第十五話 討伐完了


 渚が展開した式神は山頂方面へと向かっていく。


 目を閉じて意識を集中する渚は以前古墳で行ったように式神と視界共有し、それぞれを別々に操作して妖魔が出現した場所やその周辺を探索する。


 渚の成長に伴い操作性も増し、一羽一羽の能力も向上している。


 ただ古墳の時のように真夜の霊符で強化されていないので、あの時ほどの強さや能力は無いが低級以下ならば十分に相手が出来るほどだった。


 また相手に気づかれないように九羽すべてに隠形の術を施している。精度は真夜ほどではないが、それでも上級にも見破れないほどの隠形が出来る。


「見つけました。群れで固まっています。上級が一匹と他に中級以下が……十八匹ですね。どうやら群れのボスは猿鬼のようです」


 猿鬼とは石川県に伝承が存在する、額に一本の角を生やした猿の妖魔で十八の配下を従えているとされている。見た目も配下の数も伝承通りであり、まず間違いないだろう。


「他にはどうだ?」

「今のところ周囲にはいません。監視を継続しながら周囲をしばらく探ってみますので、少々時間をください」


 渚は真夜に断りを入れると、そのまま三羽を監視に残し、残りの六羽で周囲をくまなく調べる。


 妖気の痕跡をたどり、周辺に他にも仲間がいないかを入念に調べる。


「……今のところ他にはいないようです。付近を捜索しましたが、それ以外の仲間は発見できませんでした」


 もしかすれば見落としがあるかもしれないが、近くにいないことは確かだ。


「数は全部で十九匹ね。取りこぼしが出ないようにしないと駄目ね」

「はい。式神は監視と結界の展開をさせる以外は、念のため引き続き周辺を自動で探らせます。もし何か見つければ知らせてくれるようにしておきますので、奇襲の危険は減るかと思います」

「俺も周辺は警戒しておく。広範囲は無理でもある程度の距離なら見られてたら視線で気づくし、気配も読めるからな」

「ほんと、真夜って気配とか視線にも敏感よね。どうやってるのよ、それ?」

「訓練と経験の賜物だよ」


 ここまで鍛え上げるまで相当努力した。殺気や他の気配、視線に敏感でなければ命を落としかねない時も多々あったので、文字通り命がけで鍛えたし、剣聖や武王に死ぬほど鍛えさせられた。


「では周辺の警戒は真夜君にもお願いしますね。私は結界の展開を行い猿鬼達が逃げないようにします」

「今の渚の結界なら上級でも問題ないだろうが、一応俺の霊符で強化しておいてくれ。それなら確実に逃げられないだろうからな」


 真夜は懐から霊符を取り出すような仕草をしながら、十二星霊符を二枚顕現させる、


「この間も言ったが使えるのは五枚まで。それ以上は無理だ」


 真夜は前もって二人に弱体化による自らの戦力の低下を伝えていた。特にルフの事と十二星霊符の事はきちんと教えていた。ルフは召喚できず、十二星霊符は五枚までしか使えなくなっていた。


 霊力も大幅に減衰していることを考えれば、真夜の手札は大幅に減ったようなものだ。


「大丈夫よ。今回はそれほどやばい相手でもないし、自分の力でも何とかできるわ」

「はい。むしろ真夜君に頼る状況を改善する良い機会と思いましょう」

「それに五枚も使えるって思って良いんじゃない。一枚だけでも破格でしょ」

「確かにそうですね。今までと勝手が違うとは思いますが、基本的にない物として考えましょう」


 朱音も渚も真夜の霊符の規格外さを理解しているので、よほどの時以外は頼らないようにしようと確認し合う。


「登るルートは大丈夫だな? 最終確認だ。渚が結界を張って逃げられないようにしてから、周囲を警戒しつつ一気に山を登って結界内で殲滅する。朱音は上級を、俺は雑魚を、渚は状況を見て援護。殲滅自体はできる限り手早く終わらせる」


 実力を見せるためにも手際よく、何の問題も起こさずに解決させる。紅也達の手を煩わせるなどもってのほか。


「わかったわ」

「わかりました」

「じゃあおじさん達に説明してから作戦スタートだ」


 真夜の言葉に二人は頷くと、紅也達へと説明を行うのだった。



 ◆◆◆


 その日、山の山頂付近で周囲の獲物を貪り尽くしていた猿鬼達は、無数の動物を狩り、食うことで力を蓄え続けていた。未だ人間は襲っていないが、近いうちに人間を襲い喰らいたいと思っていた。


 人間は他の動物に比べて美味であり、栄養価が高いからだ。


 配下も力を付けた。山の動物達、それこそ熊であっても配下で一番弱い者ですら倒せるようになっている。十八の配下はそれぞれに成長していた。


 そろそろ山を下りて人里へ向かうかと不気味に嗤った。


 しかし彼らの命運はここで尽きることになる。


「キィッ!?」


 突如として彼らを隔離するかのように見えない壁のような薄い光の結界が展開された。周囲の猿達が声を上げて見えない壁を攻撃するが、壁はびくともしない。


 なんだこれはと猿鬼は思いながらも、自身も妖気を込めた爪で壁を攻撃する。


「ギィィッ!?」


 しかし爪は弾かれるばかりか、逆に粉々に砕けた。爪自体はすぐに再生するが、それでもこの壁が簡単に壊せない物であると認識させられた。


 だが彼らの悲運はここからである。


 結界の一部から突如として何者かが突入してきた。


「キィィッ!?」

「遅いわよ!」


 すでに霊器を顕現させた朱音が、突入部分に近い場所にいた何匹かをなぎ払うように吹き飛ばす。衝撃と炎により彼らは一瞬にして消滅する。


「キキキッ!」


 仲間を倒された事に激高した他の猿達が数匹、朱音に向かい襲いかかろうとする。


 しかしその前に躍り出る影があった。真夜である。


 真夜は朱音に迫る三匹の猿のうち一匹を掴み、回し蹴りで他の二匹を撃退しつつそのまま掴んだ猿を別の猿に投げつけた。


「朱音はそのまま上級を! 渚は朱音の援護を頼む!」

「オーケー!」

「わかりました!」


 真夜は二人に指示を飛ばすと自らは周囲の雑魚へと向かう。猿型の妖魔だけあって俊敏な動きをするが、この程度の動きなら対応するのは難しくない。


 霊力が減少しようが、それなりの戦い方はあるし、戦闘スタイルが激変するわけでは無い。霊力を身体能力強化に重点を置き攻撃のやり方を変える。


 霊力によるごり押し、力押しの攻撃をやめて一撃の威力も攻撃の瞬間のみ一気に収束させたり、黒龍神の時のように鋭利な刃のようにする。


 真夜の動きは洗練されたものであり、霊力が無くなったわけでも身体能力強化の術が使えなくなったわけでもないので、極端に動きが悪くなるわけでは無い。


 真夜は足下に落ちている石を適当に放り投げる。霊力を込めているわけではないので倒せることは無いが、気をそらすことは出来る。慌てる猿を正面から手刀を横一文字に振り抜き真っ二つにすると、そのまま別の猿の背後に回り同じように首を刎ねる。


 これで五匹。


「グキィィィ!」


 残っていた猿のうち、四匹が一斉に飛びかかってくるが、真夜は彼らの間を一匹を拳で殴り飛ばし、他のもう一匹を巻き添えにさせ、一匹をかかと落としで大地へと沈めると眼前まで迫った一匹を拳を振り上げることで粉々に粉砕した。巻き込まれた猿も無事では無くピクピクと痙攣している。


「き、キキィィィッ!!!???」


 あまりの出来事に数匹の猿が逃げようとするが、目の前にツバメが飛来して動きを止める。


 真夜は動きが止まった相手を容赦なく蹂躙する。


 そんな真夜とは別に朱音もボスの猿鬼へと肉薄する。


「キィッ!」


 猿鬼は配下へと指示を飛ばす。二匹の中級の猿が朱音めがけて投石を行う。近づくのはマズいと思ったのだろう。ある意味では賢明な判断だ。人の拳よりも遙かに大きな石が妖魔の力により投擲されれば、その威力は計り知れない。


 しかし朱音はこれに気づいていながら、あえて突っ込んだ。まともに受ければ大ダメージは免れないが、朱音は霊器を軽く振ると難なく投石を迎撃した。


 そんな彼女に近くの木々の樹上から数匹の配下が襲いかかる。同時に猿鬼と先ほどの二匹が再び投石を仕掛けようとする。


「させません!」


 朱音の頭上から迫っていた妖魔達に、渚の風の霊術による刃が殺到した。彼女の手には顕現した日本刀型の霊器が握られている。刀身が揺らめいており、まるで風が収束しているかのようであった。


 風の刃は朱音に襲いかかろうとしていた妖魔をすべて完膚なきまでに切り裂いた。


「キキッィ!?」

「こっちもこれで終わりにしましょうか!」


 朱音の周囲に真紅の炎で出来た槍が無数に出現する。朱音が左手を前に突き出すと、炎の槍は一斉に猿鬼達へと殺到する。


 猿鬼含め、彼らは何とか炎の槍を回避するが、それはあらかじめ避けられるように朱音が調整した一撃であった。


 回避した場所にはそれぞれ真夜と渚が移動し、彼らを待ち構えていた。


「「キキキキィィィッ!!??」」


 彼らはそれぞれ真夜の拳と渚の刀で一気に消滅させられた。


「キィッキィツ!?」


 慌てふためく猿鬼は近くの木の枝に掴まり、木々を利用してあたりを飛び回り三人から逃れようとする。


「逃がさないわよ!」

「キィッ!?」


 朱音は何と木々を蹴ることで猿鬼に肉薄してきた。朱音から距離を取ろうと別の木に飛び移ろうとしたが、その先に炎の壁が出現した。


「ウキィッ!?」


 灼熱の炎の壁に阻まれ、さらに周囲が炎に囲まれた。


 どこか逃げ場はないかと意識を朱音から逸らせた僅かの隙は、猿鬼にとっては致命的な隙だった。


「遅いっ!」


 炎を纏った朱音の突撃槍。穂先が猿鬼の身体に触れるとその身体が爆散し破片が燃え上がった。


 トンと地面に降りた朱音は残心を忘れずに猿鬼の完全消滅を確認すると共に他の配下が残っていないかも警戒する。


「配下十八体、確かに倒したな」

「結界内には他の妖魔の気配はありません」


 真夜も渚も朱音が上級を仕留めたのを確認するととに、自分達もうち漏らしが無いかを念入りに調べる。


「これで終わり?」

「依頼されてる通りならな。あとは結界の外に仲間が残っていないかの確認だな」

「はい。そちらは任せてください。式神を飛ばして妖気の痕跡をもう一度探します」


 三人は依頼を達成したが、気を抜くこともせず改めて話し合いを行う。


 そんな様子を少し離れたところで見ていた紅也と美琴は、先ほどからの一連の真夜達の仕事ぶりに驚きを隠せないでいた。


「……まさかこれほどとは」

「……うん。朱音もだけどあの渚ちゃんも凄いね。連携も良く出来てるし、信頼し合ってるのもすごく伝わってくる。それに真夜君、前に比べて凄く強くなってる」


 二人は朱音の成長にも驚いていた。強くなっているのはわかっていた。だが以前は感情の制御がいささか不得意だったり、戦闘を終えた直後はすぐに気を抜いてしまう場面があった。


 しかし今は親のひいき目抜きにしても、火野のベテランと比べても遜色ないほどに落ち着きや慎重さを垣間見せていた。あの猿鬼は上級でも上位の妖気だった。それを余裕を持って勝利している。


 また仲間の数も多いことから三人ではかなり苦戦を強いられるかと思っていたのだが、蓋を開けてみれば完勝も良いところだ。


 朱音だけでは無い。渚もまた二人はかなりの使い手だと認めた。霊器を顕現できる事は聞き及んでいなかったが、それを差し引いても式神の扱いが群を抜いている。


 他にも初対面の自分達への対応や戦闘における立ち位置や朱音達へのフォローなど、目を見張るべき所が多い。なるほど、これならば朝陽はもちろんあの星守明乃が養子に認めるのも頷ける。


 そして二人を一番に驚かせたのが真夜だ。今までの真夜を知るからこそ、成長著しいと感じていた。朱音の援護をしたと思えば、中級クラスを含む複数の妖魔を軽く討伐した。


 動きも悪くないどころか、体術だけ見れば退魔師の中でも中堅どころか上位に食い込むのではというほどの動きだし、霊力の使い方も放出ができないのは相変わらずのようだが、手刀の切れ味も凄まじくあれならば上級相手でも効果があると思えた。


「動きも荒削りどころか完成されているようにも思える。今の真夜君ならば上級相手でも十分通用するかもしれん。それに依頼を説明してからの対応や作戦と各々の連携。ここまでの一連の流れはどれも未熟な退魔師に出来る物では無い。熟練の退魔師達と比べても遜色ないだろう」


 確かにこれならば朝陽がああ言ったのも紅也には理解できた。


「だが完成されていると言うのは、そこからの大きな成長は望めない事でもある。確かに以前の真夜君に比べれば見違えたが、この程度では……」


 真夜の目的を考えるならば、まだ足りない。朱音の従者としてならば文句はないだろうが、二人を娶るための優秀な退魔師としては力不足だ。


「そうだね。でもまだ真夜君は本気でも全力じゃない気がするよ。紅也だってそう思ってるんでしょ?」

「……ああ。戦い方にも余裕が見られた。今回は朱音に華を持たせたり、自分達の連携をこちらにあえて見せているようにも思える」


 美琴の問いかけに紅也は真夜が考えていた意図を読み取っていた。また戦い方や戦闘終了後の真夜の様子から、まだまだ余力があるのが見て取れる。すなわち、真夜はまだ全力では無い。


 二人はそう感じ取った。


 そしてそんな真夜はなぜか紅也達の方では無く、さらに山の上の山頂の方を見ている。


 まるでそこに何かがあるかのように……。


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