エピローグ
暗い、昏い、冥い闇の中。
無数の鎖に繋がれた漆黒の六枚羽を持つ女は静かに眠り続ける。
光も音も無い無間地獄のような孤独な世界に一人囚われているが、彼女の顔はどこか満ち足りたような笑みを浮かべていた。
契約を結んだ少年は、己が命を賭け大切な者達を守り通した。
そして彼は今、大切な者達と笑い合っている。その光景を見るだけで、彼の、彼らの正の感情に触れるだけで温かい気持ちになる。
彼らの行く末を見守ることが、彼女の今の楽しみであった。
だからこそ一人で、この空間に囚われていても耐えることが出来る。
自らもこの世界の制約を新たに受けることとなったが、契約している少年が防波堤となり、極端な制約にはなっていない。
異世界の神の口添えや力添えもあったのだろう。神気を浴び、彼の魂はこの世界の人間のほとんどが進むことが出来ない新たな階梯へと押し上げられた。
この世界の神も干渉できる程度の力では、迂闊に手を出せない存在となっているようだった。
おそらく異世界の神もこの世界の神へと言ったのだろう。あの者達が世界の危機を招くような事態になるまで手を出すなと。
この世界の神が直接手を下すことをしないだろうし出来ないが、異世界の勇者のように神託を与えたり、あるいはこの世界の別の者を利用し、巻き込もうとするかも知れない。
一部、仕方が無い部分はあるだろう。
世界を滅ぼしかねない存在を内包した人間など、この世界を管理する神からすれば危険極まりない。それも異世界を崩壊させかけた魔王の力とその残滓まで持っていたのだ。
そのおかげで、魔王の残滓が解き放たれ、自分の力も解放しなければならなくなった。
世界への影響は彼のおかげで最小限に抑えられたが、まったくなかったわけではない。
それでも彼と自分がこの世界に存在を許されたのは、利用価値があるためだ。
この世界の神は世界が滅びないように存続させるために、守護者の力を利用する。
異世界の神も彼が神に危険視されないように、使える存在としてこの世界から排斥されないように誘導し、世界の危機の際には、彼と自分を利用する事を提言した。
異世界の神としても苦渋の決断だったはずだ。
この世界の神も自らの力を使っての異世界召喚や、この世界の者に聖剣などを与えて危機を回避する事よりも、異世界を救った者達の一人である守護者と、自分の力を利用する方が魅力的に見えたのだろう。
そのために彼と自分はこの世界に存在することを許された。
だがこの先、彼や大切な者達にまた危機が訪れるかもしれない。
ゆえに自分は、できる限りの力になろう。この世界が許容する力を以て、彼と大切な人達を守ろう。
彼が自分を喚ぶ限り、必要とされる限り、自分は彼を、彼らを助けよう。
だがそのためにも自分もまた、もっとこの世界に適応していくようにしなければならない。彼と彼の大切な者を守る力になるためにも、使える力を十全に使うために。
「Aaaaa~」
どこか歌声のようなものが彼女の口から漏れる。
声が闇の中で何らかの光り輝く文字のような物に変化すると円環とり、それが無数に彼女の周りを取り囲む。
しばらくは深い眠りに落ちよう。どの道、まだ彼は自分を喚び出せない。
彼もまた、魂の影響を受けその肉体が適合し、力に耐えられるように変化しようとしている。
彼の身も心配だが、この世界の神も世界の危機以外で彼を利用したりはしないだろう。
それがすぐ起こらないことを祈ろう。まあそんな危機が起こる前兆がすでにあれば、異世界の神も何らかの警告を行っているだろうから、その心配はほとんど無い。
割とトラブルメーカーな上に、厄介ごとを引き寄せる体質のような契約者の少年の姿を思いべながら苦笑する。彼は世界の危機云々よりも、身近なところで騒動に巻き込まれるかも知れない。
しばらくの間、力を貸せないことが心苦しく、歯がゆいところだ。
それでも彼には自分以外に味方も多い。彼を大切に思ってくれている人は多い。
だから自分も心配を重ねるよりも、彼の手助けを出来るように一日でも早く復活できるように行動しよう。
本来なら自分が喚ばれない方がいいのだが、喚ばれた時は必ず彼を助けよう。
あの少年達の幸せな姿を夢で見ながら、彼女―――ルフ事、堕天使ルシファー――は深い眠りに落ちる。
また彼が自分を必要としてくれるその時まで。
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