第十七話 承諾



 境界を塞ぎ、改めて妖魔の討ち漏らしが無いかを確認した後に、警戒の式神を残して下山した真夜達は、腰を据えて話が出来るように喫茶店に入っていた。


 店には真夜達以外にほとんど客はいないが。聞かれてはマズい話なので、声が周囲に漏れ聞こえないように結界を張っている。


「それで、話を聞かせてもらってもいいだろうか」


 それぞれに飲み物と軽食が揃った後、紅也が口を開いた。隣に座る美琴も真剣な表情で真夜達を見ている。


「真夜君の強さも驚いたけど、あの霊術への驚きはその比じゃないよ。私達の攻撃も増幅していたよね? 私でも到底真似できない事だし、その増幅された威力も高すぎるよ。それに覇級かもしれない相手を境界の向こうに押さえ込んだ上に、境界や地脈の乱れの修復や沈静化はもっと大勢の術者がいて初めて出来る事だよ」


 強さだけならばまだ理解の範疇だった。しかしあの霊術は紅也や美琴をしてもあり得ないレベルだった。


「それにあの霊符。あれも普通の霊符ではないだろ? 術の行使が終わった後、燃え尽きるでもなく残らず消え去った」


 霊符には見たことも無い刻印などが描かれていた。六家や星守でも独自の霊符は存在するが、六家や星守が扱う霊符とは明らかに異なっていた。


「自らの手の内を他人に話せないのもわかる。特に私達は懇意にしているとはいえ火野の人間だ。星守として秘密にしなければならない事もあるだろう。だが正直、先ほど見せた霊術は凄まじく、言い方は悪いがそれを行使したのが、落ちこぼれと言われていた真夜君だ。追及するなという方が無理だ」


 紅也はブラックコーヒーを飲みつつ、先ほど自分達が見た光景を改めて思い返す。


 個人であのような術を行使できる術者を、紅也も美琴も今までに見たことがなかった。強いだけならば朝陽のこともあり理解の範疇だが、個人で他者の攻撃系の霊術を強化し、最高位の妖魔を押さえ込む術を行使できるなど信じられなかった。


「いえ。まあ確かに全部を話す事はできませんが、ある程度なら話せます」


 真夜も異世界の話などは抜きにしても、この二人は真夜側に引き込むべきだと思った。火野一族そのものに知られリスクはあるが、明乃がお膳立てしてくれており、政治的な事に関しては明乃と朝陽が力になってくれると思えば、ここで二人に打ち明けるのは悪くなかった。


「色々とあって、俺も力に覚醒しました。相変わらず、攻撃系の霊術は習得できていませんが、補助系や防御、結界への適性が高かったみたいです。星守から離れて、自分を見つめ直して昔から使えた術に意識を向けてそれに集中したことで強くなれました。まあ赤面鬼の事件や高野山の特訓も良い経験にはなっていたと思います」


 嘘では無いが真実をすべて語っていない。説明するならこのあたりが限界だろう。

 

「どのような方法で強くなったかは、この場でお教えできませんが、まっとうな方法です。他者を食い物にしたり、退魔師が認められないような方法ではないのでご安心ください。それとさっきお二人が見た霊符は霊器です」


 その場で十二星霊符を顕現すると机の上に置いてみせる。霊器特有の霊力があふれており、紅也も美琴もさらに驚いた表情を浮かべている。


「れ、霊器って……。真夜君、これかなり凄いことだよ」

「……ああ。さっきから驚かされてばかりだ」


 強くなっているとは思ったが、霊器を顕現できるなど予想の範疇に無かった。星守一族で霊器を顕現できた人間は限られている。朝陽や真昼と続いていたが、まさか落ちこぼれの真夜までとは。


 真夜の横で朱音はふふんっとドヤッ顔をしており、真夜(私の彼氏)は凄いでしょと自慢げにしている。何気に表だって誰かに真夜の自慢をすることが出来ていなかったゆえに、身内だからということもあり朱音はこれ幸いと両親相手に得意げである。


 渚も朱音ほどでは無いが内心で、他の者に真夜のすごさが伝わるのが嬉しいので、満足げな表情を浮かべている。


「秘密にしていたのは謝罪します。ですが言葉で言っても信じられなかったでしょうし、今回の依頼は三人での連携や相性を優先的に見てもらいたかったので。俺の事はまた後日にでもと考えていました」

「いや、その意図はわかるし、秘密にされていたのも怒っていない。はぁ、しかしその様子だと朱音も渚君も知っていたな?」


 やれやれと苦笑した様子の紅也に朱音も渚も頷く。


「もう。朱音も酷いね。真夜君との事も何の問題もないどころか、諸手を挙げて応援できるよ」

「まったくだ。戦闘においては上級と戦える程度では足りないと思っていたが、あれだけの補助系の術を使えるならそれを補ってあまりある実力と見られる」


 退魔師において強さは何よりも重要な評価項目だが、補助系の術も重宝されるのは間違いない。特に治癒、大規模結界、高位浄化術などを使えれば評価の対象となる。


 真夜の場合、個人で他者の攻撃まで増幅でき、結界や防御の術は超級以上にも通用するのなら、裏方や後衛などの後方支援としてどの一族でも重宝される。


「三人のことも、これがあったから朝陽はああ言ってたんだな。ちなみに真夜君。教えて欲しいんだが、朝陽は朱音や渚君の件だけでなく、真夜君の力のことも含めて全部知ってるんだよな?」

「……ええ、まあ」


 どこか今までに無い笑顔で聞いてくる紅也に、真夜はどこか不気味な気配を感じつつも正直に答える。


「そうか、そうか。ありがとう、真夜君。………朝陽の奴、絶対許さん」


 ゴオォォォォッと、紅也の背後から炎が上がっているかのような光景を真夜は幻視した。


「こ、紅也? 落ち着いて。ねっ? 朝陽君も色々と考えがあったんだと思うよ?」

「わかってる、わかってるとも美琴。しかしあの野郎、全部わかってた上でこっちに話をしてきやがったな」


 今までに見たことも無いほどの紅也の様子に朱音も困惑し、隣の美琴は「どうしようどうしよう」とおろおろと右往左往している。


(すまん、親父。あとは任せた)


 真夜は真夜で紅也の地雷を踏んだ父にすべてを丸投げした。ここ最近、自分のために色々と奔走してくれていた朝陽に感謝していたのだが、それはそれ、これはこれで自分達の方に怒りが飛び火しないように迂闊な発言や朝陽を庇うような発言はせず、沈黙を持ってこの場を乗り切ろうとする。


「とにかく、今回の依頼で見せてもらいたい物は全部見せてもらった。その上での真夜君達の評価だが、正直文句の付けようが無い。文句を付けようと思ったら、あら探しや重箱の隅をつつくようなことしか出てこないからな」

「そうだね。真夜君もまとめ役としてきちんと的確な判断をしてたし、戦闘に関しても三人とも油断も慢心もせずにしっかりとこなしていたからね。連携も完璧だった」


 紅也と美琴は三人への評価を告げる。


「真夜君個人に関してもきっちりと力を示してもらった。これならば星守の後ろ盾があれば朱音と渚君とも添い遂げることが出来るだろう……」


 しかし紅也はどこか渋い顔をしている。どうにもまだ納得し切れていないのかもしれない。


 上を向き、さらに下を向き、一度深呼吸をして再び真夜の目を見て、続けて朱音、渚の方にも視線を移す。


「……もう一度確認だが、朱音も渚君も納得しているんだな? これから先、結ばれたとしても苦労や様々な問題が出てくるかもしれなんぞ? 本当にこれでいいのか?」

「はい。あたしは受け入れてる。お父様からしたら、色々と思うことはあるだろうけど、あたし達にはこれが一番問題ない選択なの。それにあたし達ならどんなことがあっても絶対に何とか出来るって思ってるわ」

「紅也様、美琴様にはご心配とご迷惑をおかけします。ですが私も納得していますし、この関係を壊したくないと思っていたのは私もでしたから」


 朱音も渚も決意は固かった。様々な困難はあるだろうが、三人なら乗り越えていけると思っている。


「二人は俺の我が儘を受け入れてくれました。俺のしていることはお二人からすれば最低だとは思いますが、それでも俺は二人を手放したくないんです」


 真夜も改めて紅也に自分の意思を告げる。


「この場でこのような事を言うのは不適切かもしれませんが、朱音を、娘さんを俺にください。必ず幸せにします」


 頭を下げる真夜に隣の朱音は驚き、今にも泣き出しそうになっている。


 美琴も手で口元を抑え驚きを露わにしている。


「……ああ、まあ、その、なんだ。俺もいきなりそう言われるのは、心の準備が出来ていないんだが」


 紅也はというと、真夜のいきなりの娘さんをください宣言に、驚きを通り越して呆然としていた。思わず一人称も俺になってしまった。


 まだ高校一年生の少年とも言える友人の息子に、このような事を唐突に言われては混乱するなという方が無理であろう。面を喰らったと言うべきだろうか、どう返答して良いのか答えに困窮していた。


 真夜が強くなっていたとか、凄まじい術を扱えるようになっていたという事実が吹き飛ぶくらいの衝撃であった。


(なんというか、覚悟が決まりすぎていて逆に怖い)


 紅也がこの年齢の時などまだまだ悪ガキで、朝陽ともよく衝突していたし、大人に反発ばかりしていた。


 美琴とは出会っていたが告白したのもずっと後。彼女を幸せにするとか、親への挨拶とかそんな事を口にしたり行動したりしたのは成人してからである。若い頃の朝陽も同い年とは言えないほど落ち着いて飄々としていたが、それよりもずっと大人びている真夜は、本当に十代半ばの高校生かと疑いたくなってしまう。


 真夜はずっと頭を下げており、他の三人の自分を見る視線が痛い。ここで下手なことを言おうものなら、少なくとも美琴と朱音からは大ひんしゅくを買うのは間違いない。いや口も聞いてくれなくなるかもしれない。


(いや、これも父親冥利に尽きるんだろうが、いきなりすぎて心臓に悪すぎるし、これで反対すれば俺が悪者だな)


 腕を組み、考えるそぶりをしながら動揺を抑える。とはいえ、紅也の腹はすでに決まっていた。


「……頭を上げてくれ、真夜君。三人の気持ちも真夜君の決意もよくわかった」


 紅也は真夜の決意と覚悟を受け取った。依頼を通じて力も示した。


「火野の長老衆が薦めてくるような、どこの馬の骨ともわからない奴なんかよりも、真夜君の方がよほど朱音を幸せにしてくれるだろうしな。だから私も三人の事を認めて応援しよう」


 告げられた言葉に朱音と渚は顔をほころばせ、美琴もうんうんと僅かに目尻に涙を浮かべている。


「ありがとうございます」

「お父様、ありがとう!」

「ありがとうございます。紅也様」


 真夜達は礼を述べると頭を下げた。


「とはいえ、まだ君達は結婚できる年齢にはなっていないし、婚姻を結ぶにしてもまだまだ問題は残っている。火野の方は私達である程度は対処する。星守の方は……」

「そっちは親父と祖母が対応してくれると思いますので、ご心配なさらずに」

「……ったく。朝陽だけじゃ無くてすでに明乃殿にも根回し済みか?」

「まあそうですね。御婆様はすでに味方ですし、俺達の事も知ってるので」


 真夜の言葉にあきれ顔を浮かべる。すでに明乃も知っていて根回し済みとは恐れ入る。退魔師としてだけで無く、根回しなどこのような裏方のことも出来るのなら、ますます真夜の価値は高くなってくる。


 というか、明乃との関係は険悪な物では無かったのかと紅也は疑問符を浮かべる。


「真夜君と明乃殿の関係は険悪な物だったと思っていたが、今は違うのか?」

「少し前に和解というか、お互いに腹を割って話し合ったので今では関係は良好ですよ。まあしばらくは秘密にしてもらいたいですが」


 この段階まで来たら、明乃と関係改善していると言っても問題ない。おおっぴらに吹聴されるのは待ってもらいたいが、朱音の事が問題ない事を知ってもらうためにも二人には告げた。


 紅也はこの様子なら結衣も知っている可能性が高く、本当に知らなかったのは自分達だけかと思い、今度会った時マジで朝陽をしめてやると再び心に誓った。


「本当によかったね、朱音。紅也もありがとう」

「うん、お母様も本当にありがとう!」

「いや、父親として当然のことだ。礼を言われるまでも無い。だが真夜君。これだけは約束してくれ。二人を妻にするなら平等にすることだ。どちらかを優遇することは絶対にするな。朱音を泣かせることも、不幸にすることも決して許さないからな」


 これだけは言っておかなければならない。真夜が朱音を蔑ろにするとは思わないが、父親として言うべきことはきちんと言っておく。すべてを納得しきっているわけでは無いが、この八つ当たりは真夜では無く朝陽にすることで溜飲を下げるつもりなので、この場で真夜にキツく当たることはしない。


「はい。肝に銘じておきます」

「ああ。真夜君、娘をよろしく頼む」


 紅也も真夜に対して頭を下げるのだった。


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