第十二話 火野紅也


「で、色々と説明してくれるんだろうな」

「さて、何の話かな」


 京極の事件から十日ほどが過ぎたある夜、朱音の父である紅也は朝陽を行きつけのバーに呼び出していた。


 このバーは個室もあり、聞かれてはならない話し合いの場合、結界を張って秘密の会談をする事も可能だった。


 適当な料理と酒を提供してもらった後、紅也は満を持して朝陽に問い詰めた。


「とぼけるな。あの会合のお前の態度や京極への交渉の内容と対価。他の連中は納得してたかもしれないが、俺はそうじゃない。それに会合の後の朱音の話もだ。お前、何を隠してる?」

「心配しなくても紅也や火野に不利益になることはないさ。むしろ、紅也にとって見ればプラスの話だと思うよ」


 先日の会合の後、軽く朱音に関しても紅也に言及していた朝陽。その場は他の一族の目もあり、深く追及する事をしなかった紅也だが、今は二人しかおらず、個人的な話し合いであるために追及の手を緩めることはしなかった。


 だが朝陽もそれがわかっていたので、あくまで話せる範囲で紅也に教えるつもりではあった。


「真夜君に関してもそうだ。先代は力と実績を示せば他家の者との婚姻を認めると言っていたが、あの先代が認めるほどとなれば、真夜君にはあまりにも酷な条件じゃないのか? それと朱音に関してお前はどう考えている?」


 父としては朱音の恋路を応援してやりたいのだが、退魔師としてはあまりにも朱音と真夜との婚姻は難しいと言わざるを得ない。最近は朱音も実績を積み上げてきたし、力も火野有数の使い手に成長する兆しも見えてきた。その相手が落ちこぼれでは、火野の大多数は納得しない。


 確かに今の星守の勢いを見れば、それがたとえ落ちこぼれの真夜であっても、婚姻を結ぶことで星守と関係を強化したいと考える人間がいないわけではない。


 しかし先日の明乃の発言から考えれば、真夜が力と実績を示さない限り他家との婚姻を結ばせる気は無いと明言したようなものだ。


 だからこそ朱音と結ばれるようになるにも、真夜が成長する以外にないのだ。


「もし真夜君と京極の娘とで婚姻がなれば、朱音は残念だが選ばれない。退魔師は一夫多妻制も認められているが、その条件はそれなりにある。星守の全面的な支援があればある程度の条件は満たされるだろうが、あれは優秀な退魔師に限りだ。単独で最上級クラスと渡り合えるだけの実力がなければ適応されない」


 仮に真夜が成長したとしても、紅也は単独で最上級クラスと渡り合えるだけの強さを得られるとは思えなかった。その条件を満たすのは霊器使いクラスなどに限られている。


(いや、外野がとやかく騒ぐのも違うかもしれないが、真夜君自身どう考えているんだ?)


 まだ高校一年の真夜に将来の結婚相手を決めろと言うのも早いかもしれないが、朱音の事をどう思っているのかも確かめなければならないと考えていた。


 先日、京極の事件の後に朱音にそれとなく真夜との事を聞いたが、相変わらず朱音は真夜を好いていることがわかった。


 また先の会合の時の渚の態度から、彼女も真夜に対して特別に思う感情があるように見受けられた。


 一体、真夜はどうしたいのか。どう考えているのか。


 父としても退魔師としても中々に難しい話であるが、一度真夜と腰を据えて話をした方が良いのではと思っていた。


「まあそう焦ることはないさ。真夜も朱音ちゃんもまだ高校一年生。昔ならともかく今のご時世、高校卒業くらいでも遅いと言うことはないだろ。真ちゃんも今頑張っている所だから、それくらいまで待ってあげて欲しい」


 どこかのらりくらりと話をする朝陽に、紅也はますます疑惑の目を向ける。


「お前がこの間、朱音の婚姻話はしばらく止めておいてくれ言っていたのもそれに起因することか?」

「そうだね。先代からこれからも真夜を鍛えることに関して許可をもらったし、退魔の場に連れて行くことも、実戦を経験させることも良いと仰せつかった」


 これは建前であり、弱体化中の真夜のカモフラージュに用いる方便だ。多少無茶な修行内容を課してそれを達成したとしても、爆発的に急速に成長したとしても、多くの者は本人の努力の成果だと考えるだろう。


(もっとも真ちゃんはすでに実戦経験豊富だし、聞いた話だと弱体化した時の戦い方もあるって言ってたし問題はそこまで無いだろうね)


 真夜の強さは最初こそ兄に譲渡した力の代わりに注がれた、神に与えられた力を元にしているが、それを自らの努力で磨き上げ、経験を積み重ねる事で築き上げた物だ。


 朝陽は以前の真夜との手合わせでも感じたが、真夜は格上が相手でも力が制限されている状態であろうとも、決して揺るがない精神性を持っている。だからこそ今の状況でも朝陽は真夜に対して過剰な心配をしていないのだ。


「……お前はそれで何とかなると思っているのか?」

「ああ。確信しているよ。近いうちに真夜は私の、私達の想像を超えるほどの成長をするとね」


 弱体化が終わった後、更なる強さを得ると真夜は朝陽や明乃に語った。その言葉に嘘偽りは無いのだろう。


 だからこそ朝陽も紅也にこの言葉を告げた。強くなるのと強さを取り戻して先に進むのとでは、意味合いは少し違うが、成長する事に間違いは無いのだから。


「だから朱音ちゃんの事も何とかなると思っている。確かに星守としての打算はある。それは否定しない。だが私は親として、真夜の幸せを願っている。そのための一番良い方法を模索しているに過ぎない」

「それは俺も同じだ。朱音が幸せになるのなら、俺も文句はない」


 どこか嬉しそうに酒を飲む朝陽に、紅也もまだ納得し切れていないが同意するように酒を口に運ぶ。


「真夜君が強くなって朱音と結ばれるのなら、それに越したことはないからな。朱音も泣かずに済む。だが京極の子の方はどうするんだ。強くなったらまさか二人と結婚させるつもりか?」

「真夜が望み、二人が納得するのならね」

「……それに関しては、俺は反対の立場だ」


 朝陽も紅也も妻は一人だけであり、夫婦仲は良好である。退魔師の家系、特に六家の直系は政略結婚も多い中、朝陽も紅也も恋愛結婚であった。また六家でも側室を持つ場合がここ最近は減ってきていることもある。


 これはかつてに比べ、六家の直系の殉職率や、子供の致死率が戦前や終戦後に比べ大きく下がっているのもある。


 元々退魔師の一夫多妻制は戦後にGHQが、優秀な日本の退魔師を増やしてあわよくば手駒に加え、他国へ派兵させようと画策したことで出来た法律でもある。また法律で制約や条件を設けることで管理をしやすくし、側室を得るための強さにも制限を設けることで、数だけを増やさせるのではなく、強さの質を保持させる目論見もあった。


 だがそれに伴う義務も面倒なこともあり、無理にお家のために妻を複数持つ必要性もない。それに正室と側室などの間で諍いが起こるケースも少なくなかったり、時代が移り変わり世間一般も含めてそんな風潮ではなくなってきているため、別の面倒ごとを嫌い複数の妻を持つ者は減ったのだ。


 朝陽も紅也も妻一筋であり、紅也としても妻との結婚に大変苦労したこともあってか、二人を妻に娶るのは、優柔不断な態度で不誠実ではないかと思ってしまう。


 そもそも紅也は真夜の実力からして、そんな選択を取れるほどの強さも無いゆえに、余計に厳しい目で見てしまう。


「確かに優秀な退魔師は一夫多妻制が認められているが、父親としては大切な娘が二股をかけられた上に、妥協して結婚するようにしか見えん。それにそうなった場合、正室と側室の問題も出てくるし、それぞれの家だけで無く、その二人の間でもどちらが上かと諍いが起こり険悪になりかねないぞ」

「……まあ、それはあるね」


 朝陽もその問題に関しては同意する。当人達の話し合いはもちろん、京極、火野とも調整する必要はある。家同士の話は朝陽でも明乃でも対処できるが、どちらが正室かは三人で話し合ってもらわないとだめだ。


(あの三人ならそこまで揉めないとは思うけど、紅也の懸念も当然だからね)


 あの三人の仲なら、そこまで深刻な事態にはならないとは思うが、懸念事項はできる限り潰しておいた方がいいのは当然だ。


「俺としては一度真夜君ときちんと話がしたい。今後強くなる、ならないは別としてな」

「子供を持つ親としては当然だ。私を通してでも朱音ちゃんを通してでも構わないから一度真夜と話をすればいい」


 朝陽も異論は無い。出来れば自分も同席したいが、下手に朝陽まで同席すると他家や火野からもいらぬ勘ぐりを受ける可能性もある。


 それに今の真夜ならば自分がいなくても大丈夫だろうと思い、紅也が会いたがっていたと話をしておけば何とかするだろう。


 もし何かあっても後でフォローすればいいし、ある程度の根回しはしておくつもりでもあった。


「それと妻も真夜君の事を気にかけていた。おそらく一緒に話をすることになると思う」

「美琴さんがかい?」


 火野美琴。


 紅也の妻であり朝陽とも付き合いが長い。と言うのも彼女は朝陽の妻である結衣とも仲が良く、学生時代の学友でもあったからだ。


 また退魔師としても優秀であり、イギリス人とのハーフで火野一族に嫁入りした人間ではあるが、現在でも火野の中でも有数の使い手として名を馳せている。


「ああ。美琴も朱音を心配していてな。以前の古墳の事件の時はイギリスに行ってて、後から話を知って慌ててたからな。この間の京極の事件の後、久しぶりに朱音に会って真夜君の話を聞いて、余計に心配になったみたいだ」


 母親として紅也との結婚で苦労したからか、朱音にはそんな苦労をして欲しくないと思っているようで、彼女も真夜と話がしたいそうだ。


「そうだね。それで美琴さんが安心できるならこちらとしては問題ないよ」

「すまんな。ただ無いとは思うが、あまりにも朱音に対して不誠実なら、真夜君には悪いが一発殴るくらいはするぞ」

「そこはできる限り穏便に頼むよ」


 朝陽は苦笑し、真夜の健闘を心の中で祈りつつ、真夜達三人が幸せになるように願いながら紅也と共に酒と料理を楽しむのだった。


 ◆◆◆


 朝陽とある程度飲んだ紅也は、今回は日付が変わる前に帰路についた。


 火野の近くまで朝陽と鞍馬天狗に送ってもらったのだが、相変わらず守護霊獣をタクシー代わりに使うのはどうかと思う。鞍馬天狗も鞍馬天狗で呆れているような、もう何を言っても無駄だと思っているかのような達観した表情だった。


(しかし朝陽の奴、肝心な事は秘密にしやがって。真夜君が強くなる兆しでもあったのか?)


 だが言われてみれば京極の大祭で久しぶりに会った真夜は、どこか大人びており、雰囲気も以前とは比べものにならないほど落ち着き、また朝陽のような存在感があった。


 しばらく会わないうちに、真夜は退魔師として成長したのだろうか。それも含めて確かめなければならない。


 紅也は父親としてできる限りの手助けはしてやるつもりであったが、もしもの時は恨まれ役を買ってでも朱音のために行動するつもりではあった。


 火野の屋敷内を歩きながら、紅也は自分や妻が住まう一角へと歩いていく。


「お帰り、紅也」


 不意に紅也に声がかけられる。長く腰まで伸びる美しい金色の髪と蒼い瞳が印象的な女性がそこにはいた。


 身長は百六十後半でモデルのようなスタイル抜群の体型であり、美人ともかわいいとも言える整った顔立ちである。


 彼女こそ紅也の妻であり朱音の母でもある火野美琴であった。年齢は三十代半ばを過ぎているのだが、どうみても二十代前半にしか見えず、娘の朱音と並んでも姉妹にしか思われないだろう。


「ただいま、美琴」

「うん、お帰り。今日は早かったね。朝帰りでもよかったのに」

「いや、俺も明日は昼から仕事もあったからな。それよりも待っててくれたのか」

「そうだよ。嫌だった?」

「いや、そんなことは無い。いつもすまないな」


 いつでも紅也を優先してくれる妻に紅也は頭が上がらない。


「前回は朝陽君とはやけ酒だって聞いたけど、今回は楽しめた?」

「まあ前回よりは楽しめた。朝陽から色々聞き出したかったんだが、あいつはいつも肝心な事は喋らないからな」

「朝陽君らしいね」


 昔を思い出したのか、美琴も面白そうな笑みを浮かべる。彼女は紅也や朝陽とも何度も肩を並べて妖魔と戦った戦友でもあった。


「それと真夜君の件だが、朝陽にも話は通した。一度、朱音を交えて話をしに行こうと思う」

「私も行って良い?」

「もちろんだ。美琴も一緒に頼む」

「わかった。じゃあできる限り早くに時間を作って行こう。ええと、スケジュールを調整して」


 美琴はスマホを取り出すとスケジュール表を確認する。そこには美琴だけでなく、紅也の予定までびっしり書き込まれていた。


「うん、今週末は時間を取れるよ。だからこの土曜日に行こうか」

「この土曜日にか!?」

「そうだよ。こう言うのは早いほうが良いし、朱音も真夜君の事は色々と悩むだろうから早く安心させてあげないと」


 なにげに行動力が凄まじい妻に紅也は驚かされることが多い。そして何かにつけて紅也を優先してくれるが、朱音の事に関してはそれ以上の行動力を発揮する。


(朱音の事に関して美琴は俺よりも譲る気はないだろうからな。すまん、真夜君)


 心の中で真夜に謝罪しつつ、紅也はそれでも娘のために妻と共に行動を起こすのだった。


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