第二話 懸念


 星守本邸。


 星守一族の宗家が住まう屋敷にて、当主の朝陽は宗家・分家の若手が行った駆除依頼の報告書を見ながら、それぞれの家の当主などを集めて話し合いを行っていた。


「ふむ。報告書の通りなら問題はなかったようだね」

「はい。真昼様の指揮により、つつがなく妖魔と鹿の駆除を終えたようです」


 星宮家当主である星宮武蔵(ほしみや むさし)が朝陽の言葉に答える。


「若手は順調に育っていますな。真昼様も次期当主としての貫禄も出始めておりますし、海様はじめ、宗家の方々のお力は凄まじい物があります」


 星倉家当主の星倉椿(ほしくら つばき)も朝陽に対してそう告げた。


 真昼は別格としても、海もすでに分家の当主達よりも強く、お互いに守護霊獣が居る状態ではまったく太刀打ちできずにいた。さらにお互いに守護霊獣がいる状態では、陸だけでなく空にも勝てない可能性があった。


「おうともっ! 私達の自慢の子供達だからなっ!!」

「うるさいわよ、あなた。少し静かに喋って頂戴。それと当然ですわ、お兄様。私の子供達ですよ?」


 自慢するように語る一組の男女。


 男の方は四十代前半ほどだろうか。ダンディと言ってもいい、顎に切りそろえた髭を蓄えた、肩幅が広い大柄の暑苦しい男だった。声が大きく、女性の方に注意された。


 女性の方が三十代前半から半ばだろうか。顔は明乃をさらに若くした容姿をしており、紺色に近い黒髪をショートポニーにまとめており、顔には大きめの眼鏡をかけ、手には大型の鉄扇を握っている。


 彼らは星守大河(ほしもり たいが)と星守夕香(ほしもり ゆうか)。共に星守の血を引く者達であり、大河は直系ではないが、宗家の血を引いており、夕香に至っては朝陽の実妹にして明乃の実の娘だった。


「ですが真昼には及びませんわね。流石はお兄様の息子です。噂は聞き及んでおりますし、久しぶりに会ってそれが事実だと確信しましたわ。まるでお兄様の若い頃を見ているようです」

「うむっ! 私もどう頑張っても、守護霊獣と一緒でも真昼君単独には勝てないだろうなっ! と言うかまったく勝てる気がしないっ!! 本当に義兄上(あにうえ)の若い頃のようだっ!」

「ありがとう、二人とも。真昼もどんどん立派になってくれているからね。これなら私の当主引退も近いかな」

「ご冗談を。お兄様はもっと長く当主として現役でいてもらいたいですわ。何と言っても、お兄様は歴代の当主の中でも初代に次ぐほどの有能な人なんですから」


 冗談めかして言う朝陽に夕香は真顔で答える。


「ははっ、それは買いかぶりすぎだね、夕香。私はそこまで凄い人間でもない。私程度の人間など、星守の歴史の中には大勢居ただろうからね。ただ、私もまだまだ若い子達には負けていられないので、先ほどはああ言ったけど、しばらくは後進に譲る気はないよ」

「ふふっ、それでこそお兄様ですわ」


 夕香は兄を崇拝していた。幼き頃より才気あふれた、優しく頼りになる兄の側でずっと一緒に居たことで、彼女はかなりのブラコン気質になっていた。


「ところでお兄様。真昼ではなく真夜に関しても気になる噂を聞いたのですが」

「・・・・・・ふむ。何かな?」


 朝陽は表情を変える事は無かったが、真夜の名が出たことで先ほどまでとは違う雰囲気となった。

「近々京極より養子にくる娘。京極渚と言いましたか? 聞けばお兄様達の娘にすると」

「ああ。色々と考えた結果、今後のためには宗家に養子入りさせたいし、先代が彼女を気に入っているからね。鍛える意味でもその方が都合が良い」


 明乃も朝陽も分家では京極との関係強化も弱く、相手側も軽んじられていると考えるだろう。夕香達の娘にするにしても、彼女達はあちこちに飛び回っているので今後の事を考えれば不適切。


 様々な問題を考慮した上で朝陽達の娘として迎える方が得策だと判断された。


「その娘と真夜が良い関係と聞きましたが、まさかそのままお認めになるつもりではありませんよね?」

「その件に関しては先代の意向を尊重するつもりだ。真夜が力と実績を示すことが出来れば、認めるつもりだよ」

「お兄様は本気で、真夜が先代が認めるだけの力を身につけ、功績を挙げるとお考えですか? あの子は星守始まって以来の落ちこぼれで、守護霊獣の召喚と契約も出来なかったのですよ?」


 夕香の言葉に大河が頷き同意しているが、分家の当主二人はどこか居心地が悪そうにしている。


 彼らにしてみれば、真夜に関してはあまり触れたくない話題だったからだ。


 子供世代や門下生の一部は明乃の影響もあり、真夜に対する陰口や表だっての誹謗などが一部で行われていた。


 子供と言うのは在る意味で残酷であり、歯止めが利かない部分がある。それは子供だからと許される事でもないが、周囲に影響されやすい多感な時期には、どうしても起こりえることである。


 では親世代や使用人などはどうか。宗家の明乃世代やその上の世代(故人になった者もいる)では、蔑んでいたり口に出したりする者もいたが、分家の当主やその妻達、あるいは分家の引退した者や使用人に至っては表だって口にする者はあまりいなかった。


 なぜか。朝陽や結衣の耳に入れば、どうなるかわかった物では無いからだ。


 二人は真夜を溺愛している。もしこの二人も明乃と同じような態度であったのならば、大人世代も全員とは言わないが今とは違った対応をしている者がいたかもしれない。


 しかし現当主とその妻の溺愛している子供をなじれば、その結果どうなるかなど想像するも恐ろしい。明乃が言っているからと言う免罪符は、子供ならば通用するかも知れないが大人には意味を成さない。


 朝陽も子供世代に関しては明乃が、同世代の言葉に屈してしまうようならば退魔師など出来ないと公言したことや、子供相手に強権を振りかざすことを良しとしなかったために処罰はしていなかった。


 明乃は先代当主であり朝陽の母親だから、朝陽や結衣には黙認されていた部分があったが、分家の当主や先代当主の肩書きがあろうともそんなことを口にすれば、朝陽の不興や怒りを買うのは目に見えている。


 現当主と先代当主のどちらに着くのか。もし朝陽が無能であれば先代に着く者が大半だろうが、最強の退魔師としての名と当主としても有能であるが故に、朝陽も彼らにしてみれば明乃と同じかそれ以上に恐ろしい相手なのだ。


 普段温厚であり、ほとんど怒ることはない朝陽だが、若い頃、まだ結衣が嫁いできて間もない頃に彼女が酷く侮辱された事があり、その際に静かな怒りを見せそれはもう恐ろしい事となったのは未だに屋敷内で語り継がれている。


 使用人達も朝陽の妻として屋敷を取り仕切る結衣を敵にしたくもないし、下手なことを言おうものなら明日から来なくてよいと言われるだろう。


 半数以上の使用人は、朝陽や結衣だけでなく真夜に対しても同情的な立場を取っており、明乃に追随して表だって真夜を貶める者はそこまで多くはなかった。


 その明乃にしても、真夜に対する言葉はかなり辛辣でも内容自体は事実であり間違ったことは言っていなかったから余計にこの問題はたちが悪い。


 分家の当主達はどちらの顔も立て、できる限り自分達からは何も発言せず当たり障りのない発言で済ませるという処世術で対応していた。


 分家の当主達も子供達には言って聞かせてはいたため、朝陽や結衣の前や、真夜に直接言うことはほとんどなかったが、明乃が真夜が星守を出るまで発言していたこと、真昼も最近まで真夜への様々な負い目から強く咎めることも無く、真夜も朝陽達に告げ口のような事もしなかったため、子供世代では未だにその考えが根深く残り、真夜が星守から離れたこともあり、若手の意識は改善されないままであった。


「ああ、私は真夜を信じているからね」


 朝陽自身、門下生を含めて今の若手の考えが問題なのは理解していた。特に真夜が強くなった今、この問題は早い目に改善する必要がある。真夜だけではない。今後の星守の未来のためにも。


「いい加減にお兄様も結衣お義姉様も、真夜に期待するのはお止めになっては? あの子も可哀想ですわよ」

「夕香は真夜の味方になってくれていたのではなかったのかな?」

「以前は、ですわ。残念ながらいくらお兄様の子供とは言え、守護霊獣すら持つことが出来なかった子に何を期待すればいいと言うのです? でしたらもう星守と関係ない所へ行かせた方が本人のためですわ」


 至極まっとうな主張に武蔵も椿も追随するように頷く。この辺りが落とし所としては無難だろうと考えているようだ。


「それにお父上も未だに真夜を見下しているようだからなっ! 今回の件で身の程知らずとまで言っていたぞっ!」

「ほう。時雨殿が」


 大河の空気を読まない発言に夕香は肘で相手を突きつつ、手で顔を押さえる。武蔵と椿など顔を真っ青にしている。


 大河の言う父とは彼の実父であり、かつて明乃と当主の座を争った男である星守時雨(ほしもり しぐれ)だ。明乃ほどではないが、未だに星守内で発言力を持ち、分家はもちろん頭が上がらず、朝陽としてもやりにくい相手である。


「うむっ! お父上はあんな性格だからな! 私としてもあまり大事にしたくはないが、そのうち義兄上の耳にも入るだろうから早い内にと思った次第だ!」


 大河も全く考え無しで発言しているわけではなかった。


 時雨は真夜の事で度々明乃に絡むことがあった。今回の件も明乃にネチネチと嫌みを言ってくるだろう。


 流石に朝陽や結衣に直接言うような真似はしないが、向こうも事実しか言っておらず、強く言えば煙に巻くように話をそらすだろう。


 向こうも朝陽達が激怒するラインは決して超えず、明乃に追随する形で動くので、朝陽も当主の権限で処罰することができない。


 大河は朝陽の性格や今後の事を考え、この場で知らせ対策を取る方が良いと考えあえて伝えた。


「気を遣わせたようだね。色々とすまないね、大河」

「隠し立てしておく方が問題だと感じたまで! ただあまりお父上を悪く思わないでやってくれ! 確かに色々と思うところはあるだろうが」

「もちろんだ。悪いようにはしない。しかしそうだね。夕香の懸念もわかるし、若手の方も色々と聞き及んでいるから、早急に手を打つべきだろうね」


 朝陽はこの件に関して、次の段階に進むべきだなと考えていた。


(真昼や楓ちゃんからの報告では分家の若手もだが、門下生の一部も真夜に対する対応に問題がある。時雨殿は母様との関係を考えれば予想の範疇だがあまり良くないな)


 ただでさえ京極が衰退した今、星守一強がより鮮明になってきたのだ。ここで真夜まで加われば、星守の隆盛は盤石になるだろう。


(だが今の状況ではまずいだろうね。若手は増長が見られ、時雨殿や分家の長老も他家に対して以前よりも高圧的になりだしている。それに真夜を見下していた者達が真夜が強くなったことで良い方向に進めば良いが、悪い方向に進むのならば多少強引な手を使う必要もあるだろう)


 一族の運営は難しい。朝陽自身の力に任せて強権を振るい独裁的に運営する手もあるが、褒められた手ではないし反発も大きくなるだろう。真夜の件に関しても以前は明乃の手前、強権を発動できないでいた。


(母様と真夜が和解した今ならばやり様はいくらでもある。だが……)


 最近の明乃の様子を朝陽は少々危惧していた。以前に比べ雰囲気が柔らかくなり、張り詰めていた空気を纏わなくなった。


 しかし逆に真夜に対して負い目のような物を持つようになっていた。無論、それは朝陽や結衣にしか見抜けない物であったが、朝陽達はあまりよい傾向ではないと考える。


(渚ちゃんの件もある。母様と巻き込む形になる真夜には悪いが、この件は私の策で対応させてもらおう。母様は真夜の件に関してはあまり強く出れないしね)


 やれやれと素直になれない母親の事を思い浮かべながら、そう言えばと真夜の件に付随する、もう一つの面倒な案件があったのを思いだした。


(確か今日だったね。今回はプライベートの話だから私は席を外したが……。渚ちゃんと清彦殿の話し合い、何事も無く終われば良いが)


 朝陽は真夜の事を考えながらも、近く娘になる渚の事を心の中で心配するのだった。



 ◆◆◆


「大丈夫か、渚?」

「……はい。大丈夫です、真夜君」


 真夜の自宅マンションのリビングで、どこか緊張している渚に真夜はいつものようにコーヒーを入れつつ問いかけた。


「もうすぐ来るのよね? 渚のお父さん」

「……はい」


 隣に座る朱音も渚に訪ねると、渚は頷きながら返事をした。


 京極での六道幻那の事件からしばらく経ち、京極家も何とか落ち着きを取り戻した。


 そのタイミングで渚の父である清彦が、彼女が星守へ本格的な養子入りを前に一度話がしたいと提案してきた。


 渚にしてみれば、寝耳に水のような提案であった。


 しかも場所は京極本邸では無く、渚の下宿先のマンションを指定してきた。


 どういった意図があるのか、渚にもまったくわからない。京極本邸に渚を呼び出しての話ならばともかく、本人が直接こちらに出向いての行うとしたことで、余計にどのような話か見当がつかなかった。


「……確かに父とは一度話をしたいとは思っていました。ですがいざ話をするとなると、何を話していいのかわからないんです」


 真夜や朱音と違い、渚の父親との関係は良好とは言えなかった。


 親子関係は冷え切っており、渚は自分が父親に嫌われていると思っていた。


 だが京極家での事件で、自分を庇った父の姿を今でも鮮明に覚えている。


 なぜあのような行動に出たのか。本当は自分の事をどう思っているのか、聞きたいことは山ほどあった。


 だがいざ話をすることになって、渚は必要以上に緊張してしまった。


 父と話をすることは幾度もあったが、それは仕事の話が大半であり、褒められた事さえも一度も無かった。


「もしかすれば星守の養子となり京極が救われると言うことで、あるいはお褒めの言葉の一つでも頂けるのかも知れませんね」


 どこか自嘲気味に呟く渚だったが、不意にトンと彼女の頭に軽い衝撃が走った。顔を上げれば、真夜がチョップのように軽く手を叩きつけていた。


「真夜君?」

「うだうだと悩みすぎだ。色々と不安もあるだろうし、話をするのが怖いのもわかるが、意外と話せばどうにかなるかも知れねえだろ。俺も絶対に無理だって思ってた婆さんと話し合えたんだからな」


 渚を安心させるように笑ってみせる。


「これも異世界での受け売りだけどな、言葉にしないと本当に聞いてもらいたい事、伝えたい事は伝わらないんだよ。何も言わず、理解してもらえると、わかってもらえると思うな、ってな」


 まだ兄や祖母の事を含め、自分の事を心の中で整理し切れていなかった頃、まだ鬱屈とした感情で自分の不幸を誰にも理解されないと、わかるわけがないとガキのようにわめき散らしていた頃、勇者パーティーの師匠である武王と大魔道士に言われた言葉である。


「この際だ。言いたいこと全部言ってやれば良いじゃねえか。俺もあっちで散々、こっちでの愚痴や泣き言を吐き出したぞ。あの時は恥も外聞も無く、泣き叫んだし八つ当たりもした。どうして俺は落ちこぼれなんて言われないと駄目なんだ。どうして俺だけがこんな目に遭うんだってな」


 当時の事を思い出して、真夜は面白そうに笑った。あの時は勇者とも殴り合いの喧嘩になったなと懐かしくなる。


「我慢することはねえよ。無責任で他人事な言葉かも知れねえが、これ以上関係が悪くなることも無いんだろ? だったら聞きたいことやこれまでの文句の一つでも言えばいい。何があっても、俺が守ってやる。これからもずっとな」


 真夜の言葉に渚はぽかんとするが、すぐに口元を抑えおかしそうに笑った。つられるように朱音もニヤニヤと面白そうに笑っている。


「なんですか、それ。真夜君、かっこつけすぎですよ」

「ぷくくく。ほんと。凄くキザっぽいわよ、真夜。あはははっ! もうだめ! おなか痛い!」


 終いには朱音は腹を抱えて笑い出した。


「うるせえよ。もう恥ずかしがるのはやめだやめ! 朱音の親父さん達にも言うことは言ったんだ。渚の親父さんにも伝えることは伝える。親父にも話は付けてるからな」


 朝陽にとって清彦は紅也と違いまだ信用しきれない相手であり、真夜のみで会わせるのは時期尚早かとも思っていたが、先代を含め長老達の大半が居なくなった今、彼だけならば下手な事はしないだろうから、顔合わせや挨拶ならば問題ないと考えた。


 どの道、先の話し合いで渚と真夜の関係は向こうも掴んでいるのだ。星守優位である今、釘を刺す意味でも真夜が強く出れば相手も何も言えないだろう。


「だから渚も心配せずに親父さんと話をすればいい。面倒が起きても尻拭いは婆さんにさせるしな」

「……ありがとうございます、真夜君。随分と気持ちが落ち着きました。そうですね。真夜君の言うとおりです。私も父としっかりと話をしてきます」

「ああ。何があっても俺は渚の味方だ」

「ちょっと。あたしも忘れないでよね? 当然、あたしも味方だから」

「はい。お二人ともありがとうございます」


 三人がそんな風に和気藹々としていると、マンションの前に一台のランボルギーニが近づいてきた。


 助手席には渚の父である京極清彦が座り、運転席にはその弟の京極右京が乗っていたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る