第一話 次世代
「真昼様、妖魔並びに駆除対象の鹿の殲滅が完了しました」
周囲へ警戒をしつつ、楓は真昼に報告をあげる。彼女も式神を複数飛ばし、生き残りがいないかを探っていた。
「ありがとう楓。じゃあ次は浄化に移ろう。このままだとこの周辺が汚染されかねないし、浄化しておかないと普通の鹿の肉も処理できないからね」
三百頭の群れの中で、妖魔の数は十分の一にも満たなかった。残りの鹿は影響こそ受けていたが、通常の個体である。
しかし妖気に汚染されていては、人が食べるジビエ料理用や動物園などの肉食獣用の餌として提供する事も出来ないので、浄化を行ってから処置を行う。
それに浄化をしないでこれだけの数を放置すれば、ここからまた怨念が集まって妖魔が発生しかねない。
燃やすにしても森の中であるために迂闊なことも出来ず、さりとてこの数を埋めるのもかなりの労力を使う。
ならこれらを浄化して、肉や鹿の皮などを有効活用する方が良いという考えだ。
人間の勝手な都合と考えかも知れないが、奪った命を無碍にしないためにも、星守としてはこの方針をとっていた。
「はい。すでに準備は整っています」
「ありがとう。じゃあみんなを集めようか」
大規模な浄化を行うには、それ相応の人数や道具が必要になる。真昼も浄化の霊術は使えるが、大規模、広範囲となると補助や道具が必要になってくる。
(真夜なら、一人であっさりと終わらせるだろうな)
ここにはいない双子の弟の事を思い浮かべながら、真昼は苦笑する。
何度か見た規格外の浄化の術。超級妖魔の力すら封じ込め、味方を癒やし強化まで行う。
発動もほとんど時間をかけず、規模も広範囲とは言えないが、決して狭い範囲では無い。
(術の種類によってはもっと効果範囲が広くなるって言ってたけど、ほんと真夜は凄いな)
弟を誇らしく思いつつ、自分も負けていられないと真昼は改めて気合いを入れる。
他者から見れば真昼も間違いなく規格外であり、真夜が出来ない事を真昼はすることが出来る。
霊器の能力も異なる上に、真夜には出来ない多彩な術や霊力の放出や変換も出来る。
だが真昼は満足しない。真夜に負けないように、これから先、真夜の助けが出来るように、兄として頼ってもらえるように、まだまだこの程度で満足していてはならない。
「真昼さん。準備は出来てましてよ」
「ぷくくく。ほんと雑魚ば~っか。こんな奴らに手こずるわけないもんね。さっさと浄化も終わらせよ」
浄化を行うための起点に到着した真昼を待っていたのは、大学生と中学生くらいの女性二人組。大学生くらいの方は紫がかった黒髪をウルフカットにし、中学生くらいの方は同じく紫がかった黒髪を腰まで伸ばしており、二人ともどこか高飛車な印象を持っていた。
彼女たちは星守の分家である星倉家の長女である今年二十歳になる星倉百合子(ほしくら ゆりこ)と、中学三年生で先日十五歳になった星倉菜々子(ほしくら ななこ)だ。
「二人ともありがとう。他も問題ないみたいだから、始めようか」
いくつもの霊符などを使い、真昼を中心に祝詞を上げ、浄化を行う。
清らかな光が周囲に広がると、鹿達を汚染していた妖気は完全に消えていく。
「……これでよし。お疲れ様。じゃあ一度、集合しようか」
数分をかけて行った浄化を終え、真昼は式神を使い散開していた皆を集める。
「今日はご苦労様。討伐と浄化は終わったから、あとは鹿の処理を専門の人達に引き継いで、僕らは念のため周囲の警戒に移ろうか。もしかしたら見落としている個体がいないとも限らないしね」
真昼は式符使いの門下生達も動員し、この周辺を捜索する。これは門下生達の訓練にもなるので、真昼達は手を出さない。
「あ~あっ。それにしても歯ごたえがなかったわね、お姉様」
「ええ、まったくですわ。先日の襲撃事件では醜態を晒しましたから、少しは汚名返上をと思いましたが、この程度ではわたくし達、星守の敵ではございませんわ」
「ふっ。確かに! 俺もこの間は情けない所を見せたが、最上級ならば守護霊獣と一緒ならば戦える。しかしもっと強くなってあのような姿は二度と見せん!」
「兄ちゃん、すげぇ! 俺も負けないように頑張るっすよ!」
星倉姉妹の近くで語り合うのは大和と彼の弟で坊主頭の星宮武尊(ほしみや たける)である。武尊は一つ下の中学三年生なのだがすでに身長は百八十に近く、弟との身長の差に兄として大和はよりコンプレックスを刺激されていた。
星守には分家は二つあり、星宮家と星倉家が星守を支えている。彼ら彼女たちこそ、次世代に両家を継ぐ若者達であった。
そして星守の姓を名乗れる血脈は二つ。明乃・朝陽と続く系譜ともう一つある。空と陸の系譜だ。
「なんとかなったね、陸」
「当たり前だ。この程度で手こずってるようでは、星守の名など名乗れないだろ」
「ぶぅっ。陸は言葉が悪いよ。それに私の方がお姉さんなのに」
「ほんの少しの差だ。それと姉扱いされたかったら、それらしい事をしろ」
この姉弟は弟の方がしっかりしているようだ。
「でもこれでお父さんやお母さん、それに真昼さん達にも褒めてもらえるかな」
「この程度で浮かれるな。こんな討伐依頼こなせて当然なんだ。俺達なんて真昼に比べたらまだまだ弱いんだ」
陸は退魔師の中でも優秀な部類であり、最上級の守護霊獣もいるため全体から見れば上位にいるのだが、日に日に強くなる真昼を間近で見ているせいか、あまりその強さに自信を持てずにいるようだった。
またぶっきらぼうだが、真昼を慕ってもおり本人に呼び捨てでもいいと言われるほどの仲である。
「けどお母さんが言ってたよ。私達は他の一族の同年代に比べて優秀だって」
「当たり前です。私達は他の退魔師達とは違う! 私達は星守一族なんですから!」
そんな空の言葉を肯定するかのように、長い黒髪を首筋でまとめて無造作に縛った、身長百六十ほどの一人の少女が声を上げる。
「海姉(うみねえ)、声が大きい」
「おっと、すいません。つい声が大きくなってしまいました」
陸の指摘に少女は、素直に謝罪を行う。
星守海(ほしもり うみ)。空と陸の姉にして、真昼や真夜よりも一つ年上の十七歳の少女だ。
その実力は折り紙付きで、個人の能力もかなり高く真昼がいなければ、星守一族の天才児の名は彼女のものであっただろう。
「ですが、空も覚えておいてください。私達は栄えある星守一族の一員! それも星守の名を名乗ることが許されている人間! ですからもっと目標を大きく持たなければなりません!」
両手を腰に当て、彼女は力強く言い放った。
「先日の星守本邸襲撃の際、私達は別件で不在であり、解決したのは明乃様や当主、そして真昼でした。もちろん私達がいたからと言って、超級クラス三体を相手にすることは出来なかったでしょうが、私達も星守の人間です! それにあぐらをかき、座していることをせず、私達でも超級を倒せるようにしましょう!」
彼女たちの両親は星守に舞い込む案件でも、地方や海外など朝陽や明乃が赴けない長期間の拘束や時間的、距離的に難しい依頼を優先的にこなしていた。そのため、彼女達三人もそれに付き合うように行動することが多かった。そのため、先日の星守襲撃事件の時も本邸を留守にしていたのだ。
そんな中々にハードな事を言う海に、空は引きつった顔をしながらうへっと声を出し、陸はうんうんと腕を組みながら同意するように頷く。
「と言うことで真昼。帰ったら手合わせです!」
「いや、流石に今日はもう無理だよ」
海の言葉に真昼は冷静に否定の言葉を返す。
「なぜです!?」
「当主への報告もきちんとしないといけないし、ここの後始末もまだ終わっていないからね」
一つしか年の差も無く親戚ということもあり、海と真昼は対等な関係で口調もいつも崩して話をしている。
真昼が手合わせを断るのは、他にも諸々の雑事を終わらせて、帰ったとしたらもう夜も遅くになるだろうからだ。
「むぅっ。わかりました。では後日手合わせをお願いします! 前回は不覚を取りましたが、今回はそうはいきませんよ!」
「楽しみにしているよ」
当たり障り無い返答をするしかない真昼。彼女との鍛錬も悪くは無いのだが、出生の秘密を聞かされ霊器を隠していた時ならばともかく、現在の真昼と彼女では残念なことに大きな隔たりがある。
守護霊獣においても同じだ。すでに前鬼・後鬼は特級上位どころか、限りなく超級に近い力まで成長している。以前の海の守護霊獣は特級に届くか届かないか。仮に成長していたとしても特級下位程度だろう。
それならば朝陽や明乃と修行していた方が、よほど真昼にとってはためになる。
だが海の提案を無碍にも出来ないので、できる限り要望には応えるようにはするが、結果に関しては譲る気は無い。
「お二人とも素晴らしい向上心ですわ! 真昼さんと海さんを筆頭に星守の未来は輝かしいですわね!」
「わはははっ! 当然だ! 星宮には俺もいるしな!」
二人の話を聞いていた百合子も大和も自分達の意見を述べた。
「あっ、でもでもそんな星守でも一人だけ雑魚が居たっすね」
「そうそう。ほんと雑魚過ぎて可哀想になる奴がいたよね~」
そんな中、武尊と菜々子の言葉にその場の空気が変わった。
「ああ、居ましたわね。真昼さんの双子の弟とは思えない落ちこぼれが」
「ふっ、優秀な俺達は当然凄いが、門下生にも劣る奴だったからな」
百合子も大和も好き勝手な事を言う。
「仕方がありません! 彼は残念ながら星守始まって以来の落ちこぼれと明乃様も言われていました! 星守の歴史上唯一、守護霊獣との契約と召喚にも失敗したのですから、落ちこぼれのそしりを受けるのは当然ですね!」
真実を何も知らず、星守一族に誇りを持っている海は、明乃の影響もあり真夜の事をさほど悪気無く侮辱していた。空はあまりそんな風に言うのは駄目だと意見するが、陸は海の言うことも間違っていないため、口を挟むことも無かったが、擁護もしなかった。
だがそんな中、不意に彼らに対して静かな威圧感が解き放たれた。
「っ!」
「それ以上の真夜への侮辱は僕が許さない」
静かに、それでいて完全に据わった目で真昼が海達に告げる。あまりの威圧感に海も言葉に詰まり、分家の四人はガタガタと無意識に身体を震えさせている。
真夜がこれほどのそしりを受けるのは真昼のせいである。生まれる際に、真夜の力のほとんどを真昼が奪ったために、真夜は星守で類を見ない落ちこぼれとなってしまった。
このことに対して、真昼が大きな事を言うのは違うと言われるかも知れない。お前のせいだと言われても仕方が無い。
今までは見て見ぬふりをしてきた。真夜への後ろめたさなどの感情や、自分が出しゃばることを真夜が嫌っていたからもある。
しかし今は違う。責任の根本は自分自身にあるので、彼らに怒りをぶつけるのは筋違いかも知れない。
事実を広めることを真夜はもちろん、朝陽にも止められているため、この場でそれを言うこともできないが、最低限の事は出来る。
「どのような場でも、もちろん陰口でも今後一切、真夜の事を悪く言うのはやめてもらう。もし少しでも耳にしたら、それ相応の対応をさせてもらうから」
有無を言わさぬ真昼の圧力に全員が思わず頷いてしまった。
どの口が言うんだと真昼自身思わなくも無いが、これで少しは真夜に対する侮辱が無くなれば良いのだが。
「それに真夜は凄く努力してる。もうじき驚くほどの成長をして帰ってくるから」
弱体化の話は真昼も口外しない事を前提に聞き及んでいた。しかし聞けば現時点でも特級妖魔ならば問題なく倒せるくらいの強さはあるらしいので、現時点でもこの場の人間では真昼以外には確実に勝てる。
「何を騒いでいる。まだ依頼は終わりきっていないぞ」
真昼の威圧感を感じたのか、後方で待機していた明乃がこの場へとやってきた。
「……申し訳ありません、先代。真夜の事で少々気を立ててしまいました」
「何?」
真夜という言葉で、一瞬だけ明乃の気配が絶対零度まで下がった。明乃もこの場の面子と真昼の言葉から、彼らが真夜を侮辱したのを察したのだろう。
だが明乃はそれ以上、海達に何かを言うことはしなかった。星守内の真夜に対する風潮を作り、増長させたのは間違いなく明乃自身だ。
そんな彼女だからこそ、掌返しのように真夜を侮辱した者達を糾弾する事は憚られた。
「……真昼、どのような事だろうと感情を抑えろ。お前は次期当主候補だ。同じ一族内で力にかまけて物を言わすなど言語道断だ」
「わかりました。以後気をつけます」
明乃の言葉に真昼は素直に謝罪し頭を下げた。
「それと真夜も近いうちに星守に一時帰参させる」
その言葉に僅かに分家の面々がざわついた。
「皆も聞き及んでいるであろう、京極家より星守が養子に迎える京極渚の一族総出の顔合わせを行う。当然、真夜にも参加してもらう。皆もそのつもりでいるように」
後にこの件は、星守で大きな波紋を呼ぶ事件の始まりとなるのだった。
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