第十九話 真なる力


 真夜は油断なく幻那達の封印を完成させようと陣を展開し続ける。


 このまま何事もなく封印できればいいが、真夜にはこのまま簡単に終わらないであろうという予感があり、それが現実となった。


 幻那を閉じ込めていた結界がはじけ飛んだ。


「ちっ! ルフ!」

「Aaaaaaaaaaaa!!!」


 ルフが幻那に向けて攻撃を行う。両手を前に突き出すと極大の高密度な霊力の光線が放たれる。


 光は大地をえぐり、幻那へと迫り彼を光の奔流の中へと飲み込んだ。


 だが……。


「おおぉぉぉぉぉっっっ!」


 光の中で幻那は咆哮を上げる。ルフの攻撃をまともに受けたというのに、まったくのダメージを受けていない。それどころかその妖気がどんどん膨れ上がっていく。


「ッ! まさかあれは!?」


 真夜は驚愕に目を見開いた。幻那の妖気の質が変化していく。異世界で感じた気配。最強にして最悪と言われた魔王の気配。


 魔力と妖気は似て非なる物。魔力は霊力とも妖気とも親和性があるエネルギーであり、幻那の妖気と霊力を取り込んでいく。元々強力だった力が強化され、幻那の身体からどす黒い闇が湧き上がり、身体を包み込む。


 さらにもう一つの空亡を封じ込めようとしていた結界までもがはじけ飛んだ。


 空亡からも魔王の魔力が吹き上がる。幻那を通して空亡にまで力が分け与えられているようだった。


 幻那にまとわりついていた闇が次第に質量を持ち始める。幻那を核として内部へと取り込み、その姿を変えていく。


 体は膨張し巨大になり、皮膚は硬質化していく。首はなく胴体と一体化しており、手足の爪と牙は異様に長い。さらに太く長い尾まで生えていく。額には黄金に輝く第三の目があり、オッドアイの瞳と合わせて三つの瞳が真夜達を見据える。


 醜悪でグロテスクな怪物としか形容できない化け物が出現した。


 ―――オォォォォォォォォ―――


 空に向かい咆哮を上げると、空亡の姿が変化していく。球体状だった身体が灼熱の太陽の剣のように変化し、化け物となった幻那の手に握られ、残った四つの手もその肉体に取り込まれた。


 空亡の一部を取り込んだことで、背中から黒い炎の翼が出現する。握られていた剣も黒く染まった。


 幻那と空亡が異世界の魔王の残滓を取り込んだことで、新たな領域へと昇華された。


 真夜を除くこの場の全員がその化け物を見て思った。


 ――アレには絶対に勝てない。抗うことさえできない――と。


 ただ、真夜だけは違った。


 確かに焦りはある。姿形は異なるが、アレは勇者パーティーが全滅寸前まで追い込まれ、ギリギリで勝利することが出来た魔王と同質の存在だ。


 強さはまだ邪神を取り込んだ時ほどでは無く、魔王自身の全力クラスの力でしかないが、それでも今の真夜一人では、ルフがいようとも勝てる相手ではない。


 もしここに勇者パーティーの仲間達がいれば、この相手でも勝利できただろうがここに彼らはいない。


 だが全く手が無いわけでは無かった。


(今なら……今の俺の力なら出来るはずだ)


 ルフの封印の解除による完全解放。


 ルフの中に眠る、封印されている異世界の魔王の力とルフ自身の全力を解放する。残滓が消えているのならば、解放したところでルフが乗っ取られることは無いはずだ。


 そうすればあれとも互角以上に戦えるはずだ。


 ―――いいの?―――


 真夜に誰かが語りかける。


 ―――本当にいいの?―――

「もう方法はこれしかねえだろ?」


 真夜に語りかけるのはルフだった。ルフを封印している真夜の内面世界で、二人は対面し対話をしていた。


 ルフはどこか悲しそうだった。同時にそれだけはしてはいけないと真夜に考え直すように言う。


 封印の解除は世界への影響が大きすぎる。


「世界への影響は最大級の結界にすれば、ギリギリで抑えられるはずだ。それにあいつに勝つにはこれしかない。勇者も他のみんなもいないんだ。それに魔王の残滓に気づかず、半ば解き放っちまったのは俺だ。だったら責任は俺が取らないとだめだろ?」


 この状況を招いた責任は自分にあると真夜は言う。故に自分がその責任を取るのだと。


 ルフは違うと否定する。自分が悪いのだと。自分が魔王の残滓を宿したままであったから、このような事態になったのだと。


 だが真夜は苦笑しながら否定する。


「ルフだけの責任じゃねえよ。まあ今はそれを言ってても始まらないだろ。あいつを倒すにはこの方法しか無い」


 ―――死ぬかもしれないのよ?―――


 ルフの真の力は強大すぎる。反動は凄まじく、今の真夜では耐えられないかもしれない。


「兄貴の力がある今なら、この身体でも何とかなるさ。時間もねえんだ。心配するなって。俺は死なねえよ」


 死ぬつもりは無い。生き残るつもりだ。勝ってまた朱音や渚との何気ない日常を送る。


「俺は守護者。誰かを守る者。けど悔しいが今の俺だけじゃあいつからみんなを守れない。だからルフ、俺に力を貸してくれ」


 まっすぐルフを見据える真夜。覚悟の決まった目を見て、ルフも覚悟を決める。


 ―――ええ、必ず勝利し、みんなを守りましょう―――

「ああ。頼むぜ、ルフ!」


 対話は一秒にも満たない僅かな時間。真夜は即座に行動に出る。


 額に浮かぶ十字架に似た刻印。それを自らの手で額を割るかのように横一文字に傷を付ける。真っ赤な鮮血が刻印を染めた。刻印がひとりでに宙に浮かび上がり、天高く昇っていく。


 まるで星のように輝く刻印。


 真夜の刻印は契約の証では無い。ルフの力を封じている鍵であった。


 真夜は続けて、十枚で行っていた大規模浄化結界を一時的に解錠し、十二枚すべての霊符を使用した新たな陣を描く。


 正十二角形を描いた霊符がそれぞれ三枚ずつ新たな線を結ぶと、内部に重なり合ういくつもの六芒星を描き出す。


 ただこの場を隔離するだけの結界。強固にしてこの内側の影響を外へと漏らさないための、それ以外の特殊な術式もない結界。


 だが無数の光の線は周囲と中心にいる真夜達を完全に隔離し、この場にいる朱音や渚達への戦いの余波を完全に遮断する。


「Aaaaaaaaaaa!!!!」


 ルフが空へと舞い上がり、十字架の刻印と重なる。瞬間、超新星の爆発のような光があふれ出す。


 目もくらむような光の中で、彼女は封印されていた力を解き放つ。


 漆黒の三対六枚の翼が六対十二枚へと増える。黒いドレス風の衣装は彼女の身体を完全に覆い尽くし、元々頭上にあった真紅の光輪とは別に手首や足首、そして背中に青白い光輪とその輪に重なる光の十字架が出現すると光の粒子を周囲へと舞い散らせていく。


 パキンとルフの眼帯が音を立てて真っ二つに割れ、彼女の素顔があらわになる。


 整った顔立ちと金色に輝く瞳。


 真夜以外のこの場の誰もがルフに視線を集める。すべてが調和した神々しさと美しさがあり、星の女神のようであった。


 天空には漆黒の堕天使。大地には魔王の魔物。


 神話のような戦いが始まろうとしている。


「終わらせるぞ! ルフ!」

「Aaaaaaaaaaaa!!!」


 真夜とルフは持てる力を解放し、魔王の化身を倒すために戦いを挑む。


 ―――京極を、すべてを滅ぼしてやる!!!―――


 幻那の意思を、感情を取り込んだ魔王の化身は京極だけで無くすべてを滅ぼすために力を解放する。


 ルフが魔王の化身に向かい降下する。魔王は剣となった空亡を振るうと、収束した炎がレーザーのようにルフへと放たれる。


 だがルフは空中でレーザーの周囲を回るように避けながら降下を続ける。それに業を煮やした魔王は、今度は背中の黒い翼から炎の羽を打ち出す。


「Aaaaaaaa!!!」


 ルフも同様に十二枚の翼から漆黒の羽を射出してそれらをすべて破壊する。


 空を埋め尽くす羽がぶつかり合い爆発があちこちで起こる中をルフは突っ切る。ダメージを一切受けていない。


 接近を許した魔王は、尾でルフを叩き潰そうとする。覇級の妖魔でさえも簡単に叩きぶつすだけの破壊力を秘めた攻撃だ。


 しかしルフは両手を使い障壁を展開すると、尾に合わせるように触れさせその力を受け流した。


 お返しとばかりにルフは収束した霊力を放出し、着弾と同時に爆発が起こる。


 ―――オオォォォォォォォォ!!!―――


 咆哮が爆煙を吹き飛ばす。見えない障壁が魔王の身体を包み込み、攻撃をすべて無効化していた。


 今度は魔王が剣を振るう。ルフは触れることはせず、回避する。地面に剣が振れると、一瞬で地面が沸騰し溶岩のようになる。


「Aaaaaaaaaaa!!!!」


 ルフの背後で光の粒子が収束していく。拳大の光弾が無数に出現すると、収束した光が光線のように放たれ、魔王へと殺到する。魔王は剣を横薙ぎに振るうと、余波でそれらのすべてを消し飛ばす。


 ―――オオオオオオォォォォォォォッッッ!!!―――


 魔力が魔王の眼前で集約していく。並大抵の魔力量では無い。周囲の空間が歪んで見えるほどの高密度の黒い魔力の集まりに魔王は剣となった空亡を吸収させる。


 この一体を焦土と化しても有り余るほどの力を魔王は作り出す。


 これで魔王は一気に勝負を決めるつもりだった。ルフだけでは無い。この場のすべてを消し去るつもりだった。


「Aaaaaaaaaaaaaa!!!!」


 ルフも距離を取ると、両手を頭上に突き上げ、力を収束させる。彼女の手の間に霊力が黄金の輝きを放ち収束している。


 力も質も異質。人でも妖魔でもないまさに神の領域。力がさらに増大を続けると、ルフは自らの頭上に解き放つ。


 天空に巨大な惑星のような金色に輝く球体が出現した。夜に輝く恒星のごとく、ひときわ眩い光を放っている。


 明けの明星ルシファー・スター。ルフの最強にして最大の一撃。


 魔王とルフの攻撃が同時に解き放たれる。


 黒と金色の力が拮抗し合う。


 ―――オオォォォォォォ!!!!―――

 ―――Aaaaaaaaaaaa!!!!―――


 お互いがお互いを飲み込み、消滅させんと火花を散らす。


 互角。


 どちらも押し切るには不十分だった。


 ただし、第三者の介入があれば話は別だ。


「!?」


 魔王の眼前に何者かが躍り出る。それは真夜だった。右腕にありったけの霊力を収束している。


 霊符が無い今、最大の破壊力がある降魔天墜は使えない。だが今の真夜でも持てるすべての霊力を収束すれば、魔王を倒せなくてもこの戦いの天秤を傾かせることは出来る。


 真夜の接近に気づかなかった魔王が咄嗟に尾で迎撃してくる。


「はぁぁぁぁぁっっ!!!」


 尾に向かい、拳をたたきつける。バキバキと骨が砕けるような音がし、真夜の拳も裂傷して血を吹き上がらせる。真夜の攻撃は尾に防がれ、そのほとんどの威力を相殺されてしまった。


「がっ!」


 真夜の今放てる最大の一撃でも、尾を破壊することは出来なかった。相手側の威力もほとんど無くなっていたが、真夜は魔王の尾に弾き飛ばされる。


 霊力の大半を攻撃に回していたため、尾に身体を打ち付ちつけられた真夜の身体を激しい衝撃が襲う。あばらが折れ、内臓も痛めているかもしれない。その証拠に口から血が出ている。


 だが……、真夜はにやりと口元を歪める。


「俺たちの……勝ちだ!!!!」

「Aaaaaaaaaaa!!!!」


 魔王の気が逸れた事で、ルフが攻勢に転じた。力をさらに引き上げ、明けの明星《ルシファー・スターを強化する。


 放たれた攻撃を飲み込み、そしてついに魔王をも金色の星が飲み込む。


 光が魔王のすべてを消滅させていく。その身体も、魔力も、魔王の残滓も……そして取り込まれていた幻那さえも。


 ―――ここまでか―――


 僅かに残っていた幻那の意識。彼もまた己の敗北と消滅を悟った。


 金色の光が一層輝きを増し、一帯を染め上げるのだった。


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