エピローグ
金色の光に飲み込まれた幻那は不思議な空間にいた。
どこまでも広がる白い世界。地平線の向こうまで、何も無い世界。
「……私は敗北したのか。……お前達に」
「ああ」
幻那の背後から声が聞こえる。そこには真夜とルフが立っていた。
「まったく。あそこまで入念に準備を重ねたというのに、京極を滅ぼすことも出来ずに終わるとはな」
幻那は真夜の声にも驚きもせず、自嘲するようにつぶやく。ここがどこなのか。なぜ自分はここにいるのかと言う疑問はあるにはあるが、おそらく堕天使が何かをしたのだろう。
一度倒したと思った相手が生きていた。どのような手段を用いたかわからないゆえに、二度と復活できないように何かしらの手を打つためだろうと幻那は考えた。
幻那は顔を上げて空を見上げる。空には太陽も何も無い。京極を滅ぼせず、悲願の達成が潰えたはずなのに、どうしてここまで心穏やかなのか、虚空を見つめる幻那にも不思議であった。
「なんでそんなに京極一族を憎むんだ?」
真夜は思わず問いかけた。この世界は真夜の内面世界と同じだ。時間の経過が全く違うため、多少の時間的余裕はある。今、幻那の魂はルフによりこの場にて一時的に留められている状態だった。
「……もう何十年も前の話だ。まだ私がお前とそう変わらない年の頃、京極一族に家族を殺された。妹を、恋人を、親友を。それだけではない。私達が暮らしていた村の住人まで奴らは皆殺しにした。六道一族というだけで私達は殺されるような事は何もしていなかったというのに」
幻那は振り向き、真夜と対面する形で自らの過去を話す。戦いの中、真夜と問答をする事が無かった反動か、それとも自分を倒した相手への敬意からか、幻那は真夜との対話を行った。
「復讐を誓い、力を付けた。何名かはこの手にかけたし、鬼籍に入った者は術を使いその魂を呼び出して復讐した。その時に、奴らが私の家族を殺した理由を知った。奴らは六道を一族を恐怖していただけでは無い。ただ自分達の手柄欲しさに、私達の家族を、村の皆を虐殺した」
超級妖魔の討伐を妖術師と共に成した。当時の退魔師達の界隈でそのような事が発覚すれば、京極の面子が立たず、下手をすれば大問題になりかねない。しかもそれが六道一族であったのなら尚更だ。
証拠と証言の隠滅。さらに六道一族の討伐という手柄を欲しさに当時の京極の一部は幻那の村を襲った。
「赦せなかった。そんなことのために私の家族は無残にも殺されたのかと。だから私は決意したのだ。奴らがしたように、私も奴らの血を根絶やしにしてやるとな」
それが動機だと幻那は真夜に言う。
「だがお前に、お前達にその悲願は阻まれた。……お前は復讐は愚かだと、悪だと、間違っていると言うか?」
「……いいや。俺は一概に否定も肯定もしねえよ。復讐は間違っている。何も生み出さないなんて、わかった風な口を利く奴や否定する奴は、所詮他人事でしかないから綺麗事を平気で言える。もし俺があんたの立場なら、同じ事をしたかもしれないだろうからな」
真夜は幻那の話を聞き、自分に置き換えて考えてみれば自ずとそのような答えが出てきた。もし渚や朱音、家族がそのような目に遭えば、自分はおそらく理性的でいられないだろう。
異世界でも幻那のような人間を大勢見てきた。親を殺された子供。子供を殺された親。恋人や家族を殺された者。復讐を果たせた者や、果たせなかった者を真夜は見てきた。
自分だって仲間を殺されていれば、どうなっていたかわからない。
「だがな、あんたは渚を殺そうとした。だから俺達は敵対した。あんたの境遇がどれだけ悲惨でも、あんたの家族を殺した奴らの血を引いていようが、渚が何かをしたわけでも無い。それは今を生きてる京極一族のほとんどに言えることだろうがな」
「……その通りだ。今の私の復讐に大義などどこにもない。ただの憂さ晴らしと八つ当たりに過ぎん」
幻那とてそんなこと理解している。今の自分がしていることは、自分の家族を理不尽に奪った奴らと何ら変わりない行動なのだから。
「こんなことをしたところで、私の家族は帰ってこない。喜びもしない。だがわかっていても、私は奴らを赦せなかった」
いや、違う。赦せなかったのは自分自身だろう。
あの時、京極を助けるなどと自分が言わなければ。襲撃の時、もっと自分が強ければ……。皆を守れていれば。
しかしすべてはもう遅い。すべては過ぎ去った過去。後悔したところで、やり直したいと願ったところで、どうすることも出来ないのだから。
本来の幻那は優しすぎたのだ。家族を失い、その発端が自らにあったことで、絶望と悲しみを背負い、心が壊れてしまった。絶望と悲しみは怒りと憎しみに変わり、幻那は狂気と憎悪に取り憑かれた。
「結局の所、私も奴らと何も変わらない。奴らと同じ事をして同じ所まで落ちた極悪人でしかない」
「……そうだな。渚も今を生きている京極の連中にも罪は無い。あんたも本当はわかっていたんだろ?」
「かもしれんな。しかしだからといって止まることはできなかった。復讐こそが生きる目的だった。それしか私には残っていなかった」
だが不思議と今の幻那は敗北を受け入れていた。復讐が果たせなくなったというのに、どこまでも心が穏やかだった。
これは魔王の残滓が幻那の負の感情を取り込んだためだ。魔王は負の感情を好む。残滓とは言え、幻那の復讐心や憎悪はさぞ魔王に取っては極上の馳走となったことだろう。
だがルフの
「……それで? 私をどうするつもりだ? わざわざこのような所に呼んだのは、ただ世間話をするためではあるまい?」
「……ああ。あんたは前回、確実に仕留めてその魂も冥府へとルフが送ったはずだ。なのに蘇った。だから今度は確実に蘇らないようにさせてもらう」
「魂を消滅させるか、永劫の封印と言ったところか。抵抗は無意味であろうな」
力を振るおうにもまったく術が使えない。抵抗できたとしても真夜と堕天使相手では勝ち目はないだろう。
それに幻那はすでに抵抗する気もなかった。
ひどく疲れた。再び仲間をすべて失い、策も破られ、二度目の敗北を喫した。
前回と違い蘇る手段は無い。仮に蘇ったとしても、準備にどれだけの時間がかかるか。そして星守真夜が生きている間は、京極を滅ぼすのは難しいだろう。
(私も年貢の納め時か)
目を瞑り、その時を待つ。皆の待つ場所へ行きたい。千影や那月、一刀がいるところへ。
しかし自分は地獄に落ちるだろう。あの三人と同じ所には行けない。地獄には銀牙やオババ、、ぬらりひょんはいるだろうか。あったならば謝罪しなければならないなと思いながら、その時を待つ。
だが……。
―――幻那―――
ふと、幻那を呼ぶ声が聞こえた。それは懐かしい声だった。
幻那は目を開ける。そこには懐かしい人達がいた。
「千影、那月、一刀」
もう二度と会えない人達。
―――ん。久しぶり。でもごめん。一人にして―――
―――でも兄さんは無茶をしすぎよ―――
―――ほんとだよ。でもさ、もう大丈夫だから! またみんなで一緒にいよう―――
あり得ない光景。あの時の彼らの姿が、声が、そこにはあった。
―――ふっ、なんじゃ幻那。鳩が豆鉄砲くらったような顔をして―――
―――申し訳ございませんじゃ。このオババ、幻那様のお役に立てずに敗北してしまいました―――
幻那の隣にぬらりひょんが、そしてその後ろには謝罪するかのように頭を下げるオババがいた。
―――六道様。お久しぶりでございます。お役に立てなかった上に、恥を晒すかのように御前に現れた事をお詫びいたします―――
さらに幻那に声をかけるのは、死んだはずの銀牙だった。彼はかつてと変わらぬ姿で主である幻那に頭を下げている。
死んだはずの幻那の大切な人達。
これは夢であろう。彼らは死んでいる。もはや二度と自分の前には現れることは無い。
しかしその声も姿も幻には到底思えず、幻那の手を取る千影の手は温かかった。
夢か現か幻か。
幻那は真夜とルフの方を見る。彼らはどこか悲しい顔をしていた。
(………ああ、そう言うことか)
そして彼らの意図を察した。
「……お前達には最期までしてやられたよ。だが悪くは無い」
これは牢獄。幻那を封印する優しい夢幻の世界。ルフの力により、ルフを封じている世界に幻那の魂を永久に封印する。
人によっては、己の大切な者を侮辱されたと感じるかもしれない。
だが幻那は受け入れた。もしかすればあの堕天使が、本当に彼らの魂をここに呼び寄せたかもしれないのではと考えたからだ。
「ああ。すまなかったな、みんな。さて、行こうか。今度こそ、ずっと一緒にいよう……」
幻那はそのままこの牢獄に囚われることを選択した。そしてもう一度だけ振り返ると、真夜へと別れの言葉を告げる。
「さらばだ。星守真夜」
真夜とルフはそのまま幻那達が光の壁に包まれ、見えなくなるまで見届ける。
「……じゃあな、六道幻那。せめて安らかな夢を」
真夜の呟きは、悲しく虚空へと消えるのだった。
◆◆◆
金色の光が収まると、周囲は静寂に包まれた。
戦いの趨勢を見守っていた朱音や渚達は真夜の結界により守られ隔離されていたので、途中から様子をうかがい知ることが出来ずにいた。
「真夜……」
「真夜君……」
朱音と渚は真夜の身を案じ、凜と楓は意識を失ったままの真昼に付き添っている。真昼の傷は真夜の結界により治療されたが、未だに意識は戻っていない。
「ちっ。星守の奴、こっちへの影響を考えてのことだろうが、俺達まで隔離しやがって」
彰は一人悪態をついている。見ることさえできない今の状況に苛立ちを覚えているのだが、ほとんどは自分自身への不満でもあった。自分と真夜との差がどれほどのものか思い知らされた。
だが彰は絶望などしない。必ず真夜に追いついてやると決意を新たにする。
「んっ……」
「真昼!?」
「真昼様!?」
真昼が僅かに身じろぎすると目をゆっくりと開く。
「凜、楓……。おはよう」
「おはようじゃないだろ!?」
「そうです! お体の方はどうなのですか!?」
「ごめん。心配かけて。大丈夫だよ。真夜のおかげで傷も塞がってるし」
二人に謝罪すると真昼は銃弾が貫通した部分を見せる。彼の言う通り、傷はすでに塞がっていた。
「……霊力は感じられるし、霊器の感覚もある。それに……」
真昼は上半身を起こすと、真夜のいるであろう方向に視線を向ける。
すると今までこの場を隔離していた結界が消え始めた。
「真夜!!」
「真夜君!!」
結界が完全に消えると、離れたところで真夜が立っているのが見えた。あの化け物もルフの姿もすでに無い。
真夜だけがいると言うことは、勝利したと言うことだ。朱音も渚も歓喜の声を上げる。
二人は真夜に駆け寄ろうと走り出す。真夜も声に振り向き、二人を見ると笑みを浮かべる。
だが……。
「…………っう」
真夜の口から血があふれ出した。それだけではない。全身に無数の傷跡を作り、鼻や目からも血涙を流していた。ぐらりと真夜の身体が大地へと倒れた。
真夜の身体は限界を超えていた。ルフの反動だけでは無い。真昼の力を取り込んだことさえも、彼の身体に大きな負担をかけていたのだ。
真昼の力は元々真夜のものであったが、すでに真夜は異世界で新たな力を得た。そこへ本来の力まで上乗せされた。いかに元々が巨大な器を有していたとしても、さらに大きな力を取り込むには限界があった。
さらに今の真夜は全盛期の肉体では無い。今の弱体化した力でさえ、成長期の真夜の肉体への負担が大きいというのに、そこへそれに匹敵しかねない力が取り込まれた。
そしてルフの解放だ。
真昼の力を取り込んだから何とかなるではない。真昼の力を取り込んだからこそ、限界を遙かに超える負担が真夜の肉体にかかったのだ。
すでに真昼の力は彼に戻っている。十五年の年月でその力は真昼の物になっていたのと、真夜の方に取り込むだけの余裕が無かったためだ。
真夜の肉体は、すでに取り返しの付かない所まで傷ついていた。
「真夜っ!?」
「真夜君っ!?」
二人の歓喜の声が悲鳴に変わり、周囲へと響き渡るのだった。
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