第十四話 討伐代行


 紅也と美琴から討伐の代行を依頼された翌日、真夜は朱音や渚と共に二人との待ち会わせ場所へとやってきていた。


 待ち合わせ時間にはまだ早かったが、すでに二人は先に到着していた。


「火野紅也様は先日ぶりです。火野美琴様はお初にお目にかかります。京極渚です。朱音さんにはいつもお世話になっております。本日は何卒よろしくお願いいたします」


 渚は紅也と美琴に失礼が無いように、丁寧な挨拶を行う。星守の養子縁組が確定しているが、まだ手続きは終わっておらず、星守家への正式な挨拶もまだなので京極の名を名乗っている。


「ああ、先日は大変だったね。本当に無事で何よりだ。こちらこそ朱音から話は聞いている」

「こちらこそ朱音がいつもお世話になってるって聞いてるよ。これからも朱音と仲良くしてあげてね」


 渚との会話は和やかな物だった。二人としても色々と思うところもあるが、とりあえずは話してみてからと言ったところだろう。昨日の真夜との話し合いのように、最初は当たり障りの無い会話の世間話に終始する。


「それとこんなことを聞くのは失礼なんだけど、一応確認のために聞かせてもらえる? その……、あなたは朱音と一緒で真夜君とお付き合いしてるって聞いたんだけど」

「はい。その通りです。世間一般ではあまり褒められた事ではないかとは思いますし、朱音さんのご両親のお二人からすれば、私に嫌悪感などあるかと存じますが、どうかご容赦ください」

「あっ、ううん! 勘違いしないで! あなたを責めてるわけじゃないの! ただ少し驚いてるだけで」


 美琴は自分からこの話題を振ったが、渚が謝罪して頭を下げたことにあわあわと慌てだし、逆に恐縮してしまっている。


「妻も悪気があって聞いたわけじゃ無いんだ。京極の事件で君も大変だったところにこんな話をして申し訳なかった。許してくれ」

「いえ。私の方こそ申し訳ありません。お二人のお考えや懸念も当然のことですので」

「すみません。一番悪いのは俺です。渚にはご容赦のほどお願いします」


 話が悪い方向に向きそうになったので、真夜はおずおずと口を挟んだ。実際その通りだし、ここで罵声の一つでも浴びせられても文句は無い。


「お父様もお母様も、昨日も言ったけどあたしも渚もこの件は納得してるし、真夜含めてきっちりと話し合ってるから。真夜も渚も責めないであげて。あたし達に取ってこれが一番の解決策だったの」


 話を聞いていた朱音も助け船を出す。前もって渚は良い子だと伝えていたが、やはり思うところはあるのだろう。


「わかっている。すまん、この話はここまでにしよう。私達も当人達が納得しているのなら、三人の関係をこれ以上とやかく言わん」

「ごめんね、二人とも」

「いえ、全部自分で蒔いた種ですから」

「私も覚悟はしていました」

「ああ、もう! 真夜も渚もこの話は終わり! お父様達もこう言ってるんだし! 肝心の今日の依頼の話をしましょう!」


 謝罪合戦をする四人に、朱音は空気を変えるため声を上げた。


「……そうだな。では今日の依頼内容を説明する」


 紅也は改めて今日受けていた討伐依頼の説明を行った。


 内容は妖魔の集団の討伐。


 二週間ほど前、とある国有地の山で県の職員が調査のためドローンを操作し、空から撮影をしていた所、山頂付近の開けた場所で、野生動物の死骸が大型小型問わず複数映った。


 殺され方や状況から熊ではなく、また撮影していたドローンもその際に地上からの攻撃を受けて破壊された。最後に送られてきた映像は猿のような生物が複数、ドローンに群がる所であった。


 このため妖魔の可能性が高いことから、県は京極に調査を依頼した。


 調査の結果、犯人は猿型の妖魔でありボスは上級クラスの力があることがわかった。さらに配下は中級を含め十数体おり、かなりの規模の集団でもあった。


 上級妖魔は一般退魔師が十人以上で対応する相手であり、配下が複数おり最低でも数匹は中級が、含まれていたことから高位退魔師か、もしくは複数の退魔師の派遣が必要とされた。


 一時的に簡易的な結界を張り山から降りてこないようにするとともに、門下生から監視要員を配置し、後続の主力を待つ流れとなった。


 京極家は大祭の時期と重なったため、大祭の終了後に選定された人員が赴くことになっていたのだが、六道幻那の事件で京極家の主力が壊滅したため、この依頼を遂行するのが難しくなった。


 だが上級というかなりの危険な妖魔のため急ぎの討伐が必要であった。


 SCDが京極が抱えていた仕事の振り分けを行った結果、白羽の矢が立ったのが火野であり上級妖魔と配下が複数いても何の問題も無く対処可能な紅也と美琴が赴くことになったのだ。


「それを三人に解決してもらいたい。火野の当主や朝陽、SCDの方には連絡しておいたから問題ない。何かあっても私達が責任を取るから気にしなくていい」


 昨日の今日だが紅也は火野だけで無く朝陽にも連絡し、朝陽を通してSCDの方にも許可を取っている。


 星守としては何の問題も無いし、火野も参加するのが真夜とは言え、星守と京極の人間であるので依頼を完遂できるのならばこちらも何の問題も無かった。


 万が一何かあって、朝陽が全責任を負うと火野やSCDにも確約したのも大きい。


「わかりました。妖魔の詳しい情報や出現位置など、今現在わかっている情報はありますか?」

「ああ。これだ」


 紅也は用意していたレポートを真夜に渡す。元々は京極が用意した物だが、これを元に彼らもこの依頼を達成させるつもりだったようだ。


 京極は霊器使い一名と戦闘要員として他に五名とサポート役を十名用意して、万全の人員で挑むつもりだったようだ。


 対して真夜達は紅也達がいるとは言え、実質三名で行わなければならない。


 落ちこぼれの真夜では、優秀な朱音や渚がいたとしても難しい仕事と言わざるを得ない。


(異世界に行く前の俺じゃ、この妖魔の集団が相手だと足手まといのお荷物。朱音や渚がいたとしても達成は困難だっただろうな)


 おそらく美琴は真夜や朱音に、現実の厳しさを教えようと考えているのだろう。妖魔退治は遊びではない。退魔師は命がけの仕事。これまで異世界に行く前に朱音と共に赴いた依頼は、どれも中級以下の単体の討伐依頼ばかりだった。


 それはほとんど危なげなくこなしていたが、今回の件はそれらに比べればあまりにも難易度が高い。


 紅也達は朱音や真夜が退魔師の仕事を甘く見ているのならば、また朱音は足手まといの真夜がいる状態では、いつか最悪の事態を迎える可能性があることを、自分達が一緒についている状態で理解させようとしているのだろう。


 無論、真夜が以前よりも成長していて、この依頼を朱音と共にこなせるのならば実績にもなるし、自分達も全面的に応援するための試練として与えている面はあるだろう。


 どの道二人からすれば、朱音と渚と結ばれる事を目的にしているのならば、この程度の試練など乗り越えられないようならば話にならないと考えていた。


(けど今の俺でも何事もなければ、この程度の質と数なら余裕だけどもな)


 尤も紅也達が懸念している事はかつての落ちこぼれの真夜であればだ。弱体化していても今の真夜ならば一人でもこなせる依頼でしか無い。


 今の状態で実戦はこなしていないが、一人で検証した結果、おおよその今の自分の強さは把握できている。それに朱音や渚もいる。この面子ならば報告されている妖魔だけならば問題なく対処できる。


 それを加味して真夜は今、この依頼をどのように解決するかを頭の中でシミュレートしている。


(二人が見たいのは今の俺の実力だけじゃ無く朱音や渚の力や、三人での連携やそれぞれの相性なんかもだろうな)


 自分が一人で全部終わらせてもいいが、それだけでは意味が無い。それに二人に開示する力もどこまで出すべきかも悩みどころだ。


「おじさん。三人で話し合っても良いですか?」

「ああ、構わんよ。三人で解決するように言ったんだから、何の問題も無い」

「ありがとうございます。朱音、渚。ちょっと作戦会議だ」


 真夜は二人を手招きすると、紅也達から少し離れた場所で作戦会議を行い始める。


「……良い娘そうだね、紅也」

「……ああ。朱音と仲が良いのは間違いないだろう。この間の京極での会合の時でも一緒にいたくらいだしな」


 美琴の問いかけに紅也は腕を組み真夜達三人を見ながら答えた。


「真夜君も随分と落ち着いたし、大人びたと思うよ。それに雰囲気も変わったね。なんか、朝陽君がいるみたい」

「美琴もそう思うか? だが先日とは少し雰囲気が違う気がする」

「そうなの? けど何となくだけど並の退魔師よりも強い気配を感じるよ」


 真夜の兄である真昼には中学卒業前に会った時、すでに一流の退魔師のような存在感を感じていたのだが、真夜にはほとんど何も感じることは無かった。


 しかし今はそれには及ばないが、退魔師が持つ独特の気配のような物を身に纏っているようだった。


「だが並の退魔師より強い程度ではだめだ。朝陽が言うくらいだから、それなりに成長しているとは思うが、守護霊獣がいないのでは、本人の実力が高くなければ話にならん。真夜君は攻撃系の霊術も使えず、霊力の放出もまともにできんのだ。サポート要員としての活躍しか出来ないなら余計に難しい」


 紅也とて真夜に意地の悪いことをしたいわけではない。彼も真夜が兄に負けぬように必死に努力していたことや、朝陽が真昼と同じように手塩にかけていた事もわかっている。


 確かに娘を含めて同時に二人の女性と付き合うのは納得できないし、父親として見れば業腹だが、朱音が納得し、真夜もできる限り誠実に向き合おうとしているのならば無碍には出来ない。


 ただそれでも紅也や美琴以上の苦難の道を歩もうとしている中で、その先に到達できないとわかっているのならば、はっきりと諦めさせてやるのが親として、大人としての責務だとも思っていた。


「とにかくお手並み拝見だ。流石に数が数だけに三人では危うい場面や取りこぼしが出るかもしれんが、そこは俺達で補えば良い」

「そうだね。索敵とかも必要なら私達に頼めばしてあげるしね」


 二人は試練と言いつつも、本来であればもっと大勢で遂行する仕事であることも加味し、依頼の内容を熟知した後は、必要に応じて支援を要請する事が出来るかという事も評価の対象としていた。


 紅也は索敵などはあまり得意では無いが、美琴は割と得意な分野である。この二人はお互いに欠けたところ補えるパートナーのため、今回の仕事も適任とされた。


 すべてを頼り切るのは論外だが、足りなければ補助を願う程度は認めるつもりだ。


 しかし紅也達は三人の能力を知らない故に過小評価していた。


 真夜達は二人を頼る気はまったく無かった。


「場所は大体わかってるし、このまま出向いても良いが、それでも前もっての調査は必要だ。状況なんて常に変化するんだ。妖魔の数の増減や強さの上昇。その他にもこっちが予想もしてなかった事も起こるかもしれない。それに今回は数も多い上に山の中で逃亡の可能性もある。慎重に行って行きすぎることは無いだろ」


 真夜の言葉に朱音も渚も頷く。真夜は異世界で、朱音や渚も帰還した真夜と行動を共にしてからは、様々な状況に遭遇している。


 報告されていた妖魔の数が違っているかもしれない。別の妖魔が現れるかもしれない。何者かが罠を張っているかもしれない。最悪を想定すれば、いくらでも不確定要素は出てくる。


 だからこそ前もって自分達でも調べる必要はあるし、警戒を緩めるわけにはいかない。


「では私が式神で先行偵察します。それと出来れば式神で追い詰めて一カ所に集め、逃げられないように結界で閉じ込めたいところですね」

「そうね。あたしじゃ出来ないし、今の真夜だと難しいでしょ? だったら渚が適任よね」


 取れる手としては最善だろう。真夜も弱体化していなければ山一つ結界を展開するくらい出来るだろうが、今はそれも出来ない。


「それで妖魔の相手はどうしようか? あたしが上級を相手して、残りを真夜と渚に任せる形にする?」

「そうだな。それが一番無難だろ。今の朱音に取っては物足りないだろうが、俺は適当に雑魚をやる。渚はフォローしてくれるか?」

「はい。今回は私がサポート要員ですね」

「頼む。今回は連携も含めて親父さん達に見せるようにする。俺はある程度戦えるところを見せれば、多少は納得してくれるだろうしな」

「わかったわ。それじゃあ、妖魔退治に征きましょうか!」


 朱音の言葉に二人は頷くと渚は早速、九体のツバメ型の式神を召喚し山へと解き放つ。


 真夜達三人での初めての公式の仕事が始まるのだった。

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