第七章 六家編
プロローグ
見渡す限り無限に広がる、澄み切った蒼穹の広がる場所。その中にぽつりと大きな白い雲が浮かんでいる。そこには純白の祭服に身を包んだ初老の男がいた。
男の頭上には光り輝く輪が浮かび、右手には本のような物と左手には木で出来た杖が握られていた。
男は目を閉じ、何かを思案しているようにも見えた。
「……あの馬鹿者が」
初老の男は忌々しそうにつぶやくと顔をしかめながら目を開ける。
「あやつの完全解放などと無茶苦茶しおって。何のためにお前の中に封じておったと思っとるんだ」
ぼやきながら、杖でトントンと雲を叩くと本を開いた。
「ふむ。思ったよりは考えて解放しよったか。結界を張ってできる限り世界への影響を抑えて、封印も若干綻びはあるが、再度施しておる。こちらへの影響はほぼ無し。あちらの世界の影響も皆無では無いが、許容範囲なのがせめてもの救いだわい」
本が開かれ、文字が光と共に浮かび上がった。それを目で追いながら、男はふむふむと頷きながら、確認を続けていく。
「……しかし解放した本人は反動で相当のダメージ。こりゃ死ぬかもな」
パタンと本を閉じると男はやれやれと首を左右に振りながら、ため息をつくのだった。
◆◆◆
時間は少し遡る。
幻那が足止めに向かわせた妖魔達は、霊力の高い六家の人間達がいる場所へと向かっていた。
朱音や彰、凜は真夜の霊符の隠形術のおかげでやり過ごすことが出来た。
この七体の妖魔達よりも奥にいる相手の方を優先すべきだと三人が考えたからだ。それに後ろには六家の主立った術者が控えており、ほとんどの六家当主がいる。
そしてその考えは正しかった。
朱音達が空けた穴から六家の面々がいる場所へと殺到した七体の妖魔達は、六家の退魔師達と戦いを繰り広げた。
「おおぉっ!」
火野一族当主・火野焔は両刃の大剣の霊器を顕現し、鬼熊を迎え撃った。
「援護するたい!」
同時に風間一族当主・風間涼子も二つの長さ一メートルほどの巨大な刃のようなブーメランを顕現し、一つは手元で持ち、もう一つは投擲して相手の牽制を行う。
超級妖魔と言えども、当主クラス二人ならば十分に対応できる。超級を相手にするのに一族の総力を挙げる必要があるのは、周囲への被害の軽減のためや逃がさないための結界の構築や、万が一にも主力の術者が死亡、あるいは後遺症を負うような怪我や再起不能な事態が起きないようにするためである。
単独で超級妖魔を倒すだけの強さを持つ術者は、六家に多数とは言わないが何名かは存在する。
この二人は相性という点でも良い。それはもう一方の戦いでも同じだった。
「あんまり無茶するんじゃ無いよ。それと私に合わせられるかい?」
「ご心配なく。こっちも風の使い手とは昔から良く連んでるので!」
風間莉子と火野紅也は伊佐々王(いざさおう)を相手に立ち回る。風間莉子は小太刀の霊器で、紅也は真紅に輝く十文字槍を構え、巨大な鹿の妖魔である伊佐々王と相対する。
莉子も紅也も現当主にこそ一歩劣るが、それでも退魔師の中では最上位の使い手であり、二人がかりなら十分に超級の相手が可能だ。
この二組は超級妖魔相手に有利に戦いを進めていた。
「理人! お前は援護し!」
「流樹! お前は隙を見て奴らを仕留めるのだ!」
氷室一族当主の氷室氷華は杖型の霊器を、水波一族当主の水波流斗は巨大な鎌の霊器を顕現させ、残る五体の特級妖魔達を残っていた各家の霊器使い達と共に迎え撃っていた。
「はいよ! ほな今回も一緒にやらせてもらおか。くれぐれも無茶せんといてくれよ」
「わかっている! 僕もそれくらいはわきまえている!」
八城理人と水波流樹は氷華と流斗が前に出て、五体の妖魔に対して牽制と足止めを行っている。
「お兄様、ボク達も!」
「……ああ」
火野赤司と火野火織の火野一族の若手二人も直接特級とは対峙せずに、牽制や後方支援を行っている。
最上級クラスならばともかく、特級クラスが相手では彼らにはまだ荷が重い。
「早雲様、俺達も」
「ああ。援護に回る。彰の馬鹿の尻拭いはその後だ」
雷坂仁と雷坂早雲も実力はあるが、当主クラスには劣るため、援護に回っている。
相対する五体の妖虎は、それぞれに連携などはしてこない。しかし厄介な能力は持っていた。
それぞれに五行の特性を秘めており、青虎は木の属性を持ち、再生能力に長けていた。赤虎は火の属性を持ち、全身に炎を纏っている。白虎は金の属性を持っており、全身を鉱物のように固くし、攻撃が通りにくい。黒虎は水の属性を持っており、全身に水気を纏い、攻撃を減衰させている。黄虎においては土の属性を持っており、地面に潜る厄介な能力を有していた。
妖魔としての身体能力も高く、並の術者では即座に殺されてしまうだろう。
しかし連携をしてこないのならば、戦い方はある。
周囲一帯が冷気に包まれる。地面が一瞬にして凍り付き、五虎は一瞬足を止めてしまう。
直後、五虎をそれぞれ分断するかのように高い水の壁が立ち上ると、さらにその外側にも氷の壁が出現する。
「特級五体同時はかなり厄介やけど、一体ずつならそう怖くはないわな」
「その通りだ。焦らず確実に仕留めていこう」
氷華と流斗の二人がかりでの結界術。水と氷という属性が近い二つがぞれぞれに五虎を閉じ込める。
グルルルルッとうめき声を上げる五虎は結界を破壊しようと猛然と水と氷の壁を突破しようとする。
しかし相性がいい五虎はいいが、それ以外は手を焼いている。氷華も流斗も当主の地位にいる退魔師。特級相手に後れは取らない。
「今や! やったれ!」
「言われずとも!」
氷華の声に反応したのは流樹だった。術の発動の時間稼ぎを氷華と流斗の足止めで行えたので、流樹は大技を発動できる。
「はぁぁぁっ! 瀑龍煌(ぼくりゅうこう) 轟翔双破(ごうしょうそうは)!!」
流樹の背後に二体の巨大な水の龍が出現すると同時にそれは天へ登り、属性的に有利な赤虎に二体の水龍は空より襲いかかる。
自らの弱さを受け入れ、力を磨き続けてきた流樹の攻撃は、属性の有利はあったとしても特級の妖魔をも倒すだけの威力を手に入れていた。
二体の水の龍は赤虎をその牙でかみ砕き、飲み込んでいく。激しく抵抗するが炎は水を一部蒸発させるだけですべてを消し飛ばすことは出来ない。逆に水が炎を消していく。
グロォォォォォ!
断末魔の悲鳴を上げ、赤虎は消滅する。
またもう一体、金の属性を持つ白虎へも攻撃が放たれていた。
「はぁぁぁぁっ!!!!」
「……燃え尽きろ」
火織と赤司の兄妹二人による最大火力での攻撃。片刃の大剣と七支刀の霊器を交差されると、増幅された二人の炎が合わさり巨大な鳥となって顕現した。
真紅の鳥が羽ばたくと、結界の切れ目となっている天井部分から内部へと侵入し白虎に激突し結界内部で激しく燃え上がる。
五行思想において、火は金属を溶かすとして優位性を持つ。
攻撃特化の火野一族の宗家の二人がかりの全力の最大火力の攻撃は、氷の結界によるダメージも合わさってか、特級妖魔とはいえども相性もあり致命傷を負うことになる。結界内から逃れることも出来ず、炎に焼き尽くされる形で白虎も消滅した。
「理人! こっちも仕上げるで!」
「あいよ!」
氷華は理人に指示を出すと彼女達は青虎を標的とした。木の属性を持ち、再生能力を誇る化け物だが、氷華は自らの杖のような霊器を顕現すると、自らの霊力を高める。同時に理人が結界を維持するように援護を行う。
「さあ。砕け散りや! 氷牢雪獄(ひょうろうせつごく)」
結界内に吹雪が吹き荒れる。それだけではない。気温がどんどんと下がっていく。周囲どころか大気さえも凍っていく。
氷に閉ざされた結界内でのみ、発動することが出来る氷華の新たな霊術。発動させるには時間がかかるし、霊力の消耗も激しいが、特定の範囲を絶対零度の世界へと作り替える。
すべてが凍り付く極寒地獄。再生能力さえも凍り付かせる最強の氷の霊術。青虎は身動きすら出来ず、その身を完全に凍り付かせた。細胞が、魂さえも凍り付かせるほどの術の直撃を受けた。青虎の身体にピキピキと亀裂が走るとそのまま粉々に砕け散った。
「……やるな、氷華殿。ではこちらも無様な姿は見せられないな」
流斗も気合いを入れ直し、残りの妖魔に対して攻勢に出ようとする。残った黒虎と黄虎は水属性と土属性ゆえに、水の霊術ではそこまでの優位性を得ることが出来ない。
だがそれは相性の問題であって絶対では無い。
「破っ!」
流斗は裂帛の気合いと共に霊器を振り降ろす。振り下ろされた鎌の部分から、無数の水の刃が射出される。さらに流斗は幾度も鎌を振るう。
ウォーターカッターのように打ち出された水は一時的に解かれた結界の穴から、結界内へと侵入し土属性の黄虎の身体を切り裂き削っていく。
五行では土は水を汚すとして、優位性を持つのだが、それは通常の場合や力が近い場合だ。流斗の水は浄化の力を内包しており、高圧縮された水は土を穿ち、切り飛ばし、散り散りにさせる。
黄虎も抵抗を試み全力で妖気を展開し、さらに土の壁を出現させて防御を固めるが、その壁は多少の時間稼ぎしか出来ずに崩壊し、無数に飛来する水の刃は黄虎を完膚なきまでに切り裂き消滅させたのだった。
「合わせろ、仁」
「はい!」
もう一方では仁と早雲が黒虎に対して、雷の霊力で攻撃を行う。結界の中で雷が弾け轟音が鳴り響く。残念ながら、黒虎を仕留めるにはいたらないが、かなりのダメージを与えることには成功していた。
「残り一体や! 油断せずに倒してさっさとこの先へ進むで!」
氷華の号令で残りの一体に攻撃を集中させる。超級妖魔の方も京極家との戦いで消耗していたこともあり、焔達の勝利も目前であった。
だがここが終わっても、まだ敵が残っている可能性が高い。超級や特級の妖魔が徒党を組むとなれば、それを従える存在がいるはずだ。
何が起こっているのかこの奥の気配が一切わからない。京極家の面々や先行した三人がどういう状況なのかも不明だ。
それこそ覇級クラスの存在が控えている可能性が高い。
不安や緊張を抱えたまま、六家の面々は妖魔達をすべて倒すと先へと急ぎ進むのだった。
◆◆◆
(真夜、真昼、皆無事でいてくれ!)
朝陽は鞍馬天狗と共に京極家のある京都へと急ぎ引き返していた。
周囲の警戒を終え、危険は取り除いたと判断し現場を明乃に任せた朝陽は、真夜の最後の連絡と楓の式神からもたらされた情報に危機感を募らせていた。
楓は真昼と共に真夜達が空けた穴を通った後、穴が閉じきる前に朝陽達へと式神を飛ばしてわかり得た情報をすべて伝えていた。
情報を受け取った朝陽と明乃は絶句することになる。真夜とルフが苦戦を強いられているという俄には信じられない内容。京極家がほぼ壊滅状態であることも含めて尋常ならざる事態が起きているようだった。
戦力的には明乃も同行するべきなのだろうが、生憎と星守の方も人的被害は無かったが、結界は消失、建物や塀の一部など物的な被害は受けていた。
また残っていた星守一族や門下生達も多少は落ち着いたとはいえ、超級妖魔にまで至った妖魔三体の襲撃は彼らに計り知れない精神的負荷を与えた。京極や真夜達の危機とはいえ、そんな彼らを放って二人がいなくなるのは憚られた。
それに関係各所への連絡や報告もある。さらに現時点では周囲の脅威は取り除いたが、再びの襲撃がある可能性も捨てきれなかった。真昼も楓もすでに京極の方へ移動し、それを可能とした穴は閉じている。
ゆえに実力も申し分なく指揮も執れ、関係各所への手回しも出来る明乃が残り、朝陽が星守へ戻ってきた時ように鞍馬天狗の神通力の移動で京極へと向かったのだ。
(まだ連絡は取れないが、京極には六家のほとんどの当主クラスがいる。真夜の実力を知られるリスクはあるが、全員が協力すればなんとかなるはずだ)
楓の報告では壊滅したのは京極家のみで、他はまだ無事と思われるとあった。真夜とルフが苦戦するほどの化け物達だが、朝陽と鞍馬天狗、そして六家の当主クラスの援護があれば、まだ何とかなるはずだ。
真夜には他者を強化できる霊器がある。朝陽達もそのおかげで星守を襲っていた三体の超級妖魔をさほど苦戦せずに倒すことが出来た。六家の当主達が強化され、全員で挑めば覇級クラスでも十分に戦えるはずだ。
「朝陽、見えたぞ! 強力な結界が張られておる!」
鞍馬天狗の言葉に朝陽は臨戦態勢を取る。霊器を顕現し、真夜がなおも苦戦しているようならば奇襲をかけて援護するつもりだった。朝陽も遠目で確認するが、禍々しい妖気の結界を感じる。
尋常ならざる相手がいる。朝陽は決死の覚悟をする。だがそんな朝陽の決意に水を差す事態が起こる。
「なっ!?」
京極家を覆っていた結界が突如として消え去ったのだ。
それが意味することはこの結界を展開した者が討たれたか、維持することが出来なくなったか、はたまた結界を構築していた起点を破壊したか。あるいは戦いが終結したか。
「鞍馬! 状況は!? 真夜達はどうなっている!?」
思わず鞍馬に問いかける。
「少し待て! 見つけたぞ! 戦いは終わっておる! だが!」
鞍馬の言葉に朝陽は顔面を蒼白させる。
そして朝陽が京極の敷地内で見ることになったのは、大地に倒れる大勢の京極の人間と血まみれになり、意識を失い朱音や渚達に涙ながらに呼びかけられている息子の姿だった。
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