第六話 新たな局面


「さて、返答をお聞かせ願えますかな?」


 攻勢を強める朝陽は京極家の長老達に威圧を強める。


「うっ、し、しかし対価と言われても我々の一存では……」

「星守もそうですが、別に他の六家も無理難題を京極家にふっかけるつもりは無いでしょう。それにここで折れておいた方が京極にとってはよろしいのでは? ここでよりよい返事をしていただければ、星守は京極家の復興に尽力することをお約束します。もちろん他の六家も協力してくれるでしょうし、もし難色を示すようであれば私が説得します」


 朝陽は人当たりの良い笑みを浮かべ、長老達を安心させるように言う。ここでごねられても面倒なことになるため、多少は京極家にも譲歩する必要がある。


 星守当主としてできる限りの協力を約束する。他の六家に無理強いはできないが、星守だけならば朝陽の裁量でどうにでも出来るし、明乃も朝陽に追随してくれるはずだ。


 朝陽と明乃の二人に逆らえるだけの人間は、今の星守には存在しない。星守のご意見番や分家の長だろうが

 、二人には表だって敵対も強硬な意見も述べることが出来ない。


 朝陽としても真夜の件を別としても、他の六家同様に京極家に没落されては困るのだ。


 星守が強くなるのは構わないが、一強では問題もある。


 絶対王政は腐敗する。朝陽や真昼達の代はまだ問題ないだろうが、それ以降がどうなるかわからない。さらに他の星守一族や分家が増長しないとも限らない。


 京極の例を見ればわかるように、大きな組織は問題も大きくなるし、勢力の急拡大は危険も伴う。


「主力を失った今の京極家では、最上級以上の妖魔に対処するのは困難なはず。そこは星守が穴埋めを行いますし、何でしたら火野や氷室に声をかけさせて貰うことも可能かと」

「氷室は問題ないですよ。うちも最近は星守さんところと門下生同士の交流もありますし」

「火野も問題ないぞ。以前の古墳での前例もあるからな。まああれは色々と問題が起こったが、あのように退魔師を罠にかけようとした連中への対処も、六家全体で協力関係を構築しておけば難しくないだろう」


 火野と星守が共同で一族間の下らぬ確執のせいで、他家の介入を困難にさせた。


 しかしあらかじめある程度取り決めを行っておけば、相互補助の形で助け合いをしやすい。


「水波としても京極家の手の回らない部分へ協力するのはやぶさかではない。そうすれば多少は京極も復興に余裕が出るのではないか?」


 流斗も同じように協力してもよいと答える。彼もこのまま長老達がずるずる回答を引き延ばすのを良しとせず、また協力という飴を与えつつ、その実績で自分達の勢力の拡大を緩やかに行う腹づもりでもあった。


「それは……」

「もしここでごねるのであれば、星守は積極的に京極へと支援は行いませんが、よろしいかな? 今の京極家には星守の後ろ盾は、何よりも必要だと思うのですが?」


 ここで朝陽は最後の一押しに出る。星守の後ろ盾。ある意味では自分達が上であると言っているような物だが、京極家の主力が壊滅した今、それは間違いでは無い。


 退魔師として必要な武力が根こそぎ失われた。あの惨劇から生き延びた者の中で、未だに現役を続けられる者がどれだけいるかもわからない。


 対して星守は戦力を一切失っていないどころか、真昼の台頭や朝陽、明乃がその存在感を示している。


 さらに京極家が何も出来ずに壊滅させられかけたと暴露されれば、政財界も京極家との関係を減らし、星守に付くだろう。


 政治力に関しても生き残った者によっては、政財界とのつながりが薄れてしまう可能性もある。


 ここで星守の機嫌を損ねれば、待っているのは復興どころの話では無い。


「今回の交渉が決裂した場合、今後は譲歩はないと思っていただきたい。こちらとしては最悪、京極家が没落してもどうにかする案も考えますので」


 長老達も朝陽を含め、他の六家が京極家の没落を望んでいないのは理解している。


 しかし長老達が強気の交渉が出来るかと言えば、答えは否である。


 星守や六家は、何が何でも京極家を存続させなければならないわけではないからだ。面倒ごとを抱え込みたくないだけであって、最悪はそれも仕方が無いと考えている。


 朝陽を始め、当主達はSCDと協力して、京極家の管理地を分割し治める案はあるだろうし、そうなれば他の六家は今回の件を理由に容赦なく京極家からむしり取るだろう。


 責任に関しても今回の件を六家と共有しなかったSCDに押しつけることも出来なくは無い。


 さらに外的要因に関しても罪業衆が消滅した今、京極家没落の混乱で大規模な攻勢に出る組織は今のところ皆無である。


 逆に京極は没落してしまえば、まだ残ってる罪業衆の残党や今回のような恨みによる襲撃の危険は排除しきれない。


 長老達も俗物ではあるかもしれないが愚鈍ではない。愚鈍ならば外から入ってきた人間が、京極家の長老衆に加わることなど出来ないのだ。


 損得勘定を計算すれば、朝陽の提案は受け入れる価値があるどころか、これ以外に方法は無いものだ。


 しかしだからといって、即決で決めてしまえば後で他の者に何を言われるかわかったものではない。


 もし生き残っている者達の中に清彦や清丸を含めた長老の誰かがいれば、彼らに断りも無く無条件に相手の条件を受け入れたと非難される可能性も否めなかったからだ。


 だがそんな彼らに助け船が訪れる。


「いやー、えらいすんません。その話、僕も参加させてもらえまへんやろか?」


 どこか気の抜けた声が室内に響く。全員が声の方に視線を向けると、部屋の入り口には病院に搬送されたはずの京極右京が立っていた。


「右京君。意識が戻ったのかい?」

「はい。何とか意識も無事に戻りましたわ。治療もしてくれてたおかげで、こうして戻って来れましたわ」


 朝陽の問いかけに右京はいつもと変わらぬような態度で返事をする。


「それとまず最初に、星守と六家の皆様には大変ご迷惑をおかけしました。京極を代表して、感謝とお詫びを申し上げます」


 謝罪の言葉と共に右京は大きく頭を下げた。長老衆は右京の態度に驚愕していた。それもそうだろう。右京は京極を代表してと口にした。京極家の非を認めた上に、一族の総意として発言したことになる。


「う、右京! お主何を!?」

「何って、謝罪と感謝ですやん。他の六家の方々にはご迷惑をおかけしてもうたさかい、当然のことでっしゃろ? それに兄さんも父さんもおらへん今、京極直系で当主の弟の僕が一番適任やと思うけど?」


 その言葉に長老達は何も言えない。ただそれだけではない。右京から感じられる圧が、これまでとは比べものにならないほどに上がっていたのだ。それこそ他家の当主を上回るばかりか朝陽に迫るほどではと思われた。


「朝陽はんもどうもすいません。僕らが不甲斐ないばっかりに」

「いやいや。無事で何よりだね、右京君。私としては君には聞きたいことも多々あるが、それはこの際おいておこう」

「ありがとうございます。そうしてもらえると僕も助かりますわ」


 朝陽は右京の登場に警戒を強めた。


 死にかけた退魔師が強くなると言う話は希にある。それに秘中の儀の効果が加われば、急激なパワーアップの可能性もあるだろう。まだ朝陽には及ばないだろうが、戦闘力では一番強い火野焔を超えているかもしれない。


 しかし朝陽が警戒するのはそれだけではない。右京が出てきたことで、自分の目論見が達成できない可能性が僅かながらに上がった可能性があるからだ。


(これは少々面倒だね。右京君が六家当主クラス以上の力を得ている可能性があると、長老達のように強行策で押し通せない可能性がある)


 壊滅した京極家の主力の代わりに、直近の京極が持ち得なかった強大な個の戦力が出現した。それは主力の完全な穴埋めとはいかないまでも、強い京極家をアピールする材料となり得る。


 醜聞自体は覆すことが出来ないが、やり方次第では政財界の離反を抑える材料となり、ある程度の権限を維持させることが可能となると、星守の後ろ盾も不必要に求める必要もなくなる。


「では先ほどまでのやりとりだが、星守と六家は今回の件を京極家の主力が襲撃者とその際に出現した覇級妖魔を壊滅はしたが撃退。他の妖魔は六家が殲滅した。このように公表するつもりだ。だが京極家は我々が望む物を対価として支払ってもらう。今回の件の詫びも含めてね」


 朝陽は対価をきちんと支払えば、醜聞をもみ消し、これ以上追求をしないと暗に告げていた。


 だが右京も取引は受け入れるだろうが、朝陽が望む渚の身柄に関しては難航する可能性がある。


(渚ちゃんの身柄を何とかして確保したかったが、やり方次第では向こうがかなり優位な形になる)


 京極を支援する代わりに、渚を星守家の養子などの形で身請けすれば、星守への京極家への介入も最小限に抑えられるのだが、これがもし渚の身を委ねる代わりに側室でも構わないので、真昼へと嫁ぐ事を条件に出されれば面倒になる。


(右京君が生きていてくれたから、直系の生き残りが渚ちゃんだけで無かったことは幸いだが、これが吉と出るか凶と出るか……)


 渚の立場を考えれば、右京が生きていた事で彼の方が適任とする者が主流となるだろう。それでも油断できないのは、渚をお飾りの当主にして、右京が実行部隊として動きやすくする事も考えられるからだ。


 とにかく今まで以上に気が抜けない事態だ。朝陽は気を引き締め、右京にこの案に乗るかどうか返答を促す。


「責任は全部僕が取りますんでこの案で、よろしゅうお願いします」


 もう少しごねるかと他の六家の面々が見守る中で、右京は拍子抜けするほど簡単に同意した。


「どんな対価かは今後の話し合いでお願いします。僕としてはこれで済むんでしたら、安いもんやと思います。ほなら、対価については個別で対応と言うことで、朝陽はん」


 何を考えているのかわからない右京に対して、朝陽は内心を隠しながらも柔和な笑みを持って返す。


「う、右京! このような重要な決定をそう簡単に決められては!?」

「ほならどうするん? この場でごねてもええことなんてないでっしゃろ? むしろこの場の皆さんの印象最悪になるですやん。責任は僕が取るさかい、長老様方は黙っといてもらえます?」


 へらへらと笑いながらも有無を言わさぬとばかりに右京は細めを開け、長老衆を見据えると誰もが黙り込む。


「朝陽はん。あとでお話があるんですが、よろしいでっしゃろか?」

「……ああ。私も話がしたいので、時間を取ろう。それとそこで星守が支援する条件を話合おうか」


 笑みを浮かべる両者はそのまま静かに、だがお互いの内心を隠して対峙するのだった。



 ◆◆◆



 真夜は猫又と少年に先導される形で暗闇の中を歩いていた。道など無く、どこまでも闇が広がっている。


 だが一人と一匹は迷い無く道なき道を進んでいく。真夜は無言のまま、その後ろをついて行く。


 不安は無い。どれだけ時間がかかろうが、あの神が言うように元の身体に戻れるだろう。


(しかし誰だ? 俺に縁がある奴でこんな奴知らないんだけど)


 道案内をしてくれる目の前の一人と一匹に心当たりが無い。自分と縁を繋ぐ者言うが、出会ったことも無い者達が縁を繋ぐ者とはどういうことなのか。


 会話らしい会話は無い。だが嫌な感じは無い。


「悪いな。案内して貰って。誰だか知らないが助かる。ありがとう」


 感謝の言葉を述べる真夜に少年は僅かに振り返る。笑みを浮かべており、どこか人なつっこそうにも見える。


 少年は口を動かす。声は聞こえない。だが真夜にはなぜかその少年が何を言っているのか理解できた。


 気にするなと少年は言っていた。その後も少しだけ少年は真夜に何かを語る。


「あんた……」


 彼が誰なのか、真夜は僅かな会話の中で朧気ながらに察することが出来た。


 ニャー。


 猫又が声を上げる。見れば闇の先に光が見える。どうやら道案内はここで終わりらしい。


「改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、星守晴太(ほしもり せいた)さん、タマ」


 ニャー!


 僅かにかがみ、スリスリとすり寄ってきた猫のタマの頭を撫でると、真夜はもう一度、目の前の少年――星守晴太に感謝の言葉を述べる。


 ――――――――。


 晴太も最後に何かを告げ真夜に光の方へ行くように促すと、小憎たらしい笑みを浮かべるとぐっと親指を立てた。その仕草や笑い方が、どこか異世界の親友である勇者の少年に通じるものを感じた。


 その姿に真夜は思わず苦笑する。状況が違えば彼とも親友のような関係になれたかもしれない。


 一人と一匹に見送られながら、真夜は光の方へと進むとそのまま光の中に姿を消すのだった。

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