第七話 参加者達
「結局、俺も朱音も参加になったな」
「ほんと、まさかこんなことになるなんてね」
大祭当日、真夜と朱音は相手に失礼の無いように、あらかじめそれぞれの家が用意した退魔師達が着る黒を基調とした儀礼服に着替えて家を出た。
渚は先日より京極本家での手伝いを行っているため、今はマンションには帰ってきていない。
二人は電車とタクシーを使い、京極の大祭の行われる京極本邸を目指す。旅費は家から出るので、タクシーも乗り放題である。二人は家族との待ち合わせ時間よりも少し早くに集合場所に到着した。
「聞いた話じゃ、六家の若手がかなり来るんだって」
「親父からも聞いてる。俺としては大人しく親父か兄貴の後ろにでも隠れてるけどな」
「もう。堂々としてれば良いのに」
「色々と絡まれても面倒なんだよ」
まだ世間一般では落ちこぼれのレッテルを貼られたままの真夜である。以前は他家が集まる場では侮蔑や嘲笑にさらされる事が多かった。今は何を言われようが、思われようが構わないが、厄介ごとになるのは避けたいので、大人しく朝陽か真昼の後ろにくっついているつもりだった。
「今回は知ってる奴が多いから、そんなのは少ないとは思うが京極の方はどうかわからないからな」
「じゃあ参加しなきゃよかったじゃない」
「まあそうなんだが、どうにも嫌な予感がしてな」
先日より何度か占っていたのだが、悪い結果ばかりが出てくる。何かが起ころうとしている。だがそれが何かまではわからない。
「そう言えば、渚にも霊符渡してたわね」
「お守りとちょっとした疲労回復にな。ここ最近、疲れてるみたいだったからな」
学校で会った渚は少々疲労が溜まっているようだった。真夜は十二星霊符の一枚を渚に渡していた。霊符自体に符そのものを他者からは見えなくする術を施しているため、気づかれる可能性は少なく仮に見つかったとしても真夜からもらったと言えば良いと伝えてある。
「渚も無理してなきゃ良いけど。けど確かにあたしも京極家に近づくにつれて、嫌な感じが強くなってるのは間違いないんだけど、それがどういう物なのかまでわからないのよね」
「警戒しとくにこしたことはないだろ。ただ親父や婆さんもいるし、六家の実力者も大勢いるんだ。何かあってもどうにでもなるだろうけどな」
聞いている通りの参加者なら、国内でも最高戦力の集まりになるだろう。それを狙ってテロなどを仕掛けようとする輩もいるかもしれないが、京極もそこは十分理解しているはずだ。
政財界の大物も招待しているのだ。もしテロなど起こされては京極の沽券に関わる。SCD経由でテロ対策などは十分にしていることだろうし、警察も出動して警備に当たっている。
妖魔や何者かの襲撃でも超級妖魔クラスならば複数で来ようが撃退できる戦力だ。それこそ以前真夜達が壊滅させた罪業衆が総力で襲って来る事態でもなければ、対処は容易であろう。
「そうね。あんまり気にしてても仕方がないわね」
と、朱音も警戒はしつつも楽観的に考える。彼女からすれば真夜もいるし、星守からは朝陽や明乃、火野からも当主や父が来るのだ。これで対処できない事態など想像できなかった。
「朱音」
と、不意に朱音に声がかけられた。
「お父様!」
見れば朱音の父である火野紅也がいた。朱音はどこかうれしそうな声を上げる。
「お久しぶりです、おじさん」
真夜も紅也に対して挨拶を行うと頭を下げる。
「おう。真夜君も久しぶり……」
紅也は言葉を続けようとして、思わず詰まってしまった。そしてどこか真夜を観察するような目を向けている。
「どうかしたんですか、お父様?」
「あっ、いや、すまんな。真夜君と随分と会っていなかったからな。大きくなったなと思って。それと真夜君にはいつも朱音が世話になっているようでありがとう」
「いえ、こちらこそ。色々と朱音に世話を焼いてもらっています。俺の方こそ感謝しています」
真夜の言葉は本心である。朱音には正直、食事などを作ってもらったり、他にも学校で世話を焼いてもらっていたりする。
「これからも朱音とは仲良くしてやってくれ」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
紅也は当たり障りのない言葉を述べ、真夜も頭を下げる。紅也にはまだ真夜と朱音が付き合っていることは伝えていない。
火野に伝われば面倒な事になるだろうし、渚の事もある。朱音を溺愛していて妻一筋の紅也からすれば、今の真夜は不誠実に思うだろう。
真夜もこの場できちんとそのことを含めて紅也に挨拶をするのが礼儀とは思っているが、余計なもめ事を起こす可能性もあるので、申し訳なくは思うが秘密のまま通すことにする。
ただそんな真夜の胸中とは裏腹に、紅也は真夜に対して以前とは違う雰囲気に驚きを隠せないでいた。
(最後に真夜君に会ったのは中学生の時。あの頃に比べれば随分と落ち着いていて、雰囲気も柔らかくなっている。霊力は相変わらず低いが……なぜだ? 真夜君から強者の気配を感じる)
紅也は不思議な感覚に襲われていた。紅也は朝陽から今回は真昼と和解したことと、明乃との溝を埋めるために真夜も大祭に参加させると聞かされていた。
落ちこぼれと言われている真夜にこの場はキツいのではと思ったが、朝陽の事だから何か考えがあるのだろうと思っていた。
しかし、久しぶりに真夜と会った感想を言えば、落ちこぼれのイメージがわかなくなっていた。紅也には友人である朝陽がそこにいるかのように錯覚してしまった。
「やあお待たせ、真ちゃん。紅也も朱音ちゃんもおはよう」
と、そこに当の星守朝陽が姿を現した。
「いや、俺達も今来たところだよ、親父。婆さんと兄貴は?」
「二人は先に行って受付を済ませているよ」
単に受付だけで無く、探りや知り合いへの挨拶と牽制もなのだがあえてそれは言わない。
「おはようございます、おじさま」
「よう。この間ぶりだな。……朝陽、あとで話があるんだが」
「ああ、構わないよ、紅也。浄化の儀が終わったら、時間も出来るだろうからその時に話をしようか」
「約束だぞ、朝陽。朱音、行くとしようか」
「はーい。じゃあ真夜。また後でね」
紅也と朱音は火野一族として参加するため、真夜達とは一旦は別行動だ。会場は同じだろうが、席は離れているだろうから、しばらくはそれぞれの一族で集合することになる。
「私たちも行こうか、真夜」
「ああ。それと朱音の親父さんに結構観察されてたんだが、親父みたいに気づいたかな」
「どうだろうね。抑えてても人によっては、今の真ちゃんの実力に気づくだろうからね」
以前の朝陽が異世界から帰ってきた直後の真夜の実力を見抜いたように、他にもわかる者にはわかると朝陽は言う。
「確証には至らないだろうけどな」
「そうだね。実際に見ないと信じないだろうね。でも紅也としてはある意味、願ったり叶ったりの状況になるだろうから良いと思うよ。まあ真ちゃんも紅也相手に今後、色々と大変にはなるだろうけどね」
「そう言うのはもう少し先にしてくれ」
「ははっ。パパもフォローするから、心配しなくていいよ。でもどうしてもと言うのなら、力尽くで推し進めるのも手だよ。パパが許すから紅也を倒しちゃいなさい」
本気か冗談なのか、友人に対して言う言葉じゃないだろと真夜は顔をしかめた。
どこか面白そうに笑う朝陽に朱音の親父さんも大変だなと思いつつ、後半の朝陽の言葉に辟易した。
「それと真夜。今日はこちらの無理を聞いてもらってすまないね」
「いいさ。俺も少し気になることがあったし、渚も朱音も出るんだ。渡りに船と言えば船だったからな。あと今日は親父か兄貴の後ろに隠れてるんでよろしく」
真夜の言葉に苦笑しつつも、朝陽は納得した顔をしている。
「そうすればいいさ。なんならお母様の後ろでもいいよ」
「婆さんの後ろだと気疲れしそうだからやめとく。無難に兄貴の金魚の糞になるさ」
そう言うと真夜は朝陽に並び、会場へと足を運ぶのだった。
◆◆◆
真夜は明乃達と合流し、京極家への挨拶を済ませた後に、控え室の方へと向かった。
六家の者のために特別に用意された控え室。すでに他家の参加者達が集まっていた。
中には朱音を含めた火野一族もおり、それ以外の六家も集まっている。
真夜の顔を見た時の反応は様々だった。実力を知る者、知らない者で反応は分かれている。
流樹はまさか来るとは思っていなかったのか、驚いた顔をしている。志乃の護衛の理人も思わず表情を強張らせるが、すぐに軽く会釈を行う。
彰に至っては、ニィッと獰猛な笑みを浮かべており、すぐに隣の仁に小言を言われている。彰もこの場で仕掛けるつもりは毛頭無いのだろが、万全の状態の真夜に昂揚しているのかもしれない。
「凄い注目度だね、真夜」
「勘弁してくれよ兄貴。京極の方でも面倒な視線を向けられたんだ。最初に言ったとおり、兄貴の後ろに隠れてるから、面倒ごとはよろしく」
「うん。任せておいて。真夜に頼られるのも新鮮だし、真夜に厄介ごとが行かないようにするから」
真夜と同じように礼服に身を包んだ真昼は、嬉しそうな笑みを浮かべる。
ここ最近、真夜に助けてもらってばかりで、退魔師としても兄としても情けない限りであると思っていた矢先に、些細な事でも真夜に頼られるのは嬉しいのだ。
真昼が目を光らせていれば、何かあっても真昼が対処できるだろうし、昔と違い真昼に助けてもらうことに何の抵抗感もない真夜なので、鬱陶しい他家の相手は全部対応してもらって何も問題ない。
とはいえ、大祭の中でわざわざ真夜に絡もうとする者もいないだろう。あるいは明乃や朝陽にあらかじめ聞かされていた、京極家が何らかの接触をしてくる可能性はある。
真昼と一緒にいれば、どうだろうか。どちらにも接触を持ちたいと思い、誰かが動くだろうか。
(それにしても……)
京極家の者達には確かに十年ぶりの大祭ということで、何とか成功させなければならないという緊張感がある。
しかし何か、よくわからないぞわぞわとした感覚が消えずにまとわりついている。
(何かはわかんねえが、何かが起ころうとしてるのか?)
警戒だけは怠らないようにしなければならない。朝陽や明乃を含め、他家の優秀な退魔師が多数いる。逆に他家の目を気にして、真夜自身動きにくくなるかもしれないが、万が一の際はフォローしてもらえば良い。
だがそんな真夜の思考は、六家の面々を案内するためにやってきた巫女装束の渚の姿を見て、止まることになるのだった。
◆◆◆
「ふう。何とか無事に集められたみたいやね」
京極家の本殿の一角で、右京がタバコをふかしていた。最近はどこもかしこも禁煙禁煙と喫煙者には世知辛い世の中になってきた。京極本家でも多くの場所で喫煙を咎められる。
無論、右京に意見できる者などほとんどいないので、仮に喫煙場所以外で吸っていてもほとんどの人間が咎められないのだが、割と常識人でもある右京はきちんと喫煙場所や自室で喫煙をしている。今も人のいない喫煙場所を選んで一服している。
(星守を含めて手練れは多い。兄さんや父さんにはきちんと伝えられてへんけど、僕の態度や言動で大まかには察してくれたみたいやな。日中はこれで問題なし。あとは秘中の儀やね)
夜に始まる京極一族のみで行われる秘中の儀に他家は不参加。参加させる例外も今まで無かった。
ここで急に他家を参加させるなどと言うことも出来ず、伝統にうるさい者達を納得させる理由も用意できなかった。
だからこそ、次の手を打つ。
(儀式が終わるまでの会食会の準備も出来とるし、これである程度時間は稼げるやろ)
参加してくれた六家などへと高級料理を用意して振る舞う会食会。京極家は参加しないが、もてなしは十分に行う。事前に確認したところ不参加の人間は今のところおらず、ある程度の時間的拘束は行える。
退魔師は自らの霊力を用いて身体能力を強化することでアルコール成分などを素早く除去する事が出来る。これは高位の退魔師であればあるほど、その効果が高いので有事の際も酔っ払って戦えませんでしたと言うことにはなりにくい。
何かが起こる。漠然としたことしかわからないが、京極の存亡に関わる何かが現れる。右京は半ば確信を持っていた。
しかしそれを誰かに告げることは出来ない。してはならない。
(難儀な能力や。それでも有効ではあるんよな。僕が動いた結果、ええ方向に星は動いた。真夜中に輝く星がなんなのかわからへんけど、このままやったらうまく切り抜けられるやろか)
まだ楽観は出来ない。しかし出来る事はすべて行った。最悪の事態も含め、布石は散りばめた。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)
右京はタバコを回収容器に入れると、大祭の場へと戻っていくのだった。
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