第五話 真夜と異世界の神

 

「けどどうやって俺の身体を回復させるんだ? あんたの力で干渉するのは無理なんだろ?」

『その通りじゃが、方法はある。まあこれは今回に限り使える手ではあるがな』


 真夜に疑問をぶつけられた神は、左手でひげをさすりながら、右手に持つ光る黒のキングの駒をもてあそぶ。


『今のお主の肉体はルシファーの影響で他者の治癒術を弾く。幸いなのはお主の生命力でならば回復は可能と言うところじゃな。しかし兄に渡した力も取り込んだことで肉体どころか魂まで消耗しておった』


 過ぎたる力は身を滅ぼす。いかに真夜の器が大きいとはいえ、異世界で神が与えた呼び水の力を成長させ、本来よりも強大な力を得ていたところに、さらにそれに近い力を取り込めばあふれ出すのは必然だ。


 その結果、肉体だけではなく、真夜の魂にまで影響を与えていた。


『キャパオーバー。まあそれは一時的で、力はお主の兄に戻っておるからいいとして』


 本当にやり過ぎだと神はあきれている。


『魂に関しては儂がここに呼び出して消耗は回復させた。ついでに儂と長時間対面でチェスをすることで、魂の強度もあがっておる』


 暇つぶしだけが目的で神は真夜をチェスに誘ったのでは無い。抑えているが、神の強大な神気を直接対面で浴びることで、魂の質が変化し強化され強度を増す。魂の質そのものを向上させることも目的だった。


「暇つぶしじゃなかったのか」

『お前、マジ失礼だな。いや、このやりとりも楽しいから良いが、お主に簡単に死なれても困る。ルシファーの問題もあるからの。今後じゃが封印状態のあやつの召喚くらいは問題ないが、完全解放はもう二度とするな。お主が結界を展開したとしても世界への影響が少なからずある。お主の世界の神もそう何度も見逃してくれん』


 そうなれば仮に無事であったとしも何らかの罰が与えられる可能性がある。世界の崩壊も考えられる。


『お主やルシファーを排除しようと動く可能性がある。儂が魔王を排除しようとしたようにな』

「っ! それは……」

『想像の通り、第一段階はお主の世界の者を勇者として仕立て上げる。それでも無理ならば異世界から可能性のある存在を呼び寄せる』


 かつてこの異世界の神が魔王を倒すために勇者に神託を与え、聖剣を下賜したように、それに類する何かをこの世界の誰かに渡し、真夜とルフを排除するために行動させる。


 それでも無理ならば、次は異世界召喚を敢行するだろう。


「俺達が魔王になるってのは笑えないな」

『だから二度とするなって言っとるの。世界の崩壊の危機とかなら別じゃが、個人的な事で完全解放なんてして見ろ。すでに目を付けられとる上に、儂にも釘刺されとるんだ。擁護のしようもない』


 目の前の神はかなり慈悲深い存在だと真夜はつくづく感じた。少なくとも異世界を救った人間とは言え、たかだか目の前の存在からすれば取るに足りない存在に、ここまで親身になって接してくれるのだから。


「世界の崩壊の危機ならなら完全解放も可能か。フラグになりそうだな」

『おい、馬鹿。やめい。儂がそっちの神に何言われるかわかったもんじゃ無い』


 やれやれと肩をすくめる神は心底嫌そうな顔をする。


「わかってるよ。俺も世界崩壊の危機を目の当たりにしたくなんてないからな」

『当たり前じゃ。話は戻すが、お主が強くなればその分、完全解放なんてする可能性も減るであろう? お主らの扱う霊力は肉体もじゃが、魂も重要なファクターとなる』


 真夜が真昼の力を取り込まない状態で、幻那を圧倒した時の力を自由自在に使えるようになれば、それだけ危険も少なくなる。


『まああの魔王クラスと戦うには心許ないが、あんなもん早々に出ん。出たら世界の危機案件。今回はお前らが原因だから論外。そこんとこ、しっかり肝に銘じておくように』


 まるで学校の先生と生徒みたいだなと、場違いながらに思わず笑いそうになった。


 しかし神が言っている話は笑い話で済ませていいものではない。目の前の存在は本気で真夜の心配をしてくれている。


「肝に銘じておく。今回は本当に俺の失態だからな」


 今回の件は完全に自分の失態だ。目の前の神はそんな自分の尻拭いをしてくれている。もしかすれば自分達のいる世界の神は、真夜とルフをすでに排除しようと考えていたのかもしれない。


 だが異世界の神の取りなしで事なきを得ている可能性がある。


『うむ。ゆめゆめ忘れぬように。ではそろそろ本筋に戻るとしよう。現状、お主の魂は回復した。戻るのに問題は無し。ただし戻った場合、肉体は瀕死であるため、意識を取り戻してもまともに霊術が使えんので、治癒は困難。ではどうするか? 簡単じゃ。お主の魂が戻る際に、回復する手立てを持ち込めば良い。それがこれじゃ』


 神は真夜に輝くキングの駒を突き出すと、受け取るように促す。


「これは?」


 力強い生命力を感じると同時に不思議な感覚が真夜に伝わる。まるで自分の一部のような、そんな感覚だった。


『お主を元の世界に戻す際、四年若返らせたであろう? あの時に取り出したお主の四年分の生命力の塊じゃ』


 真夜は神の言葉に驚きの表情を浮かべる。


『神の御業じゃな。まあ正確には四年分では無い。帰還の際、お主の肉体を元の四年前に戻したら、いくら霊力で強化しても力に耐えられんから、多少は色を付けて若返らせたんじゃが、それでも三年分くらいの生命力はあるかのう。その駒をお主に触らせていたのも、お主の強化された魂に適合させるためでもある』


 帰還の際、神はもしもの時のことを考えてこのような方法を取った。このような事態が起こるであろうと想定していて。


 チェスにおいても真夜に駒を持たせることで、親和性をより高め適合させるためにしていたのだ。


『こんなこともあろうかと、お主の生命力を取り出し保管しておいた。どうじゃ、驚いたじゃろ』

「流石神様……って、驚くには驚いたが、こうなることを予想してたのかよ?」

『お前、異世界でも勇者共々無茶しとっただろ? いや、あのパーティーの中で無茶せん奴の方が少なかったが、その筆頭だろうに』

「俺よりアレクの方が無茶してたぞ」


 親友にして弟みたいな勇者の名前を呟くと懐かしい記憶が蘇ってくる。


『どっこいどっこいじゃよ。まあそれはいい。この生命力ならお主の肉体を回復させられる。もっとも完全回復とまではいかんし、しばらくは強化された魂が肉体になじむまで力が制限されるじゃろうから、弱体化するとは思うが』

「異世界からの帰還時よりも弱体化するのか?」

『どれだけの期間かはわからんが、おそらくそうなるであろう。ルシファーの方も世界の制約も強くなるだろうし、お主が完全に回復するまで召喚せん方が無難じゃ』


 魂の強化に伴い、肉体も影響を受ける。その際、力が暴走しないように、あるいはその魂に最適な肉体を構築するために、一時的な変化が真夜の身体に訪れるらしい。


 だが生き返れるのだし、時間をおけば弱体化する前よりも確実に力が強くなるとのことだ。


『その間は自重せい。おそらく十二星霊符も使える枚数が激減するであろうし、霊力も肉体の回復とルシファーの封印強化のために使える量は減るのは間違いない』


 聞けば聞くほど面倒な事だとは思ったが、文句など言っては文字通り罰が当たる。


『能力を完全に失うとか、五体不満足になるのではないのだ。十分に恵まれておる』

「文句なんてねえよ。むしろこの程度で済んでありがたいどころか、より強くなるんだったら幸運すぎるだろ」


 神の言うとおり、生き返っても能力が完全に消失してしまう可能性も高かった。それがこの程度で済んでおり、将来的にはさらに強化されるのだ。恵まれているどころか破格でしかない。


『その駒はすでに儂の預かりからお主の物へとなった。それを持って、肉体に戻ればお主は復活できる』


 神の言葉にほっと胸をなで下ろす真夜。生き返れる。戻れる。


(渚や朱音には心配かけたからな。あとで怒られそうだな)


 泣き怒りの表情を浮かべそうな二人の顔を思い出すと、無性に二人に会いたくなった。


 特に渚だ。意識を失う前、無事な姿は確認しているし、真昼と繋がった時に兄が渚の呪いを解いてくれたのも理解している。


 だがそれでもきちんと確認したい。抱きしめたいと思う。たぶん朱音も同じように抱きしめるだろう。


 彼女が行動してくれたから、渚を助けることが出来た。朱音があの場にいなければ、真夜はたとえ京極家にたどり着いていても、間に合わなかっただろうから。


『自分の女の事を考えとる所悪いが、儂はお主を直接お主の肉体まで送り届けれんから』

「はっ?」


 いきなりの神の言葉に真夜はぽかんと表情を崩した。


『ピンポイントでお主の肉体に魂を送り届けるのは、あちらの世界への過干渉に当たるからのう。前の帰還の際は縁のある者の側に送り返すって感じで帰還させたんじゃが』


 本来であれば真夜の縁をたどり、真夜の住む隣の部屋の朱音との縁で真夜の部屋に帰還するはずだったそうだ。


 しかしかつて出来ていた渚への縁と彼女の危機とが重なってしまい、あのような場所へと転移する羽目になったらしい。


『お主の肉体と魂は今は離れておるし、魂の方も強度が増して変化しておるのでな。儂以外の誰かに導いて貰う必要がある』


 しかも魂だけなので側に真夜との縁が深い者がいたとしても、それを辿るだけでは真夜だけで肉体にたどり着けないと言う。肉体とのつながりがある状態ならばそれも可能だが、今はそれが無いらしい。


 一転、絶望した表情を浮かべるが、神が余裕の笑みを浮かべていることに気づくと何かあるのだと感づいた。


「……方法があるんだな?」


『ご名答。ここまで来て、そんな意地の悪い事はせん。きちんと道案内を呼んでおる。お主、愛されておるな』


 ニャーン


 どこからか猫の鳴き声が聞こえる。真夜が声の方に視線を向けると、二叉の白い猫がいた。


 ナァーオ。


 猫は真夜に近づいてくるとちょこんと座り、愛くるしく真夜を見上げてくる。


「猫又?」


 さらに視線を猫又の後ろに向けると、そこには顔はよくわからないが、真夜とそう変わらぬ年頃の少年がたたずんでいた。


『そやつらがお主を導いてくれる。お主の縁を繋ぐ者達だから、心配せずとも良い。さて儂の仕事はこれで終わりじゃ』


 神がそう言うと、段々と神の姿が光の粒子に変わり薄れていく。


「あんた……」

『久々に楽しかったぞ。今度会う時はもう少しチェスの腕を上げておくように。まあ会わぬ事が良いことなのじゃがな』


 どこか名残惜しそうに言う神は、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。


『ほれ、さっさと帰れ。待ってる者達もおろう。それに儂も忙しいのでな。それともうここには来るでないぞ』


 以前の帰還の際のやりとりでもあったように、神はしっしっと犬を追い払うかのように手を振ると真夜を促した。


 その言葉に真夜は何かを思案するとおもむろに腰を折り、深々とお辞儀をして頭を下げた。


「……異世界の神様。本当に、ありがとうございました」


 相手の姿を見ることをせず、ただ頭を下げ続ける。万感の思いを込め、ただただ目の前の存在に感謝の言葉と念を伝える。


 思えばこの神が自分を異世界に召喚してくれなければ、今も元の世界で落ちこぼれのまま、鬱屈とした感情を抱いたまま腐っていただろう。


 渚に会うこともなく、彼女を救えず、あの赤面鬼の事件に巻き込まれて死んでいたか、朱音を見捨てのうのうと生きながらえていたかもしれない。


 自分が変わるきっかけを与えてくれた存在。こうして再び自分の危機を救ってくれた存在。どれだけ感謝してもしきれるものでは無い。


 不意に、ポンポンポンと真夜の頭が叩かれた。


『珍しい物が見れたわい。前も言ったが、お主に祝福があらんことを。達者でな』


 最後にそう告げると神はその姿を光の粒子に変え、完全に消え去った。


 神の気配が消えた後も、真夜はしばらくの間。深いお辞儀の姿勢を崩さずに神への感謝を続けるのだった。

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