第三話 京極清彦

 

 京極清彦と渚は彼女の部屋のリビングで向かい合っていた。


 だがそれぞれの隣には右京と真夜まで同席しており、少し離れたところに朱音もいる。


「いや、兄さん。僕らまで同席はどうなんかと思うんやけど」

「……同感です。確かに俺にも何かしらの話があるとは思いますが、まずは渚と二人で話し合うべきです」

「あたしも部外者ですし、今日は親子の会話と言うことじゃ無かったんですか?」


 右京も真夜、朱音もそれぞれに言う。今日はあくまでプライベートの話のはずだ。


 もし京極家当主として赴き、真夜や朱音を巻き込むのならば話が違うと朝陽も抗議をするだろう。


「……必要な事だ。右京、お前も今回の渚の養子縁組を進めた当事者だ。この場に居ろ」


 どこまでも厳格な声で清彦が言うと、右京はお手上げとばかりに肩をすくめ、堪忍やでと真夜達に謝罪する。


「ほな、君ら三人には悪いけど、僕も同席させてもらうわ。渚ちゃんには不要やけど、改めて自己紹介しとくな。知ってるかもしれへんし、そっちの火野さんはこの間も顔は合わせてるけど、僕は京極右京。渚ちゃんの叔父や。今後ともよろしゅう」

「渚の父の京極清彦だ」

「……星守真夜です。渚にはいつも世話になっています」

「……火野朱音です。先日はどうも。私も渚にはお世話になっています」


 どこかつかみ所のない右京と何を考えているかわからない清彦に、真夜も朱音も警戒しつつ挨拶を行う。


 だが二人の意識の大半は清彦に向けられている。渚の事を心配し近くにいれればと思ってはいたが、親子の会話に自分達が口を挟むべきでは無いと考えていた矢先に、自分達まで同席させると言われれば、何か裏があるのではと勘ぐりたくもなる。


 しかも当の渚は父と二人での話し合いを想定していただけに、肩透かしにあった気分であり、また自分と親子の会話をするつもりがないと父は思っていると受け取り、落胆と言うよりも自分はやはりその程度の存在なのだと改めて思い知らされた気分だった。


(やはり父に取って私はその程度の存在なのでしょうね)


 思わず笑いがこみ上げてくる。真夜や朱音に後押しされ、勇気を出して父と話をしようと思っていたというのに。


「……失礼を承知で先に言わせてもらっても良いですか?」


 だがそんな渚を見かねた真夜が声を出した。


「……なんだ?」

「あなたは今日は渚と親子の話をするために来たんじゃ無いんですか? どうして部外者である俺達までこの場に招くんですか?」

「……部外者か。本当にそうか?」


 どこか刺すような視線で真夜を見据える清彦はそう問い返した。


「お前と渚の関係は聞き及んでいる。私がこちらに来させるより前から、ここに入り浸っている事もな」


 その言葉に渚は目を見開き清彦を見た。確かに懇意にしているとは伝えて、多少は連絡を取り合い会っていると伝えていたが、引っ越しをする前から入り浸っていることを気づかれるようなヘマはしていなかったはずだ。


「……渚の後を付けていたんですか? けど監視するような奴はいなかったと思いますが」


 真夜は人の視線に敏感だ。もし何者かが渚の後を付け、このマンションや真夜達を監視しているのならば、即座に気づいたはずだ。


「渚に与えた刀。アレには発信器が取り付けてあった」

「なっ!?」


 まさかの言葉に渚は声を上げた。彼女が持つ日本刀は業物であり、確かに父から下賜された物ではある。だがそれに発信器が取り付けてあるなど、想像もしていなかった。


「六道の事件の後の位置情報の履歴でここにいた事も掴んでいる。……もちろん、お前が星守と火野の事件の際、どこにいたのかもな」


 ゾワリと渚は鳥肌が立った。発信器を持たされていたこともだが、あの事件も父には把握されていたと言うことにだ。渚だけでなく、真夜も朱音も警戒度を跳ね上げた。


「ではなぜ、それを追求しなかったのですか?」


 真夜は事と次第では自分の手に負えないかもしれないと最大級の警戒を行う。


「あの時点で渚を問い詰める必要はなかった。京極家が介入したならば星守にも火野にも貸しを作れただろうが、どこまで貢献しているのかもわからず、せっかくの伝手を消すことになりかねんかったのでな」


 渚が報告をしなかったことで、清彦は真夜達との関係がどの程度の深さなのか感づいたのだろう。あの直後に詰問しても、渚は答えないばかりか虚偽の報告をする可能性さえあった。


 さらに渚も自責の念から真夜達と距離を置いただろう。


「泳がせておき、最大限に有効活用できるまでそちら側に置いておく。そうしておけば、最高のタイミングで活用することが出来る切り札となる」


 だからこそ渚を真夜達のマンションに引っ越しをさせた。様々な理由をつけて。


 渚自身には何の命令も与えていなかったのは、策を悟らせないため。


「渚をそちらへ越させたのも、ただ友好関係を続けさせるためだけではない。お前達がそれぞれの家では難しい立ち位置にいることは把握していた。友好が深まれば渚を通じてこちらに取り込むことも、また両家への楔にもなりえた」


 その物言いに渚は顔を青ざめさせ、朱音は怒りのあまり清彦を睨み付ける。右京も頭を抱えており、もはや収拾が付かないのではと考え始めていた。


「結果的にその目論見は成功した。あの時点で星守と火野を追求していれば、今回の襲撃の事後処理はもっと面倒で悪い結果となっただろう」


 もしあのタイミングで星守と火野に裏工作や裏取引を迫っていた場合、京極家の力が衰えたタイミングで両家に逆襲を受けていたはずだ。


 幻那の強さやその配下の強さを体感し、また星守への陽動や浄化の儀のタイミングを狙うなどの用意周到さを考えれば、火野と星守が発言力を低下させていた場合、より凄惨な結果や大規模な混乱が起こっていたはずだ。


「一族の多くは死に京極家は衰退したが、族滅も没落は免れた。衰えたとはいえ直系は生き残り星守との関係強化も成った」


 確かに被害は甚大だったが、それは星守や火野の総力が揃っていても同じであっただろう。当主クラスが複数居て初めて対抗できる相手だった。


 どのみち、秘中の儀を狙われていたのならば、完全に敵の襲撃を把握し、最高戦力をその場に用意しておかなければ、いや、真夜がいなければ朝陽達がいても幻那と彼が有する戦力を倒すことは出来なかったはずだ。


 そう考えれば京極家が存続し、直系が生き残ることが出来たのは最上級の結果と言える。


「よくやった、渚」

「っ!」


 父からの初めてと思えるお褒めの言葉。渚にとって求めていたはずの言葉のはずだが、この場では、そしてそんな理由でもらいたい言葉では無かった。


 渚はうつむき、わなわなと肩を震わせた。


「ちょっと! いくら何でもそんな言い方ひどくない!?」

「兄(あに)さん! 何言っとるん!? あかんで、その言い方!? それに兄さんは!」


 我慢できずに朱音が叫んだ。今すぐにでも殴りかかりそうな雰囲気であり、右京もこれは流石にマズいと思ったのか兄に対して苦言を呈し、さらに何かを言おうとする。だが清彦は右京を見て、お前は何も言うなと目で訴えかけた。


「なん、なのですか、それは……」


 絞り出すように、渚は声を出す。


「すべて、あなたの手の平の上だったのですか? あの時、六道幻那から私を庇ったのも、結局は利用するためだったのですか? 私はあなたの娘では無く、使い勝手の良い道具だったんですか?」


 なぜ父が六道幻那の攻撃から自分を身を挺して守ったのか。ずっと聞きたいと思っていた。真夜に後押しされ、この機会に聞こうと勇気を奮い立たせていたのに。


 結局は自分は父の体の良い駒だったのだ。妾の子であるから。功績を兄たちに譲っていたのも、兄や姉達の方が優秀であり、必要であったから。


 あの時庇ったのも、今後を見据えて利用価値が高く、京極家のためになると思ったから。


 ポタポタと涙があふれてきた。真夜や朱音の父はあんなに立派で素晴らしいのに、どうして自分はこんなにも違うのか。


 心のどこかで願っていた。真夜や朱音の両親のように自分も本当は親に愛されていると。


 今回の事できちんと話をして真夜と明乃のように和解し、父に真夜との交際を報告したいと思ってもいた。


 だがそんな物は幻想に過ぎなかった。父は自分の事を愛してなどいない。大切にも思われていない。


 悲しくて、辛くて……。


 そんな渚を隣に座る真夜は不意に自分の方に抱き寄せた。


「……真夜君?」

「……大丈夫だ、渚」


 真夜は優しく落ち着いた声で渚に言うと、今度は清彦を睨む。


「悪いが、そっちがそう言う態度を取るんなら、こっちも無礼な言葉遣いをさせてもらう。渚をこれ以上傷つけるな。そんな本心でも無い言葉でな」


 口調を崩し、僅かに怒気を孕んだ言葉を清彦にぶつける。


「本心では無い、だと?」

「そうだ。確かに古墳の件を知られてるのは驚いたが、元々そっちに思惑があったのはわかってた。けど六道幻那の事件のあんたの行動は明らかに違う。結果からすればあんたの行動はそう見えて、渚を生かすことに意味があったのかも知れないが、一族滅亡の間際、しかも自分も死にかけている状況で、そんな悠長な事を考えるのがそもそもおかしいだろ」


 真夜が間に合わなければ、京極一族は文字通り全滅していた。この戦いの後の事を考える方がおかしい。


 渚から聞いた話からも、あの場で彼女を庇ったところですぐに殺されて終わりだ。清彦も真夜と渚の関係はあの時点である程度掴んでいたかもしれないが、だからといって朝陽があんな提案をしなければ彼女が生きていても無意味である。


「人間ていうのは死ぬ間際にこそ、そいつの本性が出るもんだ。どれだけ善人ぶって他人が一番とか、助け合おうとか言ってる奴でも死の瀬戸際になったら、他人を蹴落としてでも、犠牲にしても生き残ろうってなることがある」


 異世界で何度か見てきた光景。つい先ほどまではお互いが仲間が、相棒が大切だと言っていた奴らが、自分だけが助かりたいために相手を犠牲にしようとする。


 逆に極悪非道の人間が、家族や仲間のために自らの命を犠牲にしようとする光景も見たことがある。


「渚を庇った事を、京極家の当主だから一族の今後を考えての行動とか思ってるかもしれねえが、自分も一族が滅びて自分も死ぬかもしれない状況で、他人を庇うために動こうとする奴はそんなちっぽけな理由で動かねえんだよ」


 真夜にも経験がある。守護者だからこそ、命がけで仲間を庇った事が何度もある。


 仲間だけでは無い。異世界で世界を、国を、仲間を、家族を守ろうと本気で思っていた者達に幾度となく守られた。自分の命を捨てるのは、大切な者を守るため。それも未来に続く希望がある場合だ。


 だから渚の話をあらかじめ聞き、真夜は清彦も本当は渚の事を大切に思っていたのではないかと考えた。


「あんたにその気が無かったとしても、身体が動いたって事は渚が大切だと思ってたからだ」

「……絵空事だ。話にもならん」

「そうやって本心を隠すのか? それともそう思い込んでるのか? 本当に渚を大切に思っていないのか? 今のあんたは、京極家当主の京極清彦としてここにいるんじゃなく、渚の父親として来てるんだろ」


 まくし立てるように真夜は清彦を問いつめる。渚の件だからこそ、引くつもりはなかった。そもそも渚を泣かせた時点で、本心がどうであろうと相手に対して配慮してやる気はこれっぽっちもなかった。


「渚にも言ったが、言葉にしなきゃ伝わらないんだよ。俺達は他人同士であって、覚り妖怪でもないんだ。相手がどう思っているのかなんて全部が全部わかるわけ無いんだ。察してくれ、察してくれるだろうってのも無しだ。そんなもん自分から相手に話す努力を怠って、他人に責任転嫁しているだけだ」

「……わかったような口を利く。だが相手が話すことが嘘だったら? 口から出任せだったら? 相手の言葉が本心であるとどうしてわかる? 虚偽虚言まみれではないとどうして言い切れる?」


 清彦はどこか真夜の言葉に怒りを覚えているかのようだった。何も知らない小僧がとでも言っているかのようだった。


「わからねえよ。だからこそ相手を信じるんだし、相手に信じてもらうように行動でも見せるんだよ。俺はあんたの半分も生きてないガキだし、あんたも京極家の当主って立場で色々あったのかも知らねえが、だからって渚と話もせずに一切の本心も見せないのは違うはずだ」


 もし清彦が本心を隠しているのならばこの場で語らせたい。それが渚のためでもある。これまでの渚の努力が報われるかもしれないのだ。


「渚はあんたに認めてもらいたくて、認めてもらいたい一心でずっと努力していた。さっきあんたは渚を褒めた。渚は利用価値のある駒として褒められたと思っているみたいだが、他のことでも渚を認めてるんじゃないのか?」


 渚は優秀だ。戦闘では朱音に劣るが、明乃が評価するほどに彼女は様々な面で優れている。落ちこぼれの時の自分とは雲泥の差。妾の子とは言え、これで認められないのはありえない。


「……この場で宣言するのは違うと思っていたんだが、先に宣言しておく。俺は渚をもらう。誰にも渡すつもりは無い。この件に関して文句があるならこの場で聞く。ただし京極家当主としてのあんたの言葉じゃ無い。渚の父親としてのあんたの言葉をな」


 さらに強く渚を抱き寄せると、真夜は上から目線のように清彦にそう宣言するのだった。

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