第一話 残された者と邂逅する者
「真夜!」
朝陽は鞍馬天狗とともに京極の地に降りると息子の名前を呼んだ。
「父さん!」
「朝陽様!」
真昼と楓は朝陽達の姿を確認すると声を上げたが、真夜からの返答は無かった。二人はすでに真夜の側で治癒の霊術を行使していた。だが真夜の容態は芳しくないようだった。
「状況は!?」
朝陽は急ぎ真夜に駆け寄り、真昼達に問いかけると共に真夜の容態を自らの目でも確認する。
「真夜は意識がなくて、出血をかなりしてる! もしかすれば内臓関係も重傷かもしれない」
真昼の言葉に朝陽はさらに真夜の身体を確認する。
(これは外傷は外傷だが、外からと言うよりは内部からか? 罪業衆の時の技の反動のようだが、あの時の比では無いほどに酷い。それに京極家も半数以上が死んでいる。京極家がここまで追い詰められ、真夜が瀕死の状態になるような相手だったのか)
朝陽も気休めだが、真昼達と同じように治癒の霊術を発動させる。
「他にわかっていることは? 敵はどうした? 真夜が倒したのか? それと他の六家の面々は?」
「敵の名前は六道幻那です。以前、倒したはずなのですが、どういうわけか生きていました。六道幻那とぬらりひょん、それと超級妖魔二体、特級妖魔五体、他にも上級妖魔が数十体の奇襲により京極家は全滅を喫しました。朱音さん達や真夜君が来てくれなければ、私も含め全員が死んでいたと思います」
敵の詳細に関して涙を何とか止めた渚が答えた。彼女は京極一族の中では最後まで意識を保っていたため、京極家壊滅の顛末を見知っていた。
「その後はあたし達が駆けつけて、でも渚や京極家には六道幻那が呪いをかけてたみたいで。その後に真夜が来てくれて、少ししてから真昼達が来て渚にかかってた呪いを解いてくれたんです」
その後の状況は朱音が説明を行う。朱音もすべてを把握しているわけでは無いが、ある程度の状況は説明できる。朝陽はできる限り、全員の話を聞き、情報を得ようとする。
「朝陽よ。他の六家の面々が来るぞ」
しかしすべてを聞き終える前に、鞍馬が懸念事項を伝えた。他の六家の人間がこの場へと近づいているようだ。
「……わかった。鞍馬、すまないが真夜を連れて今から言う病院へ向かってくれ。この周辺で星守が懇意にしている医者のいる病院だ。他の者は済まないがここで待機して欲しい。他の六家への報告もある」
真夜の容態は一刻を争う。六家の面々に説明し、救急車を呼んでいては間に合わないかもしれない。だから朝陽は先に真夜を病院に搬送することを決めた。朝陽が直接連絡をすれば、強権を発動してすぐに受け入れてくれるだろう。
(それに真夜がこの状態では、余計に面倒なことになりかねない)
朝陽は急ぎ連絡を入れるべくスマホを取り出し相手に連絡を取りつつ、これから先の事を同時に考える。
話を聞けば、真夜が来なければ京極家は確実に滅亡していただろうし、真夜達がここまで追い詰められるほどの相手だ。
尋常ならざる敵だ。それを倒した真夜の事を言ったところで、にわかには信じられない者が大半だろう。
事実をすべて明かすタイミングは今なのかもしれないが、京極家が壊滅的な被害を受けているため、大きな混乱が予想される。そこへ真夜の真の実力と堕天使の情報まで出回れば、混乱に拍車がかかるかもしれない。
この場で真実を告げるメリットデメリットを天秤にかける。
(……この選択が吉と出るか凶と出るかはわからないが、真夜の安全は何としても確保する)
朝陽は混乱だけで無く、真夜の身の安全も気にかけていた。秘密というのは知る者が少なければ少ないほど漏洩の危険は下がる。
だが六家に真夜の事を明かした場合、どこまで広がるか予想もつかない。
実力や堕天使の件で自陣営に取り込もうとするならばまだ良いが、危険と判断し排除しようとする輩がいないとも限らない。
(真夜が万全ならば問題ないが、今のこの状態では……。今回の詳細に関して調べられれば、いつまでも隠し通せはしないが、京極が半壊し雷坂も発言力を低下させている今ならば、時間稼ぎやごまかしも多少はできるはずだ)
仮にこの行動がバレたとしても隠し通す理由も真夜の身の安全を考慮したとすれば、他の六家もあまり強く弾劾できないだろうし、もしそれでも強く出てくるようならば、朝陽は徹底的に相手をするつもりであった。
朝陽は一族の長としても父としても、真夜を何があっても守るつもりだ。
(私は私の戦いを続けよう。真夜は星守だけで無く、命をかけて渚ちゃんや他の大勢の京極の人間を守ったんだ。今度こそ、私が真夜を守ろう)
それはかつて真昼との対立を解消できなかった自責の念もあった。
異世界から帰還した真夜の功績は計り知れない。朝陽自身、どれだけ真夜に助けられたことか。
だからこそ今度こそ朝陽は息子の手助けを行いたかった。鞍馬が真夜を連れてこの場を秘密裏に離脱するのを見送りながら、朝陽はこの場にやってきた六家の面々に対して、新たな問題の解決に臨むのだった。
◆◆◆
「………。ああ、わかった。こちらは今のところ問題ない。新たな妖魔の出現も今のところはない。結界に関しても簡易的ではあるが、再度展開し直した」
星守の本邸で、明乃は朝陽と報告を取り合っていた。
『京極家に関しては、生き残っていた者は全員が搬送されました。ただ一族の内、半数以上は戦闘による殉職、あるいは敵の攻撃や呪いにより殺されていました』
「京極家の被害は甚大だな。京極渚は?」
『幸いにして無事です。目立った怪我も無く後遺症のような物もないようです』
「そうか……。それで……真夜の容態は?」
明乃は僅かにためらうように朝陽に聞き返した。
『……どうやら芳しくないようです。意識は戻らず、身体の至る所で裂傷や打撲のような状態が起こっていると。医者が言うには、生きているのが不思議なほどだと』
「っ!」
思わず明乃は息をのんだ。まさかそれほどまでの重傷だとは思わなかったのだ。
『最悪はこのまま意識が戻らないかあるいは……』
電話の向こうの朝陽もそれ以上は何も言わなかった。いや、言えなかった。考えたくない、最悪の事態が二人の脳裏によぎる。
「……わかった。そちらに結衣を向かわせる。護衛も必要になるだろう。私はこちらの指揮と各方面への根回しのため残る。お前は他の六家への対応を引き続き頼む」
『……母様は来られないのですか?』
「私が行ったところでどうなると言うんだ。それに私が行くよりも結衣が行く方が真夜にとって良いだろう。結衣も真夜がそんな状態では、こちらでまともに仕事が出来るとは思えん」
合理的に冷静に朝陽に言う明乃。声にも態度にも一切の動揺がないように見えた。
『……わかりました。こちらはお任せください。真夜の件に関してもこれまで同様に処理を進めます』
「ああ。……頼んだぞ、朝陽。……聞いていたな結衣。お前は今すぐ準備して京都へ向かえ」
明乃はそう言って通話を終えると、すぐさま近くに控えていた結衣に指示を出す。
「……本当にお義母様はいかれないのですか?」
「……くどい。私が行ったところで出来ることなど何も無い。それに星守だけでなく、これから起こるであろう六家全体の混乱への対処の準備も進めなければならない。真夜のことだけに時間をかけていられん」
「……わかりました。では私は急ぎ京都に向かいます」
「ああ。くれぐれも頼むぞ」
結衣が部屋から退室するのを確認すると、明乃は屋敷全体の指示を改めて伝えるためせわしなく動く。
あらかた指示を終えると、屋敷の者に外の見回りをしてくると告げると、本邸から少し離れた小高い場所にある墓地に足を運んでいた。
そして星守の中でも殉職して命を落とした者達の墓の前に立った。
「……頼む。あの子を、真夜をここにはまだ連れていかないでくれ」
どこかすがるように明乃は声を絞り出した。
本当は明乃も真夜の身を案じ、すぐにでも結衣と共に京都に向かいたかった。
だが怖かった。恐ろしかったのだ。かつてのように、幼なじみであり、妖魔との戦いで殉職した星守晴太のように、自分は再び、大切な者の死を見るのでは無いかと思ったのだ。
それに行ったところで何も出来ない。ただ見ているだけなど、出来なかった、
それならばまだ、何かをしている方がマシだった。
「あの子はようやく大成した。これからなんだ。それに私は、まだあの子に何一つしてやれていない。報いてやれていないんだ」
どれだけ真夜に辛く当たっただろうか。どれだけ真夜を苦しめただろうか。今更ではあるし、愚かな話ではあるが明乃はそのことを悔いている。
また明乃自身、真夜に助けられた。明乃だけでは無い。星守一族に対しても、真夜は幾度も危機を救っている。
だがそんな真夜に明乃は何一つ報いる事が出来ていない。このまま何も出来ずに、また失うのか。
ここで祈ったところで何も変わらないだろう。それならば真夜の下に出向くなり、腕の良い治癒師を探すなり、手配する方が良いだろう。
しかしどれだけ優れた治癒師でも、死に瀕した人間を助けられるほどの術者は国内には存在しない。
海外でもほんのほんの一握りであり、明乃の伝手を以てしても呼ぶことは叶わない。
「お願いだ……。……晴太、どうかまだあの子をお前のいる場所へ連れて行かないでくれ」
何も出来ない自分が、何もしてやれない自分自身が憎い。明乃はただ、血が出るほど強く拳を握りしめただ祈り願い続けるのだった。
◆◆◆
真夜はふわふわとした不思議な感覚を味わっていた。
どこかわからない場所。暗い暗い場所に一人立っている。
「……ああ、失敗したのか」
どこか諦めたようにつぶやく。これと同じでは無いが、異世界で何度か経験した感覚であり、この光景もうろ覚えだがなんとなく理解した。
「身体が耐えきれなかったみたいだな」
死の感覚。修行や魔王軍との戦いで体験した、死の一歩手前の今際の世界。
異世界では勇者パーティーの聖女の力で、ここから蘇生できた。
だが真夜が帰還した元の世界に彼女はいない。ここから元の世界に連れ戻してくれる存在など退魔師の知り合いの中には一人もいない。
「……くそっ。朱音や渚になんて詫びればいいんだよ。それにルフの事もあるのによ」
ルフは真夜の中で再びの封印についている。真夜が死んだからといって、解き放たれるわけでは無いのだが、何かしらの影響は受けるはずだ。
「神様の爺さんが言ってたな。お前が死ねば、ルフは俺達の世界そのものに封印されるって」
その封印は彼女という異分子を極限まで世界への影響がないように、その身体を分割し二度と顕現できないようにするものだ。世界を渡る際に受けた制約。ルフの弱体化もその影響である。
ただ、それは真夜が長く生き、彼の中でルフという存在がこの世界に影響を及ぼさないまでに調和が進めば、彼女は真夜の死後に、現世とは別の異界の片隅で存在する事が可能となるはずだった。
しかしまだルフはこの世界との調和がなし切れていない。さらに完全解放を行い、この世界に少なからず影響を与えてしまった。
その結果、元々この世界にとって異物であったルフは真夜の死と共にこの世界から拒絶されるだろう。
あの時はルフの力を解放するしか無かった。問題は自分が予想以上に弱体化しており、さらに真昼の力などを一時的にでも取り込んだ事で、肉体に必要以上の負担を強いたからだ。
もしこれがどちらかだけならば、まだ真夜の肉体は耐えられていただろう。
だがすべては後の祭りである。
真夜は自責の念に駆られる。ルフだけでは無い。渚や朱音の事もある。特に渚は真夜が自分を守るために死ぬことになったのならば、真夜以上に自責の念に駆られるだろう。朱音も精神的に弱いところがある。
朝陽や明乃が良いように取り計らってくれるとは思うが、それでも不安が残る。
どうしようもない、自分自身への怒りがわき上がるが、だからといって何が出来るわけでも無い。
ここから先、どうなるのかは真夜にもわからない。かつては聖女や勇者パーティーの声が聞こえ、自分を導いてくれたが、今は何も聞こえない。
闇がどんどん深くなっていく。自分自身の感覚や意識が曖昧になっていく。
終わりは近いらしい。
「くそっ。ここで終わりなのかよ」
死を受け入れることは出来ない。異世界では死ぬ覚悟ではなく、生き残る覚悟の下、戦い続けてきた。こんな状況でも最後まで諦めずに足掻き続けてきた。
「終われるかよ。終わってたまるかよ!」
真夜は何とか意識を強く持ち、少しでも長くこの場に留まろうとする。それで何が変わるかもわからないが、諦めてしまっては本当に終わってしまう。
だがそんな真夜の意思に反応してくれる者はいない。
はずだった。
「!?」
かっと闇の中に光が湧き上がる。神々しい、眩いばかりの光が前方の頭上より真夜に降り注ぐ。
(一体何だ!?)
異世界での時はこのような事態は起こったことが無かった。光は段々と輪郭を作っていくと人の形となっていく。
「なっ!?」
真夜は驚愕に目を見開いた。それは真夜もよく知る存在だったからだ。
『久しいな。守護者シンヤよ。死んでしまうとは情けない』
かつて異世界に真夜を召喚し、帰還させた異世界の神が真夜の前に再び姿を現したのだった。
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