第六話 招待 後編


 九州や沖縄を守護する風間一族の本邸でも、当主たる風間涼子が先代である風間莉子と姪である風間凜と話をしていた。


「アタシを大祭に?」

「そうたい。嵐(あらし)と凪(なぎ)も連れて行ってやりたかっちゃけど、どうしても都合が付かんとよ」


 凜の疑問に涼子はそう答えた。嵐と凪と言うのは涼子の息子と娘で、凜と同じく次期当主候補達である。


 嵐は大学生で今は海外に短期留学しており不在であり、凪は凜より年下の中学生であるが、ちょうど大祭の日程で学校行事が入ってしまっていたので、そちらを優先させることにしたとのことだ。


「他の六家も当主や次期当主が来るみたいだからね。今回は京極も力の入れようが凄いのさ。涼子と私の二人だけじゃなんだし、あんたも一緒に連れて行くことにしたんだよ」


 莉子は水波や氷室から当主が出る事になっている事を聞かされたため、今回は涼子も自ら参加する事にしたと凜に伝える。また京極右京が直接頼みに来たこともあり、涼子としては彼の顔を立てる意味もあったのだろう。


「それに雷坂は当主が来んとよ。そりゃ私も気分がいいたい」


 鉄雄を嫌っている涼子は彼が今回は参加しないことを掴んでいるので、気分よく参加できると意気揚々だ。


「はぁ、まあそりゃ何よりで。で、アタシが参加するのは若手の相手かよ」

「そう言うことだね。どこの家も最近の若手は優秀なのが多くて、霊器使いも莉子の代に比べれば大幅に増えている。風間も他に舐められる訳にはいかないからね。ちょうどあんたは霊器も使えるから適任だよ」


 嵐は霊器使いではあるが、凪は未だに霊器を発現できていない。今回の大祭に参加する他の六家の若手のほとんどは霊器使いの予定だという。気後れや相手側に呑まれないようにするには凜が最適と言えた。


「それに凜ちゃんは星守とも仲がよかと。あと京極との子とも知り合ったって聞いてるたい。やけん悪いけど凜ちゃんに頼むちゃー」


 風間としても京極ともだが、今の星守とはできる限りコネを増やしておきたい。莉子も明乃とは旧知だが、手を取り合うような仲ではない。ただ今の明乃は随分と丸くなっていると莉子は感じているので、昔よりは話しやすいと考えている。


 また真昼と仲の良い凜は適任だし、京極家において立場は微妙とは言え、本家の渚とも面識があり涼子としては渡りに船と言ったところである。


 凜もこの二人に言われては断れない。


(そうだな。真昼も来るかもしれないしな。あとで連絡してみよ)


 凜も他家の同年代の霊器使いの強さの興味がある。


(真昼とあの雷坂彰は別格として、今のアタシが京極ともどの程度の差なのかも肌で感じるのもありか)


 凜も夏の高野山での一件で、自分の弱さを痛感した。真昼を助けるどころか足を引っ張って助けてもらう始末だ。それに落ちこぼれと言われた真夜もすさまじい術を使えるようになっていた。


 火野朱音や京極渚も凜と同格か、それ以上の退魔師だと認識した。


(アタシも負けてらんねえからな)


 風間家においても当主と先代、そして凜が参加することが決まるのだった。



 ◆◆◆



「今回の大祭はお前も参加して欲しい。もちろん俺も出るし、赤司と火織も連れていく。それと朱音ちゃんもだ」


 火野一族本邸でも京極の大祭に向けての、参加者の最終調整が行われていた。火野一族の当主である火野焔(ひの ほむら)は弟である紅也にその際の頼み事を口にする。


「私は別に構わんが、朱音もか、兄者(あにじゃ)?」


 今回の大祭は大規模ではあるが、当主である焔とその子供達だけでも十分京極の面子は立つはずなのに、自分と朱音まで連れて行くとはどういうことなのだろうか。


「そうだ。まあ色々と理由があるんだが、正直面倒な話だ」


 焔曰く、最近は朱音の価値が高まっていることに、長老の一部で危惧する声が上がっているそうだ。


 朱音は確かに火野の宗家の血を引いているが、イギリス人とのクォーターなので古い血統至上主義の老人からの受けはかなり悪い。


 だがここ最近の活躍や星守関係でのコネなどで、彼女の評価は当主の息子である赤司や火織よりも高くなっていた。


 退魔師としての実力も火織だけなく赤司に迫る、あるいは超えているのではないかという噂まで出ている。


 焔としてはだからといって朱音を目の敵にするつもりは無い。むしろ自分の息子や娘が触発されてより成長してくれればいいと朱音を正当に評価し、褒めまくっているほどだ。


 だがこれがよろしくなかった。


 このままでは朱音が一族の当主になるのではと考える者が出てきた。強い者が当主となって新しい風を、と言う考え方の者が朱音を推そうとしているのも要因だ。


 そうでなくても火野内部で朱音の発言権が増せば、今まで邪険に扱っていた者達は仕返しをされるのではと疑心暗鬼になっているようだ。


 その連中は雷坂と朱音の見合いを進めていたのだが、雷坂がやらかした事もあり、破談になってしまったことで長老達の一部が結託して、別の方法で朱音をなんとかしようと動いているらしい。


「あいつら……」


 身内のゴタゴタに苛立ちを隠せない紅也。そんな人間ばかりでは無く、ごくごく一部の人間の考えなのはわかっているが、その考えを持っているのが一族の重鎮なのだから情けない限りだ。それは焔も同じだった。


「お前が怒るのも無理は無い。俺も腹立たしい話だが、一族を割るわけにもいかんし、他家への手前もある」


 焔としてもそんな馬鹿共の言うことを聞いたり、真に受けたりはしないのだが、老人というのは長く生きている分、厄介なコネや発言力を持っていたりする。


 内部だけで無く、横のつながりもあり、自分達の利益のためなら火野全体の利益をいささか軽視する事もある。他家や火野に悪意を持つ者がその連中を利用しないとも限らない。


「まあそんな連中を黙らせるために、今回の大祭への参加だ。朱音ちゃんを火野にとってさらに重要な人間だと周囲にアピールして下手に手を出しにくくする。あとは連中には建前として、朱音ちゃんを公の場に連れ出して他家の若い者と接触を持たせて、縁談話を作るようにすると伝えてある」


 紅也も先日の雷坂彰との見合い話の一件で朱音から追求された。紅也ももちろん兄も一切聞いておらず、長老共の暴走であったようで、兄共々その連中には怒りをあらわにした。


「連中、その事でへそを曲げてな。さすがにあの案件だけで問答無用で処分するわけにもいかんし、これ以上不満をため込まれ、暴走してより過激な事を考えられても困る」


 朱音の存在を危惧している馬鹿共に当主として多少は配慮してやると見せるだけだ。


 見合い話が潰れたから、すぐに別の見合い話を用意するなど、連中に出来るはずもない。


 なのでそのことはこちらで話を進めるから、お前達は余計なことをするなと釘を刺したのだ。


 当主として朱音を冷遇するような真似はしたくないし、朱音を推す者達からは逆に不満が出るかもしれないが、大祭に参加させて、他家に彼女の存在を誇示させる事でガス抜きをする狙いもある。


「お前や朱音ちゃんは腹立たしいだろうが、今回は俺の顔を立ててくれ。もちろん、本当に縁談話を用意したりしないし、向こうから言われても勝手には進めずにお前や朱音ちゃんにきちんと話をする。無論、断るのを前提でいてくれればいい」

「……ああ、わかったよ兄者。朱音には悪いがそうする」

「すまんな、紅也」


 頭を下げて謝罪する焔に、紅也もそれ以上は何も言えなかった。


 兄も兄で当主として一族全体を考えていかなければならない。


 何より紅也は妻との結婚の際に焔に随分と助けてもらっている。兄をこれ以上困らせるわけにいかなかった。


「朱音の方には俺から話をしておく。まあ京極の子と仲良くなっているらしいし、星守から朝陽や真昼君も来るだろうから、ちょうど良いだろう」


 こうして当人の知らぬ間に、朱音の大祭への参加が決定するのだった。



 ◆◆◆



「京極の大祭への参加だが、私も今回は出席する」


 星守の本邸では明乃、朝陽、結衣の三人が集まり話し合いをしていた。


「珍しいですね、お義母様が参加されるなんて」


 当主を引退して以降は、重要な会合以外はあまり他家の集まりに参加していなかった明乃が大祭への参加を表明した事に結衣が疑問を呈した。


「私としても思うところがあってな。今回も前回同様に朝陽と真昼は行かせるつもりだったが、少し気になる事も出来てな」

「右京殿の来訪の件ですか?」

「ああ。あの男は京極にしては珍しく他の六家に友好的だが、わざわざ大祭のために星守にまで来たことがな」


 今の星守と友好的な関係を構築したい。あるいは今の星守のトップを招くことで、自分達の存在感を増そうと考えているのか。


「真夜の事もある。私としては当主や先代と会う機会のある今回を見逃す手は無いと思ってな」


 どんな思惑があるのかはわからないが、一度会って探りを入れるべきだと明乃は考えていた。


「では真ちゃんにも来てもらいますか?」

「あっ、ズルいですよ、朝陽さん。私を放っておいてみんなでなんて」


 朝陽の言葉に少し冗談めかして言う結衣に、朝陽は苦笑いをする。


「そうだな。結衣には悪いが、本人が嫌がらなければ星守として参加してもらう。まあ無理にとは言わん。本人が参加したくないのならば、それはそれで構わん。しかし真夜を参加させる事には意味がある」

「京極の狙いが真夜なのか、そうで無いのかを見極めるためですね」

「そうだ。京極が真夜の実力を把握しているのかいないのかによって、星守としての今後の対応は変わってくる。今回の件で真夜を参加させる事で、直接接触しようとするか、それとも京極渚経由で真夜へ何らかの交渉を持ちかけようとするか。もし真夜で無いのならば別の思惑があると推測できるしな」


 真昼や明乃と和解し、星守の後ろだてがある今の真夜が京極に靡く可能性は低いだろうが、仮に京極に所属するとなれば、足りなかった個人の武だけで無く星守の血統まで手に入る。


 サポート能力も反則クラスの真夜の加入は、京極に計り知れない利益をもたらし、他の六家どころか今の星守といえども、もはや口出しできない存在になるだろう。


「とにかく今はまだ私との関係改善も大きく広がっていない。今が探りを入れる絶好の機会だ。それに真昼との和解をより喧伝するにもいい機会だろう」


 明乃も朝陽も京極に対しては神経をとがらせている。


 招待状を持参した右京とは明乃も朝陽と共に世間話程度はしたが、相変わらず読めない男だと言うのが二人の共通認識だ。当主や先代などから何か密命を帯びているのではと勘ぐってしまう。


 それほどに今の星守は勢いがあり、京極からすれば今まで以上に気をつけなければならない存在になっている。


 今回の京極の動きも、六家や星守のトップや重鎮を招くことで、今の勢いのある星守よりも影響力も何もかもが上だとアピールするだけのパフォーマンスだけの可能性もあるが、明乃も朝陽も断定することができないので、自分達から動くことにしたのだ。


「仕方がありませんね。わかりました。留守はお任せください。楓ちゃんもお留守番ですかね」

「すまないね、結衣。私としては連れて行ってあげたいが、京極の方が嫌がるだろうからね」


 半妖である楓は、退魔の場でならばともかく、京極主催の慶事の場、それも客賓としての場に連れて行けば煙たく思われるだろう。楓に嫌な思いをさせるくらいなら、最初から連れて行かない方が良いとの判断だ。


「今回は真夜が承諾してくれるのなら四人での参加だ。すまないが、私たちが不在の間は頼む」

「お任せください」


 二人の言葉に結衣は笑顔で応えるのだった。



 ◆◆◆



「これで星守を含めて六家に布石は蒔けたわ」


 京極右京は誰もいない山道の脇に車を止めて、タバコを吹かしながら夜空を見上げていた。


 全国を車で爆走し、六家へと招待状を届けて回るという、手間のかかる大仕事を終えてひとまず安堵した。


「兄さんや父さんに頼んで動いた甲斐はあったけど、……かなんな。星は前に比べてええ方に動いちょるのに大きな星が邪魔しよる。まだ足りひんちゅうことか」


 空気が澄んだ田舎ということもあり、星が美しく輝いている。しかし右京は何かを懸念するかのようにじっと空と星を観察している。


「あまり時間もあらへん。真夜中に輝く星を見つけな僕らに先は無い。はぁ、誰にも言えへんのがしんどいわ。……そうやな。せいぜい気張るとしよ」


 右京の肩口にうっすらと、何かが乗りかかり輝きを放っている。苦笑する右京は吸い終えたタバコを携帯灰皿に入れると、そのまま車に乗り込み、自分自身に出来ることを最後まで行うために再び走り出すのだった。


 ◆◆◆


「どうにも京極家は大祭に、六家や星守の主だった者を招待しているようだな。奴らも何らかの手段でこちらの襲撃を予見しているようだ」


 配下の使い魔や暗示をかけた手駒を使い、幻那は京極家の動きを探っていた。情報収集には手を抜かない。京極や他の六家に気づかれない程度に、幻那はギリギリまで自分の策を成功させるために情報を集めていた。


「厄介だのう。肝心の星守真夜の動きは掴めそうなのか?」

「大まかにはだがな。なんとか大祭の参加者のリストを入手できれば、策を確定できる。まあ星守一族として大祭に参加してくれるなら、ある意味では願ったり叶ったりと言ったところか」


 くくくと笑みを浮かべる幻那にぬらりひょんは怪訝な顔をする。


「なぜじゃ? 参加されれば奴と正面から戦うことになる。万が一に介入された時のプランは考えていると言ったが、最初からいるなら今回の大祭での襲撃は中止にすべきじゃ」

「お前の言うとおりだ。だが奴が星守一族として参加するならば、取れる策もある。一族と不仲ではないのなら、奴を遠ざける策の成功確率が上がるだろうからな」


 幻那としては星守一族の参加は予想の範囲内。そこに真夜が加わろうが大した差ではない。むしろ自分が用意した策が効果を発揮すると考えている。


「奴がそのまま大祭の夜まで残る、あるいは秘中の儀に参加するのならば襲撃は見送るが、おそらくそうはならんだろう」

「そう言うからには大層な策なのであろうな?」

「いいや。大層でも目新しくもない古典的な方法であろうよ」

「ならば聞かせい。お主の策をな。ただし、策士策に溺れる、などと言うことにはならんようにせい」


 わかっていると言うと、幻那はぬらりひょんに己の策を伝えると、ぬらりひょんは大笑いした。


「確かに効果的か。よかろう、お主の策で行くとしよう」

「ああ。読み勝つのは京極ではない。この私だ。そして今度こそお前に邪魔はさせんぞ、星守真夜。今度こそ私がお前を出し抜いて見せよう」


 多くの思惑が交差する運命の大祭が、一人の復讐鬼の惨劇の開幕まであと僅かに迫っているのだった。

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