第二話 異世界の神



 真夜は突然の異世界の神の出現に驚きを隠せないでいた。


 四年前の唐突に自分自身に起こった異世界召喚の時と同じように、真夜は見上げる形で両腕を広げる神を見る。


「なんで、あんたがここに………」

『おお、守護者よ。死んでしまうとは情けない。ああ、本当に情けない』


 さっきと同じように神はもう一度、両手を広げながら威厳のある顔で同じ台詞を口にした。しかし真夜はただ呆然としながら、神を見ている。


『なんじゃ。反応が悪い奴だ。もう少し面白いリアクションが取れんの、お前?』


 腕を組み直し、顔をかしげながらどこか馬鹿にするように神は言い放った。対して真夜の額に青筋が浮かぶ。


「いきなり出てきて、リアクションがとか言ってんじゃねえよ! あとやかましい! まだ死んでねえだろうが!」


 相手は神だが、真夜は口調を荒げながら叫ぶ。基本、真夜は他者に対して傍若無人に振る舞ったりせず、目上の相手に対してきちんとした言葉遣いはする。


 しかし目の前の存在は例外だ。


『ふぉふぉふぉ。思い出すのう。四年前もお前、そんな風に儂に噛み付いてきたもんだ。ここはどこだとかお前は誰だとか』


 ひげをなでながら、どこか面白そうに言う神だが、真夜はそれどころではない。もう二度と会うことは無いと思っていた相手がこのタイミングで出てきたのだ。ルフの件もあり、あまりいい予感がしない。


『そう身構えるな。心配せずともお主に言いたいことは多々あるが、別にお主やお主の中の奴に罰を与えるために来たわけではない』


 神の言葉に真夜は若干安堵したが、ではなぜ姿を現したのかと訝しむ。


『まあ文句はあるがのう。お前、無茶しすぎ』


 ビシッと指を指すと、神は険しい表情で真夜に説教を行った。


『お主の元々の力を取り込んだ上にあやつの完全解放。肉体が成長途中なのに、そんな無茶すりゃ、反動で死ぬのは当たり前じゃろ?』


 ぐうの音も出ない言葉に真夜は反論が出来なかった。だが神の言葉の中に、気になる事があった。


「元々の力って言ったな。じゃあやっぱりあんたは俺の出生の秘密を知ってたのか?」

『知っておったぞ。だからこそ、お主に目を付けた。んんっ? なんじゃ、そのことを黙ってた事に文句があるのか? いや、お前召喚の時それ言ったら、絶対兄を恨んどったろ? あのタイミングで理由を話してもやばい方に精神が向かいそうじゃったからな。自覚くらいあろう?』


 これも反論のしようがない。確かにその通りだと思った。


『昨今、創作物では適当な一般人が神に選ばれて勇者になっとるが、あれは創作物だから許されるんであって、現実にやばい状況になっとるなら、才能ある奴呼んだ方がいいに決まっとるだろ? まあ作り話にケチ付けるのは無粋じゃがな。ん? なんじゃその顔は?』


 真夜は以前も目の前の神はそれなりに威厳はあるが、どこか俗っぽいと思っていたのだが今回話をしていてその印象が強くなった。


『儂、神様。全知全能とは言わんが、それに近い存在なの。異世界の創作物とかサブカルとか知っててもおかしくないじゃろう』


 儂、凄いんじゃよと聞いてもいないことを神はべらべらと喋りながら、どや顔ダブルピースをしている。最近の推しはとか、ネットって面白いとか言っている姿に、本当に神様かと真夜は疑いの視線を向けてしまう。


『聖書にもあろう。神は自らに似せて人を造ったと』


 神は言う。神は高次元の霊的存在であり、人の身体を神の身体に似せるなどは出来ない。ならば似せるとは何か。それは神の持つ道徳的な性質、感情や知恵、知識や文明、文化などのメンタリティの事だと。


『だから人の文明や文化は神にとっても面白いのじゃよ。昔は神楽などの舞や踊りなんかも神に捧げてたじゃろ? あれは神に見せることで神を喜ばすためにしていたことじゃ。まあ今はそれよりも面白い物が多いので暇にはならん。特にお主の世界やそれに類似する世界の娯楽は優れておるからな』


 もしかすれば異世界の帰還の際に忙しいとか言ってたのは、そういった物に対する時間を割くために忙しいと言っていたのではないかと疑ってしまう。


「それって他の世界に干渉してるって事か? 神は世界に直接、干渉できないんじゃ無かったのかよ?」


 何となく腹が立ったので、真夜は神に問い返した。だからこそ真夜を異世界から召喚し、勇者に聖剣を授け、魔王を倒させようとしたはずだ。


『干渉ってもピンキリじゃな。異世界の知識や情報を手に入れる程度、問題ないし何ならそっちの世界のSNSへの書き込み程度の干渉なら何の問題も無い。神罰なんて言葉もあるじゃろ? それにお主を召喚したりと、自分の世界や異世界ならその世界の神と話し合いが出来ておれば多少なら干渉は許される』

「はぁっ!?」

『魔王に対して何もしなかったのは、干渉できる範囲では対処が出来んかったからじゃ。儂が直接降臨でもすれば、世界への影響がでかすぎる。まあやろうと思えば異世界の邪神を取り込む前の魔王や、封印状態のお主の所のルシファーくらいならワンパンで倒せるわい。こんな風に力を解放してな』


 瞬間、真夜の脳裏に何の抵抗も出来ず、目の前の存在に八つ裂きにされる自分の姿が鮮明に浮かんだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 魂だけの状態のはずなのに息苦しくなり、思わず膝をついてしまった。


『神を侮るな。一信教の神や八百万(やおよろず)の神や神話に出ておる神など様々な神がおるが、儂のように創造神でもあり破壊神でもある超越存在たる神もおる。まあ儂が魔王を倒そうと直接降臨したら、世界が別の意味でやばくなるから出来んかったのでな』


 真夜は目の前の神を必要以上に侮っていたことを心の中で認める。


『ふぉっふぉっふぉっ。どうじゃ? 少しは儂が凄いってわかったか?』


 力の解放を抑え、どや顔でにやける神に真夜は何とか精神を落ち着かせ改めて向き直る。


「……これまでの失礼な態度をお詫びいたします」

『うわっ、気持ち悪っ。お前にそんな言葉遣いされると鳥肌立つわ』


 いや、侮って欲しいのか欲しくないのかどっちなんだよと思わず心の中で叫ぶ。と言うか、神様のくせに鳥肌が立つのかよ。


『別に儂はお主の言葉遣いや態度を咎めとらんぞ。むしろお主の物言いは気に入っておるよ。こうやって儂が直接話が出来る希有な存在じゃしな』


 自らの造った世界の住人には神託と言う形で言葉を送ることもあるが、一個人と会話することは過干渉となり、その人間を特別な存在としてしまうことから行うことは出来ない。


 しかし真夜は別の世界の人間であり、異世界召喚と元の世界に帰還させるという契約の下、例外的な存在として神は会話をすることが可能なのだ。


『まっ、しばらく儂に付き合え。儂といればお主の魂が冥府の世界へと送られることもないのからの』


 だがそれは根本的な解決にはならない。死ぬことも無いだろうが、生き返ることも出来ない。


『どの道、お主の魂を肉体に戻したところで、その肉体自体が死ぬ寸前の状態ではどうしようもあるまい? 儂の力でも向こうの世界のお主の肉体に直接干渉するのは影響が大きすぎるので難しい。異世界召喚とは訳が違うのでな』


 目の前の神の言葉に、真夜はただ無言で俯くのだった。



 ◆◆◆



 六道幻那の襲撃から一夜明け、京極家の被害の全容が徐々に明らかになってきた。


 物的被害に関しては京極家の敷地の一部と祭壇が破壊された程度で、そこまで大きな被害というわけではなかったが、人的被害は甚大だった。


 襲撃の折、秘中の儀に参加していた者達は百三十七名。


 これは本家、分家でも京極家の血を引く者だけに限定されており、京極家以外から嫁いできた者や入り婿は儀式の恩恵に預かれないため儀式に参加せず、その場にいなかったため被害を免れたが、参加した者達の犠牲者はかなりの数だった。


 参加者の中で生き残った者は三十九名と三分の一以下。しかしこれはまだ年若い子供や運が良かった何人かの長老衆も含めてであり、現役の退魔師で生き残った者はさらに少ない。


 またその中でも手足を失っていたり、後遺症を負った者も含めると、退魔師として活動できる人間はもっと少なくなる。


 幸い、門下生や嫁、婿などの京極の外から来た術者達は全員が無傷で生き残ってはいるが、霊器使いを多数失い、またそれ以外の京極家の主力も壊滅となれば、京極家の衰退は免れないだろう。


 そして混乱は京極だけでは無く、他の六家やひいては退魔師界全体へと及ぶこととなる。それは先の罪業衆壊滅の比では無い混乱である。


「事情聴取は出来る人間から先に進めるように。現場検証を含め、この件はSCDの管轄となった」

「わかりました」

「マスコミへの対応に注意を。それと政財界の重鎮達も気が立っているので、迂闊な事はしないように徹底させるように」

「はい!」


 京極家の敷地や周辺では警察車両や救急車、消防車両などが集まっていた。それに伴いマスコミも車両や縁などを飛ばして情報を得ようとしているが、京極家が急ぎ展開し直した簡易結界により、ヘリなどからは内部が見えなくなっている。


 現場において警察などに指示を出しているのは、SCD(警視庁・怪異事案対策局)の局長である枢木隼人であった。彼は一報を受けると、すぐさま部下を引き連れ、京極へと向かい事件の全容解明に動いていた。


(病院に搬送された者達はまだ聞き取りを始められる状況には無し。ともすれば先に話を聞くべきは……)


 隼人は現場を部下に任せると、先に情報が集められそうな者達が揃っている場所へと移動する。京極家の屋敷の一角にある貴賓室の扉を開けると、そこには錚々たる面々がいた。


 大祭に参加していた六家の主立った者がそこにはいた。京極家の人間もいるにはいるが、長老衆の中でも京極に外から来た者達であり、その発言力は一歩劣っている。


「やあ、枢木君。先日の会合ぶりだね」


 部屋に入った隼人に真っ先に声をかけたのは、柔和な笑みを浮かべた朝陽だった。


「お久しぶりですね、朝陽殿。今回もご活躍だったのでは?」

「星守の方ではね。しかしこちらではあまり活躍らしい活躍をしてはいないさ」


 何気ない会話の応酬だが、周囲には朝陽が隼人を威圧しているようにも見えた。


(朝陽の奴、何をそこまで熱くなっているんだ?)


 そんな中、友人でありこの場では一番付き合いが長い火野紅也は、朝陽の様子がいつもとは違うことに気がついた。


 紅也以外は気がついていないようだったが、彼から放たれる威圧感は、戦いが終わった後の物では無い。まるで今から戦いを始めようとしているかのような気配だった。


(京極が壊滅したことを期に、星守の力を増やすつもりか? いや、朝陽はそんな奴じゃ無い)


 ならば朝陽は何を考えているのか。ちらりと紅也は少し離れた席に座っている娘の朱音やその隣に座る渚を見やる。その側には独断専行した雷坂彰と風間凜、また真昼や楓もいる。またそこから少し離れたところには流樹や赤司、火織や仁なども座っている。


 朱音や彰、凜はそれぞれの保護者から独断専行に関してお叱りを受けるところだったが、朝陽の取りなしで今のところその処罰は保留にされていた。その独断専行が無ければ、京極家は誰一人助かっていなかったと聞かされたからだ。


 また星守に戻った真昼や楓がいる理由も、突如星守に京極とを繋ぐ穴が出現し、そこから移動したと俄には信じられない話であったが、朱音だけでなく彰や凜も証言しているので、事実であると信じられた。


 だが詳細に関してはまだほとんど六家には知らされていない。


 朝陽が子供達も動揺しているのと、京極家の治療や保護が優先されたので、SCDへの報告もあるのだから、一緒に行った方が良いと提案したからだ。


「さて。他の六家の皆にも、まだだったが、先に子供達から教えてもらった敵の名をこの場で伝えよう。敵の名は死んだと思われていた六道幻那と言う男とぬらりひょんだったようだ」


 朝陽の口から出た六道とぬらりひょんと言う大物妖魔の名に、六家の面々が驚愕の表情を浮かべる。


「この場にいる京極の長老方が知っているかはわからないが、枢木殿。正直に答えてもらいたい。春先に起こった六道幻那の事件で京極家とSCDは秘密裏にその男の裏を調べていたようだね。その情報は星守にも、他の六家にも開示されていない。もしかして京極家とSCDは今回の襲撃に関して、何かを知っていたのではないのかな?」


 朝陽は今回の京極家の大祭への星守や他の六家の参加要請は、この襲撃を見こし動いていたのではないかと指摘した。


 明乃経由でSCDと京極が六道幻那やそれに関わる裏を探っていたことを聞かされている。さらに今回の京極右京の直接の訪問、と疑念は多々ある。


 無論、朝陽はそのことに関してはどうでもいい。確かに事実ではあるのだが、今の朝陽はそのことを確信しているのでは無く、真夜に関する目くらましに利用しようと考えてのことだった。


 京極が幻那の襲撃を予見し、星守や六家を防波堤に利用しようとしていたのかどうか現時点では朝陽の推測の域を出ないが、他の六家に疑惑を持たせることも出来るし、SCDにもくさびを打てる。


 それに真夜とルフの二人でも、真夜が瀕死の重傷を負うほどの相手ならば、星守や六家の力を集結させる必要はあっただろう。いや、真夜達がいなければ、勝てなかったかもしれない。


(だがそれはそれとして、この疑惑を利用させてもらおう。真夜は渚ちゃんを守る事で、結果的に全員では無いにしても京極家を救った。その真夜を守るためにも、まずはこの場の主導権を握る)


 京極家もまだ儀式に参加せず無事だった長老衆はいるのだ。牽制のためにも、彼らに追求や発言をさせないようにする必要がある。SCDに関しても京極がしたように裏取引をする必要が出たときのためにも、優位に立っておくべきだ。


(他の六家に関しては、多少は融通が利くだろうし、無理そうならば力業で通すだけだ)


 朝陽は星守の本邸で裏工作をなどを進めている明乃の方にも期待していた。明乃も真夜のためならば、かなりの無茶を押し通そうとするだろう。だからこそ、この場は何としても星守優位に進める必要がある。


(真夜。起きるときまでには面倒ごとは片付けておくから、できるだけ早く起きるんだよ)


 朝陽は目を覚まさない息子の無事を祈りながら、交渉を続けるのだった。


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