第四話 交渉

 

「対策って言うても、朝陽さんは具体的にはどうするべきやと思ってます?」


 朝陽の主張に乗る形で、氷華が口を開く。彼女も黒龍神の一件で朝陽に助けて貰っており、対案を出してもらい事なきを得た経緯がある。


 彼女としても京極家の力が衰えるのは許容範囲と言うよりも、氷室家の力を増す絶好の機会なのだが、没落までされると問題は大きい。


 現状、氷室家には言うほどの戦力が存在しない。二十年前と十年前に黒龍神に返り討ちにされた者達の穴が埋まりきっていない。あと十年もあれば、かつてほどでは無いにしてもそれなりの戦力が整う計算だ。


「氷室としては京極さんとこに没落されても困りますんや。けどこれだけの事態、隠し通すのも難しいやろしね」


 氷華の言葉に同じように流斗も難しい顔をしながら頷く。水波も十年前に氷室に秘密裏に力を貸した際、一級戦力を多数失っている。氷室よりは酷い状況では無いが、仮に京極家が没落した場合、彼らの管轄を分割したとしても手が回らない可能性がある。


 日々発生する妖魔への対処や封印されている妖魔などの管理、次世代の育成などやるべき事は多岐にわたる。特に妖魔の封印の管理や祈祷などによる封印の維持強化には、どうしても人手がいる。それも浄化や封印術に特化、ないしは適性の高い術者であり、その数は退魔師の中でも割合が多くは無い。


 さらに六家の一角の消滅は、新たな勢力の台頭の呼び水となりえる。新進気鋭の退魔師集団は国内にもいくつか存在するが、勢力図の急速な変化は混乱を加速させる。


 退魔師だけでは無い。妖術師などの集団も新たに台頭してくるかもしれない。


 国内最大にして最悪の罪業衆が未だに存在していれば、彼らの勢力拡大の牽制やそちらへの対処を理由に京極家も存続を強く主張できただろうし、その後押しとしてSCDも仲裁を行うようなことはしただろう。


 だが残党を含め、その勢力は見る影も無く、仮に新しい裏の組織が台頭してくるにしてもその規模は極端に大きくは無いだろう。


 京極を除く五家や星守でもある程度は対処できるだろう。それに新進気鋭の勢力が台頭してこようとも、京極以外は大きな被害は出ていない。それらへの対抗も容易。


 今回の失態での主力の壊滅と他の六家を巻き込んだことでの発言力の低下で、京極家としても強く何かを主張することは出来ない。


 しかし他の五家も手放しでは京極の衰退を喜べない。


 京極が潰れれば、門下生などの流動性のある退魔師は他家の傘下に加わりたいと思うだろうし、近隣の氷室、水波、火野へと散らばるかもしれない。


 ただ京極家が抱えている人材はかなり多いが、生き残っている門下生は平均より少し上程度の実力者が大半だ。


 霊器使いやそれに準ずる強さの者ならばまだしも、分散してもそう言った者達を即座に受け入れる体制が整っていないため、他の六家などは自分達の所に来て貰いたい反面、難色を示しているのだ。


「私としては、京極家の主力が決死の戦いの末に襲撃者とその直後に出現した罪業衆を壊滅させた覇級妖魔を共々撃退。京極家に大きな被害が出たが、他の六家と協力して他の妖魔も討伐した。これを通すしか無いだろうね」


 朝陽の提案に長老衆はほっと胸をなで下ろしているかのように見える。確かにこれならば、主力を失いはしたが、覇級妖魔クラスや超級妖魔複数の襲撃を受けても撃退が成功したとなれば京極家の威厳は最低限保たれる。


 それに病院に運ばれた者の中には、現場復帰が可能な者がいる可能性もある。しばらくは以前のような権威を振るえないだろうが、雌伏の時をやり過ごせば盛り返すことも不可能では無い。


「対案があるならば出して頂きたい。真昼が手を貸したとはいえ、私は京極家では活躍らしい活躍はしてないのであまり大きな事は言えない。しかし星守当主として、この混乱を最小限に抑える手助けはしたいと思う。枢木君。君はこの案をどう考える?」

「そうですね。SCDとしても京極家の没落は望むところではありません。京極家は様々な方面での影響力があり、この国の安寧と平和の維持の一端を担ってくださっていました。もちろん他の六家や星守も同じですが、朝陽殿の提案を私も出来るならば支持したいと思います」


 提案と言いつつも、隼人には朝陽の目が有無を言わさぬと言っているようにしか見えなかった。もしこの提案を突っぱねれば、朝陽との関係は悪化するだろう。朝陽もSCDと正面から仲違いをするつもりはないだろうが、京極家が力を大きく落とした今、国内の最大の勢力は間違いなく星守だ。


 万が一、超級クラス以上が出現した場合、朝陽を含めた星守一族の協力は必要不可欠。それに今後は今まで京極家と懇意にしていた政財界も星守の方へ多く流れるかもしれない。そうなるとSCDとしてはますますやりづらくなる。


 朝陽としてもSCDとは仲良くしていきたいので、後々はフォローするが、今は場の完全な掌握が必要なため申し訳ないが道化になって貰う。


「君がそう言ってくれるととても心強いね。無論、京極家には星守や他の六家が納得する、それ相応の対価をそれぞれに支払って頂く。それと京極の方々に今、この場で決めて頂きたい。この提案に乗るかどうかを」


 他の六家が受け入れるためのメリットとして、京極家はそれぞれの一族に対価として何かを差し出せと朝陽は告げる。


 また時間的猶予を与えずに、長老衆にこの場で決断するように促したのには理由がある。この場にいるのは京極家の長老でもその血を引いていない者達だからだ。


 強く言い含めなければ、彼らは責任問題を恐れ、病院に搬送された者達が意識を回復するのを待つだろう。この場で確約できないなどと言い交渉を遅らせようとするかもしれない。


 そんな余裕は京極にないのだが、人間誰も大きな責任など負いたくない。保身に走りたくもなる。


 だが朝陽はこの場で急ぎ言質を取る必要があった。


(真夜の事もだが、渚ちゃんの身柄も星守で預かりたい。下手に彼女を神輿にでもされれば厄介だしね)


 一番最悪なのは本家の生き残りが彼女のみだった場合。そうなった場合、当主代行や他家へと嫁がす事を拒否される可能性がある。また真夜との婚姻の場合、真夜を婿にと要求されないとも限らない。


 星守としてはそれは受け入れられないし、内部からも不満が出るだろう。真夜からの不興も買うかもしれない。だからこの対価を飲ませ、多少強引にでも渚を星守に引き込む。その際に星守として多少の援助を行うと言えば、京極も大きくは言えないだろう。


 様々な事を思考し、策を巡らせる朝陽の柔和な笑顔は、この時ばかりはとても恐ろしく見えた。それはこの場にいる全員が同じ気持ちだった。


(おいおい、朝陽。お前、今回はかなりキツくないか? 何をそこまで……)


 紅也も朝陽がやり手なのは知っているが、朝陽は基本的に自分達の利益を優先しつつも、強引に交渉することをせず、相手の立場を最大限考慮し譲歩も行う。


 しかし今回は相手への思いやりといったものが全く感じられない。


(さっき言ってた星守の襲撃が陽動であり、京極の騒動に巻き込まれたことに腹を立ててるのか?)


 六家内では愛妻家でも知られる朝陽だからこそ、自分達がいない間に本邸が襲撃され妻である結衣が危険に晒された事に腹を立てているのでは? とそんな見方も出てくる。


 実際はそれ以上に息子が死の淵を彷徨っている事への怒りであったのだが。


「他の六家の方々は不満も大きいかとは思うが、ここはどうか私の顔を立てて頂けないか?」

「氷室はその案でも構いまへんよ。まあこう言っては失礼かもしれまへんけど、朝陽さんに貸しって事で。これからも星守とは懇意でいさせてもらいます」


 本当は朝陽に借りがあるので、貸し借り無しと言いたいところだが、それをこの場で言うことも出来ない氷華は、朝陽の提案を受け入れる。どの道、氷華もこのあたりが落とし所と考えていた。


 また自分から京極に何かを要求すれば、相手の印象が悪くなる。だが朝陽が他の六家にも対価を支払えと言ったことで、この案を受け入れた場合、スムーズに京極に要求を通すことが出来る。


「火野もそれでいいぞ。超級妖魔との戦いは久々に心躍ったしな」


 わはははと豪快に笑いながら火野当主の焔は朝陽の提案を受け入れる。火野としてもメリットがある分、受け入れやすい。それに火野としても京極の負債まで押しつけられては堪った物では無い。京極家が封印管理している物の中には、かなり危険な妖魔もいると言われている。


 何時爆発するかもしれない爆弾を手元には置きたくないし、戦闘特化の火野一族では、そういった管理があまり得意ではないので、出来ればやりたくないというのが本音だ。


「水波としてのその案を受け入れよう。ただし京極家にはきちんと対価を支払って頂くが」


 流斗もこの案を受け入れた場合、星守の顔も立てることになるので、今後何かあれば話を持って行きやすくなる。星守側も今回の件で譲歩を迫った手前、多少のことならば協力してくれるだろう。


 それに対価に関してもこちらの裁量に委ねられるのであれば、この上なく魅力的だ。さらに約束を違えばこのことで京極に対して大きく出ることが出来るし、それをはね除ける力は、しばらくの間京極には無いだろう。


「私もそれでよかと。正直、九州が主体の風間じゃ、関西まで出張るのは難しいたい」


 涼子も不満はあまり無かった。高野山にも一応人員は派遣しているが、どうしても関西では飛び地になるし、地元の罪業衆を一掃した現在、風間家は他の案件にも引っ張りだこで大変忙しく手が回らない。特に北九州などは裏家業の人間が多く、罪業衆との癒着もあったので、妖術師関連の対応に追われており、そこへ京極の負担まで加われば、かなり面倒なことになるからだ。


「雷坂は当主代理である早雲殿ですが、どうされますか?」

「当主にはお伺いを立てますが、雷坂もその提案で問題ないかと。こちらは馬鹿息子がまた勝手をした上に、私達はそれほど活躍していませんので」


 唯一当主で無く代理である雷坂早雲だったが、ここで自分達だけ突っぱねたり、強欲にさらなる要求を出すべきでは無いという常識的な判断の下、提案に賛同した。


 彼の言うとおり、先日星守に対してやらかした馬鹿息子の事や、当主の息子の醜聞が尾を引いており、こちらも発言力は無いに等しかった。


 だが京極から何かしらの対価や譲歩を引き出せるのは手土産としては上等だ。それに今は雷坂も内部のゴタゴタがあり、京極の問題に下手に首を突っ込む余裕が無いのだ。


 五家ともにそれぞれの思惑があり、朝陽が自分達の要求を最大限に通してくれるというのならば、彼に交渉を任せるのはありだった。


 また表だって京極家からの不興を買ってくれる役回りもありがたい。自分達は朝陽への貸しという形で、後々に星守にも京極にも発言する事が可能である。


 朝陽に何かの思惑、あるいは隠し事があろうことは、当主達は薄々気づいていた。しかしそれを抜きにしても朝陽は信用がおける人物であり、これから起こりうる京極家の面倒ごとを率先して処理してくれるというのならば、願ったり叶ったりである。


 星守の力が増すのは少々考え物だが、一族の数が少ない今、勢力拡大には婿や嫁を大勢迎える可能性もある。そこへ自分の一族を送り込めれば、間接的に自分達へのメリットも増える。京極一族ほど規模が大きくないため、派閥も少ない。嫁ぐ、あるいは婿、養子でもいいが、星守が受け入れれば京極に入るよりも恩恵はあるだろう。


 星守に裏があった場合は、今回の件で五家で協力して事に当たれば良いし、朝陽が交渉を急いでいたこともありSCDも味方に付けやすくなった。


 朝陽もそれは理解している。ここは仲良し小好しのサークルでは無いのだ。一族の長が自らの一族のために最大限の成果を得る場である。


 だが朝陽の今、一番に優先する成果は真夜の安全と真夜が帰ってきたときに、その働きに見合う十二分な報酬と環境を用意することだ。そのためならばどんな無茶も押し通すし、一族が多少不利になろうが構わない。


 それだけの働きを真夜は個人で、これまでに行ってきたのだから。


 朝陽は強い意志の元、交渉を続けるのだった。



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