第三話 対話

 

「朝陽殿含め、皆様の懸念はご尤もですが、SCDは今回の襲撃に関しては前もって何の情報も掴んでいませんでした。また六道幻那にしてもその拠点や研究資料などを押収はしていますが、生存を示す証拠や痕跡などもありませんでした」

「なるほど。では京極はどうだったのです? 独自の情報網を駆使して、何かを掴んでいたのでは? それと星守の方も襲撃を受けましたが、京極家への襲撃の邪魔をされないように星守一族を遠ざけるための陽動であった可能性が高い」


 朝陽は隼人への攻勢を一時弱めると、続けて京極一族へと非難を浴びせるように告げた。


「なっ、それは暴論ではなかろうか!? 星守に特級妖魔が出現したからと言って、こちらと結びつけられても困る! それに逆の可能性もあろう!」

「ほう。このタイミングで起こった事が偶然とおっしゃられるのか? 確かに現時点では証拠もないので暴論と言われても仕方が無いですが、もし星守が本命であれば、六道幻那が星守へと直接来るでしょう。それに妖魔の数、質共に京極への襲撃の方に比重が置かれていたようにも思われますが?」


 苦し紛れの長老の言い分を朝陽はバッサリと切り捨てた。


「この件が偶然では無かった場合、星守は京極家の巻き添えにされたということになる。尤もそれは他の六家も同じでしょう。超級妖魔二体、特級五体を京極を除く五家は討伐した。幸い、他の六家は被害らしい被害を出してはいないようですが、この件も大問題でしょう」


 朝陽の言葉に何も言えず押し黙るしか無い京極の長老達。主力を欠いた京極では超級妖魔達を殲滅できず、さらに大きな被害を出していた可能性が高い。


 妖魔のせん滅において京極家は何も出来ず、手柄のすべてをほかの六家に持って行かれている。


「それと被害に遭われた京極家の面々を真昼達が治療している。無論、大多数を救えなかったのは痛恨の極みですが、それでも間に合わなければ全員がお亡くなりになっていたはずだ」


 むしろ感謝して貰いたいと朝陽は言う。真夜の件もあり、朝陽は京極に対して甘い顔をする気は無かった。


「とにかく。何があったかを当事者達に説明してもらいましょう」 

「……はい。私が意識を失うまでの間の出来事をこの場でお話しいたします」


 白羽の矢が立ったのは渚だった。渚に関しては唯一現場におり、意識が回復している人間だった。


 本来は精密検査の必要もあるのだろうが、事態が事態だけに目立った外傷もない今、彼女はすべてを説明する義務もあった。


 先に京極家の長老などに詰め寄られたが、朝陽が自分が保護したのを理由に隼人などSCDが来てから話をしてもらうとして、できる限り追及させないようにした。


 渚はこの場にて何が起こったのかを皆の前で説明した。儀式の始まってからの妖魔達の襲撃に、六道幻那とぬらりひょんの出現と、その際に出現した超級、特級妖魔により大勢の者が殺され、あるいは倒された。


 その際、補足として朱音や凜、彰や真昼も証言した。六道幻那は何らかの呪いを発動させるため、ある程度の人間を殺さずにいたこと。そして渚の呪いを真昼が解呪し治療したと説明する。


 真夜のことは誰一人口にしなかった。これはあらかじめ朝陽が六家の面々が来る前に口止めしたからでもある。


「実際戦ったが、その六道幻那って奴には俺は手も足もでなかった。で、その後また別の化け物が出やがった」


 それも幻那と敵対するような形でと、彰が言ったことで場の空気が変わった。


「それはどんな化け物だったんだい?」

「さあな。よくわからなかった。いきなり現れて六道幻那と戦いだしたと思ったら、別の結界に阻まれて、俺達からは何も見えなくなった。それが消えたら六道幻那もその化け物も消えてた。なあ?」


 朝陽からの質問に彰は答えると、同意を求めるように朱音や凜、真昼の方を向く。


「途中までしか見ることが出来ませんでしたが、ものすごい戦いでした。おそらく出現したのは覇級妖魔だと思われます。もしかすればあれが罪業衆を壊滅させたという覇級妖魔ではないでしょうか?」


 真昼も彰に示し合わせたかのように答えると、この場にいた大多数の人間はざわつきだした。


 以前の会合でも議題に上がった覇級妖魔。それが再び現れた可能性があるとされれば、誰もが驚愕するだろう。


 彰と真昼の二人は即興で示し合わせ、問題ない範囲で情報を開示する事で、真夜の事をできる限り秘匿しようとした。


 彰も真昼も頭は悪くない。そして彼らには戦闘力だけでは無くこのような場においての機転もあった。


 すべてを語ることは出来ない。だが嘘を言えば追及されてボロが出るだけだ。ならば開示できる事実を告げるまでのこと。


「京極の方々にかけられていたのは恐ろしい呪いでした。かなりの浄化の術でなければ解けなかったと思います」

「それも結界が消える直前に消滅しやがったがな。おそらくだが六道幻那って奴が死んだから消えたんだろうよ」


 続く真昼と彰の言葉には一定の説得力があった。現状、真夜の存在が秘匿されている状況では、一応のつじつまが合う。


「なるほど。私が到着する直前に結界は消失しその跡には何もおらず、鞍馬天狗にも確認させたが、その場から何処かへ移動した形跡はなかった。とすれば、共倒れになり消滅したか、再び異界へと姿を消したかのどちらかだろうね」


 呪いの消失から元凶の六道幻那の死亡は濃厚であるとされた。


「無論、一度死んだと思われていたのに生きていた事からも楽観は出来ないが、そうでなければ呪いが消えた事への説明がつかない」


 朝陽も真夜に確認しなければ確証を獲ることが出来ず、仮に生きていた場合は再びの襲撃が予想される。結衣が真夜の方へは護衛もかねて向かっているが、鞍馬天狗も護衛につけている。


 京極に関してもここまで騒ぎになり、六家やSCDが駐留している状況では手を出しにくいはずだ。


「それと今回の事件の真相究明や首謀者の生死の確認も急務ではあるが、京極家が半壊状態となっている現状、様々な問題が発生する事に対しての対策や対案を話し合いたい。京極家も今回の件が広まれば衰退、下手をすれば没落の可能性さえある。そうなると京極と隣接する氷室、水波、火野、そして星守の負担が大きくなる」


 氷室家で起こった黒龍神の時と同じような状況だ。だがあちらは人的被害がさほどなかったのに対して、京極家は主力をほぼ失った。


 話題を原因の究明からこれから起こりえる混乱への対処に重点を置かせるように誘導する。


(この説明だけで六家や枢木君が納得するはずも無いだろうが、根回しをすれば時間稼ぎは可能かな。それに京極の長老衆でも先代や当主がいない今ならば、私と母様ならば丸め込むのも難しくは無い)


 未だに誰が生き残り、誰が殉職したかは把握し切れていない。生存していても、すぐに会合に出席も出来ないだろう。


 時間との勝負の話し合いもある。マスコミへの対応、政財界への説明。醜聞をすべて晒されれば、京極は没落の道を進むしかない。戦力的にも半減したのだ。他の六家への影響力も低下する。


 対応次第では他の六家が敵に回る。そこを朝陽は京極を取りなす形で自分達の優位を保ちつつ、交渉を進める。京極を襲った超級妖魔の討伐などの直接の危機を救ってはいないが、真昼達が治療をしたとしているので発言権は最低限確保されている。


(国内の最大の脅威だった罪業衆はすでに無く、共通の敵となりうる覇級妖魔に対しても、主力が壊滅した京極では戦力として見なされない)


 京極家には発言権などもはや無いのだ。今の星守が強く出れば京極だけでなく、氷室、雷坂はこちら側につく。火野も条件付きで星守側に付くだろうし、風間、水波も無理に敵対はしたくはないだろう。


「この場にほぼすべての六家の当主と重鎮が集まっているのは幸いだ。枢木君もいることだし、対応の協議を優先させたいのだが、どうだろうか?」


 朝陽は隠したい事実から目を背けさせるために、建設的な話し合いをすることを提案する。


 そんな中、他の六家の若手達はその光景を見ているしか出来なかった。この場に彼らがいるのは当事者であるのと、次代を担う者としてこのような場での経験を積ませるためでもあった。


 しかしその中で集中できていない者もいた。


(真夜君、どうか無事でいてください)

(真夜。大丈夫だよね? すぐに目を覚ますわよね?)


 朱音と渚は隣同士で座りながら、周囲の会話に集中せず、病院へと搬送された真夜の身を案じていた。


 朝陽は二人を心配させないように、真夜の状態を詳しくは伝えておらず、しばらくは目を覚まさないとだけ言ってあった。


 それでも真夜が重傷であることは理解しているためその身を案じてしまう。本当は今すぐにでも真夜が搬送された病院に向かいたいのだが、真夜のことは秘密にしなければならないためそれも出来ない。


 また朱音は勝手に行動した手前、これ以上自分勝手にするわけにもいかず、向かったところで何が出来るでもないので、この場にいるしかなかった。


「……大丈夫だよ、二人とも」


 未だ落ち着かず、心配する二人を見かねた真昼が小声で二人に話しかけた。


「何となくわかるんだ。今は少し疲れて寝てるだけで、すぐに元気になるよ」


 真昼は真夜の名を出さず、誰かに聞かれても問題ないように、二人を安心させるように言う。


 双子だからか、あるいは霊器を通して繋がっていたからかはわからないが、真昼には真夜がまだ死んでいないことはわかっていたし、今の真夜が簡単に死ぬとは思えなかった。


「はっ。そう簡単にくたばるタマかよ。俺との約束もあんだ。約束を破るような奴じゃねえのはお前らの方がよくわかってんだろ」


 同じように彰も真夜がそう簡単に死ぬはずが無いと言う。あの戦いを見て、彰は震えが止まらなかった。最後の真の力を解放したルフと魔王の化身の戦いこそ、見ることが出来なかったが、それまでの戦いだけでも彰の闘志を燃え上がらせるには十分だった。


「……そうですね。きっとすぐに元気になりますよね」

「……あたし達がへこんでちゃ、あとで色々言われるわね。逆に起きたら文句も言ってやるんだから」


 無茶をしたこと。心配をかけたこと。助けてくれたことへのお礼。言いたいことはたくさんある。


 大丈夫だ。真昼も彰も真夜が戻ってくると信じて、いや、確信している。


 ならばと渚も朱音も真夜の無事を祈りながら、自分達も真夜を信じようと心を強く持とうとする。


 ただ渚は真夜の他にも京極一族の事に対して、真夜ほど心が揺れ動いていなかった。


 一族が大勢殺されたというのに、悲しさはあまりない。異母兄や異母姉も最終的にはどうなったのかわからない中、思い浮かぶのは真夜のことばかり。


(薄情、なのでしょうね。一族が殺され、身内の安否もわかっていないのに考えることは真夜君のことばかり。でも……)


 脳裏に浮かぶのは、自分を庇った父の姿。搬送される際、父はまだ生きているとのことだったが、その後どうなったのかは聞かされていない。複雑な感情が渚の中で渦巻く。


 だが助かって欲しいと思う。そして問いかけたいと思う。なぜ自分をあの時庇ったのか。自分をどう思っているのか。


(……どうか無事でいてください)


 渚は本心から父の身を案じるのだった。



 ◆◆◆



 カツンと音を立てて、ボードの上に白い駒が置かれる。


 チェスボードとチェスの駒。 さほど大きくない机の上に置かれた盤上遊戯をはさみ、椅子に座った神と真夜が対面で駒を交互に動かしていた。


『ほう、中々打てるのう』

「そっちの世界でたまに仲間達と打ってたからな」


 白い駒は神、黒い駒は真夜。二人は会話をしつつ、チェスで対戦していた。


「てかなんでチェスなんだよ?」

『別にお主が出来るのなら、将棋でも囲碁でも構わんよ。流石に電子機器のゲームをするのは情緒がないのでな』

「異世界のSNSに書き込みするような神が何言ってやがる」


 真夜のチェスの腕は悪くはなかった。異世界では娯楽が少なく、テレビやスマホなどもないのでそういったゲームは存在しない。


 代わりにトランプやチェスなどの遊技は存在したため、勇者パーティーでも気晴らしなどに仲間内で楽しんでいた。


『それはそれ、これはこれじゃ。それに盤面遊技は奥が深いのと相手がおるのがよい。お主らの世界には人工知能なる物がそれを代行していたりもするが、やはり確固たる自我と個我を持つ存在との対局の方が面白みがある』


 尤も遠くない未来に、人工知能も確固たる自我と個我を獲得するかもしれぬがなと神はこぼす。


「そうなったらそうなったで、新しい時代と世界の始まりだな。ちっ、やってくれるな」

『ふぉふぉふぉ。遊ばれたくなければ、もう少し頑張れ』


 神が盤面で仕掛けたいたずら。キングが孤立し、クイーンの駒が周囲を囲まれるという状況を作り出された。


『キングはお主。クイーンはルシファー。お主らは強いがこのように無敵では無い。今回は相手が強かだったゆえの結果じゃが、あまり良い結末ではない。チェックメイト』

「………わかってるさ。言い訳も出来ねえよ」

『まあそう落ち込むな。お主はようやった。考え無しに解放せず、結界などで影響を最小限に抑えておったしな。もし世界に大きな影響を出しとったら、儂も庇いきれんかった』


 真夜達の住む世界の創造神の怒りを買えば、流石に異世界の神も擁護しきれなかった。だが世界に大きな影響を与える事もなかったので、目こぼしをもらえたし、こうして真夜の魂を呼び寄せることが出来た。


 真夜と神はその後も何度かチェスを繰り返す。しかし神は強く、何度挑んでも返り討ちに遭う。


 後半の方は神が駒をいくつか落としての勝負をすると、何とか真夜も勝てるようになった。


『ふぉふぉふぉ。中々に歯ごたえが出てきたではないか。どれ、落とす駒を減らすとしよう』

「こっちも段々とあんたの差し手が読めてきた。このまま同数の駒で勝てるまで行かせてもらうぜ?」

『それは楽しみじゃな。しかし文字通りの神の一手、そう容易く超えられると思うな』


 興が乗ってきたのか、お互いにチェスを楽しんでいく。年季が違うのか、駒の数が同じでは真夜は勝利することが出来なかったが、それでも何度かは相手をひやりとさせることが出来た。


『さてと。久しぶりにチェスも楽しんだし、そろそろ頃合いじゃな』


 同数の駒での勝負を勝利で飾った神は、カツンと白のクイーンで黒のキングを弾くと、弾いた黒いキングを手に取る。


『お主の今の元の肉体はルシファーの完全解放と、お主の元々の力を無理矢理に取り込んだ事による反動でボロボロの状態。生命力も枯渇しているから、よほどの治療術で無ければ回復は不可能。と言うよりも他者の生命力はルシファーの影響もあって受け付けん』


 つまりどれだけの治癒師であろうとも回復できない。それこそ神の力か真夜自身の生命力を増すかしか方法が無い。


「つまり俺の魂が戻れるくらいに自然治癒で回復するしか無いっていうのか?」


 神と共にいれば魂が冥府へと行くことも無く、肉体もごく僅かずつだが霊力を真夜の中のルフの影響で回復していく。しかしその回復量は微々たる物で、年単位を待たなければ回復しないだろう。


『年単位か、下手すりゃ十年単位かの』


 あまりに長い時間に真夜は顔をしかめる。


『そんな顔をするでない。確かに儂は直接、お主の肉体を癒やすことは出来ん。しかし手が無いわけでは無い』


 神の言葉に真夜は目を見開く。


『儂の力で向こうの世界のお主の肉体に直接作用させることは出来んが、元々お主の物であれば話は別じゃ』


 神が手に持っていた黒いキングのチェスの駒が光り始めると、白い輝きを放ち出す。


『元の世界に戻す際に言ったじゃろ? お主には感謝しておると。お主は儂の世界を救った恩人。その者の献身に報いぬ神などおらぬよ』


 まともな報酬も様々な要因で渡せんかったからな。とどこか茶目っ気のある笑みを浮かべて、神は真夜に言う。


『では、お主を復活させるために行動するとしよう』


 神はどこか威厳ある声で、だが悪戯を成功させた子供のような顔で真夜に言い放つのだった。


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