいられない。
(いや、それも私の至らなさか)
だが今更言っても仕方のないことではあるし、清彦自身、妻達ときちんと向き合えていたのかと己を顧みる。戦略結婚だから、愛がないからと自分から彼女達やその子供達に自分から壁を作っていたのではないかと。
真夜達を見て、相手を信じ切ることは出来なくとももう少し相手を信じようとすれば、結果は違っていたのではないか、そう思えてしまった。
「そうか。ありがとう。今後は何かと大変だとは思うが、いつまでも渚とは仲良くして欲しい」
「はい! 任せてください!」
満面の笑顔の朱音やそれを見守る真夜や渚。本当にいい関係だと改めて感じる。
「では、私達はこれで失礼する。今日は本当にありがとう」
「なんや僕、逆に邪魔になってたような気もするけど、ごめんやで。ほな、三人とも身体には気をつけて頑張ってや~」
蚊帳の外と言うか、途中から置物のなっていた右京もひょこっと頭を下げて手を振り、三人に別れを告げると二人はそのまま部屋を後にした。
「……真夜君、今日は本当にありがとうございました。朱音さんも」
二人が出て行ってしばらくして、渚は真夜に深々と頭を下げた。
「いや、別にそこまで気にするなって。それに渚が頑張ったからだろ?」
「そうよ。それに今回もあたしは何もしてないし、出来てないわよ」
真夜も自分は相手の感情を解きほぐす役は出来たと思うが、最後の一押しは渚自身が行ったことであり、そこまで何かをした気も無かった。
朱音も今回も例に漏れず、自分は後ろで話を聞いていただけであり、先ほどの右京の言葉ではないが、邪魔してたのではないかと思ってしまう。
「いえ、朱音さんが居てくれて本当に良かったと思います。お父様にもきちんと紹介できましたし、お二人に勇気をもらいました。父ときちんと向き合えたのも、お母様の話を聞けたのも、きちんと話が出来たのも、真夜君と朱音さんが居てくれたからです」
渚は嘘偽りない気持ちを告げる。二人がいなければきっと自分は父の本音を聞くことが出来なかったと思う。
母の話は確かに辛い思いもあるが、知らなかった母の顔や話を聞けたことや、父と母が愛し合い、自分を生んでくれたとわかっただけでもよかった。
「けど本当に良かったわね、渚。お父さんも渚の事をきちんと考えてくれてたし」
「はい。色々と思うところがないわけではありませんが、すべて私のためを思っての行動であった事ですし、そのおかげで色々と経験も積めました。真夜君ではありませんが、今思えば得がたい経験でしたしね」
「いや、俺の場合は仲間がいたけど、渚の場合は一人だったんだろ? 俺なんかよりもよっぽど凄いだろ」
渚の言葉に真夜は自分とは比べものにならないと否定する。真夜は星守でも異世界でもかなり辛い経験をしてきたが、それでも星守では両親や異世界では仲間が自分を助けてくれた。
渚にはそんな相手が居なかった事を考えれば、真夜は自分よりもよほど凄いと思った。
「そうでしょうか? でも今が幸せなら問題ありません。それに他にも嬉しいことはありました。正直に言うと、この間の真夜君の朱音さんのご両親への挨拶、羨ましかったんですよ? それが今回、私も当事者になれましたし、お父様も認めてくれましたから」
渚としてもきちんと父に報告できたのが嬉しかった。三人での仲も認めてくれたので、後は真夜の実力が公になり、功績を積めば何の問題もない所まで来た。
「やっぱり嬉しいわよね、ああ言われると」
「はい、とても。思わず内心で舞い上がってしまいました」
「まあ、まあ喜んでくれたんならよかったよ」
ニヤニヤと笑う朱音と満面の笑みの渚に、真夜は照れくさくて指で頬をかいた。
「とにかくこれで二人にも二人の両親にも筋は通せた」
真夜も二股している手前、きっちりと筋を通さねばと思っていたので、朱音の親だけでなく渚の親にも認めてもらえて一安心だ。
「次は星守での顔合わせですね」
「ああ。もう直だからな」
実家に戻ると親戚や分家関係で面倒な事は多いが、これも解決しなければならない事だ。
ただ星守ではすでに明乃、朝陽、真昼とトップを抑えており、結衣もいることを考えればさほど心配していない。
未だに弱体化は続いているが、それでもトップクラスの退魔師と互角に戦える力があるので、力を示すのは問題ない。
「あたしはそこには参加できないから、真夜も渚も頑張ってとしか言えないわね」
付き合っているとは言え、渚の養子入りでの顔見せの場に朱音が加わること事は出来ない。それにその日は父である紅也に火野一族としての仕事を受けて欲しいと言われている。
「俺のことは心配するな。どうとでもなるし出来るから。それよりも渚の方が心配だな。まあ兄貴もいるのと、親父や母さんは味方だし、婆さんも下手なことはさせないだろうからな」
京極の手前もあるが、真夜との約束や真夜を星守に慰留させたい思惑もある。両家の親も真夜達の独立は渋るだろうが、出来ない事はないのだから。
「私も失礼が無いように気をつけます。真夜君との事もあるので、早く認められるようにしないといけませんからね」
「そこは朱音と違って心配してねえから」
「ちょっと! どういう意味よ!」
真夜の茶々に朱音は口をとがらせて反論する。この後もしばらく三人は今後の事を楽しく話し合うのだった。
◆◆◆
「いや、兄さん。今日の事は酷いと思うんやけど。僕の事、こじれた時の保険とか仲裁役にでもしようとしてたん?」
京極本家へとランボルギーニを走らせる右京は運転しながら、助手席に座る清彦に愚痴をこぼす。
「……すまん」
「……意外やわ。兄さんが素直に謝罪するやなんて。明日は雪なんやろか。それとも今日の話し合いでなんや、心境の変化でもあったん?」
「……そうだな。渚の件が上手くいったので、気が緩んでいるのかもしれないな」
右京にはすべてバレたので、今更取り繕うとも思わない。ただ他の京極一族に知られると些か面倒な事になりかねないが、それもどうにかするつもりだった。
「だが渚だけで無く他の子供達への助力もこれからはより一層行うつもりだ。あの子達は私や京極家の被害者でしか無い」
愛がない結婚だとは言え、清彦は他の子供達を何とも思っていないことはなかった。ただ育児は妻達が主に行い、そこへ他の京極の教えが入り込んだために歪んだ性格を形成してしまった。
本人達にも問題が無いわけでは無いが、そうなってしまったのは自分達大人の責任だ。
三人は幻那の事件の後遺症で未だに悩んでおり、事後処理を含めて大半の事が終わった今、清彦は改めて向き合うつもりだった。
「それに京極の再建も進める必要がある」
清彦は京極家に思い入れは無い。逆に澪の件なども含めて憎んでいる部分はある。
だがそれはそれとして、京極家が潰えると路頭に迷う者も少なくない。息子達の身の振り方もあるし、この際、今までの恨み辛みを京極家を一度完全に壊してやることを復讐とすることで果たそうと思う。
長老衆の大半は鬼籍に入ったが、外様の長老は生き残っている。そちらには冷や飯を頂いてもらおう。
「私の力も権力も衰えたが、渚と和解した今、星守の助力を引き出すことも難しくないだろう」
転んでもただでは起きないではないが、渚には悪いが、娘との和解も今後のことを優位に進める材料になる。
朝陽も聡明であり、清彦は今までは出来なかったが、腹を割って話せばある程度は理解が得られると考えていた。星守一強も今後は京極家のような事態になりかねない懸念もある。
朝陽とのつながりを強化できれば、京極だけで無く他での発言力も以前ほどでは無いがそれなりに回復するだろう。いや、先代や長老衆がいない分、好き勝手出来るまである。
「兄さんもやる気やね~」
「……それはお前にも言えることだ。私が気づかないと思っているのか? お前も色々と動いていることを。いや、私に気づかせるように敢えてしているのか」
清彦は運転する右京の横顔を見ながら問い詰めるが、当の本人はどこ吹く風と笑みを浮かべている。
「どうやろな~。実を言うと僕も前から京極家は好きでもなかったんよ」
右京の言葉を聞いても特に驚きは無い。むしろ当然だと思う。
「……お前が何をしようとしているのかまではわからん。だが……」
「少なくとも京極家を潰すとかは考えてへんよ。まあ僕も色々と仕込んでたのと、再建するにしても強い京極にせなあかんよね?」
右京の言葉には一理あった。一族の血を引く者の大半が死んだため、京極家の戦力は著しく低下した。
右京が一人、強くなったとはいえ、それだけでは心許ない。それに混乱が収束し、周囲が落ち着けば次期当主の選考もしなければならなくなる。繋ぎならば右京も可能だが、将来的な事も考えていかなければならない。
「お前の言うとおりだ。それは私に話せる内容か?」
「今日の事がなかったら話せへんかったけど、今の兄さんになら言うてもええかな?」
そう言うと右京はどこか楽しそうに清彦に自分の考えを伝えるのだった。
◆◆◆
「ははっ、それは何よりで。……いえいえ、こちらこそ。では後日にまたきちんと話を詰めましょう」
星守本邸の自室にて、朝陽がスマホを片手に誰かと連絡を取り合っていた。通話を切る前から、朝陽は終始笑顔を浮かべていた。
「失礼します、朝陽さん。少しいいですか? あら、ご機嫌ですね。どうかしましたか?」
と、そこへ用事やってきた結衣が不思議そうに訪ねた。
「ああ。京極清彦殿から連絡が来てね。真ちゃんや朱音ちゃんのおかげで渚ちゃんと和解できたって。その際、三人の関係も聞いたとか」
「あらあら、まあまあ」
朝陽の言葉に嬉しそうに口元に手を当て、満面の笑みを浮かべる結衣。
「渚ちゃんをよろしく頼むと言っていた。それと三人の仲も認めると」
「そうなんですか? これで外堀は完全に埋まりましたね♪ あっ、でも内堀ももう埋まってましたね。孫の顔が楽しみですね」
「ははっ。本当にね。真ちゃんもやり手だね。まあ高校の間は紅也にも釘を刺されているみたいだから、しばらくは先だろうけど」
「学生の間は三人で楽しむのが良いでしょうしね」
まだ先とは思うが、高校卒業後に出来ちゃったと言われて初孫が抱ければと結衣も思わなくは無い。
「とはいえ、問題がすべて片付いたと言うわけでは無い」
「星守での真夜ちゃんの問題も残ってますしね」
「それもだが、他にも考えなければならない事は多いからね。星守の力が強くなりすぎて、他の六家との力関係や舵取りも難しくなってきている」
幻那の事件からようやく落ち着いてきた今、星守へと京極家が持っていた権力が集まり始める事態が起こっている。
京極以外の六家も似たようなものだが、最強の一族の肩書きや実際に最強の退魔師と目される朝陽がいることや、前代未聞の守護霊獣二体と霊器を顕現した次期当主と目される真昼がいることで、注目が集まっていたところに、特級三体を撃退した話まで加わった。
そのため、星守に所属していることは今までに無いステータスとなり、分家の若手や門下生の一部でも増長傾向が見られる。さらに厄介なことに、時雨や一部の長老が権力拡大にいそしんでいる節まである。
ここに成長した真夜まで加われば、手が付けられない可能性がある。
「少々困りましたね。私の方でも抑えられるところは抑えていたつもりですが。すみません、朝陽さん」
「いや、結衣の責任でもない。これは私の責任でもあるからね。しかしここまで来れば多少の荒治療が必要かも知れないな」
真夜がどこかの家に行く、あるいは独立すれば危機感も増すだろが、それをすると渚と朱音と結ばれるのが難しくなるし、本人達も面倒な事に巻き込まれかねない。
それは自分達もだが、紅也達も清彦も難色を示すだろうし、自分達の都合を押しつける事になりかねない上に、色々な厄介ごとが生まれかねないので出来れば避けたい。
「でも朝陽さんは問題を解決するための策を練っているのですよね?」
「おや、どうしてそう思うのかな?」
「だって、今も朝陽さん、凄く悪い顔で笑ってますからね。悪巧みですか?」
「ははっ、結衣にはバレバレだね。もちろんだとも」
結衣の言葉に朝陽はどこか楽しそうに笑うのだった。
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