第七話 目覚め

 

 京極家との話し合いは、右京が登場することにより星守や六家に有利な形で決着することになる。


 京極の長老衆が何度か条件を付けようと話に割り込もうとしたが、右京がそれをすべて黙らせた。


 またSCD局長の枢木隼人も、京極では無く全体を優先する方向に舵を切った事で、長老衆は押し黙るしか無かった。


「この件に関してSCDも積極的に介入いたします。我々としてもできる限り京極家復興に協力することをお約束します」


 協力と言っても、公的機関なのだから民間の特定団体に肩入れすることは憚られるのだが、事が事であるのと、相手が京極一族であるため、星守が復興の手助けをすると表明すれば、SCDとしても政府の意向を考えこういうしかない。


「ほんま感謝しますわ。搬送された者(もん)も、まだどんだけ現役復帰できるかもわかりまへんが、僕含め出来る限りのことはしますさかい」


 右京は個別の対価はそれぞれの一族と、後日話し合いの場を持って対応するとした。各家もどのような対価を求めるかは一族での話し合いもあるだろうし、この場では言質を取るだけで問題なかった。


 復興に関しても星守とSCDが仲介してくれるだけでも随分と違うし、他の六家も大手を振って介入できる。


 彼らが味方である内は、政財界も今後の復興を見こして即座に京極を切り捨てるような動きはしないだろう。


 京極以外の当主達は概ね満足な結果だが、そんな中で、朝陽は星守にとって最大の成果となりうる渚の身柄の確保をどうしたものかと考える。


(右京君との個別の話し合いで渚ちゃんの議題を出すのが無難かな。京極の長老達がどう動くかはわからないが、他に生き残っている者達次第で対応も変化する)


 清彦や清丸、それ以外の京極家の長老達が生き残っている場合、時間をおけば彼らが復帰し交渉はより困難になる。報酬の件はすでに約束されているので、渚の身柄も預かることは可能だが、下手に条件を出されても厄介だ。


(この後すぐに右京君と交渉し、渚ちゃんの扱いを決めるしかないか)


 朝陽が渚を星守の預かりにしたいのは、真夜の事を思ってが一番の理由だが、真夜を星守に所属させ続けるためにも必要な措置でもあるからだ。


 もしこれで渚が京極に残ったままでは、真夜は彼女と婚姻を結べたとしても朱音を嫁に貰うことが難しくなる。それは三人にとって看過できない話だろうし、星守としても真夜を婿に出すことになるので、何としても避けたい状況である。


 これだけ多くの京極一族が亡くなっている状況では婚姻の話は非常にデリケートな問題であり、京極にとっても一族の直系の存続を考えた場合、生き残りの人員次第では最重要な話になってくる。


 渚の扱いは今後の状況次第では今まで以上に難しくなるし、京極一族としても他家への取引や交渉材料としても重要視するだろう。


(真夜の実力が知れ渡れば向こうも確実に乗るだろうが、今だと真昼との婚姻を望むだろう。いや、それ以前に直系の存続を考えて嫁に出さないか、あるいはもっと強力なコネクションへと嫁がせるか)


 とにかく時間が空けば空くほど、京極家の被害の詳細が判明すればするほど、渚の価値が高まる可能性がある。下手をすれば他の六家も渚に価値を見いだし、欲するかもしれない。


(彼がこちらの案を飲むかどうか、勝負はそこからだね)


 朝陽がそのように思考している中、右京もまた様々な思考を巡らせていた。


(何とか首の皮一枚繋がってるんやけど、問題はここからやね)


 最悪の事態である一族の滅亡は何とか回避された。一族の多くが帰らぬ人となったが、自分を含めある程度の人間が生き残った事は僥倖だった。


 しかしまだ終わりでは無い。右京には未来は見えないが、災禍を朧気ながらに知ることが出来る。


 ここで対応を間違えば、待っているのは悲惨な未来でしかない。


(真夜中に輝く星。未だにそれが何なのかわからへんけど、おおよその見当は付いとるからあとは……。うん、わかっとるよ。うまくやるさかい)


 右京は自らに語りかけてくる何かに返事をすると、朝陽の方へと向き直る。


「ほな、申し訳ありませんが、朝陽はん。お時間いただけます?」

「ああ、構わないよ。では皆さん、右京君と話をしたいので、少し時間を取らせて貰うよ」


 密室での会談では色々と勘ぐられる。だからこそ朝陽はこの場で右京と話をすることにした。


(皆が見ている前では腹を割って話は出来ないが、それでもある程度の事は決められる。その後は右京君個人と話し合いの場を持てば良い)

(この場でどんだけ朝陽はんの譲歩と本音を引き出せるか。正念場やね)


 朝陽と右京はそれぞれ笑み浮かべ、交渉に入るのだった。



 ◆◆◆



(真夜ちゃん、どうか、どうか無事に回復してください)


 真夜達の母である結衣は急ぎ、新幹線とタクシーなどを使って、真夜が搬送された病院へと到着していた。


 ICU(集中治療室)へと運び込まれた真夜は、酸素マスクなどをされた状態だった。


 ガウンや帽子を着た結衣は集中治療室の中で見る、息子の痛ましい姿に思わず息をのんだ。容態は聞き及んでいたが、実際に目の当たりにするのとでは衝撃は違った。


 鞍馬天狗は姿を消し、屋上で監視と護衛についているようだった。


 結衣も真夜の護衛としてこの場にいるのだが、彼女はただただ息子の無事と回復を祈るしか出来なかった。


(私はなんて無力なんでしょうか。朝陽さんやお義母様のように真夜ちゃんのために行動も出来ないなんて)


 護衛も立派な仕事だが、結衣は無力感に苛まれていた。


 十五年間苦しんでいた真夜を救えずにいた。結衣が原因では無いが、真夜が落ちこぼれとして生まれたことを自分のせいだとずっと悔やんでいた。


 だがそんな真夜も過去を乗り越え力を得た。家族とも和解し、ようやく幸せな未来が訪れると思っていた矢先に、こんな事になるなんて。


(お願いです。真夜ちゃんを助けてください。代わりなら私がなります。だからどうか真夜ちゃんを助けてください)


 悲痛な思いで結衣は祈る。神に、先祖に……。誰でもいい。息子を助けて欲しいと。


 そんな時だった。


「えっ?」


 何かの気配を感じた。同じように屋上にいた鞍馬天狗も結衣以上に何かを感じ取っていた。


 だが嫌な感じはしない。むしろ逆である。


「真夜ちゃん!?」


 驚愕の声を漏らす結衣。見れば真夜の身体がうっすらと光り輝いている。今までどこか青白かった肌が赤みを帯びていく。あふれ出す生命力に結衣は思わず目を見開く。


 ドクンドクンドクン


 力強い、心臓の鼓動が結衣には聞こえたような気がした。


 閉じられていた真夜の目がゆっくりと開かれていく。


「あっ、ああっ、ああああああっ!」


 目尻に涙が浮かび、結衣から嗚咽が漏れる。


「………ただいま、母さん。悪い、心配かけた」


 涙を流す母を安心させるように、意識を取り戻した真夜はそう声をかけるのだった。



 ◆◆◆



 京極・星守襲撃から半日が経過し、すでに時間は昼を大きく過ぎていた。


 星守の本邸では明乃が執務室であちこちに電話をかけつつ、各方面への報告書の作成などを行っていた。


 彼女は朝からほとんど何も食べていない。女中が用意した軽食にもほとんど手を付けず、何かに取り憑かれたかのように、あるいは何かの恐怖を打ち払うかのように、一心に業務に打ち込んでいた。


(京極の方は朝陽が上手くまとめるだろう。問題は各方面への根回しと協力体制の構築。京極に対しても極端に政治力が落ちないように取り計らう必要がある)


 晴太の事件があってから、他家へはできる限り関わらないようにしていた明乃だったが、今は逆にその権力を十全に使い、逆に京極を助けるために動いていた。


(マスコミ関係も抑えるべきか。グロリアにも動いて貰う必要があるな)


 外部協力者のお姉系の情報屋を思い浮かべつつ、必要な指示をまとめようとする。


「……空か」


 女中が用意してくれていた軽食と一緒に持ってきてくれていた飲み物を飲もうとしたが、中身が空になっていることに持ち上げて口に付けるまで気づかなかった。


 普段ならこんなことはないはずだが、昨日から一睡もしていない事も重なってか、つまらない失態をした。


「……情けない。ここまで心を乱されるとは」


 考えまいとしていた真夜の事が脳裏に浮かぶ。


 大丈夫だ。今の真夜ならば問題ない。自らにそう言い聞かせているが、かつての晴太の姿が何度もフラッシュバックする。半身を食われ、物言わぬ姿で帰ってきた幼なじみの姿。


 何度呼びかけても、返事を返してくれることはない。鬱陶しいほど自分にうるさく絡んできた少年は、どこにもいなくなった。


 真夜も同じようになるのではないかと最悪の事態を想像してしまう。


 自分はここまで弱かっただろうか。


 そんな時だった。明乃の携帯が音を立てた。ディスプレイを見て、明乃は息を飲んだ。それは真夜の番号からだったからだ。


 動揺を抑えきれず、携帯に向かう手が震える。何とかスマホを手に取ると、すぐに着信ボタンを押す。


「……もしもし」

『よう婆さん、心配かけたな。今、起きた』


 電話の向こうから聞こえてくる真夜の声。その声はどこまでもふてぶてしく、いつもと変わらぬ様子だった。


 だが明乃はその声を聞き、胸をなで下ろした。緊張が解けたように、どこか身体の力が抜けたが、心の底から安堵し、真夜が無事なことを内心で喜んだ。


「……心配などしていない。お前がそう簡単に死ぬとは思っていなかったからな」


 だがそんな事をおくびにも出さず、いつものように返事をする。


「……それで身体の方は大丈夫なのか?」

『まあな。色々と弊害はあるが、それはまた後で説明する。それでも五体満足だし、解決できる弊害だから問題ねぇよ。強いて言えば、今一番の問題は腹が減ってることか』


 真夜も真夜で意識不明の重体であったとは思えないほど、気の抜けた返事を返す。


 明乃は心配していたというのに、こんな風に返すことに少しだけ不機嫌になったが、いつもと変わらぬ真夜に安心してもいた。


「結衣はそっちに着いているのか? あと朝陽達には連絡を入れたのか?」

『おう、今色々と手続きに行ってくれてる。親父達への連絡はまだだ。先に婆さんに連絡した』

「馬鹿者が。私などよりも先に朝陽や火野朱音、京極渚への連絡を優先しろ」


 心配してくれているであろう者達への連絡よりも自分への連絡を優先したことに、明乃は嬉しく思いつつも苦言を呈した。


『いや、今回は婆さんに先に礼が言いたくて連絡した』

「礼だと? 私は何もしていない。そんな私に礼など不要だ」


 事実、何も出来なかった。真夜を心配して顔を出すこともしなかった。


 屋敷で様々な業務に当たっているのも、星守一族全体やこれからの退魔師界のことを考えてのこと。決して真夜一人だけのためでは無い。


 むしろ今回も真夜は星守を守るために尽力し、京極家も自らの身を顧みず救った功労者である。


 そんな孫に対して、明乃は何もしてやれていない。感謝されるようなことなど、一切していない。


『……いいや。婆さんが頼んでくれたおかげで、俺はこっちに帰って来れた。婆さんが頼んでくれたんだろ? 猫又を連れたお節介な人に。その人が道案内に来てくれた』


 真夜の言葉に明乃は硬直した。


『婆さんのおかげで縁が生まれたから、あの人は俺の所に来れたって言ってた。それと少しだけ話をした。本当は電話よりも会って婆さんに言うべきだろうが、あの人からの頼みもあったから先に連絡を入れた』


 明乃は真夜が何を言っているのか即座には理解できなかった。だが猫又を連れた者と言われれば、明乃が知る限り一人しか思い浮かばない。


『だから礼を言わせて欲しい。ありがとうな、婆さん。それとあの人から婆さんへ伝言を預かってる。――昔の宣言は守れなくて悪かった。けど今度は、頼みごとはきっちりと守ったぞ――。ちゃんとあの人、星守晴太さんからの伝言、伝えたからな』


 しばしの間、明乃は何も言えなかった。どれだけの時間、固まっていただろうか。だが次第に明乃はふるふると身体を震え出させた。


『婆さん?』

「……あの、馬鹿は。……どうしてあいつは……いつも……」


 明乃の目からぽたりぽたりと涙がこぼれ落ちる。次第に涙が増え、いつしか大粒の涙が流れていた。思わず目元を拭い、口を手で覆う。声が漏れてしまう。真夜に声だけでもこんな情けない様子を知られたくはなかった。


 言い様もない感情が明乃の中で渦巻く。あの時の、晴太が死んだ時のように涙が止まらない。だがあの時とは違う感情が彼女に涙を流させていた。


(あいつは、本当にいつも唐突で、本当にこちらのことなどお構いなしだ)


 真夜には晴太の事は話したが、彼の守護霊獣が猫又であったことは告げていない。真夜が独自に調べるにしても、すでに星守本邸にしか晴太の情報は無く、彼の詳細を知る人間も限られている。


 そして伝えられた伝言。その二つが、本当に晴太が真夜をこちら側に連れ戻したという証明に他ならない。


 明乃が彼の墓前にて頼んだ真夜を連れていかないでくれという頼みを、晴太は叶えてくれたのだ。


 しばらくの間、明乃は涙を流し続け、真夜はその間、何も言わず、明乃が落ち着くまで電話の向こうで静かに待つのだった。

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