第十三話 提案


「朱音の親父さん達が来るって?」

「うん。急なんだけどお父様とお母様があたしや真夜と話がしたいって」


 マンションのリビングで朱音から話を聞かされた真夜は、思ったよりも早かったなと思いながらお茶をすすった。


「親父からも話は聞いてたけど割と急だな。まあこっちの身内みたいに、いきなり何の連絡も無く来るよりもマシだが」


 朝陽にしろ明乃や結衣にしろ、いきなり事前連絡無しに来られるよりは急でもあらかじめ連絡をもらった方が何倍もありがたい。


「それで時間も指定してくれてるんだけど、都合はどうですかって。お母様ってそういう所はきっちりしてるから」

「うちの親にも見習って欲しいくらいだ」


 自由奔放な両親の顔を思い浮かべながら真夜は苦笑した。


「お話というのは朱音さんと真夜君の事ですね」

「そうね。今後の事とか真夜はどう考えてるのかって」

「オブラートに包まずにストレートに来たな。まあそれだけ朱音が心配なんだろうけど」


 渚の言葉に朱音が答えると、真夜も別に驚く事も無くその真意を考察する。


「火野としての思惑もあるのでしょうか?」

「さあな。もしあるのなら親父もそれとなく俺に言うだろう。無いところを見ると親として純粋に朱音を思ってのことだと思う。向こうとしても大切な娘のことだからな。婆さんのおかげで、周囲からの俺に対する目は概ね同情的になったみたいだが、それとこれとは話が別だ」


 明乃の策により、落ちこぼれの真夜に対する視線は今までの嘲り笑うような侮蔑的な物ばかりだったところから、今回の件について同情的な物が含まれるようになった。


 真夜がここから力を見せつけても、努力したからだとすることで受け入れやすい環境にはなったが、朱音の親としては現時点では真夜の力を知らないため不安にもなるだろう。


「それに渚の事が先にあったからな。朱音も力と功績を積んだ今、火野一族としては大切な若手の一人だ。雷坂の件でもあった婚姻話も、今後もまた出てくるかもしれなから、その前にあやふやな状況を潰しておきたいんだろ」

「確かにそうですね。いくら朱音さんが拒否しても、一族の上から言われては明確な理由が無ければ反発もしにくいかもしれませんしね」

「ほんと。そのあたりは面倒なのよね。さっさとあたしも渚みたいに進められたら面倒もないんだろうけど」

「そこは今回の話し合いで進めるさ。朱音の親父さん達にも筋は通さないとだめだろうし、きっちりと朱音をもらうって言っとかないとな。……あとは渚の事もその場で言うべきか」


 朱音の両親の前で渚の話を出すのはどうなんだろうかと、真夜は本気で悩む。相手からすればうちの大切な娘の話の時に別の女の話かと激怒されてもおかしくはないだろう。


「そこは状況次第で良いんじゃないの? あたしも納得してるし。一応、あたしも話し合いの途中で渚の事を言い出せそうなら言うし」

「すみません、朱音さん。お手数をおかけします」

「いいのいいの。気にしない気にしない。渚にはあたしも多大な恩があるんだし、これくらいどうって事無いわよ」

「いえ、私の方が朱音さんに色々と良くしてもらっていると思うのですが」


 朱音も渚もお互いに助けられたと思っているため、こういった所でフォローしあうようになっているので、真夜としても助かっている。


「そこは悪いが朱音に任せて良いか? 俺は俺で出来ることをする。とは言え、これは学校の試験以上に、いや比べものにならないくらい難敵だな」


 ある意味では六道幻那以上に厳しい戦いになるのではと、真夜は思ってしまった。


 渚の方も最終的には挨拶には伺わなければならないが、朱音の方が先になるとは。


「頑張ってね、真夜!」

「わかってるって」


 満面の笑みを浮かべて嬉しそうな朱音に真夜も気合いを入れ直す。


「じゃあ場所はここでいいだろ。渚は悪いがその日は」

「はい。自分の部屋にいます。終わったら連絡をくださいね。もしご両親と食事になど行かれるのでしたら、私に構わず行ってください。真夜君もご一緒されるのでしたら気にせずに」

「……ごめんね渚」

「悪いな」

「大丈夫ですよ、朱音さん。お二人のおかげで私は今、とても幸せですから。それにこれからずっとお二人とはいられるので」


 親に愛された記憶の無い渚は、両親との仲が良い真夜や朱音を少しだけ羨ましく思ったが、二人だけで無く朝陽や結衣も自分に良くしてくれている。真夜が力を示せば、二人とずっと一緒にいることが公にも認められることになったのだ。これ以上望んでは罰が当たるという物だ。


「ですので、真夜君。朱音さんの事もよろしくお願いしますね」

「渚にまで言われたらな。ああ、きっちり筋を通して話をつけてくるから吉報を待っててくれ」


 真夜は朱音と渚の二人に期待のまなざしを向けらると、決戦に赴くかのように闘志を高め朱音の両親との話し合いに望むのだった。


 ◆◆◆


「お久しぶりです、美琴さん。紅也さんは先日ぶりですね」

「うん。真夜君も久しぶり。元気にしてた? 朱音から話は良く聞いてるけど、随分と落ち着いたみたいだね」

「今日は時間を取らせて済まないが、こちらとしても大切な話だからな」


 来たる土曜日、時間通りに朱音の両親が二人揃って真夜の家を訪れた。マンションの入り口で朱音が待っており、彼女に案内される形で部屋にやってきた。


 二人をリビングに案内すると、真夜は二人に飲み物を出す。二人はスーツであり、見た感じ紅也も若いが並んでいると夫婦と言うよりも会社の上司と部下にも見えなくも無い。


 テーブルを挟み、紅也と美琴との対面に真夜と朱音が座った。今までに感じたことも無い緊張感が真夜を包む。魔王との戦いの時のようなプレッシャーだった。


 最初は和やかに、世間話のような朱音との近況の話や先日の会合の時の真夜に対する同情話にもなった。


「いえ、以前に比べれば祖母との関係も改善しています。俺が力を示せば認めてくれますから」


 口調も丁寧に二人と受け答えをする真夜。


 明乃とは関係改善どころか、すでに力も認められている。朝陽と同じかそれ以上に信用もされ、朝陽や結衣以上の理解者にして支援者になってくれいたりする。真夜の帰還に晴太が関わっていた事で、それがより顕著になったようだ。


「そうか。いや、真夜君も大変だろうが頑張ってくれ。私もできる限りの協力はさせてもらう」

「ありがとうございます」


 紅也の言葉に真夜は頭を下げる。


「それでね、真夜君。私もあんまり二人の事をとやかく言いたくないんだけど……」


 少し恐縮したように美琴が切り出した。


「はい」

「朱音の反応からの推測だけど、二人ってもう付き合ってるんだよね?」

「お母様!?」

「なっ!?」

「……ご報告が遅れた事は謝罪しますが、その通りです」

「ちょっと真夜!?」

「なにっ!?」


 美琴と真夜、朱音と紅也は顔をそれぞれに動かすと驚愕の声を漏らす。


「うん。何となくそんな気はしてた。この間の朱音の反応からして、そうなんじゃないかなって」


 苦笑する美琴に身内にはそりゃわかるかと真夜は内心で頷く。朱音の気性からして、簡単に見抜かれるだろうなとは思っていたので、そこに驚きはなかった。


「そ、それは本当なのか真夜君! 朱音も!?」

「はい。この場でごまかしても嘘をついても良いことはありませんから」

「え、えーと。ごめんなさい、お父様。実はそうなの」


 二人の言葉に見抜いていなかったのは自分だけかと頭を抱える。


(いや、もしかして朝陽の奴は知っていたのか、この事を。知っていて俺に言わなかったな。だとしたらあいつ、絶対許さん)


 内心で朝陽に報復をしなければと思いつつ、今度は真夜達に改めて向き合う。


「ちなみにいつからだ」

「高野山の合宿の時からです」

「それなりに経ってるじゃないか」


 紅也は先日の京極の時にはすでに付き合っていたのかと、また頭を抱えた。


「朱音、おめでとう。よかったね」

「ありがとう、お母様。ごめんなさい、秘密にしてて」

「まあ色々あるものね。仕方が無いけど、言ってくれなかったのは私も少し寂しいかなって」

「すいません。俺が口止めしてたので。朱音を叱らないでやってください」


 真夜は朱音は悪くは無いとフォローに入る。原因は朱音と渚の二人と付き合うために秘密にしなければならなかったためであり、本当に真夜に責任があるのだから。


「別に怒ってはないよ? 色々と事情があるのはわかってるから。ねっ、紅也」

「むぅっ。いや、まあ……」


 美琴はフォローしてくれるが、紅也は何か納得がいっていないようだ。


「私達は朱音が幸せならそれでいいよ。でもだからこそ色々と確認しないとだめなこともあるんだけど」


 少し申し訳なさそうな美琴だが、朱音の母親として娘のために出来ることはしておきたいのだろう。また彼女は勘もかなり良いようだ。


「それとね、真夜君。正直に答えて欲しいんだけど、京極の子とも仲が良いって聞いてるし、最近は朱音と三人で行動してるって話も聞いたんだけど……、もしかしてその京極の子とも交際してたりする?」

「なっ、何だと!?」

「お母様!? それは!」

「ごめんね朱音。今は真夜君に聞いてるの。紅也もここは私に任せて?」


 驚愕し僅かに怒りの表情を浮かべる紅也と、慌てる朱音を尻目に美琴は真夜へ事の次第を追求した。


「隠し立ては不義理ですので、正直に言いますとその通りです」

「うん、かまかけたつもりだったんだけど正直に言うね」

「嘘をついてもバレるでしょうし、美琴さんはほぼ確信していたと思いますけど」

「……どういうことか、説明はしてくれるんだろうな、真夜君」


 今にも爆発しそうな怒りを抑えながら、紅也は真夜を威圧しながら返答を求めた。答え次第では殴るだけでは済まさないつもりでもあった。


「全部俺の我が儘です。俺は朱音も渚も失いたくなかった。三人の時間を壊したくなかった。お二人から見れば最低な事を言ってるのは十分承知してますが、俺もこれは譲るつもりはありません」


 紅也の威圧を受け流しながら、真夜は臆すことも後ろめたさを出すことも無く、まっすぐに紅也と美琴を見ながら自らの傲慢な考えを口にした。


「お父様、お母様。真夜は別にあたしや渚に隠れて二股してるわけじゃないの。あたしも渚もそれで納得してるから、真夜を責めないであげて」

「だがな朱音」


 それでも文句を言いたそうな紅也に対して、美琴は目で制した。


「朱音はそれでいいの?」

「うん。あたしも色々と考えた結果だから。それに真夜はきちんとあたし達に向き合ってくれた。だからこれでいいの」


 朱音本人が受け入れているとはっきり言ったことで、紅也も怒りを抑えるがそれでも納得できないでいる。


「……だがそれでこれからどうするつもりだ? 今は良いかもしれんが、将来的にはその関係は破綻するぞ。退魔師は一夫多妻制が認めらているが、それは様々な条件を満たせばだ。悪いが真夜君ではその条件を満たせるとは思えん」


 腕を組み、むすっとした表情で紅也は思っている懸念事項を伝える。


「それとその京極の子も納得していると言うが、この間の会合の時の条件を忘れてはいないか? 前提として明乃殿や周囲を認めさせるだけの力と実績を示す必要がある。真夜君に守護霊獣がいるならばともかく、それすらいないのでは周囲を認めさせるなど夢のまた夢だ」


 星守の強さは退魔師としての個人能力だけでは無く、守護霊獣を含めての物である。本人の強さが低くても守護霊獣の強さがあれば星守として、退魔師として十分に認められる


 しかし紅也から見れば本人の強さも無く、星守を星守たらしめる守護霊獣との契約も結べていない。これではどうやっても認めてもらえるはずが無い。


「そんな真夜君では君達が望んでも二人を娶ることは出来ん。朝陽はともかく明乃殿も、星守も火野も納得しない。もちろん私もだ」


 まさか駆け落ちなど考えていないだろうなと、先ほどよりも鋭い視線で睨まれた。


「それこそまさかですよ。俺もそんな馬鹿な真似はしません。正攻法で二人を手に入れますよ」


 自信満々に言い放つ真夜にそれでも紅也は疑いの目を向ける。


 真夜は紅也の言っていることは至極まっとうな事なので、ここで紅也と手合わせをして自分の力をある程度見せるかと考えた。


「ねえ、紅也。だったら……」


 だがその前に何かを思案していた美琴が紅也に顔を近づけて耳打ちした。


「なっ、いや、それは……」

「私達も一緒だったら大丈夫だと思うよ。これから先、必要なことだし真夜君が本気なら手助けにもなるでしょ? それに色々とわかることや見えることだってあると思う。ちょうどいい機会だよ。朱音の成長も見たいし」

「……わかった。俺もそれでいい。朝陽の方には俺の方から言っておく」

「ありがとう、紅也。じゃあ決まりだね」


 紅也が渋々だが承諾したことに美琴は嬉しそうな顔をした。


「真夜君、朱音。二人がどこまで本気か私達に実際に見せて」

「明日、私と美琴に京極が受け持つはずだった仕事の依頼が一件入っている。山に巣くっている猿の妖魔の群れの討伐依頼だ。ボスは上級クラスで、十数匹の中級以下の配下を従えているらしい」

「それを真夜君は朱音と一緒に解決して。もし出来るなら京極の子も一緒にね」


 紅也と美琴は二人にそう切り出したのだった。


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